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混沌より出ずる軍団  作者: 皐月二八
第四章 アーミー・コープス・ホリデー 整備
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第三八話 プランニング 計画

 こんにちは、皐月二八です。

 今話、ちょっと長いです。切るタイミングが見付からない……。

 ここで、GAの戦力の基幹を成す各連隊について説明しておく。

 まず、第一、第二歩兵連隊。戦闘能力、守備能力・支援能力共にバランスのとれた戦闘部隊であり、所属人数ももっとも多い。第一総督アルマ=ティメイルの配下にある。第一歩兵連隊は「最強の連隊」と呼ばれるなど、精鋭部隊としての側面を持っている。


 次に、第一、第二防護連隊。衛生(回復・後方支援)部隊と防護(結界構築)部隊を中心に編制されている部隊であるが、最前線での活動が前提の部隊のため、戦闘能力も低くはない。盾と矛の役割を同時にこなす事が可能である。第二総督ルカ=ブレーンが監督している。


 第一、第二制魔連隊は、魔法攻撃および支援魔法のスペシャリスト集団であり、攻撃・支援能力共に極めて高い。但し歩兵連隊と違い、肉弾戦を苦手としている。こちらは第三総督フローラ=スピネットの管理下にある。


 第一、第二重砲連隊は、魔導砲を主力とした高火力、遠距離射撃や砲撃専門の部隊である。火力だけならば歩兵連隊を凌ぎ、制魔連隊をも超える代償として、防御面や機動力は前者に劣る。また、支援・守備能力も殆ど無く、制魔連隊と違って攻撃能力に偏った部隊編制となっている。第四総督ヒイロ=ウィルコックスに属している。


 第一、第二空中歩兵連隊は、機動戦闘に主眼を置いた部隊であり、何よりも機動性・展開能力・高速性を重視している。反面、歩兵連隊より守備能力が劣るが、機動力では他の追随を許さない。肉弾戦能力も、歩兵連隊に拮抗する程である。第五総督マナ=フルーレが率いている。


 以上の一〇個連隊が、所謂「戦闘部隊」に属する連隊である。

 残りの二個は「支援部隊」であり、前線に出てくることはあまりないが重要な役割を持っている他、戦闘能力も上記の部隊に比べて劣るというだけで、ないわけではない。


 まず、第一輸送連隊。食料、装備、物資、資材など、所謂「輜重しちょう」と呼ばれるありとあらゆる物の輸送を担当している部隊であり、フローラの配下の連隊である。


 そして、最後に第一工兵連隊。陣地の構築や基地の建設、クロノスの改装などを受け持つ部隊である。但し地球世界の「工兵エンジニア」と違い、第四ヘキサゴン『紅蓮工場』にて兵器開発、物資加工、生産なども行っている(ちなみに地球における中世の工兵も、投石機などの兵器の製作を担当していた)。彼らはヒイロ配下の連隊である。

 余談だが、地球世界では工兵は戦場での作業が主任務であるため、戦闘部隊という扱いを受けることが多いが、GAでは『紅蓮工場』での作業が主任務であるため、後方支援部隊と見做されている。


 そして、これらの連隊は連隊司令部が総括している。司令部は連隊長と司令部参謀数名で編制されており、その直下に二個の大隊司令部、各大隊、中隊、小隊が付随している。

 ちなみに、各連隊司令部は、例えば第一歩兵連隊であれば『大要塞』にといった具合に、管轄する総督のヘキサゴンに存在する。同じように大隊司令部や配下の部隊も、連隊司令部のすぐ傍にオフィスがあるのが普通である。そうなれば当然、司令部のみならず、一般隊員もその近くの兵舎で暮らすことになる。

 

