第四〇話 ティーチング・マテリアル 教材
遅くなりましたが、何とか投稿できました。
今話は若干難儀しました。カーキがコゲツを戻さない理由を語っています。
「船を造る、というわけですか」
第四ヘキサゴン『紅蓮工場』は、平坦地をほぼ工場群が犇めいている。その工場群を、槍のように鋭く尖った山々が囲い、その合間にまた工場がある。
一応、この世界には、海――――サイズ的には、寧ろ湖に近い――――もある。紅く輝く空の色を映し出し、鮮血のように紅く染まった海だ。
そして今、僕の目の前には、その海に喰い込むように伸びた人工的な地面――――埠頭が広がっていた。
「急造した割には、良い出来でしょう? 総帥閣下」
波風を浴びていた僕にニッコリと微笑んだのは、中性的な容姿の人物だった。
背丈はやや低めで、大きなキャスケット帽を被り、ハイカラーシャツの上に黒い和服という明治時代の書生のような格好をした、細めの人物だ。
髪が長いのと顔つきが相まってで女性にも見えるが、服装で漸く少年だとわかる。
但し首筋からは、容姿に似合わないごつくて立派な三日月型の角が飛び出ており、傍から見ると、背後から巨大な刃で貫かれたようにも見える。
胸には白い水晶を背景にピッケルとサーベルがクロスしたマーク――――第一工兵大隊のシンボルマーク――――が刺繍されており、そのマークはキャスケット帽にも刺繍されている。
少年は灰色の瞳を細め、柔らかい物腰で話し始めた。
「元々総帥閣下の御命令の元、『グレゴリウスⅢ世号』が停泊できるように整備いたしました。いざという時に修理や改装が行えるよう、併設してドッグの整備も行っております。建造設備を複数用意する拡張計画に基づき、建設は順調に進んでおりますので、あと三日もあれば完成するはずです」
ボーイソプラノの声を聞きながら、僕は頷いて少年の方を向いた。
彼は第一工兵大隊大隊長カリロエ。こんな見た目だけど、『CC』における土を操るモンスターの中では優れた実力を持つ上級モンスター、“地帥龍”だ。ハイモンスターの中でも飛び抜けた強靭さを誇る。“地鎧龍”のさらに上位種で、鎧龍系のモンスターの中では最上の能力を持つドラゴンだ。
さらに、加工系・製作系のスキルを徹底的に強化した御蔭で、そこらの武器ならば瞬時に作成できるすぐれた職人でもある。
ちなみに名前の「カリロエ」は本当は女性名だけど、創造した結果かなり女っぽい見た目になって違和感ゼロになったため、敢えて女性名を付けた。
「……この辺りは、こうなっているのですね。初めて見ました」
僕の後ろに立っているヴィオラが、興味深そうに周囲をキョロキョロと見渡している。レザースーツ姿の女性が工場の周囲を平然と歩いているのは色々不思議なものだが、そんなのは彼女に限った話ではない。まぁ、第四ヘキサゴンに駐屯している工兵部隊の隊員は、殆どがツナギ姿だけど。
「流石は偉大なる総帥閣下です。すでに見越し、建造設備の用意を下々に命じていたのですね」
一方、ヘールボップは感激にその身を打ちのめされたかのように、三対の翼を震わせている。……いや、『グレゴリウスⅢ世号』のためにドッグを造って、ついでに建造設備を造ろうと思い立っただけなんだけど、結果オーライだ。
「ここで船を量産すれば、ボニアラス協商島のものにでも偽装して、大陸へのアプローチが容易になりますね」
「ボニアラス?」
ヘールボップが嬉しそうに言うと、カリロエが小首を傾げた。顔がそうなら、仕種もイチイチ女性的だ。
水を差されたことにカチンと来たのか、へールボップは一瞬だけ顔を顰めると、カリロエに向き直った。
「まだ、大隊長レヴェルまで行っていない情報のようですね。“三日月大陸”南端近辺にある国家です」
正確に言うと、森林連盟のさらに南にある、大陸南端部……ではなく、大陸のすぐ南に位置する島国だ。まるで大陸から無理矢理引き裂かれたかのような位置にある、スリランカくらいのサイズのボニアラス島にある国家で、三日月大陸では一番の海運能力を誇る商業国。
