第三〇話 スティグマ 嫌悪
お待たせしました。えらいこと引っ張ってきましたが、本話でアルマさん登場です。
それとお気に入り登録数が6,000を超えました。皆様の御蔭で猛暑でも耐えられております。これからも宜しくお願いします。
キャリスタ=ベケットは唖然としながら、目の前でジャケットを整える美女を見つめた。
シーチと同じく、何らかの装備によるものだろう。初対面の時には圧倒された、伝説の白鷲を思わせる艶麗さと荘厳さを兼ね揃えた純白の巨大な翼は影も形もない。
しかし、日の光に輝く流れるような絹のような白い髪とルビーのような切れ目の双眸、そして上質な男性用スーツを着込んだスラリとした肢体は、ベケットをして「美麗」以外のワードを浮かばなくさせる程の美しさがあった。
つまり、兎に角目立つのだ。
ましてや、ここはルトガリオの機構本部から然程離れていない。傭兵をターゲットにした武具屋や装飾屋、雑貨店などが軒を連ね、行きかう人々も鎧姿の筋骨隆々の男とか、戦闘用の立派な長杖を背負うローブ姿の魔法師などだ。つまり、バリバリの戦闘職揃いである。
しかも、この目の前のスレンダー美女は、腰に光り輝くレイピア、という目立ちまくる代物を装備しているのだ。戦闘職ならば、唯のレイピアで無いことくらい直ぐにわかる。
にも拘らず、この男装の麗人は超然、泰然としたものだ。いや、周囲の者はベケットとシーチを除き、この悠然と街中を歩く美女など、まるで存在を認知していないかのように気にしていないようだ。
異様な光景を目にし、ベケットは目の前までやってきた男装の麗人に質問を投げかけた。
「……存在を、隠してるの?」
「ええ、“神域隠遁魔法”を使っているわ。ついでに翼もね。飛ばない時は、結構邪魔なのよ」
まるで何と言うこともないような気軽さで、第五総督マナ=フルーレはふぅ、と息を吐き、ベケットを見下ろした。
マナが口にした魔法は、隠密系の魔法でも最高位であり、『CC』でも使い手が三桁行くか行かないかくらいの高度な魔法である。敵から存在そのものを認知されなくし、しかもそれを破る手段は一切なく、魔法の効果切れを待つしかないという反則じみた効果を持つ魔法なのだ。おまけに持続時間は、べらぼうに高価とはいえ、装備で引き延ばすことも可能なのである。マナも当然のように、そんな装備をカーキより賜っていた。
GAでも、使い手は彼女とアルマくらいのものである。
出鱈目な――――そんな言葉が口に出そうになったが、ベケットは何とかそれを飲み込んだ。コカトリスの卵を丸呑みするような無茶な飲み込みだが、いい加減に彼女の口は、この言葉を吐き疲れていた。
言うまでもなく、GAに関わるようになってから、彼女は一生分以上の「出鱈目な」を吐き続けたと考えている。……この先も、まだまだ吐き続ける未来が容易に想像できるのだが。
こんな魔法の使い手が普通にゴロゴロいるなら、自分はとっくにレッド・アースからお払い箱になっていただろう、と思いながら、ベケットは首を振った。
そんなベケットに珍しく憐憫の視線を向けたシーチは、大袈裟に驚いた表情で総督を見た。
「あれ、姿を見せないんすか?」
「私の役目は、ベケットと“彼女”の監視役よ。まったく、アレの面を見る日は、ロクなことがないわ」
クイッと投げやりな仕草で、指をベケットにつき付けるマナは、質問を投げかけたシーチを横目で見た。
ダルそうな態度が、妙に色気を醸し出している。
何処の悪女だ、と思ったベケットだが、当然、口には出さない。
初対面の時に二言くらい言葉を交わしただけの間柄だが、軍人相応の高い危機察知能力は持っていると誇れるベケットだった。