 クロノスは唯の軍事施設ではなく、それ自体が一つの国のようになっている。国民はGA軍団員ならば、市長や知事に当たるのが大隊・連隊司令部となる。

 ヘキサゴンの警備はメイド隊、治安維持は憲兵隊の管轄であるが、それでも連隊司令部のヘキサゴンにおける役割は大きい。


 つまり、連隊長は総帥と総督を除けば、GAの中核をなす戦力であると同時に、指揮官でもあり、監督者でもある。






「どのように、行動するか……」



 ルカの言葉を、誰かがボソリと復唱した。それが宴会場全体に広がる程度に、静寂が満ちている。



「え? 外の人間、というか生命を一緒くたにゴミ箱に捨てちゃえばいーんじゃない?」


「いやお前馬鹿だろ」



 大隊長の一人が呟き、もう一人が即座にツッコミを入れた。まるで、そういう発言が飛び出すとわかっていたかのような早業である。

 言われた方は、「何で?」と言わんばかりに小首を傾げ、右手を軽くあげながら、のろのろと立ち上がった。



「……発言を宜しいでしょうか? 第二総督」


――――うわぁ。こいつか。



 そんな空気が充満しているのにも気付かず、少女はやたらと緩慢な動きで、ルカを見つめた。



「勿論です、ラリッサ第一制魔大隊大隊長。あと、以降は私に発言許可を求める必要はありません。この場にいる者全員、承知しておくように願います」


 ルカの淡々とした返答。ルカはチラリと、「うぁあ……」とでも言いたげな表情を浮かべているフローラを一瞥すると、湯呑を持ち上げ唇へと付けた。



「んじゃ……どーも、第一制魔大隊イッセイダイのボスやってます、ラリッサです。敬語苦手なんで、お偉いさんは怒らないであげてください」



 ラリッサと名乗った少女は、ゆっくりと全員を見渡した。

 海藻を連想させるような深碧の髪に、暗い蒼の瞳は何処か焦点があっていない。寝ぼけているかのようなボーッとした表情。小さい背丈に、水色の半袖のブラウス、白いネクタイ、黒のスカートとニーソックスと、まるで女子中学生(夏服)の様な出で立ちである。

 ブラウスの右胸には、GAのシンボルマークと、イタチと狐をごっちゃにしたような小さな獣がデフォルメされたマークが刺繍されていた。



「さっきは否定されましたけれど……ラリッサはですね。基本皆殺しで良いと思うんです。だって、それが総帥閣下のためになるでしょーし」



 寝ぼけたような表情のまま、ラリッサはビシリと人差し指を立てた。



「総帥閣下の御降臨されたこの世界……。以前の世界はですね、いろーんな人がいましたよね? 敵とか、総帥閣下のお友達様とか、なんちゃらかが。

 でも、ごしょーちの通り……今、ラリッサ達は新しい世界にいるわけですよ……」



 ラリッサはゆっくりと、政治家が演説を行うかのように両手を大仰に広げた。体格の良い壮年の男性がやれば様になっていただろうが、如何せんボーッとした表情の女子中学生風の少女がやっても威厳が皆無である。

 彼女は息を吐き、もったいぶるかのように間を作った後、はっきりと言い放った。



「……これって、運命じゃあないですかね?」



 パーンとイマイチ力がこもっていない手拍子をかまし、ラリッサは前を見つめる。



「そう、運命。運命なんですよ、コレ。総帥閣下の偉大さに平伏した運命が、総帥閣下に捧げたんですよ、世界コレを」



そして、再び全員を見渡す。



「だから、総帥閣下と奴隷たるラリッサ達以外を消しちゃいましょう。ハイ、決定」


「お前馬鹿だろ」

 


