第三五話 リターン・ファイア 応戦
漸く忙しい時期が終わった……夏とか、もう嫌です。
そんなこんなで組織戦。でも、規模も小さいし時間も短め。まぁ、肩慣らしですので。
小隊長ゼニットの判断と行動は素早かった。
「警戒! 敵勢力の把握に努めよ、敵情報把握が完了するまで、各員は自衛行動のみを可とする……分隊長の指示に従え!
負傷したボストチヌイを下げよ……対集団陣形用意!」
GAにおける「小隊」とは、小隊ごとに運用目的に大きな違いがあるが、共通している点もある。
おおよそ三〇名、三個程度の「分隊」で構成されている戦闘単位であるということと、集団での対個体、もしくは対集団戦闘を想定して編制されているということである。当然、猟兵小隊も例外ではない。そしてその中の精鋭部隊である第一空中歩兵大隊第五四九猟兵小隊もまた、セオリーに則った編制であった。
そしてゼニットは、敵が単体である可能性は極めて低いと考えていた。敵が斥候目的の単体であれば、いきなり不用意に攻撃を仕掛けてくるはずがない。そして敵が圧倒的力を持つ、こちらの殲滅目的の単体であれば、わざわざ通信するために集団から少し離れた通信兵ボストチヌイを狙うようなまどろっこしい上に、リスクの高い真似をするはずがない。
よって、これは集団による殲滅目的の攻撃の開始だとゼニットは咄嗟に判断した。仮にそうだとしても、ボストチヌイだけを狙ったのは変であるが、その点についてはゼニットは敢えて無視していた。
敵の事情がどうであれ、此方が「先制攻撃」を受け、部下一名が被弾したことは動かぬ事実なのだ。考えるのは、迎撃態勢を整えた後で幾らでもできる。
あくまでも集団という戦闘単位の指揮官であるゼニットは、一流傭兵たちを複数相手取れる上級モンスターであっても、コゲツのように自ら率先して敵陣に突っ込んでいくような真似はできない。彼はあくまで小隊長なので、敵への攻撃よりも部下の統率の方を優先しなければならないのである。
勿論、作戦としてその方が理にかなっているのであれば、ゼニットが単身で敵陣に突入し、薙ぎ倒すのも大いにアリなのだが、それは敵の情報と現状を把握した後に、脳内で損得鑑定を済ませた上で判断するべきことだ。
「重盾分隊、前へ!」
ゼニットが命じた途端、全てのGA兵士である“飛翔騎士”たちが一斉に動き出した。全員が装備を抜き、重盾を持つ者は前に出て、次に剣を持ったバード・ナイトが出る。
本来であればバード・ナイトよりも、その亜種(というより、微強化種)である“飛翔槍騎士”の方が体力、防御力、装備できる盾のサイズなどの点から、盾役としては優秀であるが、機動力が重視される猟兵小隊にはバード・ランサーは所属していない。
よって、盾役は「重盾分隊」と呼ばれる、専用の装備が与えられたバード・ナイトたちが担当する。が、「重盾」と言う割には片手で軽々扱えるような円形の小さな盾(それでも『CC』に登場する盾の中ではかなり高位の代物ではあるのだが)と、他のバード・ナイトが装備している鎧を防御用魔法具で補強した程度の鎧しか装備していない。
これは防御用魔法具で補っているという点もあるが、やはり機動力低下を防ぐことを前提にしているからである。『CC』の防御力の高い重装備は、機動力の低下を招くのが一般的な傾向にある。しかし、防御用の魔法具で機動力を犠牲にするものは、質が悪い下級のものだけだ。
部隊において、一部の者たちだけが機動性が極度に悪いのは、運用上問題がありすぎる。「軍隊」という単位であればそれも問題ではないのだが、「小隊」というミニマムな戦闘単位で機動力が統一されていないのは致命的だ。
もっとも、いくら機動性を最優先にした「盾」も、立派な「盾」だ。GAで防御役の中心となるのは、ルカ率いる防護連隊に所属している各防護部隊であるが、一流プレイヤーの攻撃すらある程度は防げる(連隊長クラスになると、ほぼ完全に防げる)防護部隊と比較して「脆弱」だというだけの話であり、実際の重盾分隊の防御力は実用性が低い程ではない。
「魔導砲分隊は攻撃用意! 敵詳細が不明である以上、弾種は通常弾、風魔法に指定!
