第三四話 スコードロン 小隊
お久しぶりです。漸く研修も終わり、社会人として一段落ついたので投稿します。
遅れてしまい、本当に申し訳ありません。
というか、引っ越し先がネット繋がりにくくて困る。どこかって? 日本列島の端ですけど、何か?
仕事上、夏が一番忙しいのですが……忙しい時期だからこそ執筆が捗るという不思議。これからバンバン書いていきたいですよ。希望としては。
「てーてーてーれってぇー♪」
クロノス第一ヘキサゴン『大要塞』の地下深く。そこに、平淡な鼻唄が響いていた。それはカーキが良く『CC』世界で聞いていたジャズなのだが、鼻唄を歌っている当人はそんなことは知らない。
下手ではない。リズムに乗っており、声も耳障りではない。しかし、壊滅的なまでにやる気が感じられない。聞かせる人を挑発しているようにしか思えないレヴェルで、その鼻歌には何の気持ちもこもっていなかった。機械音声の方が、まだ心がこもっているように感じられるだろう。
そこは、天井から壁、床まで、全て黒いタイルで構成された部屋だった。見ていて頭がクラリときそうな配色であるが、部屋の持ち主はこのデザインを気に入っていた。
理由は一つ。自分が絶対の忠誠と愛を誓っている存在が、自分のために一から創り上げた部屋だからだ。
GAの中でも、五総督に次ぐ古参である彼女は、理想のヘキサゴンのためにあれこれと挑戦する主を、濡れた瞳で見つめ続けていた。その労苦とGAのためにという想いは、察して余りある。
彼女はカーキの顔を思い浮かべ、死人よりも白い肌を朱に染めつつ、鼻唄を歌い続けていた。
最高品質のルビーのような高貴さと、地獄の釜の底のような禍々しさを兼ね揃えた紅い瞳は愉悦に歪み、形の良い口は、やる気のない歌声を放ちつつも、侮蔑と嘲笑で歪に曲がっていた。
「てーてーてててっててーれれれれーれれぇー♪」
明らかな笑顔なのだが、歌声は相も変わらずやる気が感じられない。少なくとも、聴衆の前でパフォーマンスをするのに、彼女は徹底的に向いていないようである。
無論、当の本人には、そんなことはどうでもいいことである。彼女――――GA憲兵隊隊長ヘウレカは、致命的なまでに色が白い顔をユラユラ揺らしながら、目の前の物体に視線を向けた。一九七センチの長身を持つヘウレカは、それをまじまじと見つめるために俯き、腰も曲げる。ちょうど、覆いかぶさるように。
目の前の物体、それは無骨な木製の長方形の台の上に寝かせられた生き物だった。長い手足、ヒト型の生き物だ。顔があるべき部分には、顔を隠すように薄汚れた布袋がかぶせられており、血を思わせる赤黒い文字で「G」とでかでかと書かれていた。一方、身体には粗末な布の服が着せられている。
その布袋、というより首は動き、手足を動かそうとする。しかし両手首と足首は、台に固定された輪で締めつけられていた。しかも、手首、足首から先がなかった。
斬り落としたというより、まるで力任せに引きちぎったように骨や繊維の残りがむき出しの状態で、手首から先と足首から先が消失していたのだ。血は流れていないが、恐ろしい光景である。
「ようこそぉ、ワタシの部屋へ。
……あー、うん、ごめんなさいデス。カーキ様以外の男の顔なんてぇ、あんまし見つめたくないんデスよぉ」
ヘウレカは、縄で絞められた喉をククク、と鳴らし、侮蔑の視線を送った。俎板の鯉を見るような視線を見えずとも感じたのか、憐れな鯉は一層激しく抵抗する。
もっともヘウレカにとって、目の前のそれは、煮ても焼いても食えない鯉以下の存在だったし、泣こうが喚こうが手を抜くつもりは皆無だったので、無駄な抵抗(そもそも抵抗と呼べるほど格好良いものでもないが)でしかないのだが。
「でーもまぁ、直接見てくれた方が効きやすいデスしぃ、ホラ、ちぃっとこっち見ろぉ」
渋々、と言った様子で、ヘウレカは急に不機嫌そう声色になり、乱暴に布袋をとった。
金髪碧眼に長い耳、エルフの顔が露わになる。彼は、大きく息を吐くと、汗ばみ恐怖に引き攣った顔を前に向けた。
そこには、ギチャリ、とブリキの玩具のようなひんまがった笑みを浮かべるヘウレカがいた。
その目。哂い。剥き出しになった歯。そして、彼女から発せられる、ドロドロに発酵した腐った死体のような不気味な雰囲気。脳を毒が入った鍋に投げ込まれ、グツグツと煮られるような怖気と気持ち悪さに、エルフの青年は絶叫した。