それがボニアラス協商島。正式名称は、「ボニアラス協商及び海運連合統治島」という長ったらしい名前の国家――――みたいなものだ。正確に言えば、ダークエルフの民族五つが其々開業している海運団体の連合で、地球で言うところの企業連合だ。但しこのカルテル、どこの国家にも属していないボニアラス島を統治し、政府の役割を担っており、どちらかと言えば「東インド会社」に近いのかもしれない。企業が統治を担当しているという意味では。
統治者(政府)とトップ(主権者)がいて、国民もいるのだから、地球の定義で言えば問題なく「国家」だが、この世界では国家というより「商人の連合」扱いだそうだ。
『CC』世界では、ダークエルフはエルフと真逆の拝金主義者で、特に海に関する知識と技術は世界随一という設定だった。
『CC』におけるダークエルフは森の守護者たるエルフと違い、海岸を生活圏とし、海の神を信仰することで、森の守護者たるものの資格を失った種族だ。故に堕落した(エルフ観)、そして日焼けして肌が黒くなったこともあってダークエルフと呼ばれるようになったという背景がある。まぁ、ゲーム内ではクエストやイベントの発生背景を楽しむための知識に過ぎなかったけど。
その設定の一部が、この世界でも生きているらしい。
ちなみに、このボニアラス協商島、グンジョウ皇国のような遠洋進出、大洋支配、大陸間貿易にまでは手を伸ばしていない。あくまで大陸沿岸での沿岸航海による「海運」の覇者たちだ。
航海技術云々の前に、やはり大洋というモンスターの勢力圏を開拓するのは、ダークエルフ達にとっては「金がもったいない」のかもしれない。何せ大陸周辺の海運支配だけでも、相当の利益が得られることに間違いはないだろうし。
ちなみにボニアラス協商島の国力は、ローラムや北軍領・南軍領と言った大国には及ばないものの、経済力は比類するものがあり、大陸では“準大国”といえるかもしれない。
何せ沿岸航海すらモンスターの脅威があり、船舶を大量保有できるだけの国力を持つ国がごく少ないこともあって(そして大国でもローラムは閉鎖的、ウェルドリア諸侯連合は分裂し内戦突入、森林連盟は沿岸航海など興味なしの状態)、協商島は三日月大陸内の海運事業をほぼ独占しているとさえいえる。
つまり、言い換えれば、大陸沿岸部ならどこでも協商島の船が航行していても、まったくおかしくないということだ。
要するに、協商島の船を奪うか、或いは協商島船に偽装した船を用意できれば、警戒を気にせず大陸への偵察・上陸・補給が可能ということを意味している。
「青いコイン」(協商島国旗)は、ある意味大陸でとても信頼の高いシンボルといえるだろう。これを利用しない手はない。
「成程、そういうことですか」
説明を聞いたカリロエはポンと両手を合わせ、ニッコリと微笑んだ。
「彼の島には調査隊が赴き、交易船の設計図や交易路の情報を入手している。南軍領に残っているコゲツも情報を集め続けている。何せ南軍領は協商島交易船を通じ、ローラム製魔法具を多く輸入しているそうだからな」
この情報がコゲツから送られてきた時、僕はこの作戦を思い付いた。偽装船を上手く使えば、コゲツへの支援もぐっと楽になる。
能力が優れているとはいえ、ずっと危険地域にとどまらせているコゲツには頭が下がる思いだし、彼女は優秀だから、「交易船は全て同じ国旗を掲げている」という非常に重要な情報を届けてくれた。
感謝してもし足りない。
「宜しければ、自分が実物を手に入れて参りますが」
「……そうだな……」
サラリと言ってのけたヴィオラに、僕は思わず噴き出しそうになりながらも何とかこらえた。
確かに“監視”及び“捕縛”という能力に関しては、ヴィオラはGAでも圧倒的だ。時空を司るルカに対し、空間のみを司るヴィオラだが、その分優れた転移技術を持っている。遥か遠いところに浮かぶ船をヘキサゴンに転移させることなど、彼女にとっては容易いだろう。
「実物があった方が、模造は容易だろう?」
「はい。実物があった方が容易ですね」
『CC』では造船も可能で、それに関するスキルもある。工兵部隊にも、造船スキルを持つ者が何人かいるはずだ。
だが、GAで造船したことは、今まで一度もない。GAの戦力を完全整備した後に、移動手段である船でも造ろうかと考えていたところなので、挑戦したことすらない。
だから僕も、造船に関してはとんと自信がない。そもそも造船のスキルで、この世界の船を造られるかということも分からない。