白兵分隊は直ぐに魔法を発動できるよう、構えよ!」
ゼニットの指示は続く。
指示を受け、重盾分隊の後ろに隠れるように移動した別の兵士たちが、一斉に構えていた携帯式魔導砲に弾をセットする。
そして残る最後の分隊、白兵分隊が抜き放った剣に魔力を込め、全方向を注意深く見渡す(ちなみに風魔法なのは、バード・ナイトがもっとも得意とする系統の魔法だからである)。
当然のように、彼らは先程ボストチヌイをひっくり返した魔法が飛んできた方向を、主に注視していた。
そして、
「敵勢力視認! 武装した集団一四、訂正、一七名確認! 全員抜刀しています、戦闘態勢です!、距離と方向は――――」
重盾分隊の兵士たちの合間から、身を乗り出さんばかりに魔法が飛んできた方向を見つめていたバード・ナイトが、熊鷹の顔を歪めて絶叫した。
敵は武装を展開している。且つ、先制攻撃を受けた。
ゼニットが決断を逡巡するには、状況が整い過ぎていた。
「応戦開始、応戦開始!!」
ゼニットは最良の指示を、最速のタイミングで飛ばした。
その結果、事態は最悪となった。
ルトガリオ独立都市は、傭兵が落とす資金によって経済を潤している都市である。それを除けば、島特産品のフルーツと麦が、幾つかあるくらいだと言えた。
だからこそ、傭兵が起こす問題――――主に喧嘩、一般市民への暴行、酔って暴れたことが原因の器物破損etc――――に関しては、非常に厳しく取り締まっている。
しかし、都市行政部が配下に置く通常の保安隊(警察)では、傭兵の対処は難しい。結果として、機構に戦力確保を完全に丸投げする形になっている。無論、予算は出している。言うなれば都市行政府が機構に治安維持という恒久的な依頼を出し、機構がそれを引き受けているのである。
そして、傭兵絡みの治安維持活動を専門としているのが、機構に属する治安維持団実戦部隊“番犬”というわけだ。
カオンの規模であるが、都市そのものの治安維持を担っているだけあり、その規模は小さくない。もっとも任務の特性上、優秀かつ人格的に問題もなく、荒くれ者に対する抑止力となる程度の実力と知名度を必要としているため、大体は現役を引いた古ツワモノか、彼らの指導を受ける若手、もしくは諸事情により、都市外での活動を拒む傭兵などが主戦力を占めることになる。
「傭兵」というカテゴリから考えれば、かなり少数派のタイプが求められるというわけだ。大陸に跨る巨大組織である機構そのものが雇い主であるだけのことはあり、報酬は約束されているが、それでもモンスター討伐や戦争の参加、軍事大国への協力などの方が稼ぎが良いため、優秀かつ人格的に問題のない傭兵の大部分は、其方を選ぶ。
機構は巨大組織であるが、流石に軍事大国並みに予算を投入できる、ということはないし、相手が対人戦、それも荒くれ者に限定される分、モンスターの素材を入手できるクローラーが飛び付きそうな討伐依頼、果てには自主的な討伐と比較すると、どうしても報酬は少なくなってしまう。
機構が足元のルトガリオの治安維持さえできないのは、組織の信用に関わる重要問題なので、戦力の低下や不祥事には大いに神経を使わねばならない。しかし、それでも予算に限りはあるし、新人ばかり集めても抑止力にならない。
かと言って、真に使える傭兵の需要が高い仕事は他に幾らでもあるし、機構はあくまで仕事を仲介する組織なので、それを強制する権限など無い(モンスターの大軍が攻めてくるなどの非常事態においてはそうでもないが)。
カオンは、常にそのジレンマの中で足掻いていた。
何が言いたいのかというと、カオンの戦力は常に不足気味なのだ。従って平時のカオンは、治安維持以上に練成を重視している。もっとも、平時の軍隊が教育組織というのは世界の常識であり、その点ではカオンも似たり寄ったりであるといえる。