「それと貴女たちの子守ね。ロードはここをかなり危険な場所だと御考えのよう。かと言って、大軍をこんな辺鄙な小島に送る余裕はない。都市や島の規模から考えても無理。それ故に、高速展開がウリの私が選ばれた」
一転して、誇らしげにマナは口元を僅かに引き上げた。
「……そりゃーまぁ、こっちは一介の兵士に、テイマーっすけどねぇ……」
シーチが苦笑し、軽く頭を掻いた。
ルトガリオ独立都市があるレ・テルメンテ群島ルトガリオ島は、南軍領最東端であるジンネマン伯爵領にある港から、東に向かって船で四時間くらいの距離がある。
この世界の船にエンジンなど搭載されていないが、風魔法の応用により、帆船ながらそこそこの速度が出せるのだ。
要するにこの島は、まるで大陸に寄り添うように位置している。
しかしルトガリオ島自体は、御世辞にも大きな島とは言えない。もし、カーキが正確なルトガリオ島の地図を見れば、「オアフ島くらいの大きさだな」と呟くだろう。それでも、大陸に近い島の中では、大きい方なのだが。
因みにルトガリオ島は上空から見ると、菱形を横に伸ばしたような形をしている。
そして、傭兵たちの都市と言っても過言ではないこの島には、上は英雄クラスから下は素人まで、あらゆる傭兵やクローラーが集まる。正規軍ばりに統率のとれた傭兵団も多いが、それでも盗賊集団との区別が難しい連中や、一匹狼の気難しい傭兵など、まるでサラダボールのように色々と集まるのだ。
当然、彼らは出身地はおろか、種族さえもバラバラである。まとまりが欠けても無理はない。というより、最初から纏まる必要性がない。
傭兵同士の関係は同志や協力者であることもあるが、商売敵でもある。仲良くしていても、雇い主によっては互いに殺し合う関係になることもあり得る。
元々喰いぶちに困った荒くれ者がなることも多いのが傭兵だ。ふとした拍子に街中で乱闘が起こることも少なくない。治安維持は機構が担っているが、それでも喧嘩が絶える事はない。
そんな情報を、カーキはベケット当人より聞いていた。
北軍にも傭兵は多く所属しており、ルトガリオについて聞かされたことも、一度や二度ではないベケットである。
つまり、ルトガリオはかなり危険なのだ。その分、活気に溢れた賑やかな場所とも言えるのだが。
もっとも、力量を疑われているベケットからすれば、あまり面白くない話である。シーチの方はカーキの判断ということで、あっさり納得したようだが。
「……まぁ、正確には私だけではなく……保険に一個小隊を連れてきているのだけど」
「はぁ!?」
しかし、そんな負の感情も、マナがさり気無くつけ足した一言で吹き飛んだ。
シーチも素っ頓狂な声をあげ、僅かばかりに腰を浮かせた。
一個小隊。GAにおいては、大体三〇前後、三個分隊で編制されている組織である。それを事前に知らされているベケットは、僅かに目を見開いた。
三〇という数は、傭兵団の基準からしてみてもちょっとしたものだ。決して少ない兵力ではない。ましてや、この化け物軍団では。
「ど、どこっすか?」
「私の可愛い第一空中歩兵大隊配下、第五四九猟兵小隊よ」
「……うげぇー」
不敵に微笑む男装の麗人の前で、フランク堕天使は整った顔を歪めた。
わけが分からないベケットがシーチの背を小突くと、シーチはそっと耳打ちした。
「……猟兵小隊は、偵察と後方撹乱に、狙撃……そして都市エリアでの戦闘のプロっす。その中でも第五四九小隊サンは、第五総督サンが総帥閣下サン直々の命で創った都市エリア戦闘専門部隊っす」
「……」
目の前の総督がどれ程本気か漸く分ったベケットは、内心でため息をついた。
