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混沌より出ずる軍団  作者: 皐月二八
第三章 グランドマスターズ・プレイ 盤上
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第三六話 トップ・フロア 掌握

 今話で、ルトガリオ編は一段落。

 というわけで、お久しぶりです。多分、これが今年最後の更新となります。

 第三ヘキサゴン『小地球』にあるクロノス一大きい山である“麹塵きくじんの山”。標高四〇〇〇メートル近いこの山の中腹に、“花香邸かこうてい”と呼ばれる大きな屋敷がある。

 花畑に囲まれた、木で造られた屋敷は立派で、兎に角大きい。白い塀に外周を囲まれ、敷地内には枯山水まである。


 この山の山頂には、“翡翠ひすいの城”という西洋風の小さな城があり、そこが第三総督フローラ=スピネットの住居兼『小地球』の中枢となっているのだが、この花香邸は、カーキがもっぱら休憩所や慰労の場(そして諸事情で大量に余った木材の有効活用)として整備された建物である。

 『CC』時代では、カーキは総督や部下を引き連れ、ここで麓の景色を眺めたり、手塩にかけて育てた美しい花畑を見たりして、宴会を行ったものだ(無論カーキにとっては宴会の真似事ではあるが、NPC達にとっては立派な大宴会として記憶に残っている)。


 そのため屋敷の中央には、一〇〇人は入れそうな大宴会場が存在する。カーキが苦労して開発した、最高級品にも劣らない畳が敷かれ、縁側からは小さな池と松の木が良く見える。

 実に、和風な空間だった。


 もっとも、ここの管理もまたフローラの仕事であり、スコットランド風の妖精のような出で立ちの少女がしょっちゅう出入りしているため、和風のイメージは軽く吹き飛んでいるのだが。


 その日もまた、何時もの格好で花香邸にやってきていたフローラだったが、今日は如何にも慌ただしい。


 大勢の兵士が、漆が塗られた長机を運び込み、並べていく。



「フローラ様、全て並び終えました!」


「うん、有難う。準備万端、準備万端……」



 兵士たちに指示を与えていた、白衣を着た青年の敬礼に笑顔で首肯し、フローラは天井を見やった。



「大勢での会議は、『大要塞』の方が設備とかも整っているんだけど……今回ばかりは、『小地球ウチ』でやるしかないなぁ。何せ本当に例外なく(・・・)全連隊長も呼びだすなら、アイツも呼びださなきゃあ駄目だもんなぁ」


「イトカワ様ですね。あの御方が『小地球』から離れるのは、あまり宜しくありません」


「流石に御主人様に許可を頂かないと、あの女は動かせないよ」


 フローラは小さく息を吐いた。

 『小地球』はGAの第二の要(第一の要は当然、総帥たるカーキである)と言って過言ではない場所である。何せ、GAが使用する食料、水の生産を、ほぼ一挙に引き受けているのがこの『小地球』なのである(ちなみに医療品などの他物資の加工・製造は第四ヘキサゴン『紅蓮工場』が担当。但し、原材料の大部分は『小地球』で生産している)。

 幾らGAが精鋭とて、食料や水は欠かせないし、兵隊が食料不足に陥れば、四国程の面積を持つ工場群も、何の役にも立たない巨大なガラクタである。

 それら生産物の管理はフローラと、彼女の配下にあるGA兵站局の重要な仕事であるが、あくまで上位組織であるので、現場における「管理」を担うのは、『小地球』に駐屯している各部隊たちである。


 『小地球』の部隊はほぼ例外なく、戦闘部隊であろうとも、食料や水の生産、管理を仕事のうちの一つとしていた。

 そのため、『小地球』の主力戦闘部隊である制魔部隊――――魔法戦闘、補助のエキスパート部隊――――は、モンスターの中でも生産スキル、そして魔法スキルに優れている精霊系統のモンスターが中心となっている。


 彼らは魔法部隊として、戦闘に支援など、幅広くこなせるGAでもとりわけ優秀な部隊であるが、その反面、第三ヘキサゴンの自然管理も担当しているため、特に幹部クラスはそう簡単に動かせない。