その日も、カオン東支部第二三分団に属する一七名の傭兵たちが、何時もの巡回ルートを通りつつも自己研磨に余念がなかった。
「――――つまり、何が言いたいのかというと、だ……。常に治癒師を当てにした戦い方とは、決して正解とは言えないということだ。
そもそもヒーラーは数自体が少ないが、これは治癒系の魔法は通常の魔法と違い、魔法力の構築シークエンスに差異があるためとも言われる」
分団の中央辺りを陣取り、悠々と歩いているのは、どう見ても目立つ偉丈夫だった。
白髪交じりの長髪に、穏やかな印象を与えるような眼鏡。これだけだと学者風であるが、身体は引き締まっており、蒼い制服に身を包んだ身体には、肌が露出しているところだけで五カ所以上は傷があった。どう見ても、服の下にはさらにひどい傷があることは明白である。
そして、左腕が肩口から下にかけて、きれいさっぱりなくなっており、右手には二メートルは越える程の長い長杖を持っていた。年季の入った赤茶色のスタッフは、不思議な貫禄を持っている。
彼はまるで古文書の内容を諳んじるかのように、空を見上げながら枯れたような声で言った。
「それは大きな差異なのですか?」
彼の言葉に対応するかのように、周囲を歩く傭兵たちの一人が、講義を聞く生徒のように目を輝かせて訪ねた。偉丈夫と同じ制服を着ているが、装備はごくありふれたサーベルで、どうも新米感が拭えない、というより拭う気のない様子である。
「差異は小さい。しかし、だからこそシークエンスの構築が難しい。通常魔法と治癒魔法をわけて構築することは、とても困難だ」
「成程! 流石イズメイ分団長!」
目を輝かせる若い傭兵から照れくさげに顔を逸らした偉丈夫は、第二三分団分団長であるロナルド=イズメイである。二〇代半ばではあるが、少なくない武勇を誇る魔法師である。
戦傷を負った傭兵が、復帰訓練と資金稼ぎを兼ねて一時的にカオンに所属することは珍しくないが、イズメイの場合は完全に引退を決め込んでおり、こうして後輩の指導をしつつ、カオンで働いているのである。
第二三分団はイズメイを筆頭に、ベテランの傭兵四名(内三名がリハビリ中の短期勤務)、中堅三名、新米の傭兵九名で構成されている。成績は悪くなく、優秀な分団だった。
カオンは都市内を細かく区分けし、エリアごとに一つの分団を配置して治安維持を行っている。
「……分団長」
「どうしたのかね?」
二〇代とは思えぬほどに泰然とした態度と枯れた声で、イズメイは前方を見る部下に視線を下ろした。
「……この先に、廃協会がありますよね?」
「うむ」
「そこで、小職の魔法を見てもらいたいのですが。“麻痺弾魔法”を覚えたので」
「おお!」
イズメイのみならず、周囲の傭兵全員が感嘆の声をあげた。“麻痺弾魔法”は習得こそ簡単であるが、使い手自体は然程多くない魔法である。
命中したとしても、精々モンスターを数分止めるくらいの事しかできず、しかも大型モンスターには何発も当てる必要があるというイマイチ使い勝手が悪い魔法だからだ。
非殺傷を目的とする場合は有用であるが、実際は“催眠霧魔法”などの方が効率が良いため、あまり使用されない。後者であれば、対象が複数の場合も対応できるからである。
要するに、相手が小型モンスターか人間、それも単体の場合でしか役に立たない魔法なのである。
しかし、言い換えれば、カオンにとっては十分使える魔法であった。何せ治安維持部隊なので、最初から対人戦しか考慮していないし、機構のお膝元の都市で複数人で暴れる阿呆な傭兵などそうそういない。流れ弾が生じても、物理的な被害はほぼ皆無なのも魅力的だ。
「是非見てみたいね」
「有難うございます」
冷静さを装っているが、前方にいる若い傭兵は嬉しさを隠しきれないようで、口元をひくつかせた。ひよっこにとって、先達の興味を勝ち取ることは大きな喜びだ。