 先程ツッコミを入れた大隊長とは別の大隊長にツッコミを入れられ、ラリッサはまた小首を傾げた。



「タラッサはどう思う?」


「うーん……」



 ラリッサは立ちあがったまま、自分の横で胡坐をかいて唸っている少女を見下ろした。

 座っている少女は、瞳の色、髪の色共にラリッサと同じであり、髪形も同じだった。身体つきと顔つきも瓜二つとであり、見分けを付けるのは難しい。

 ただし、今は然程見分けを付けるのは困難ではない。何せ、服装が全然違うからだ。

 いや、正確に言うと、服の配色が全然違う。ラリッサと違い、少女は薄い緑色のブラウス、黒いネクタイ、白いスカートにニーソックスを身に付けていた。

 つまり、服装を入れ替えてもばれない程瓜二つということであるが、流石にカーキより賜った服を悪戯のために入れ替える程、この二人は節操無しではない。

 少女――――GA第一制魔大隊二大(・・)大隊長の片割れであるタラッサは、瞳をクワッと見開き、立ちあがった。



「全面的に異議なし!! タラッサもラリッサ同様、消しちゃえば良いと思いまーす!!」


 天に拳を掲げ、少女は美しい顔に熱気を込めて吐き散らした。



「立てよ! GA第一制魔大隊!! イッセイダイの力を見せつける時がやってきたよ者共ーぉ!!

 総帥閣下の御気を煩わせる邪悪なる魂、見・即・滅サーチ・アンド・デストロイ! いや、タラッサ達が見つけるより前に自殺して死ね!!」


「うっせーよ!!」



 とうとう我慢の限界が来たのか、一人の大隊長が立ち上がり、背中に背負っていた斧を、タラッサの脳天に振り下ろした。



「へぶちっ!?」



 阿呆な悲鳴が上がるとともに、タラッサの脳天に斧の刃が突き刺さる。ばっくりと開いた頭からは、噴水のように真水・・が飛び出した。

 さらに、その隣にいた大隊長が無言で短杖ワンドを振り、結界を構築する。

 御蔭でびしょぬれになったのは、タラッサとラリッサだけで済んだ。



「なにすんだダボが!!」



 割れた頭を強引に両手でくっつけ、タラッサが憤怒の表情で斧を振りおろした大隊長に飛びかかる。



「ちょ、ちょっと、落ち着いて下さい!」



 見かねたイトカワが立ち上がりかけるよりも、先に動いたものがいた。



 ポンとタラッサの肩に手が置かれる。



「はいはいタラッサちゃん、深呼吸して落ち着きなよ。そんなんじゃあ駄目だって言うことさ。熟慮断行、熟慮断行……」



 フローラ=スピネットだった。フローラはポケットから取り出した、ライフル弾程のサイズもある種をちらつかせつつ、微笑んだ。



「それとも、全部吸い取られたい?」



「……う、すみません」



 タラッサは目を伏せ、すごすごと座った。何時の間にやら頭は完全に元通りとなり、びしょぬれとなった彼女の身体や畳は、面影もなく乾いていた。



「君もだよ、まぁ、気持ちはわかるけどさ。『小地球』のお転婆大隊長を苛めないでくれると嬉しいなぁ。

 いくらこの双子に、“物理攻撃・斬撃無効”の固有能力があるとしてもさ」


「はっ」



 斧を持った大隊長、そしてタラッサも座るのを確認すると、フローラはすぐに席に戻った。



「……先程の発言ですが……ラリッサとタラッサの意見に賛成の者は……少ないですか」



 全員の表情を見渡し、ルカが進行を再開する。



「先程の発言に遭った計画については、此方ですでに議論され、棄却されています。すでにその旨は全連隊、全大隊に伝わっているはずです」


「あ、そーなんだ」



 ラリッサの呟きについて、最早突っ込む者さえいなかった。



「理由は一つ。主様……総帥閣下が、それを望まれていないからです」


「あ、それは仕方ない」


「お前もう黙れよ」



 雑音をスルーしつつ、ルカは再び全員を見やった。



「ならば、どのようにして総帥閣下に安寧を捧げるか……独自の判断をして、動いている連隊長が何人かいるようですが、それを話し合うのがこの場です」



 その言葉に、全員が頷いた。



「現状において、創造主様……総帥閣下が大量殺戮、武力による制圧を望まれていないのは明らかです」



 続いてアルマが引き継ぎ、話を進める。クリスタルが煌めき、表情の見えない彼女の心境を表しているかのようだ。



「総帥閣下は何よりも情報を優先なさっております。ですが、その情報とは殲滅、駆除のためのものではありません。総帥閣下がお求めになっているものとは何か――――安寧です」