「う、あ、ああああああー!!!」
彼は暴れた。力の限り、両手足の先端をもぎ取られた状態で、担架に固定された状態で暴れ狂った。獣のような咆哮をあげ、汗と涎と涙を周囲に巻き散らし、両眼を限界まで見開き、必死に動こうと、逃げようと、舌を噛み切ろうと、自分の心臓を抉りだそうとする。
ヘウレカが意図して抑えつけない限り、彼女の笑みは、ヒトを現世から逃げ出したくなる思考回路、というより本能的な衝動に導く死神の笑みとなる。
彼女が本当の意味で普通の(若干だらけた)笑みを見せるのは、敬愛するカーキだけだ。
愛する主と同族の痴態に、ヘウレカはますますサディスティックな笑みを深くする。
「あ、『G』君、自殺しちゃ駄目デスよぉ。あくまでワタシに服従してくれるよーにならなきゃあ……。
ったく、屑は命は大切にしなきゃあいけないってぇことも、学ばなかったんデスかねぇ。出来そこないの愚図エルフめ……」
紅く輝く瞳が、エルフを捉えた。瞬間、全身麻酔をかけられたかのように、エルフは動かなくなった。
グイ、と顔を近付け、紅い瞳がエルフの視界いっぱいに広がった。
「さぁ、アンタの中身、全部見せてもらいましょーねぇ。大丈夫デス。芥には芥なりに価値がありますから、ちゃんとカーキ様のお役にたてますよぉ。あんたの命はワタシが大切に、枯れそうな雑草の次くらいには大切に使ってあげますよぉ。
さーて、んじゃあまずは脳を十等分にスライスして……ん?」
ゴシックドレスのポケットから、禍々しい純銀の装飾が施されたメスのような刃物を取り出しつつ、ヘウレカは気だるそうに天井を見上げた。
「……なんか、部下がヘマやらかしたような気がしますねぇ……。
あー、ユルちゃん? ユルちゃぁーん?」
「あ、ぐあぁああ!!」
メスをエルフの左目に思いっきり突き刺し掻き回しながら、ヘウレカは廊下で待機しているはずの副隊長ユルスナールを呼んだ。
「……はっ」
ヘウレカの懐刀である生真面目な堕天使が、上司の声に反応するより先に、苦しみと現世から逃げ出したい欲望を絡めた声が周囲を満たす。
「……趣味が悪いですね、あの死神」
愚痴とも独り言ともつかぬ声を喉から絞り出し、ユルスナールは早足でゴシックドレス上司の元へと急いだ。
時は遡り、アルマが『月光の風琴』に目を付けるよりもやや前。
第五総督マナ=フルーレ配下の、ゴシクこと第一空中歩兵大隊第五四九猟兵小隊は、アルマやシーチたちがいるルトガリオ中央区よりやや東側、傭兵の居住区と機構の施設群があるエリアの境目にあたる位置にいた。ちなみに施設群というのは、主に練兵場や傭兵専用の公衆浴場、治療院などである。
「それでは、任務の確認をする。総員、傾聴せよ――――」
おごそかな声で、空中で直立不動の姿勢をとっている集団を前に、白い戦闘服に身を包んだ、梟の顔を持つ兵士が告げた。
「第五総督より拝命した任務は、この独立都市の調査及びベケット同志の監視とサポートである。
――――すなわち、第五総督の任務の支援である」
彼らは純白の詰襟軍服のようなものを着込んでおり、ところどころを銀色の鎧で覆っていた。全員が首から上が鳥のそれであり、翼を生やしている。
梟の頭を持つ男は第五四九猟兵小隊の小隊長であるゼニット。“上級飛翔軍師”であり、上級モンスターでもある。
彼の前にいる総勢二七名の“飛翔兵士”のボスであり、高い攻撃力と俊敏性、指揮能力を兼ね揃えた優秀なモンスターだ。
GAにおいて小隊長は、大抵は中級モンスターが担っている。が、精鋭中の精鋭であるゴシクは、数少ない例外の一つだ。
「聞け、餓鬼共!! 此の度の任務において、偉大なる総帥閣下と聡明なる第五総督は我々の投入を決断された。我々にはそれに応える義務がある。……忘れるな! 我々は勇猛なる猟兵小隊。『空中都市』の精鋭! その猟兵小隊のさらなる精鋭が我らがゴシクなのだ。
『空中都市』最強の部隊は!?」
「我ら、猟兵小隊!!」
ゼニットの声に応え、二七名もの兵士たちが一斉に返した。それは毎日のように行われている儀式のようなものであったが、彼らの間にそれに対する呆れも何もない。
「そうだッ!! 隠密小隊よりも輸送小隊よりも、ましてや重砲小隊よりも遠征騎兵小隊よりも強いのだッ!!