崩壊寸前の施設での魔法使用は、あまり褒められたものではない。しかし、単なる状態異常系の魔法であれば、壁に当たっても軽く揺れる程度であるし、カオンが立ち入り禁止の場で戦闘訓練をしているのは、公然の秘密なのだ。寧ろ、カオンのみに許された特権と言えた。「巡回」の名目もあれば、ちょっと危険だからという理由で立ち入り禁止になっている場所に出入りするくらいの権限を、彼らには与えられている。
勿論、公衆の目には入らないように気を配るが。
「おう、新米。あの魔法は、訓練すればかなり遠距離から狙い撃つこともできるぞ」
嬉しそうな傭兵のすぐ後ろにいた中堅の傭兵が、スッと短杖を抜いた。その男はクローラーであるが、現在は対人戦の訓練のためにカオンに入隊している。イズメイ程の武勇伝があるわけではないが、それでも新米傭兵にとっては憧れの的になるくらいの戦歴は持っている。
「そうなのですか?」
「おう、まー、お前さんのを披露する前に、まずは俺のを見てみなって。先にお手本を見せてやるぜ」
そう言って、中堅の傭兵は杖先に紅い光をともし、ヒュッと振った。赤い光線が前方の、廃教会の敷地へと飛び込んでいく。
それは確かに、新米の傭兵が知る“麻痺弾魔法”とは射程が段違いであった。
彼はこの魔法による超遠距離狙撃だけは、一流の傭兵も凌ぐ実力を持っていた。
「へっ、どうだ? なかなか――――」
バカン!!
「――――ん?」
発生した衝突音に何処か違和感を覚え、中堅の傭兵は前方を見た。その直後に、風の爆弾が彼らを襲った。
今回の突発的な会戦において、第五四九猟兵小隊には様々な不運に見舞われていた。
まずは白熱した会議中に、展開していた結界が、集団の接近に気付かぬ本当にギリギリの距離から攻撃が飛んできたこと。
その攻撃を可能とする者がカオン第二三分団にいたこと。
そして、敵に攻撃する気は全くなく、デモンストレーションの意味での「攻撃」が本当の攻撃となり、ボストチヌイをひっくり返したこと。
そして最後に――――ゼニットとゴシクの兵士が、精鋭であり、優秀であったこと。
もし、この攻撃――――中堅の傭兵が放った“麻痺弾魔法”――――が、仮にボストチヌイの傍を通り過ぎるなり、足元で炸裂するなりしていれば、ゼニットも問答無用で応戦などしなかっただろう。気取られるぬ前に退避することもできたかもしれない。
しかし、ゼニットは応戦してしまった。よもや、敵がゴシクの存在に気付いていないことなど、欠片も考慮していなかったのだ。
とはいうものの、それは当然だった。
傍を通過したりしただけならば、まだ適当に撃ったか、或いは警告射撃かと判断できる余地がある。
が、直撃した魔法を見て、これを偶然の産物か、または警告と受け取る者などまずいない。
そのため、ゼニットは素早く応戦命令を出した。
が、もしゼニットが平凡、もしくは無能な指揮官であったならば、突然の敵の「奇襲」に右往左往してしまっていたらならば、敵の追撃――――第二、第三の攻撃が全くないこと、敵部隊がまるで此方に気付いていないかのように無警戒で接近してきていることに、気付いたのかもしれない。
そして、ゴシクの部下たちもまた、ゼニットの指揮に素早く反応し、即座に敵を発見して命令を実行しなければ、誰かが気付いたのかもしれない。
しかし、それでゼニットやゴシクを責めるのは、幾らなんでも酷過ぎよう。
ゼニットは当然として、ゴシクの兵士たちもまた、突然の事態と小隊長の命令に素早く反応した。上官からの命令が下った以上、それに疑問を抱く事無く実行するのは当然のことである。
そして自衛戦闘が禁じられていない以上、ゼニット及びゴシクの行動は、マナ及び第一空中歩兵大隊大隊司令部の命令に何ら違反するものではなかった。隠密に関しても、敵に発見された以上、護る意味もないとゼニットは考えた。
