第二九話 プリシージャー 加入
タイトルの意味は「手続き」。GAメンバーがある組織に加入手続きをします。
「改めまして……それでは、カーリー=ブロックさんとシーチ=ブロックさん。ルトガリオ“機構”本部にようこそ」
受付嬢のにこやかな笑顔と拍手を前に、ショートの黒髪にゴーグルをかけた黒眼の少女が小さくため息をついた。
「おやおや、カーリーサン。もっと喜んだらどうっすか? 折角機構認定の傭兵になれたってーのに」
「……別に」
「まったく、しょうがねー姉っすねぇ……」
そっけない様子の童顔とスレンダーな肢体がアンバランスな少女の横で、黒いロングヘアに黒い瞳の長身美少女が、頬に十字の刺青がある顔を左右に振り、肩をすくめた。
背丈はロングヘアの少女の方が頭一つ分ほど高いが、どうやら二人は姉妹らしい。顔つきはあまり似ていないが、髪と瞳の色は同じだ。「ちょっと似ていない姉妹」で十分通じるコンビである。
仲睦まじい様子の二人に、制服を着込んだ受付嬢はクスリと笑う。
「それでは引き続き、ルトガリオ本部スタッフのロザ=フロイスが説明を続けさせていただきます。
正式名を国際傭兵管理調整機構、通称“機構”はここ、ルトガリオ独立都市に本部を置く、傭兵及びクローラーの管理、支援、雇い主との仲介などを行う組織です。
支部は閉鎖国家ローラムを含む、ほぼ大陸中を網羅する形で配置されています」
フロイスと名乗ったカールのブロンド髪が特徴の受付嬢は、淀みない口調で説明を続けた。
「機構は大陸中の全ての国から資金提供を受けています。そしてその代償として、機構は傭兵を把握し、管理し、国家との契約を斡旋します」
「つまり、傭兵サンの情報を国家に提供する、ということっすね」
「正しくそうです」
首肯したロングヘア少女――――シーチに微笑んだフロイスは、目の前の姉妹を交互に見やった。
「傭兵を雇いたがる方の多くは、そういった方面には素人です。傭兵を一目見て実力や適性を把握することは難しく、最悪、詐欺や裏切りに遭う可能性もあります。
一方で、機構は所属する傭兵やクローラーの実績や性格はある程度把握しておりますので、適材適所の人材の御提案が可能なのです。
雇うのみならず、世界に散らばる傭兵は、見つけるだけで一苦労ですので、我々のような組織は大変貴重なのです」
フロイスは一旦切り、相変わらずの笑顔で姉妹を見つめる。姉妹が首肯するのを確認すると、説明を続けた。
「当然のことながら、雇い主を裏切ったり契約を一方的に反故にするような傭兵を当組織に在籍させておくことは、我々の信頼に関わります。そのため、そこは厳しく取り締まっております」
「つまり、機構に属する傭兵サンは、ある程度信用されていると。だったら機構に入っておけば、傭兵は無条件で信頼されるっつーことっすね」
「無条件というのは言い過ぎですが、概ねそう言っても差し支えありません」
理解が速く、的確に返してくれるシーチを気に入ったのか、フロイスは一層笑みを深くした。
「雇う側は、労力をかけずにある程度信頼できる傭兵やクローラーを適材適所で獲得できる。
傭兵側もある程度の社会的信頼を得て、仕事も見つかりやすくなる。
そして機構は、資金を得る事が出来る。
三者三様、利潤があるというわけです」
「で、傭兵の支援って、具体的にはどんなことを?」
「そうですね、仕事の斡旋は勿論ですが、まずは宿泊施設や医療施設などで優遇が得られますし、機構傘下の商会では割引もあります。
次に機構の情報網を利用し、見聞を広め、モンスターの知識などを得ることもできます。
機構が運営する教育機関――――俗に言う傭兵学校ですが――――の学費も、ある程度免除されます。
機構を退会する際も、再就職先に紹介状を送ることもできます。機構の社会的信用度は高いですから、機構のお墨付きをもらえば、大抵のところでは信用されるでしょう」
「至れり尽くせりってやつっすね」
「機構に所属している、或いは所属していた者が貧困のせいで盗賊にでも身を落とせば機構の信頼に関わりますし、なまじ元傭兵の悪党など始末が悪いことこの上ないですので、可能な限り防ぐべきだと考えられているのです。
勿論、所属する以上は強制的な徴用もあり得ますし、ある程度の規律は守って頂きます」
「よーするに、甘い汁を吸うからには、言うこと聞いてキリキリ働け、と」
「……はっきり仰られますね」
