第五話 アクワイア 情報
本話より、新たなキャラが出ます。彼女は、結構重要な役割を果たすキャラで、今後暫くカーキや総督以上に活躍するキャラです。
他にも新キャラが、今後続々出る予定です。
「……大量だな」
「はい」
第一ヘキサゴン『大要塞』、倉庫の一角。
其処に、鹵獲というか獲得というか、そんな感じでゲットした戦列艦から、運べるだけの物を運び出してきた。特に、資料とか、書類とか、地図とか、そういう類のものだ。
マナが言うには、戦列艦の隅々まで見て回ったが、文字通りの意味で“無人”だったらしい。
争った形跡も、破損もなく、食料庫には保存食料や酒、真水がたっぷりと残っていた。
それどころか、埃すらなく、艦内は捜索隊として潜り込んだ飛翔兵士達が驚嘆するほどだったという。
其れは其れで有難いけど、「掃除が行き届いた破損もない軍艦が、食料も水も残ったまま無人で漂流している」なんて、不気味なことこの上ない。
これならむしろ、艦内に死体が転がっていて、床には血が飛び散り、家具とか機材も壊されていた、或いは中には人がおらず、モンスターが食い荒らしていた、とかの方がまだマシな気さえする。
取り敢えず船は兵士達が鉤ロープを引っ掛けて曳航し、島の近くで錨を下ろさせたらしい。
よくわかったね、と聞いたら、御丁寧にそういった手順をまとめたマニュアルみたいなもの――――しかも絵付き――――が置いてあったらしい。
新手の陰謀か。何処かの企業の実験か何かか。人権無視も大概にしろよバカヤロー。いや、僕エルフだけど。
そう叫びたくなるのを堪えつつ、その反面、僕は安心していた。
結論から言うと、少なくとも此処の――――戦列艦の書類に使われている文字は、読むことができた。
僕も、配下のNPC達も。おまけに、NPC達はまるで読めて当然、と言った態度をしている。
今まで見たこともない文字だけど、何故か読み方が頭に入ってくるのだ。気が付いたら、日本語を読むかのようにスラスラと読んでいる。こんなアルファベットとキリル文字をごっちゃにしたようなわけのわからん文字を。
そう言えば、『CC』では大陸中の言葉が分かるように、プレイヤーには翻訳魔法の魔法がデフォルトについていたんだっけ。あまりにプレイに関係ない設定だったから、すっかり忘れてた。
だとすれば、言葉も通じる可能性が高い。
『CC』開発陣に感謝の意を送りつつ、僕は一枚の大きな紙を取った。
大きい。小さなテーブルを丸々占領するくらいのサイズがある。
それはところどころ破れていて、黄ばんでいた。オマケに、何かを書きこまれている。でも、当然だろう。
それは、海図だった。右端と左端に、それぞれ二つの巨大な大陸らしきものが描かれ、そのうち、オーストラリア大陸を九〇度右に傾けたような形をした右端の大陸から、左に向かって赤い線が延びている。
赤い線はところどころ、島らしき所に到着しては、離れて行っている。島につく度に、日付が書かれていた。
間違いない、此れは、此の戦列艦が通ってきた航路だ。
赤い線は、左端の三日月のような形をした大陸の付近にある、そこそこ大きな島の近くに到達したところで消えている。
「……此処が、此の島か?」
其処には、小さな文字で「カオ・クロヌ」と書かれているのが見えた。
カオ・クロヌ……此の島の名前か何かか?