しかも戦闘場所は都市のど真ん中、これで下手を打てば、猟兵小隊の恥晒しだ! 気張れ、餓鬼共!」
「おおーッ!!」
「傭兵が何だ!? 我ら誇り高きGA猟兵小隊の前には恐れるものなど無し! ゴシクの後ろには愚かしい敵の屍のみ!」
「おおおーッ!!!」
梟の目を見開き、嘴から唾を撒き散らし、威勢の良い声をあげるゼニットに追従するように、兵士たちは天に拳を突き上げた。
ちなみに第五ヘキサゴン『空中都市』の部隊、つまりマナの配下にある部隊における輸送小隊は、敵陣地を力づくで突破して敵軍封鎖線を破壊しつつ友軍に物資を送り届けたり、輸送地点周囲の敵殲滅さえも担当することがあるため、「メンドリ」という渾名を持つ「輸送小隊」でありながら、高い戦闘能力を有するバリバリの戦闘部隊である。
その他ゼニットが例にあげた部隊は何れも、マナの配下としてふさわしい歴戦のエリート部隊揃いであり、それ以上に猟兵小隊を持ち上げることで、ゼニットは部下の引き締めを図った。
実際に任務を行う場所に来た時点でやることでもないと思われるかもしれないが、これはある種の儀式的なものなので、大した合理性は持ち合わせていない。
とはいえ、都市の上空でモンスターが一斉に気勢をあげれば目立つことこの上ないので、各自が隠密用のアイテムを装備し、さらに幾つかの魔法で強固な認識阻害空間を形成することで、万全の策をとっている。
そこまでしてやることか、とツッコミが入るかもしれないが、そこまでしてやることなのだ。敵陣のど真ん中でこんな“儀式”をやれること自体が、彼ら兵士の士気と自信に繋がっていく。
無論、それが過信や高慢の域に届かないようにするのもまた、指揮官であるゼニットの役割ではあるが。
「では、行くぞ!」
さらに威勢の良い科白を吐き出しまくった後、彼らは降下し、目を付けていた拠点へと向かった。
そこは嘗て使われていた小さな廃教会であり、教会関係者がひそかに麻薬栽培に手を出していたことで閉鎖され、間が悪いことに都市の財政の都合上取り壊しの計画も立案できずに放置されていた施設である。
その間も役人の惰性と書類でしか判断できない文官の無能っぷリのせいで何年も放置され続け、当たり前の話だが建物の寿命はどんどん縮まっていく。もともとちっぽけな教会、それも大昔の遺跡を改築した建物である。
それでもたまに練兵場代わりとして新米の傭兵たちに(殆ど無許可で)使われていたが、その御蔭で唯でさえ年季の入った建物がより悲惨なことになっており、現代日本の建築に関する規定を知る者が見れば、血相を変えて逃げ出すだろう。何せ、柱はヒビだらけなどで済めばまだ良い方で、一部の柱に至っては風魔法が外れたのか、見事に削れている。これでは素人目に見ても、いっそ清々しくなるほどに危険である。
早い話が、何時倒壊してもまったくおかしくない。秒読みが始まっているどころではなく、もう「え? まだ壊れてないの?」という反応の方が適切な感じである。
そのせいもあって、都市行政部の方も、「もういっそのこと、倒壊してから片付けた方が早いんじゃないか」という結論に達し、事実上放置してある。それこそ、注意を促す看板を立てるくらいしかしていない。
そして当然、そんな場所には余程の馬鹿でもない限り、寝床に困った無一文の旅人や浮浪者さえも寄りつかない。
言い換えれば、余所者のGAにとってこれほど好都合な隠れ場所もない。施設の老朽化など、魔法でどうにでも補強できる。
フローラやヒイロならば瞬時に地下に巨大空間を造れるだろうし、GA工兵を動員してもいい。また、ルカも異空間創造能力で容易に現地拠点を築けるだろう。
しかし、現時点ではそのような計画もなく、どの道機構上層部を取り込めるのであれば、こそこそと山犬から逃げる穴熊のように引き籠る必要などないのだ。
大自然の中でならともなく、都市の地下に籠るというのはカーキを絶対視するGAの体質上、あまり受け入れたい話ではない。
しかし、臨時拠点であることが前提ならば何の問題もなく、寧ろ最良の物件と言える。
「さて、ではどのように進めたものか……」
小隊で測量スキルの高い者たちが急きょ作成したルトガリオの地図を軋む木製テーブルの上に乗せ、ゼニットは地図を見つめた。GAに限らず、大抵の軍隊では指揮官に地図を見る能力は欠かせない。
「ストレカロフ、お前はどう見る」
ゼニットに問われ、彼の右隣にいる鷺の頭を持つ長身の兵士が、長い首を傾げながら地図を見つめた。