フロイスは苦笑して、ニヤニヤ笑うシーチの黒い瞳を見つめた。
どうやらこのシーチという女は、少々ひねくれたところがあると見た。
一方隣のカーリーの方は、何か気に食わないのか、憮然とした表情で黙っていた。デコボココンビというか、どうも雰囲気が真逆の姉妹のようである。
「ちなみに、機構では傭兵パーティを組み、それで登録することも可能です」
「あ、じゃあそれでお願いするっす」
「承りました。パーティ名はどのようにいたしましょう?」
「そうっすねー……」
シーチは端正な顎に白い指を当て、天井を見つめた。数瞬の後に思いついたのか、ニヤリと口元を三日月形に歪める。
「『黒い鉾』なんてぇ……かっこよくねーっすか?」
「……そ~んなに不機嫌そうにしていると、幸せが逃げるっすよ、キャリスタサン」
「堕天使が幸せに拘るの? あとその名は止めて」
ルトガリオ独立都市は、大陸の東に浮かぶレ・テルメンテ群島最大の島であるルトガリオ島に造られた、まるで山を巨大なスプーンで抉ったような妙な形をした都市である。中心街にある巨大噴水がランドマークになっており、様々な国・地方の文化を受け継ぐ街並みが独特の風景を見せていた。
何れの国にも属していないことから「国離れの都市」と渾名される都市の一角で、先程機構本部で受付嬢に説明を受けていた二人の姉妹がベンチを陣取っていた。
スレンダーな身体をベンチに投げ出し、脚を組むゴーグル少女――――元北軍“赤い土”であり、現在はGAの協力者となっているカーリー=ブロックことキャリスタ=ベケットは、首からぶら下げた三つの十字架のペンダントのうち、一つを指先で弄くった。
“身体変化魔法”の魔法が付加された装備品である。
普段の紅い髪にオレンジ色の瞳、という目立つ容姿も、今の黒髪黒眼では奥ゆかしさが増している。もっとも、童顔に似合わぬ程気だるい表情を浮かべているのが、全て台無しにしていた。
こげ茶色のマントに身を包んだ格好は、各国を渡り歩く傭兵としてはほぼ自然な服装だった。そんなありふれた容姿をしていても、ある程度は人目を引く程、彼女の容姿は整っていたのだが。
一方、そんな“姉”を見て肩をすくめるロングヘア美少女――――GA憲兵隊所属の“堕天使”、シーチ=ブロックことシーチは、彼女の最大の特徴である背中に生やした黒い翼を装備品で隠し、これまた何処にでも売ってそうな地味な灰色のコートとスラックスに身を包み、腰から短杖を警棒か何かのように吊り下げていた。それでもやはり、周囲の人の目が集まる程に美しい容姿をしていた。
「失礼、カーリーサン」
軽く頭を下げたが、シーチの顔は笑っていた。
それを見て、ベケットはふぅ、とため息をついた。
このフォレン・エンジェルは、ベケットが牢屋に入っていた時の見張り役だったが、彼女がGAに帰属した後、案内役及び監視役として憲兵隊隊長ヘウレカに命じられたのがこのシーチだった。
シーチというこのフォレン・エンジェルは、纏っているマイナスなオーラに反してフランクな性格で、ヘウレカのオーラに当てられて完全に気が滅入っていたベケットの心を、程良く癒していた。
近付いただけで人を自殺に追い込むような“死招き女神”ヘウレカに尋問され、憎悪の籠った瞳で射抜かれ、生還できてかつ精神を持ち直したことがどれ程運が良いことか、幸運なことに、当のベケットはまだ気付いていない。
もっとも、ヘウレカ自身、カーキにやりすぎないよう釘を刺されていたということも大きかっただろうが。
何の遠慮も無しにヘウレカやユルスナール達が心を弄くれば、あっという間に廃人の出来上がりである。
キャリスタ=ベケットにとって、相棒共々殺されるか、GAに情報を提供して駒となるかのどちらかを選ぶとすれば、後者になったということだ。
それにヘウレカの精神浸食が大いに関わっていることは間違いないが、喩えヘウレカでも、ありもしない感情を増幅させることは難しい。やれなくもないのだが、そうすると脳が壊れる危険が高まる。
つまり、ヘウレカはベケットの中にあった北軍への疑問という種に、肥料と水をたっぷり与えただけに過ぎない。
「……シーチ。この任務、五総督も来るって聞いていたけど?」
「あー、そのことっすか。いや、そうでもしねーと、カーリーサンを外界に出すのを反対するヒトが大勢いたんすよ。ホントは副長か隊長が来る予定だったんすけどねぇ、ホラ最近、新しいのが大量に連れてこられて……かかりっきりなんすよねぇ」