 空気が一瞬にして張り詰める。全員の表情に、深い決意が刻まれた。



「脅威となる存在の確認、防衛力の強化、軍備の再編――――総帥閣下の御望みは、これまでの御命令からも明らかです」


「では、さらなる防衛力の向上に努め、情報収集能力を強化し、クロノスに籠っていると?」



 大隊長の一人が発言した。不満そうな口ぶりだが、咎める者はいない。



――――それは、外の世界の脅威に、偉大なる総帥閣下が屈服するも同義ではないか?



 そんな疑問が、宴会場の底に淀んでいくようだった。

 勿論、彼らとて馬鹿ではない。情報の大切さを否定するつもりも、慎重論を否定するつもりもないし、実際に彼らは、何百人もの部下の命をカーキより預かっている立場なのである。

 もとより、カーキの意向に逆らうつもりなどない。


 が、ラリッサとタラッサは行き過ぎだとしても、同じようなことを考えている大隊長とて、決して少なくなかった。総帥閣下の意向が明らかとなった今、それをあからさまに出す者が馬鹿双子(ラリッサとタラッサは同時に創造クリエイトされたので、この表現は正しい)だけだったというだけの話である。



「あー、君たち? 言いたいことはわかるけどさ、仕方がないことなんだよ? 何せ、この世界は以前いた世界とは別物だ。地理も国家も異なる。聞いたこともない魔法や、白帝のような未知のモンスターの存在も確認できた。

 アレ以外、というかアレ以上のモンスターが出ないという保証も、アレに類する戦力をどこぞの国が保持していない根拠もない。わかっていないわけではないだろう? 簡単には動けないさ。 軽挙妄動、軽挙妄動……」



 フローラが、敢えて大袈裟にそう言ってのける。皆が周知している事実を改めて言うことで、部下たちの不満を逸らしているのだ。



「……まぁ、この世界が御主人様に捧げられるべきってのは否定しないけどさ。天理人道、天理人道……」



 さり気無く全員の心境を代弁しながら、フローラは大きく肩をすくめ、苛立ちを隠すかのように息を吐いた。

 それを見て、不満げな表情を浮かべている何人かも顔に苦笑いを浮かべた。



「守勢防御など、手緩い。籠っていては何も変わりません。戦争は、攻めなくては決して勝てない。総帥閣下の御意志に反しないまでに、攻めていくべきでは? 無論、情報収集と整理・対策をしたうえで、ですが」



 一人の大隊長が挙手をしつつ、真剣な表情でルカを睨んだ。



「……情報の分析は、戦略参謀局ですでに大部分が完了しております。もっとも、それよりも前に連隊長で動いている者もいるようですが。……イトカワのように」



 ビクリとイトカワが両肩を震わせ、ルカの方に顔を向けた。



「あ、それってイトカワ様に言われて、タラッサの第七五冬季戦中隊(ナゴトキ)を貸したヤツ?」


「ちょ、ちょっとタラッサちゃん!」



 面白そうに笑うタラッサに抗議をするイトカワだが、その顔はあまり焦っていない。



「……調査隊に氷精スノー・フェアリーたちを同行させただけですよ。だって、ローラムをしっかり壊せるか、確かめたかったですし……拠点も欲しかったと思いまして……」



 イトカワの声は小さいものの、しっかりとした意志が籠っていることが彼女の表情から窺えた。



「他にも、動いている連隊長や、大隊長もいるようですが――――私は、一つ提案いたします」



 ルカの言葉に、全員が注目する。


 ちなみに、ルカが独自に動いている幹部たちの功罪について言及しないのは、彼らの行動がカーキの命令(調査隊の派遣と防衛力強化)に違反するものではないことと、調査隊そのものが各総督の配下より戦力を出し合って編制している特殊な部隊であるため、戦力を抽出する方の意志や、当の調査隊そのものに、大きな裁量権が与えられていたからである。