『CC』世界における船と言えば帆船だが、魔法を利用した機関も搭載している。それがこの世界のそれと同一なのかも、僕にはわからない。
『グレゴリウスⅢ世号』に関しては、機関の複製は可能との回答が工兵連隊司令部より出ている。
但し、スウォンヒルザ帝国同盟の船舶機関とボニアラス協商島の船舶機関が同一かは、何とも言えない。設計図は手に入れているものの、本格的な分析はまだ先だ。
「では、特潜中隊にでも命じますか?」
「第一歩兵大隊に属する、水中活動専門部隊か……」
本当に、何でここまでゲームでは使い道がなかった部隊の出番が増えていくのか。僕はため息をつきかけるが、すぐに思い直した。
「……航行中の船舶を奪うとなると、乗組員の対処が面倒になるからな……。
よし、諜報班に頼もう」
「成程、変化精たちがいますからね。彼らを使うのもありでしょう。……ノフレテーテが、また新しいワーカーを生み出したそうですし」
「え? また増えたのか?」
僕が聞き返すと、ヘールボップは頷いた。
「はい、“アメンボ型”というそうです。水上移動が可能なタイプだとか」
驚いた。確かにこの世界に来てからノフレテーテの創造できるワーカーの種類がすごい勢いで増えている。『CC』の頃は、完全に運任せだったのだけれど。
「そんなワーカーがいたら、便利だな」
「クリエイトされたのは、現時点で四体です。訓練が終了するまでは使えませんが」
それに関しては、文句の言いようがない。訓練途上の部下を最前線に送り込むほど切羽詰まっていないし、僕自身、そんなことはしたくない。
「……それについては、後でノフレテーテから詳細を聞こう」
「カーキ様、一つ宜しいでしょうか?」
「うん?」
振りかえると、眼帯に隠れていない方の瞳を細めながら、ヴィオラが此方を見つめていた。
「構わないが」
「……では。そもそも第二次調査隊を帰還させたにも関わらず、何故コゲツを前線に残し、調査を行わせ続けているのですか?」
「ああ」
僕は声を漏らした。当初、コゲツには短期間の調査任務を命じていた。
でも、途中でさらに期間を伸ばし、長期任務になるとすでに本人に伝えてある。そう言えば、理由はルカにしか話していなかった。
「……理由は、この世界の“戦争”を知るためだ」
「この世界の、ですか」
ヘールボップの復唱に、僕は大きく首肯した。
「そもそもだ。仮に、仮にだ……この世界の国と敵対するとして、そう、戦争状態になるとして……僕たちはどのような戦術を取るべきか?」
僕の質問に、ヴィオラとヘールボップは顔を見合わせた。
まずはヴィオラが一歩前に出て、コツコツと眼帯を指先で突きながら思案顔をする。
「それは……攻めてきた敵を無力化すれば宜しいのでは?
いや、いや、それは消極的すぎるか……進撃して、敵の軍事設備を破壊または占領し、最終的に敵本拠地を抑え、降伏を促す。
いや、自分たちは律義に敵との“合戦”を行う義理もないのか。敵地に浸透戦術を行い、首都を強襲、敵国の首脳部を軒並み抑える。
こう言ったところでしょうか? 非才な自分には、これくらいしか浮かびませんが」
それを横目で見つつ、顎に指先を当てていたヘールボップが話し始める。
「逆の手も採れますね。攻めてきた敵を、一体残らず徹底的に潰し、消し済みとする。その光景を敵首脳部に見せつけることで、降伏を促す。
見せしめとして、適当な都市を灰燼に帰すという手もあるかと」
二人の思ったよりも過激な回答に内心顔を引き攣らせつつ、僕は首肯して人差し指を立てた。
「うん、そういう手が考えられる。だが、そういった作戦を成し遂げるためには、我々は敵と戦闘を行わなければならない。では、敵と相対した場合は?」
「戦闘になります。そして、排除します」
断言するヘールボップ。ヴィオラも同感だと言いたげに首肯し、不敵に微笑んだ。
「問題はそこだ。では、どうやって排除する?」
「敵が複数の部隊――――単位はわかりかねますが――――の場合、まずは重砲部隊や制魔部隊による魔法攻撃ですね。無論、各種支援魔法は事前に施したうえで、ですが」
「まぁ、それが定石だ。しかし、果たしてこの世界でそれは最適な行動なのか? 重砲部隊の編成、投入は最適解か? タイミングは? 位置は? 規模は?