「……そう」
「新しいの」の詳細については聞かないようにしよう、と思いつつ、ベケットは今回の任務について反芻していた。
「初めまして、キャリスタ=ベケットさん」
「……初めまして」
エルフと軍の特殊作戦部隊隊員。立場も何もかも異なる男女二人の邂逅。これが殺気を迸る怪物たちの視線に曝されていなければ、もっとロマンチックになったのに。
こういうことには兎に角疎いベケットですらそう思う程、その場はムードにかけていた。
突如GA近衛隊を名乗る連中に半ば事後承諾で連れてこられたベケットは、内心辟易としながらも、自分が所属することとなった組織のトップを観察した。
自然を愛し、なるべく質素な服装を好むエルフにしては、装飾の多い服を着込んでいる。
話し方や雰囲気も、エルフ独特の堅苦しい様子はなく、何と言うか……垢抜けている。
もっとも、それはベケットの先入観というもので、エルフも常に荘厳さを醸し出しているわけではないのだが。
「如何も、君に会いに行くのを部下たちが止めてね。挨拶が遅れて申し訳ない。GA総帥のカーキと言います。……取り敢えず、総帥とでも呼んでもらいたい」
「わかった。総帥」
「おい、閣下が抜けて――――あたっ!……すみません、ラカーユ副長」
上級の悪魔系統と思われる近衛隊員が三日月斧の柄でド突かれるのを視界に入れながら、ベケットは新たな上司に向けて最敬礼をした。咄嗟の癖というものだ。一応、彼女にも、正規兵としての訓練時代がある。
上官への敬意などほぼ消滅している特殊作戦部隊に身を置いていたからか、敬語ではなかったが。
「最初に言っておくと、我々は現在、この世界について調査を進めている」
「……? ここの世界に来たばかり、ということ?」
他の世界から未知の存在がやってくるという御伽噺は、割とよくある。そして実際に何度か例があった……といわれている。
というのも、全て伝承などの域を出ない上に、御丁寧に「私はこの世界のものではありません」と喧伝して歩く者もいない。いたとしても、情報がとかく制限されるこの世界では然程広まらないだろう。主要な情報源と言えば、精々国が発行している広報(つまり新聞)くらいで、それを除けば商団や傭兵が運ぶ噂話くらいに過ぎない。
そもそも、悪魔系統のモンスターや天使系統のモンスターなどが住む“異界”の概念がある――――彼らが何処から生まれ、何処からやってくるのかはいまだ解明されていない――――くらいだ。別世界の存在は、ベケットで無くても平然と受け入れられることなのである。「へぇ、やっぱあるんだ」とかそういう感覚だということだ。
「……そんな感じだと思ってほしい。それで、君たちに頼みたいのは、機構に属することだ。ある程度、この世界について知っている君の力が借りたい」
「……いいけど、私は正規の軍人。傭兵やクローラーの経験はない」
キャリスタ=ベケットは、目の前のエルフを見つめた。すでに自分の経歴については隠す事無く話している。そしてその情報は、恐らくこの椅子に座って紅茶を啜っているエルフの耳にも入っているだろう。
ベケットは北軍領僻地であるハミルトン子爵領出身。北軍領の中心部であるゴールドバーグ公爵領のノージースト・ヒルズ上級軍学校卒業後に北軍に配属された後、レッド・アース入りした所謂マトモな経歴を持つ職業軍人だ。平時ならば幾つかのキャリアを経験した後、最終的には師団長クラスやより上を目指していただろう。
情勢と彼女のテイマーとしての才ゆえに、上級軍学校(所謂士官学校)のキャリアにも拘らず、特殊部隊に送られたのである。
元々ベケット家は爵位こそ持っていないものの、地元では有名な商人の家系であった。しかし、“死の商人”となることを嫌がった彼女は、親を説得して軍への道を目指したのである。
もっとも、戦禍で家族を失い、すでに孤独の身なのだが。
「こっちの常識をある程度知っていることが重要だ。機構では、人との接触が殊更大切になる。
……それに、北軍か南軍にスパイとして潜入するのも、別の大陸に行くのも嫌だろう?」
カーキの最後の一言に、ベケットは首肯した。流石につい最近まで同僚であった北軍人と戦いたくはないし、スパイだってしたくない。今まで相手にしてきた南軍と交友を深めろと言われても、色々と無茶だ。