 特に第一制魔連隊連隊長であるイトカワは、『小地球』の水源全てを一括管理している。ある意味、彼女がクロノス、ひいてはGAの命脈を握っていると言っても、決して言い過ぎではないのだ。



「今回のことは、何せ御主人様にも内緒だ。ヴィオラとヘールボップが上手く隠してくれているから、今のところは流石の御主人様もお気付きになっていないはずだけど……」


「まぁ、総帥閣下なら、笑って許してくれそうですけどね~」



 後ろから聞こえてきた声に、フローラはガックリと肩を落とした。

 自分が途轍もない背信行為をしている気がぶり返してきて、舌を噛みちぎりたい衝動に駆られてしまう。


 実際、各総督には配下の連隊長・大隊長や局長・旅団長(つまり上級幹部)を呼びだす権限が、カーキから与えられている。

 さらに、カーキが一番信頼している参謀であり、総督の纏め役であり、実質的な副総帥とまでいえる第二総督ルカ=ブレーンには、他の総督と幹部たちを収集して「定例会」を開く権限が与えられている。

 ちなみに、第一総督アルマ=ティメイルにも当然与えられているのだが、彼女は副総帥というよりかは最終兵器という位置づけなので、権限はあっても、当人すら使用しようとしたことはない。あくまでアルマにとって、自分とはカーキの奴隷オモチャなのである。


 勿論、GAの今後の動きを左右するような重要な会議であれば、カーキが出席しなければならないし、カーキがいない状態でそれを開く権限は、非常時を除いてルカもアルマも与えられていない。

 そもそもGAは“軍団”であるが、カーキに絶対服従の組織なので、カーキの命令や意向がGAの絶対方針となる。その意味では、GAの今後の方針について、カーキ抜きで会議すること自体不毛である。


 もっとも、それを言い出せば、カーキが絶対的な権限を持っている以上は、総督や連隊長などの上級幹部たちとカーキが、会議すること自体が不要であるとも言えるのだが、元々この「定例会」というシステムそのものがカーキの産物であるため、その点については、誰も気にもとめていない。


 要するに「定例会」での決定は、GAの政策に深い影響を与えるようなものではないのである。

 従って「定例会」は、実際はGA上級幹部のお茶会や暇潰し(という名の模擬戦)も兼ねていることが多い。というより、そちらがメインの目的となっている節がある。

 そのため「定例会」の開催については、いちいち総帥たるカーキの許可を必要としていないし、その内容及び結果・推移をカーキに報告する義務もない。


 つまり、フローラがしていることは、別に命令違反でも規律違反でもないのである。

 ないのではあるが、そう割り切れれば苦労はない。



「……ヴィオラのヤロウ、普段から夢でもうつつでも御主人様を見ているようなストーカー女なんだから、こんな時くらい囮役になって、表に出てきてくれっての。変なところでシャイな女だよ。理解不能、理解不能……」


「専属部隊隊長クラスや総督クラスの総帥閣下への愛と行動は、似たり寄ったりだと思いますけど~」


「アネット、五月蠅い。私をあんな堅苦しい悪魔と一緒にしないでくれよ。」


 フローラが後ろを振り向く。そこに居る少女のフランクさというか、遠慮のなさは嫌いではないが、それも時と場合による。

 総督に睨まれた少女は、困ったような笑みを浮かべ、手袋に包まれた手を頬に添えた。


「ん~、でもでも~、アネットは、そう思うんです~。アネットがそう思うんですから、そうなんです~」


 サラリと凄まじい発言をしつつ、おっとりとした口調で話しているのは、フローラと同じくらいの背丈のメイドだ。髪は金色。後ろ髪は、地面についているほど長い。瞳は綺麗な空色で、両頬に薔薇を思わせるボディペイントが施されている。