このストレカロフは、小隊の参謀を担っている頭脳労働担当の兵士である。勿論、それは戦闘能力が低いことを意味しない。
「傭兵も重要ですが、目ぼしい傭兵は第一総督が抑えるはずです。ここは、都市の治安維持戦力を探るのはどうでしょうか」
ややカン高い声で答えながら、ストレカロフは地図に記載された治安維持団本部――――廃協会から少々距離がある――――を白い指で指示した。
その言葉に、ストレカロフ以外の小隊の参謀兵士が首肯で同意を示す。
「ふむ。確か、ルトガリオの治安維持団は――――」
「“番犬”。傭兵ではなく、機構が独自に有する戦力で、言うなれば私設軍です」
「カオン」とはルトガリオの古い言葉で「犬」を意味する、ルトガリオ独立都市治安維持団実戦部隊の通称である。彼らは機構に所属する兵士であり、数は少ないが都市の治安維持ならば十分行える規模と能力を備えている。
「いざとなれば、彼らを取り込むか排除する必要性が出てきます。噂によればカオンのトップであるロペス氏は元一流の傭兵で、数々の武勲を挙げた人物だと聞きます」
「……おいお前、そんな情報、どこから拵えた?」
ゼニットは耳を疑った。そんな情報は初耳である。
胡乱気に目を細めるゼニットに対し、ストレカロフは上官から僅かに目をそらして小さく唸った。
「…………大隊司令部から、チョロまかしました」
「お前、やりすぎだろ!」
準備に余念がなさすぎる部下に、ゼニットは呆れてため息を吐いた。
彼らの投入が決定するよりも前に、カーキが用意した調査隊は当然のことながら、ルトガリオに対してある程度の調査隊員を送っていた。
しかし情報収集と分析に必要な時間やら人員やらの都合上で、集積された情報は未だにルカ率いるGA戦略参謀局と各連隊、大隊、旅団司令部などの上級司令部の間を行ったり来たりしているのが現状だった。
つまり精鋭部隊の小隊長であるゼニットでさえも、ルトガリオに関する手に入った情報全てが届いているわけではない。
というより、そもそも不足している情報をさらに掻き集めるのがシーチとベケットの任務であり、その支援がゴシクの任務の一つであるため、情報が集まっていなくて当然なのである。
しかし、この部下はどうやら大隊司令部に乗り込んで、司令部参謀と話すなり参謀室に押し入るなりしてして、情報をかすめ取って来たらしい。
カオンのトップに関する情報であれば、ゼニットに降りてこればならない重要情報である。それが手に入ったのであれば司令部付きの伝達係が、文字通り飛んでゼニットの元に現れるはずだ。
それがないということは、未だに確証のとれていない情報の可能性が高い。
組織において情報の共有は重要ではあるが、それが確証のないあやふやな情報では、却って現場にいらぬ混乱を与えかねない。軍隊、特に現場に必要なのは「正確な」情報なのであって、「あやふやな」情報ではない。
不透明な情報に踊らされれば出さなくていい損害を出しかねないし、現場の士気にも関わる。最悪の場合、それは上層部への不信へと繋がりかねない。組織において、下が上を信じられなくなるのは悪夢の誕生と同義だ。
故に、大隊司令部は確実ではない情報はゼニットに伝えなかった。
それをゼニットの部下自身が勝手に持ち込んできたのだから、ゼニットとしても頭を抱えるしかない。
勿論、目の前の部下はそんな理屈を知らぬ程馬鹿ではない。
つまりストレカロフは、敢えて噂の領域を出ない情報を提示して、その確実性も調査対象にするべきだと暗に具申してきているのだ。
とは言え実際問題、カオンのトップが優秀か否かによってルトガリオ治安維持団の脅威度が大きく変わる。ルトガリオで活動していく以上、無視できる話ではない。
もっともゼニット率いるゴシクの主任務は、あくまでマナの任務の支援であり、調査の主戦力となるのは傭兵として潜り込むシーチとベケットである。
実際本格的にカオン全てを調べ尽くすのはゴシクと雖も困難である。三〇近い小隊規模のため、長期間潜入し続けるのは無理があるからである。数が多くなれば、比例して見つかる可能性は高くなる。リスクはできる限り抑えるべきだ。
それに調査だけならば、ゴシク以上に向いている部隊がGAには幾らでもあった。
「第一総督や第五総督にとって、カオンのトップが強者であろうと曲者であろうと大した障害とは映らないでしょうし、事実そうでしょう。ですが、我々にとっては? ベケット女史やシーチ女史にとっては?