 便宜上、調査隊の指揮・監督は戦略参謀局が取り行っているが、元々戦略参謀局(ルカ)は大まかな規定と部隊に派遣される場所、そして調査隊への支援活動などについて決定したくらいのことしかしていない。


 立候補する部隊はそれこそ山のようにいたので(本来ならヘキサゴン防衛担当のメイド隊の者すら手をあげ、即効ドートロシュらにシメられた程)、どの部隊を選ぶかは完全に各総督に丸投げされ、その総督が事細かい人選や作戦を連隊司令部に一任する、という形式が取られている。


 ここら辺りは、元々泥縄どろなわ式である「GA第二次調査隊」そのものの弊害であるとも言えたが、現実問題として時間があまりにもなかったため、カーキはもとより、完璧主義である総督や連隊司令部も泣く泣く納得している。

 何時、未知の敵が攻めてくるかわからなかったこと、そしてヘキサゴンの強固な防衛が破られる可能性さえ皆無とはいえなかったこと、何よりこの世界への転移そのものがカーキの想定を遥かに超える(というか、次元さえ異なっている)大災厄であった以上、仕方がないと言える。


 もっともその背景には、コゲツによる最初の調査が予想以上にトントン拍子で進んだという笑えない現実があったりするのだが。本来はコゲツの調査中に計画の組み立てと人選を入念に行うつもりが、あっさりとコゲツが情報を入手できたために、逐次編成、投入という流れとなってしまった。

 カーキが想定していた“最悪”と、この世界の実情のギャップが想定以上に大きかったということと、『CC』時代では、GAの精強さ(そして軍団員の忠誠心)を心の底からカーキが実感できていなかったという事実の産物である。


 もっとも、そんなことを言い出せば、現実世界リアルでは一介の作家に過ぎなかったカーキに、突然発生した以上事態に対処するため、約四万の部下たちを効率的に使役しろということ自体が特大級の無茶ぶりなのであるが。



もしもの時(・・・・・)に対して備えをするのが、我々の役目。よって、この世界における我が方の戦力投入能力が如何程かを図るための“演習”を行う――――これが、戦略参謀局のGA戦力整備計画の最終目的です」






「“船団”といいますと……艦隊戦力ではなく、輸送、交通手段としての船舶建造ということでしょうか?」



 僕が差し出した書類を大事そうに両手で持ち、ヘールボップが此方を見た。



「そうだ。“艦隊”ではなく、“船団”。より正確に言うと、輸送船団だな」



 僕は小さく首肯し、ヘールボップとヴィオラを交互に見やった。



「ルカたち――――戦略参謀局の資料を呼んだよ。そこそこの情報が手に入っていて、何よりだった。近くの地理も大まかだけど頭に入った。

 この島――――グンジョウ皇国風に呼ぶと“カオ・クロヌ”だけど――――の周囲には、大きな国家が幾つかある。筆頭はローラムに、北軍、南軍、森林連盟。……まぁ、あっちの大陸の方は置いとく」