「創造主様、此処を」
「ん?」
アルマの声に反応し、クリスタルの翼の一つが差している場所――――海図の左下の隅を見つめた。
「あれ? なんだこれ」
其処には、二つの文字があった。いや、一つは文字だが、もう一つは多分、判子か何かだ。
左の方に書かれた文字は、「グンジョウ皇国海洋局」と書かれている。
……群青かな? 妙に日本的な響きだ。日本語ではない、別の文字で書かれているけど。
しかし、その文字は黒い墨か何かで横線が引かれている。中途半端に塗りつぶされたようだ。
そして、その右。
「スウォンヒルザ帝国同盟」。そして、その横に盾を背景に、龍が火を吹いているようなマークがあった。多分これ、国章だ。
「成程。きっとこの海図を作ったのは、グンジョウ皇国海洋局というところなんだな。
その海図をスウォンヒルザ帝国同盟ってところが、何らかの方法で手に入れたってわけだ」
「恐らくはその通りかと」
アルマが追従したように言う。
改めて海図を見ていると、右側の大陸の北の部分が真っ赤に塗られ、デカデカとスウォンヒルザ帝国同盟と書かれている。そして、赤線の出発地点は、赤く塗られている場所からだった。
間違いない。此の戦列艦は、スウォンヒルザ帝国同盟という国所属の軍艦だ。
改めて、大陸を見てみる。
右側の大陸は、四色に分かれていた。
北部、というより北半分の赤く塗られている部分、スウォンヒルザ帝国同盟。
中部の赤いところに次いで大きい、緑色に塗られている部分、レン・ヴィレーヌ自由国。
南西部の、残った部分をちょうど半分に割ったくらいの黄色の部分、サパニア王国。
そして、南東部の海を隔てたたくさんの島々と共に青く塗られている部分、グンジョウ皇国。
カオ・クロヌと書かれた島は、そのどの色にも塗られていない。
ていうか、国名が書かれている部分は此れだけだ。
周囲の色が付けられていない島々、そして左側の大陸には、何の固有名詞も書かれていない。
此れでは、まるでアジアとアフリカとアメリカが知られていなかったころのヨーロッパで書かれた海図のようだ。
グンジョウ皇国海洋局とやらは、此処までしか知っていなかったのだろうか。
ふと、地図の右上に、何か書いてあるのを思い出す。
――――スウォンヒルザ帝国同盟 戦列艦『グレゴリオⅢ世号』艦長 ヴォルトサーノ=ベネト
……成程。
「……航海日誌か何か、残っていないかなぁ……」
此の世界ではどうかは知らないけど、僕の世界における航海日誌とは、航海の軌跡や船内の状況を知るための資料として、船長に携帯義務がある重要書類だ。唯の日記とはわけが違う。
もしあれば、重要な手掛かりになるはずだ。
「あ、御主人様。此れでは?」
「お、それだ!」
粗末な紙を束ねただけのようなものだけど、しっかり「航海日誌」と書いてある紙束を見つけた。
ペラペラとめくってみる。
「……ふむ。如何やら、此の船の目的は、危険海域とされる未知のエリアへの調査だったようだな」
日誌には、皇国より購入した海図によると、レン・ヴィレーヌの漁民たちが伝説の地と呼ぶ「カオ・クロヌ」なる謎の島があるということ。その島は常に周囲を竜巻が囲い込んでいて、発見した皇国船も近付きたくとも近付けなかったとのこと。
その島は大陸四国何れも領有宣言をしておらず、その島の調査と確保のために自分達が選ばれたこと。
帝国連盟は造船・航海技術で皇国より数段遅れており、此のままでは、海外領土を全て皇国に奪われてしまう危険があること。
そのため、就役直後の最新鋭艦である本艦と、祖国で最も優秀な船乗りたる自分達が選ばれたことなどが書かれていた。
……しかし、乗組員が消えた原因とか、もう一つの大陸については全く触れられていない。
カオ・クロヌはこのもう一つの大陸の国のものでもないのだろうか? 或いは、本当にこっちの大陸には、国と呼べるものはないのか。
何にせよ、此の島が右側の大陸諸国の領土でないことは確かなようだ。
資料を見た後、少し休憩を挟み、僕は五総督を呼び寄せた。
「一先ず、此の島を臨時拠点にしようかと思う。……また帝国連盟とか他の国の軍艦が来るかもしれない。最低限、防備できるだけの備えをしておこう。拠点建設はフローラとヒイロに全権を与える。必要だと思うものを、必要な分だけ揃えてくれ。資材は資源庫のものを自由に使っていい。
唯、いざとなれば破棄する可能性を視野に入れておいてくれ」
「はい!」
「……ん」
フローラとヒイロの敬礼姿を見て、僕は、ふぅ、とため息をついた。一先ず、信頼できる部下達がいることが、何よりの救いだ。
「この先、良い拠点が見付かるかもわからない。島の調査を進めてくれ。此の世界の植生や生物についても知りたい」