何しろベケットは悪い意味で南軍領では有名である。本名も顔も知られていないつもりだが、南軍とて馬鹿ではないのだ。ひょっとしたら、自分だけが知らないだけで、南軍上層部は自分の情報を入手しているのかもしれない。
特殊作戦をこなしてきている以上、敵陣に孤立無援で作戦を実施した経験もないわけではないが、拒否できるなら拒否したいのが本音である。
それ以前に、すでに国家間の戦争の一部になることに、ベケットは疲れ果てていた。摩耗した、と言ってもよい。
「異大陸……私は、殆ど知らない」
この世界において、大洋の航海はかなりの危険を伴う。気候のみならず、海に生息するモンスターという難儀この上ない障害があるからだ。
遠征する必要は現状、少なくとも此方の大陸の国々は殆ど無いし、民間交流においても船舶事故などを考慮に入れると、赤字になる危険が非常に大きい。資源も異大陸からしか手にいられないものは殆ど無い。あるにはあるのだが、リスクとコストに見合わなかったり、別の資源で代用が出来たりなど、手に入れる必要性があまりない。
他の大陸との交流が全くないわけでもないが、半年に一隻他大陸から船が来ればよい方という、かなり冷めきったものとなっているのが実情である。
そしてこんな状況では、異大陸の知識など入ってくるわけもない。ましてや、外交官でもない一介の軍人が知るべきことでもない。
「それに安心してほしい。君にしてもらいたいことは機構、そして機構が持つ情報について調べてもらうことだけだ。……まぁ、別口でも調査は始めるつもりだけれども、現地目線のが欲しくてね。
だから、国家と契約を結んで戦争して来い、何て言うつもりもない」
「そう……わかった」
これまでとはまったく打って変わって理解がある上官に、ベケットは内心ホッとした。軍人に欠かせないスキルの一つが、上官が有能か無能か、そして自分を重宝するか否かを見極める観察力だ。
部下を捨て駒のように扱う者が上司になる程、軍人にとって悲惨なことはない。
「あ、最後に」
メイドが運んできた書類にサインをして、カーキは蒼い瞳を目の前の元北軍兵士に向けた。
「変身用の装備や資金などは此方で用意するから、目立たないような服を買ってくれないかな? ウチの支給服は全てGAのマークが刺繍されているし、女の子の服を選ぶセンスは、僕にはないからね。
そうそう、君の給金は活動資金とは別に用意するから、希望金額も言ってくれ。生憎、相場が分からなくてね」
思わぬ言葉にポカンとするベケットは知らなかった。
異世界人と初めてまともに話せたことに、カーキが若干舞い上がっていることに。
そして、それを苦々しく思っているヴィオラを筆頭とした近衛隊女性陣たちに、自分が危険人物としてマークされたことに。
「……好きにやれって、結構困る」
馬車馬のように酷使されるのもイヤだが、放任されるのもそれはそれで困る。ベケットはポリポリと頭を掻いた。
「……まー、大丈夫っすよ。そのうち、向こうから来るっすから」
「何が?」
何処までも気楽そうな声が耳を震わし、「コイツ本当に堕天使なのか」という何度目になるかわからない疑問を抱きつつ、ベケットは三白眼でパーティの同僚を睨みつけた。
「何って……あー、ホラ、来たっぽいっすね。相変わらず無駄にかっけーっすねー」
「……え?」
突然後ろを振り向くシーチに釣られ、ベケットも其方を見つめる。
活気あふれる街に相応しい人の群れをものともせず、悠然と此方に向かって歩いてくる影を、本来の色を隠した黒い瞳が捉えた。
純白のサラサラしたロングヘアを揺らし、紅い双眸はとても鋭い。
ほっそりとした体を包むのは、男ものの黒スーツ。
「……待たせてしまったかしら?」
GA第五総督、マナ=フルーレがそこにいた。
というわけで、長らく出番のなかった捕虜一号さんと、マナの登場です。それと、もうすぐ第一総督さんも暴れ始めます。
初めてGA所属でこの世界出身のキャラを動かす事になります。その利点を生かし、ベケットを活躍させたいです。……まぁ、総督を止められないでしょうから、いろいろ苦労しそうですけど。
そして、次は機構所属の有名傭兵たちが……おっと、何でもありません。
それと、シーチも実は二回目の登場です。第一四話でベケットに話しかけているフォレン・エンジェルの一人がシーチです。ええ、再登場はすでに決まっていました。
御意見御感想宜しくお願いします。