――――原因は分からないが、敵勢力に発見され、攻撃を受けた。ならば即座に排除し、痕跡を消す他ない。
ゼニット及び参謀たちは、そう考えた。
そのため、あくまで結果的に言えばの話であるが――――ゴシクは自らカオンと機構にその身を晒すという、潜入部隊にあるまじき愚策を起こしてしまうこととなったのである。
「“炸裂風魔法”で敵を怯ませ、一気に畳みかけろ! この際、多少の騒音は気にするな……敵を無力化するだけで良い! 時間をかけてまで殺しに拘る必要もない!」
「諒解!」
ゼニットがそう言った直後、前方にいた若い傭兵と、その後ろにいた傭兵が口から血を吐き、崩れ落ちた。
敵を確実に仕留めつつも、ゴシクの兵士の顔に喜色はない。勝利を喜ぶべき時は、今ではない。
「兎も角動きを封じろ、機動戦に追い込んで確実に仕留めるんだ!」
「態々人間の縄張りで戦ってやる義理もねぇ、空から喰らってやる!」
「おい、ポーションを頼む! この阿呆、顔面に魔法を喰らいやがった!」
味方の怒号を背景に、ゼニットは決断する。
「敵の頭は、おそらくあの長身の男だ……集中攻撃せよ、頭を潰せ!」
「諒解です、魔導砲分隊、一斉射撃よぉーいっ……」
この頃になると、互いが接近戦への移行を試みたこともあって、彼我の距離はかなり縮んでいた。
重盾分隊が移動トーチカのような役割を果たすため、ジリジリと前進し、それを援護するかのように魔導砲分隊が後方から連射する。
そして一部の兵は視認できない程の速度で空中を駆け、上空から強襲を仕掛け、確実に敵を仕留めていく。
敵は対応しようにも、魔導砲弾の雨に曝されているせいで動くに動けず、防ぐのがやっとの状態である。そのため強襲はほぼ妨害されることなく成功していた。
喉元を切り裂かれて血を撒き散らしながら崩れる者、鉄帽ごと頭を貫かれて痙攣する者、敵の数は確実に減っていく。
「“焔鞭魔法”!」
「あぐぁっ!」
唯一人、中央にいた偉丈夫だけが素早く反応していた。
杖から放たれた炎の鞭をマトモに受け、バード・ナイトが炎に包まれつつ薙ぎ払われる。集中攻撃を受けている偉丈夫であるが、満身創痍になりつつも、戦意は衰えていない。
「教会の周囲が無人区画だというのが幸いだな……。魔導砲分隊、あの男に向け一斉射撃!」
「撃ち方よぉーい……撃てぇ!!」
「彼奴ら、何処から沸いてきたのだ!?」
超然とした態度に陰りを見せ、イズメイは呻いた。
そもそもこの敵は何者なのか。機構の傘下である治安維持部隊に自ら喧嘩を仕掛ける集団など、まさに前代未聞である。機構を敵に回す傭兵団など、己の腕を噛み千切るのと大差ない愚考だ。
国の正規軍だとしても、ルトガリオを敵に回して得することなど何もない。
財宝か何かが目当ての強盗団だとしても、傭兵が跳梁跋扈しているルトガリオに手を出すくらいならば、吹けば飛ぶような小国を狙うかした方が確実だ。
「想定外もいいところだ……最初から勝ち目など無いぞ!」
そもそもカオンは治安維持部隊。傭兵が戦力であるとはいえ、任務はあくまで警察組織の延長線上に過ぎない。優秀な傭兵が所属しているとはいっても、想定している敵とは酔っぱらった傭兵や、モラルの低い荒くれ者集団くらいだ。
こんな統率した動きを見せるモンスターの集団など、そもそも最初から相手にする編制ではない。
こいつ等を相手取るなら、龍の群れと戦うような装備と人材が必要だ。
イズメイは薄れゆく意識の中、そんなことを冷静に分析していた。胸を貫かれ、肩の肉が削がれ、そろそろ出血も限界に達しつつあった。
そして、イズメイが意識を失うその直前に、数十発の魔法弾が一斉に襲い掛かり、イズメイの意識を肉体から解き放った。
「遺体を隠せ、弾痕を隠蔽しろ! そんなのは隠密小隊や諜報班の仕事? 黙ってやれ!」
「気絶しているだけの兵士は――――あぁ、そうだ。混乱薬を口に捻じ込んで、廃協会の中にでも放り込んどけ。