「分かりました。早急に調査隊を編制、出撃させます」
フローラが頷く。
「助かる。フローラの部下には、植物や生物の事に詳しい者が多いからな」
「いーえー。私たちは、御主人様に体液一滴残らず御奉仕するために存在しているのですから。出さない奴は、千切れるまで身体を捩って搾り取らせますから。
とことん、御主人様だけにつき従いますよぉ」
エヘヘとはにかみつつ、何気に不気味なことを言うフローラに内心、若干引きつつ、僕は威厳を込めて頷いた。
「喜ばしいことだ」
「ひぃ、むふ、あ、あはあ! 私、頑張っちゃいますよ! 緊褌一番、緊褌一番!!」
何かがツボにはまったらしく、俄然ハッスルしたフローラは、妖精のようなメルヘンチックな格好に似合わない程、大袈裟にガッツポーズをして見せた。
それを見て、しらけるような視線を向けている三体の総督。そして、一個のクリスタル。
「……ヒイロも、頼むぞ。軍団に潤沢な支援ができるかどうかは、君にかかっている。其れは時として、作戦の成否はもとより、兵士の命をも左右するだろう」
その空気を壊すため、ヒイロに声をかけると、彼女は眠たそうな眼を少し見開き、フッと笑みを零した。
見かけに似合わない、何処か達観したような笑みだ。
「……ん。任せて。パーフェクトを約束する」
「頼もしい」
僕は小さく微笑み、マナ、ルカ、アルマの順で見やった。
「……さて。同時並行として、どのような国家・勢力があるか不明な左の大陸――――方位的には西だが――――の調査を進めたい。が、今回は多くの人数を送り込むのは些かギャンブルが過ぎる。其処で、精強かつ偵察・潜入・調査に向いている者を一人送り込みたい。
此れは、ともすれば長期任務となるかもしれない。よって五総督およびその補佐をする者たちを送り込むのも、可能ならば避けたい」
組織において重役にある人がいなくなっては機能しなくなる組織など、組織としては失敗だ。だから、マナを送りだしたときのように(たった三〇分程だが)、総督と言う重要な存在がいなくとも、組織が回るシステムは成り立っている……はずだ。GAの設定は、そんな感じだったはず。
しかし、だからと言って、ホイホイ重要なポジションにある者を、送り出すのはどうかと思う。勿論、それしか手がないのなら、仕方がないが。
「……諜報班の班長は如何です?」
「避けるべきでしょう。かの者が長期いなくなることは、いざという時諜報活動に支障が出かねません」
「……組織的に、長期抜けても問題なく、其れでいて優秀な者と言えば……」
マナとルカの会話をよそに、アルマがボソリと呟く。
クリスタルがふわりと浮いて、僕の方に向いた――――気がする。
「……コゲツですね」
「あー……」
それを合図に、残る四体の総督達が一斉に、息を吐いた。
「確かに。彼女は私達よりは下ですが、GAにおける順位を付けるのなら、一桁には入る実力を持っているでしょう。……実力ならば、ですが」
「……ん。付け加えると、彼女ほど未知の地へ侵入し、情報を手に入れるのに適している者はいない。……性格は兎も角」
「そうだねー。コゲツちゃんはそこそこ頭も回るから、イチイチ指示を出さなくても動いてくれると思うよ。……まぁ、あの性格だけど」
「……異論ありません。彼女はバランスよく、様々な能力を持っています。その面では我々を凌ぐかもしれません。……能力面だけで評価すれば、ですが」
「……」
僕は、無言で頭を抱えそうになり、其れをごまかすために、テーブルに置いてあったミルクティーを一気に飲み干した。
コゲツ。
彼女は、僕の部下、NPCとは一線を画す存在だ。僕の配下であるNPCは、ほぼ全員がクリエイトされた存在だけど、彼女は特別だ。
PM――――ペット・モンスター。『CC』において、やろうと思えばどんな職業でも、一体だけモンスターを育成できるシステムである。
様々なイベントで手に入るモンスターの卵を孵らせて、一から育てるのだ。
その最大の利点は、食料さえ与えれば、魔力を消費させずに使役できること。その食料も、モンスターの階位によって違ってくるけど、大した出費にはならない。
『CC』では、このPMを参加させるコンテストやミニゲームもあって、しかも、PMは絶えず自分の後ろをついてくる。その愛らしさから、かなり人気を呼んだシステムだ。
そして、僕のペットがそのコゲツなんだけど……。
確か、彼女の性格は重度の甘えん坊だったはずだ。というか、そう言えば彼女の姿が見えないけど…………あ。
思い出した。ログアウト不能に気付く少し前に、第三ヘキサゴン『小地球』にある湖で、泳いでいるように指示を出していたんだっけ。
PMは、こんな風に定期的に、運動をさせる必要があるのだ。
「あー……」
僕は数瞬考え込み、そして、決断した。