余談だが、GA第二次調査隊には、偵察などのスキルに優れるマナの配下部隊が比率的には最も多い。そして当然、彼らは今は別の任務に従事しており、動かせない。
が、それでもマナの手元には、使える駒は幾らでも揃っていた。第五四九猟兵小隊もその一つということである。というより、いざという時に備えてマナの手元に残されていた保険の一つが、第五四九猟兵小隊であった。
「私一人で十分……と言いたいところだけど、都市の中では駒の方が役に立つわ。これでも総督の中では市街戦に一番向いているのだけれど……それでも、やりすぎてしまいかねないから」
「は、はぁ……ところで、さっき言ってた“彼女”って――――」
「アルマよ」
サラリと言ったマナに、シーチは今度こそ笑みを引き攣らせた。
「……まさか、本体? あの灰色女帝サンっすか?」
「ええ、私よりも大仰な翼をもつ、アレよ」
「うーわぁ……。総帥閣下サン、本気っすねぇ……」
唯でさえ死人のように青白いシーチの顔色は完全に失われた。本質は兎も角、見た目や態度は能天気以外の何物でもないフランク堕天使の普段とは真逆の態度に、魔物使いの少女の胸はいよいよ不安に満たされる。
「アルマって、あのクリスタルの……」
「あんなの、あの超横暴灰色女帝サンの仮初の姿っすよ。本体はもっともっとおっそろしーっすよ?
超弩級の阿呆のように狂信的な総帥閣下信者で、ウチの隊長よりも強力な精神支配ができます。あのヒトなら、大陸中の人間だって一瞬で支配できるっす。
ちなみに、ウチの隊長じゃあ一瞬だったらこの島の人間の支配が限界っす。
……まぁ、精神支配なんて、あのヒトの数ある能力の一つに過ぎないんすけどね」
「……」
いい加減に応答する気力をも失ってきたベケットは、腹筋を総動員して深い深いため息を吐いた。
「あのヒトなら、嬉々としてやるっすよ。分身体の方はまだおとなしいんすけど……」
「マイ・ロードも、それを御望みのようよ」
「え? 遂に世界征服っすか? 総帥閣下サンの前に全てが跪く日がやってきたんすか? ヒャッホウ!
今日は記念日っすね!」
マナの言葉を聞いて、先程の憂鬱そうな表情は何処へやら、シーチは欣喜雀躍した。
それを見たベケットは、頭を掻きむしって俯く。正直彼女には、“超弩級の阿呆のように狂信的な総帥閣下信者”とやらと目の前で小躍りしている堕天使の区別がまったくつかなかった。
というか、コレ以上など出来れば一生、お目にかかりたくはない。
しかし、幸いなことに――――無論、ベケットの頭と胃にとって、である――――マナは僅かに頬を緩ませるも、首を左右に振った。
「それは違うわ。如何やら、ロードは機構の情報収集力に御興味が御有りのようね。
そのためには……」
「機構を乗っ取る?」
「借りるのよ、彼らの力をね」
優雅に微笑む黒髪の男装麗人を見て、ベケットはいよいよ決意を固めた。
こうなればもう、とことんやるまでだ。
「……あ」
そんな風にベケットがヤケ半分の意志を抱いている横で、シーチが思い付いたかのように両手を叩いた。
「そういえば、肝心の第一総督サンは?」
「ああ、アレなら……」
それに答えるように、マナは視線を程良く雲がかかった空へと向けた。
「見てくるそうよ。将来の手駒となろう組織の連中を」
機構本部には、多くの傭兵が集まる。単純に仕事の量が多く、質も良いからだ。何も本部近くの傭兵全員が凄腕というわけではないが、それでもヴェテラン傭兵の多くが機構本部に集まるのは事実である。
それ故に、ルトガリオには傭兵が集まる施設が多く存在している。
ルトガリオ独立都市が潤っているのは、やはり多くの傭兵とそれ相手に商売する者たちが集まってくるからという点が大きい。よって、都市側としては何が何でも傭兵を招き続ける必要がある。