この点を無視しておくのは、少々拙いかと。
常に最悪の状況を想定して対応策を用意するのは、小隊長の基本方針であると小職は考えておりますが」
「……」
ストレカロフは真っ直ぐにゼニットを視界に捉え、直立不動の姿勢で声を張り上げた。本人にも、小隊の任務と安全性を揺るがしかねない提案をしているという自覚はあるらしい。
ここで実力の程が確かではないカオンのトップについて調査することは重要ではあるが、それは本来の任務であるベケットとシーチのサポートよりも優先するべきことではない――――主任務がベケットとシーチのサポートなのだから当然である――――し、藪をつついて蛇を出す事になりかねない。
一方でストレカロフ以外の参謀たちも、事前に彼から話を聞いていたのか、「彼を罰するなら我々も」と言わんばかりの表情で、ストレカロフの後ろにぴったりとくっついていた。それを周囲の兵士たちが心配そうに見つめている。
参謀が作戦会議の場に不透明な情報を持ち込むなど、本来であれば参謀肩章を剥ぎ取られても文句は言えない行為である。それを敢えてしたストレカロフを、他の参謀たちは責めなかった。同じ立場なら、自分たちもそうした可能性を考えていたからだ。
「……第五総督に意見具申をする」
ゼニットは決断した。
「意見具申ですか」
「確認するが、カオンのトップやカオンの戦力自体についての情報は、噂の域を出ていないな?」
「はい、噂の域を出ていません」
ストレカロフと参謀たちは一斉に頷いた。
「……通信兵、第一総督の通信妨害が開始されるより先に第五総督に連絡せよ。
[我、カオンのリーダーの脅威度を優先して調査すべきと考慮する。指示を乞う]、以上だ」
「諒解であります!」
精鋭部隊の通信内容とは思えない内容であるが、こうなってしまえばゼニットとしてもカオンのリーダーであるロペスとやらの脅威度を確かめないという選択肢を取りにくい。もし、彼により大きな裁量権が与えていたならば、数名の部下をシーチに預けて自らロペスを調査したいとさえ思っていた(無論、実行するかは別だが)。
精鋭部隊であるゴシクだからこそ、優秀な参謀が潜在的脅威の存在を調べ尽くし、可能な限り対処しようとしている。
しかしそれ故に、事態は何処までも悪い方向に進もうとしていた。
そう、この時ゼニットもストレカロフも、いやゴシク全体が、徹底的に幸運の女神にそっぽを向かれていたのだ。
通信のため、超長距離用の大きな通信用魔法具を背負った通信担当の兵士が地図を取り囲むメンバーから離れた時だった。
バカン!!
そんな音を立て、通信兵は背中の魔法具ごと紅い魔法で貫かれた。
いや、正確には貫かれていない。攻撃が命中する直前に、装備していた防御用魔法具が結界を展開し、兵士の身体を護っていた。
しかし、間が悪いことに、その兵士は魔法具から百合の花のような形をした伝声機を伸ばすために腰をかがめ、背中に手を回していた。
魔法具はダメージは防げても、衝撃そのものは防ぎきれない。しかも背中をかがめている体勢のままで、背中に強い衝撃を受ければどうなるか。結果的にその兵士は、前のめりにすっ転んだ。
「ボストチヌイ!」
周囲の兵士の一人が、すっ転んだ兵士の名を叫んだ。
そしてそれが、戦闘開始の号砲となった。
突然の展開ですが、文面から想像の付く通り、今回の戦闘の原因は何処までも「不運」だったことです。
まぁ、そういうことにしなきゃ市街戦が起こる理由ってあまりないんですよね。
それこそ、カーキが前線に出て、それを部下が守ろうとして……いや、五総督が一斉に大暴れして終了ですね、それ。
御意見御感想宜しくお願いします。
次話からは、本当に組織戦です。引っ張って御免なさい。