 指を三本立てると、二人の顔が僅かに歪んだ。狩るべき標的を見つけた狼のような目に、思わず顔が引き攣りそうになる。



「ところが現状、これらを気にする必要性はあまりない」


「我が方の戦力が圧倒的に上だからですか」


「いや」



 ヴィオラの指摘に首を振り、僕は立ちあがった。そして壁にかけられている、カオ・クロヌを中心とした巨大な世界地図(戦略参謀局の力作だ)の前まで歩く。

 腰から相棒の指揮棒タクトを抜くと、カオ・クロヌを指した。



「現状、クロノスへと続く場所がカオ・クロヌ、島しかないからだ」



 第一ヘキサゴン『大要塞』を始めとするクロノスがある場所は、ある種の異空間だ。しかし、入口はカオ・クロヌにしかない。



「つまり、万が一敵が攻め込んできた場合でも、敵がクロノスに侵入してくるにはカオ・クロヌまで来るしかない」



 勿論、突然何処か別の場所に入口が侵入して敵が流れ込んでくる可能性もゼロではないが、そんなことまで考慮に入れては如何にもならないので、ヘキサゴン内の防衛力強化でお茶を濁す他ない。



「敵が飛行系の魔法か空を飛べる固有能力でも持っている場合、あるいは確認は取れていないが、飛行機に類する兵器を敵が保持していた場合でもない限り、敵は船に乗ってやってくることが第一に考えられる」


「はい。ですので第一工兵大隊が、島の沿岸部に魔導砲陣地を構築しました」


「うん」



 古今東西、ちっぽけな島をめぐっては、信じられない程の長い時間がかかり、夥しい犠牲者が出た。

 島嶼をめぐる戦闘の場合、守る方が異様に有利で、攻め込む方が悶絶したくなるくらい不利だ。


 ちっぽけな島は兵を養う力も弱いし大勢の戦力を駐屯させることもできないが、代わりに要塞化が極めて容易だ。そして仮に攻め込む方が一〇〇万の戦力を持っていたとしても、その一〇〇万を標的の島に送り込むことはできない。

 何故なら一〇〇万の戦力をその島に送り込むには、一〇〇万人が海を渡る手段を必要とするからだ。具体的にいうと、飛行機、あるいは船舶となる。

 が、飛行機は何万単位の戦力を送り込むには、御世辞にも向いている輸送手段とは言えない。船にしても、大量の人員を送り込むには大規模な船が嫌になるほど必要だ。

 当然、それらを護衛する戦闘艦も必要となる。何百人ものの兵士と支援物資が満載された輸送船舶が撃沈されるなど、された方からすれば悪夢でしかない。


 この世界に僕たちが知る揚陸艦や輸送艦のように大隊、連隊規模の戦力を輸送できる船があるかどうかは分からないが、この世界の海にはモンスターがいる。馬鹿でかい大型船など、モンスターの前では標的でしかない。建造にも膨大な時間と資材が必要になるし、そうあるとも思えない。

 ベケットさん曰く、この世界の海運は沿岸航海が主流だそうだし、大規模な外洋海軍を有している国はグンジョウ皇国くらいのものだ。そのグンジョウ皇国にしても、彼らが開拓した海洋横断航路の防衛のために、大型艦艇の大多数が戦闘艦で、輸送能力は低い(それでもこの世界では最大クラスだそうだけど)。というかあの国は大洋に点在する無人に近い島嶼確保と航路の整備に熱心で、大海軍を駆使した侵略戦争なんてあまり考えていないようだ。

 まぁ、侵略戦争、しかも海を渡っての戦争なんて卒倒したくなる程金がかかることくらい、一般人の僕でも知っている話だ。


 要するに、カオ・クロヌに大軍を派遣する程の海軍を有する国は、この世界にはほぼ存在しないと言っても良いということだ。


 話を戻すが、島嶼防衛において僕が真っ先に思いついたもの、それが沿岸陣地だ。

 陸上の砲台と戦闘艦の大砲が撃ち合いをしたら、前者が圧倒的に優位というのは自明の理だ。何せ、陸上砲台は海には沈まないし、浮力なんて無関係だから幾らでも重装甲にできるし、砲の数やサイズも船のサイズに縛られることがない(この「サイズが限られた船舶に、どれだけ多く砲を乗せられるか」という命題に対処するため、何層もの砲列甲板を持つ大型の戦列艦が生み出され、集団で運用されたわけだけど)。