 第三ヘキサゴン『小地球』の先任メイド、アネットである。


 その物言いに、フローラと先程まで報告していた白衣の青年が、示し合わせたかのように顔を見合わせた。

 各ヘキサゴンを担当する先任メイドの中で、一番「我が強い」のがこのアネットだ。



「……まぁ、いいや。ガリレオは兵站局に戻っていいよ。悪いね、雑事で呼び出したりして」

 


 どうやら両者ともに、スルーすることにしたらしい。白衣の青年は無言で敬礼し、くるりと背を向けて歩き出した。白衣を突き破っている小さな茶色の翼とライオンの尻尾が、ゆらゆらと揺れている。



「あ、ガリレオ兵站局局長ぉ~」



 アネットに呼び止められ、ガリレオと呼ばれた青年は立ち止まり、黒い長髪を揺らしながら振り返った。



「何だい、アネット君」


「いえいえ~、ちょおっと、気になることがありまして~」



 アネットは小首を傾げ、態とらしく唇に指を当てて微笑した。そして、のんびりとした口調で言い放つ。



「……さっさと、総帥閣下に万物が跪く社会を創ろうとする……その心がけは立派ですけど~、ちゃあんと、私たちも(・・・・)嚙ませてくださいね~」


「……無論だとも」



 苦笑し、兵站局局長ガリレオは、再び歩き出した。

 そんな光景を眺め、フローラは小さくため息をついた。



「……ったく、抜け駆けは程ほどにしておけっての。兵站局は野心家が多いから困りモノだよね。ま、ちゃんと理性は持ってるし、精々大陸の半分を消し飛ばすくらいで済ますだろうけどさ。

 でも、どっちにしろ……」


 そこまで言うと、フローラはポケットから取り出した種子を、天に捧げるかのごとく掲げた。



「汚れた先住民共がいない、新しい大陸でも創っておけば、いざという時の保険にはなるよね。

 そうすれば、何処の土地を消してはいけないだのなんだのは、無意味な議論さ。蛙鳴蝉噪あめいせいそう、蛙鳴蝉噪……」



 楽し気に笑い、フローラは種を指で弄ぶ。彼女の指の中で、大地を喰らい、大地を創り出す植物の種が、産声をあげられる日を心待ちにしていた。



「それにしても、連隊長共も連隊長共で、独自に動いているよねぇ。……そりゃ、誰だって御主人様には褒めてもらいたいものだしねぇ」






「……いやいやいや、自重してくれねーっすかね?」



 願望というより、糾弾に近い同僚の放った一言に、キャリスタ=ベケットは、思わず頷きそうになった。

 そこは、機構の本部――――その中でももっとも重要な場所と言っても過言ではない、大会議室だった。

 子供が球技でもできそうなほどに広いその部屋の天井は高く、四方の壁には一面に棚が置かれていた。

 棚の中身はきちんと整理されており、モンスターの資料、地図、機構の組織図、大陸各国の資料や機構の支部などの資料、そしてこの大会議室で行われた何千を超える会議に関する資料など……あらゆる資料が綺麗に詰め込まれていた。

 おそらくここに詰め込まれている資料を全部積めば、最新鋭の軍艦でも沈むのではないだろうか。そんな想像さえ容易に浮かぶほどの資料である。


 そして、その一部が、深紅の絨毯が敷かれた床に、盛大にぶちまけられていた。

 床が三部に紙が七部。例えるならば、そんな惨状である。見る者が見れば、これを元に戻す作業を想像するだけで、奇声をあげて引っくり返るに違いない。



「どの道、全てコピーして持っていくから心配無用よ」



 第五総督マナ=フルーレは、シーチの提言にもまるで気に介さず、長い脚を組み、巨大な円卓に腰をおろしていた。未だにそこら辺を舞っている(正確には、マナが浮かしている)紙を適当に指でつまみ、一瞥しては放る。どう見ても、建設的な仕種とは思えない。十中八九唯の戯れである。