決して大きな都市とは言えないルトガリオに傭兵向け施設が充実しているのも、至極当然のことだ。
「だからといって、機構本部からここまで離れているのはどうかと思いますけど」
そんなことを呟いたのは、何とも奇妙な髪色をした女性だった。全体的には黒なのだが、ところどころが白い。まさに、そうとしか表現できないような髪色である。
その髪はとても艶やかで、日の光を浴びて輝いている。前髪は程良く長く、後ろ髪は腰に届く程に長い。
美女は首から下、そして足首までを覆う程の、ややダボっとしたローブを着込んでいた。絶対的な美しさを誇るスタイルを隠すかのようなローブの色は地味な灰色であり、到底彼女のような美女には似つかわしくないようにも見えた。
もっとも、見る者が見れば、それは似つかわしくないどころか、そこらの王族でも手に入らないような品質と魔力を誇るローブであるとわかるだろうが。
美女はまるで氷の上を滑る様に、スーッと進んでいた。
あまりにも目立つ行動に容姿であるが、周囲は気にも留めない。いや、まるで、彼女の存在などまるで無視しているかのように普通に過ごしていた。
そして美女も、周囲の人々に僅かばかりにも関心を抱くことはなかった。
やがて、美女は移動を止め、とある大きな白い建物の前に立った。
美女は黄金色の瞳を動かし、門に吊り下げられている看板を睨みつけた。
「“東第四集会場”――――ここですね。まったく、手間をかけさせてくれるものです。創造主様に生み出された生命でもない分際で。汚らわしい偽物の神に生み出された、価値のない生命の分際で」
美女――――第一総督アルマ=ティメイルは、はぁ、と悩ましげに息を吐いた。
ベケットが見れば、「マナと同じ超高度な魔法を平然と使っている貴女の方が悩ましい」と突っ込みかねない光景だった。
「あと二七分三二秒ですか。機構上層部の掌握は先程五秒で済ませてきましたし、後は目ぼしい有力傭兵を適当に見繕うだけですね。
……んっ」
ピクリ、と長身――――彼女は二〇九センチである――――を震わせ、アルマは白い頬を朱に染め、空に向かって熱い吐息を吐いた。
「あぁ、創造主様の魔力が流れ込んでくるのを感じます……。創造主様の御負担になるこの身を引き裂きたい程呪わしいですが、それでもこの快感は……あぁ、創造主様、出来そこないの使徒に御慈悲を……」
はぁーっと息を吐き、アルマは表情を瞬時に切り替えた。
それはあらゆるものに魅力を感じていないかのような、どこまでもつまらないような表情だった。
「……創造主様の魔力を貪っている以上、あまり遊んでいる時間はありませんね。まったく、私は本当に……。
さて、腐った神に産み落とされし罪深き生命に祝福を……あぁ、でもやっぱり近付きたくないですね……」
アルマはつまらなそうな表情を取り繕うとすることもなく、傭兵たちの談笑が響いてくる集会場へと消えていった。
アルマさんはまだ本当の姿を少ししか見せていません。彼女が「灰色女帝」と言われる所以は、彼女の翼にあります。
ちなみに、クリスタルのアルマさんと本体のアルマさんは若干性格や口調が異なります。言い換えると、本体の方がより「素」に近いです。
彼女はカーキを神とし、カーキが生み出したモノ以外は基本、認めません。
総督の中でもカーキへの崇拝度はずば抜けて高いです。
あと、今回のアルマさんの封印解除からの活動可能時間(つまり制限時間)は三〇分間です。
それとアルマさんがやらかした後も、ベケットさんには「傭兵としての」任務が待っています。マナの小隊も、次話以降もっと活躍します。あ、第一総督も。
御意見御感想宜しくお願いします。