何なら“鬼火”か“悪戯霊”の仕業にでも見せかけとけ。アイツら街中の静かなところが大好きだからな」
「負傷兵の治療を急げ、衛生兵!」
「被害は如何だ?」
「ボストチヌイは軽く痺れただけです。チトフのヤツが腹に思いっきり火傷を負いましたが、出血は酷くありません。あと、ボストークが――――」
満身創痍でダウンしている兵士はおらず、全員が戦闘後もせわしなく動き回っている。
戦闘は勝利に終わったが、ゼニットはそれどころではなかった。
「此方の行動が気取られたか――――都市の防衛能力を甘く見過ぎていたか。失態だな」
先程の会戦が偶然と不幸のミックスによって生み出された笑えない喜劇だとは未だに知る由もないゼニットは、腕を組んで唸った。
「ラズトキンの親父からの叱責を覚悟せねばな」
「お言葉ですが、小隊長……今は……」
「わかってるさ」
ゼニットは答えながら、参謀であるストレカロフの方へと向き直った。
「……完全に痕跡を消す事など、不可能だ」
「はい、逃亡した敵も何人かいるはずです」
「だが――――」
ゼニットは、そこで小さく息を吐いた。
「――――それも、戦略参謀局及び五総督の想定のうち、か」
「はい、想定のうちです」
ストレカロフは大きく頷き、目を細めた。
「第二総督は、どういった戦略をお持ちなのでしょうか? 徐々にGAの存在を仄めかしていくおつもりだと、小職は判断しておりますが」
「さてな。我々が考えることではないさ。しかし――――」
ゼニットは頭を掻きむしり、ふぅ、と息を吐いた。そして、空を見上げる。
「戦略参謀局からの直々の通達……[完璧な隠密は避けよ]。何かしらの意味があることは確実だろう」
そう言いきったゼニットに、ストレカロフは一瞬悩ましげに首を振り、大きく深呼吸をした。
「……小隊長。本作戦には関係ないことだと考えられますので、黙っていましたが」
「うん?」
「カオンのトップの件で大隊司令部に入った際……そこの参謀に聞いたのですが」
「……続けてみろ」
胸に湧きおこる胸騒ぎに急かされつつ、ゼニットは顎で指図をした。
「はい。……近々、五総督が招集をかけるそうです。…………全連隊長と、全大隊長に」
「な、何だと……!?」
ゼニットは一瞬、叫びそうになった。GAの大隊長は例外なく上級モンスターが就任している上にGAの大隊の数は四〇個を超える。
ましてや連隊長クラスともなると、全員が天上級モンスターである。GAに所属する一九体のヘヴンモンスターのうち、一二体が連隊長を拝命しているのである。
つまり、一二体のヘヴンモンスターと、四〇体以上のハイモンスターが一堂に会する。そしてその中に五総督も加わる。
「大事ではないか! どれ程ぶりか……」
「確実に行われるかと。すでにラリッサ様やタラッサ様、ニュートリア様などは嬉々として動き出しているとか」
その情報に、ゼニットは頭を抱えたくなった。先程名前が挙がったのは、大隊長クラスの中でも飛切の「凶暴タイプ」だ。特に、ラリッサにタラッサという双子姉妹大隊長は、敬愛するカーキの鎖がなければ『小地球』で大暴れしかねない暴走女コンビである。
しかも彼女たちもまた、大隊長クラスという灰汁の強い連中の一部に過ぎない。
別に自分がそこに出席するわけでもないのに、頭が本気で痛くなりつつあるゼニットだった。
「……まぁ、我々は我々の任務に集中しよう」
戦闘開始で双方が一斉に魔法を撃ちあったら、両軍合わせて四〇くらいだとすぐに結果が出ますよね。数もGAが圧倒的有利ですし。敵は警察に毛が生えたようなものですし。
戦場での大軍VS大軍も、何時か書いてみたいです。
御意見御感想宜しくお願いします。
ところで、GA設定資料集を今制作中です。完成次第、投稿したいと思っています。その時は別作品として投稿するつもりです。