 映画でしか得ていない浅い知識をもとに、僕はそう結論し、島に沿岸砲台陣地を作りまくった。



「防衛については何とかなる。しかし、此方が攻めとなる場合……いや、攻勢防御に出る場合が問題だ」



 僕の言葉に、二人は神妙そうな表情を浮かべた。



「重砲連隊が遠距離から撃ちまくる? 五総督が一挙に攻めまくる? 空中歩兵連隊が空から攻め込む? それも一つの手だ。しかし、海というものは強固な要塞にもなるが、地の上を歩く生き物にとっては障害物であるのが基本だ」



「……自分やヘールボップの火力なら、軍艦の一〇隻や二〇隻程度など薙ぎ払って御覧に入れますが……確かに、戦力投射の手段が多いことに、こしたことはありません」



 僕の言葉を受け、ヴィオラが瞳を閉じ、眼帯部分を指でコンコンと突きながら頷く。

 そう、念には念を入れることが大切だ。ここがやられれば、僕だけではなく、GA軍団員皆が危険にさらされる。

 そもそも僕が死ねば、僕が魔力を供給することで力を得ている軍団員たちがどうなるか――――想像したくもない。


 万が一にも、此方の大軍が大陸に攻め込む事態となることさえ、考慮に入れるべきかもしれない。現行では魔法による転移や飛行、潜行くらいしか海を渡る手段がなく、それで幾つもの部隊を輸送するのはいかにも非効率的だ。

 調査隊は精々三桁規模だから、隊員輸送も支援物資輸送も現状でどうにかなっているが、GA兵站局から「これ以上支援物資の量と輸送場所が増えれば、パンクする可能性も少なからず存在する」との報告を受けている。……兵站局局長のガリレオは誠実だし、ありのままの現実だろう。


 或いは何処かの国とか組織と課と接触した場合、船という輸送手段が此方にあることを見せつてる必要性も出てくるかもしれない。所謂「砲艦外交」みたいなものだ。此方が強力な戦力を常時、好きな場所に展開できるぞと視覚的に脅すことで、利益が得られるかもしれない。



「……では、何故戦闘艦艇による艦隊ではなく、輸送船による船団なのですか? 確かに私の記憶では、『紅蓮工場』も流石に船舶までは開発したことがないはずですが、我が方には『グレゴリウスⅢ号』という現物の戦列艦が存在します……下等な外の世界から来た拿捕船ですが。

 アレを元に戦列艦、或いはGAに相応しき、より強力な戦闘艦を建造することは不可能ではないと……考えますが……」



 ヘールボップが少々声を落として言う。演出家で自信家の彼女がこんな物言いになるのは、彼女自身が、自分が軍艦建造について門外漢であることを承知しているからだろう。



「それも悪くない。が、唯でさえ大型船舶建造と言う未知の領域をやろうというのに、いきなり戦列艦は冒険が過ぎると考えたまでだ。

 まずは非武装船。軍艦建造は、ノウハウを得た後でも遅くはない。木材などの資材は大量にあるとはいえ、資材、そして時間を使い潰して良い理由にはならない。

 技術的冒険は、あまりしたくはないな」


「私の認識不足でした。御許し下さい」



 頭を下げるヘールボップに手を振り、僕は自分の椅子へと戻った。


 そして、ふぅ、とため息をつく。



――――もしもの時に相手と交渉し、物資を朝貢・提供する事態になった場合のため。



 こんな目的もあるんだけど、それは心の中に押しとどめておくことにした。






 GA戦略参謀局はカーキに安寧を捧げるために外の世界への侵略を考え、カーキは最後の手段として侵略の可能性を僅かに考える程度。

 ギャップはありますが、共通する目的と手段があります。


 ちなみにバカ双子ですけど、この二人は次話でもっとやらかします。というか、今話は大人しい方です。

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