はっきり言って、僕にはそれがわからない」
少しでも考えれば、わかる話だ。敵の規模、戦力、編成、そして地理や環境によって、此方が取るべき(或いは取れるべき)行動は変わってくる。ところが、僕は軍人ではない。『CC』でも、百を超える敵との戦闘なんて数えるほどしかない。『CC』のゲームの特性上、此方も同時に何百、何千という戦力を投入したこともなければ、指揮の経験もない。
それ以前に、モンスターの群れとの戦闘と、一国の正規軍との戦闘を同列に図ることなど、できるわけもない。
「さらに、敵の行動の予測もできない。敵のセオリーがわからないんだ。いや、もっと広義に、この世界のセオリーかな。どちらかというと、戦術の基本となる前提と言った方が正確かもしれない。或いは支配的な規範かな」
少なくとも地球世界には、このような戦場における一つの「枠組み」があった。当然だ。戦闘とは合理的に勝利を求めるもので、最終的な目的が勝利という一つのものに絞られるなら、どんな人間もそれを成し遂げるための過程は似たり寄ったりとなる。
肌の色が白かろうが茶色だろうが、象形文字を使おうがアルファベットを使おうが、技術レヴェルに大きな隔絶がなければ、人間が考えることなど同じようなものだ。
ましてや優れた戦術が生み出されれば遠い国の人間も模倣していくし、戦術というものは大抵の場合、先人たちの戦いを元に構築されていく。教材が同じなら、尚更同じ過程を辿るはずだ。
「これがわかれば、我々は敵の行動を予測できる。敵が予測できるような行動を取ることで、敵の油断を誘うこともできる。我々は異質な存在ではないと、思わせることができる」
人間は、異質というものを恐れる。この世界の人間にとって、僕らは例えるならば宇宙人だ。異質すぎれば警戒と敵意を育ててしまう。それは争いの元となるだけだ。
しかし、此方も相手と同じ基準の行動をとれば、恐れは和らぐかもしれない。希望を持ちすぎかもしれないけど、それが理解へと繋がることもあり得る。
いや、実質、余所の世界から来た上に怪物軍団なのだから異質の中の異質、超弩級の異質なわけなのだけど、別に僕はH=G=ウェルズの描いた侵略上等宇宙人ではないのだ。今のところは。
「だから、それを調べる必要がある。どんな時に、どのような行動をこの世界の軍隊はとるのか? それを知りたい。知らなければならない」
「知ることができれば、力になる」
「そう」
ヴィオラが指先で眼帯をクリクリと押しつつ、ニッコリと微笑んだ。
「流石はカーキ様。卓見です」
「成程」
ヘールボップもまさに天使のような微笑を浮かべ、何度も首肯した。
「戦争中の国と雖も、戦闘などそうそう起こるものでもない。戦力の再編、戦線整理は定期的に行わねばなりませんし、毎日戦闘を行えば、どんな大国でもあっという間に息切れします。
ならばこの世界の戦術を学ぶには、いえ、実際に見て情報収集するためには、必然的に長期任務となりますね」
「そうだ。第二次調査隊は無理だ。そもそも恒久的な編制ではないし、恒久的になるはずもない派兵だった。これ以上は兵站部門の負担が莫迦にならない。
そして僕たちがやらなければならないことは、それだけではない」
「それで、コゲツですか」
「彼女は頭が良い」
僕は自信満々に頷いた。もとより彼女の手腕は信頼していた。だからこそ一番槍みたいな役目を任せたのだから。
そしてそれは、僕の印象ではなく確たる実像となった。彼女が身をもって、自分の有能ぶりを実証してくれた。
「コゲツ殿ならば単身で求める情報が手に入れられる。そして長期任務にもっとも向いているのがコゲツ殿。そういうことですか」
黙って聞いていたカリロエが、合点がいったかのように両手を叩いた。
「そう。南軍と北軍の戦争は、僕たちにとっては格好の教材なのさ」
僕はそういうと、天に向かって大きく息を吐いた。
カーキの目的は情報収集ですが、あくまで敵を倒すためとか支配するためではありません。彼自身は、寧ろ非戦の方向で動いています。
ですが、その目的のために戦闘を避けられないとGAは考えています。
御意見御感想宜しくお願いします。
次話こそコゲツをもう一度出したいです。