 そんな行動でさえ絵になるのだから、この男装の麗人は恐ろしい。そんな自分のことを棚にあげた場違いな感想を頭に浮かべ、ベケットは天井を見上げた。


 天井の木目を数えて現実逃避しようにも、彼女の視力を持ってしても、ここの天井は霞みがかって見えていた。



「アルマが機構を支配してくれたおかげで、ここはもはや、ロードの掌の中」



 そう言って、マナは摘まんでいた紙を、椅子に座ったまま動かない老人の一人に投げつけた。虚ろな目をし、驚愕したままの表情を張り付けた老人は、まるでお化け屋敷に出てくる顔の歪んだ人形のようだった。



「この連中も、ロードの奴隷ね。まったく、ここまで強く精神支配する必要もないように思うのだけれど」


「だからと言って、資料の山を無造作にひっくり返して、遊んでいる余裕なんてあるんすか? 一応、敵地っすよ? ここ」



 堕天使が誰かを諌めるという世にも珍しい光景だが、気にする者は誰もいない。ベケットでさえ、すでにこの程度では片眉すら動かさなくなっていた。



「問題ないわ。すでにアルマは帰ったから、私の任務の半分は終了。あとは子守・・の任務だけれど、それも機構さえGAの手の中ならどうとでもなる。そこらの軟な傭兵に潰される程、雛鳥でもないでしょう」


「まぁ、ウチは雛じゃなく堕天使っすけど」


「ゴシクが少し戦闘をしたようだけど、ゼニットは職務に忠実な梟だから、任務遂行に支障が出る程の損害を受けたのなら、這ってでも報告に来るはず。アルマの通信妨害が顕在な今でも、それくらいのことならできるわ。

 状況から言って、相手は噂のカオンだろうけど……余程数で負けていなければ、あるいは奇襲でも受けていなければ、どうとでもなる相手よ」



 それにはベケットも賛成だった。機構さえ押さえてしまえば、ルトガリオの巨大組織は都市行政府のみ。彼らが持つ戦闘部隊もあるにはあるが、カオン以上に治安維持に特化しているため、軍隊を相手にするのはまず不可能だ。ましてや、相手がモンスターの軍団だったら、ノウハウも何もかもが無い。都市の中で犯罪捜査や民間人の逮捕をしている連中には、下級レッサーモンスターとの戦闘経験すらないだろうし、知識もない。


 ルトガリオには多くの実力派傭兵たちが常に一定数いるが、それさえも第一総督が支配を進めているという。

 荒くれ者が多い傭兵とはいえ、いきなりベケットたちに斬りかかってくるようなことはそうそうないし、余程のヘマさえしなければ、彼らが脅威として襲い掛かってくることはないだろう。

 そもそもシーチは兎も角、ベケットは元特殊部隊の隊員なのだ。敵地への侵入、潜伏など、別に珍しくもない。与えられた任務も、現地で傭兵として活躍し、傭兵目線での情報収集をしろというもので、わざわざ危ない橋を渡る必要性はない。要は、普通に傭兵として暮らせばよいのだ。


 それに加えて、今は堕天使の相棒と、総督の護衛(兼監視)も付いているのだ。後方支援の体制も、十分整っている。任務としては、寧ろ容易い方に入るだろう。


 無論、だからといって、楽観して良い理由にはならない。



「それに、どうせ私もすぐに帰るわ」


「……あー」



 シーチは合点が言ったかのように、口を閉じた。



「どういうこと?」



 ベケットが尋ねると、シーチは頭を掻いて、ベケットの方に向き直る。そして、死人よりも白い指先を、総督へと向けた。



「何だかんだで、戦闘の機会がなくてショックなんすよ、この総督ヒトは」



 第五総督の意外な一面を垣間見て、ベケットは僅かに目を見開いた。






 

 本当は少しはマナさんの戦闘シーンや、ベケットさんたちの傭兵シーンを入れる予定だったのですが……一先ず、クロノス、そしてGAの話に戻って、GA上級幹部はどういうことを考え、どういうふうに行動していくのかを決めていくシーンを先に書くことにしました。


 つまり、世界の命運を握る会議の始まりです。ある意味では。……カーキが同意しなければ、どういう結論になっても意味ないんですけどね。


 次話から別の章に移り、暫くクロノスの中のシーンを書いていこうと思います。


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