「よし、此の度の任務、コゲツに任せよう」
第三ヘキサゴン『小地球』。
其処は、緑と自然あふれる楽園のような場所であった。同時に、「人がいない」地球の再現でもあり、其処の景色は制作者たるカーキが、感動のあまり涙を流す程である。
『小地球』のとある山奥。
うっそうと茂る木々の合間を、辛うじて木漏れ日が差すことで、其処は暗黒の空間より脱している。木々は何も語らず、時折小鳥の声が響くばかり。
そんな、神秘的で何処か生命の気配が消えかけているような、不思議な場所。
其処に、湖があった。
湖底は苔に覆われた石が並び、水自体は澄んでいるが、湖面は寧ろ碧く輝いている。風がないせいかまるで鏡のようになっている、そんな湖。
パシャリと、何かがはねた。
途端に、白い蛇の尻尾のようなものが、湖面から顔を出す。
「……ふぅ――――――――――――――――ッ」
次に湖面から顔を出したのは、人間の顔だった。
肌は肌色と言うには白すぎる色。髪の毛は、雪を芯まで塗り込んだかのように真っ白だった。傍目からだと白い肌と同化してしまうくらいの、そんな白だった。白い肌が透き通るほどきれいな水に入っているその様は、美しく、幻想的だ。
髪は短い。「男子」と言っても、通じてしまうほどだ。前髪は、目にかかるかどうかという程度の長さで、横髪も耳を隠す程度。後ろ髪もまた短い。
端的に言うと、ボーイッシュな髪型だった。
しかし、華奢で小柄な体格には不釣り合いなほど大きく膨らんだ胸が、少女であるということを証明していた。
少女は暫く湖面から首から上を出した状態で、少し雲が出てきた空を見上げていた。
その瞳は、まるで鮮血のように紅い。
「――――我が君……。あぁ、ぼくの心を掴んで離さないあの御姿。何故、ぼくはあの方の事ばかりを考えているのか……。
それは、ぼくがあの御方の事を堪らなく愛しているからだ。そう、此の愛は不滅だ。
嗚呼、あの御方に抱き付き、頬を此の舌で掃除する御許しを頂きたい……」
そう呟き、彼女は不自然な程紅く、長い舌で、ぺロリを舌なめずりをした。
その瞳には、妖しい光が瞬いている。
「……うん、そろそろいい塩梅かな?」
少女は呟くと、スルリと白魚のような指を湖の岸に伸ばし、起き上った。ズルズルと何かを引き摺る音。
少女が上半身を湖面から出すと、そこには長い、蛇の身体が続いていた。
七メートルはあるだろうか。彼女の下半身、より正確に言うと太腿から下が、白い鱗におおわれた、蛇の身体になっているのだ。
上半身の儚い雪のような華奢さなど、欠片もない程太く、たくましい蛇の足。いや、胴と足。
しっとりと濡れた髪を撫でつつ、少女はズルズルという音を放ちながら、濡れた身体をくねらし、湖の畔を歩く。いや、這っていく。
そんな自身の蛇体を一瞥し、少女は呟いた。
「はぁ……我が君を裸で抱きしめたい。我が君の体温を感じていたい。我が君をこの身体で包み込んであげたい……」
白い肌、頬の部分だけ真っ赤になる程朱に染め、少女は恍惚とした笑みで、長い舌を伸ばした。ねっとりとした唾液が零れ落ち、糸を引く。
暫く這うと、足もとに綺麗にたたんだ着物を見つけた。
少女がパチン、と指を鳴らす。
それだけで、さっきまで雫が滴り落ちていた彼女の身体は、直ぐに乾いた。
それは、真っ白な着物だった。
所々が藍色や紫色に染められ、幻想的な色合いとなっている。
少女が手早く着物を着ていた頃、彼女の感覚が、一人、近付く者を捉えた。
「…………」
タイミングの悪さに、少女は整い過ぎている顔を顰めた。
――――もうちょっと早ければ、裸体を見せつけてあげられたのに。
少女は運の無さを嘆きつつ、最高の笑顔で、愛する者を迎えることを決意した。
彼女の名は、コゲツ――――湖月。
高い身体能力と生命力を持ち、水を自在に操り、あらゆる幻術を使いこなし、病魔と健康すら配下におさめる、GAでは総督に次いで最高クラスの存在、GAに一九体しかいない天上級モンスターの一体――――“白蛇”である。
彼女の中にあるは、カーキのペット・モンスターとしての強い誇りと自負。そして、露骨すぎるまでのカーキへの純愛であった。
今までの作品で、ボーイッシュな髪形の女の子って登場させた事無かったなーとふと思って、彼女はこんな髪形になりました。……個人的には、ショートカットとボーイッシュは別物だと勝手に思っているんですけど、どうなんでしょう?
本作では「二番目に」ぶっ飛んでいるヤンデレキャラ。コゲツさんです。
まぁ、総督とコゲツはぶっ飛んでいるヤンデレキャラとして書いていく予定ですけどね(笑)。
御意見御感想宜しくお願いします。
そろそろ、更新のペースを落とそうかな……。もうストックないですし。