第二三話 レッド・ホット 灼熱
ヒイロと御付きたちの物語。
フローラ達との話と色々と区別を付けたいですね。
第四総督ヒイロ=ウィルコックスにとって、火山とは危険地域ではない。
誕生当初が火焔蜥蜴であり、その後も炎を自在に操る龍系統のモンスターへの道を突き進んだ彼女にとって、炎とはそれほど恐ろしいものではないし、常人が倒れるほどの熱波も微風同然だ。
溶岩流にも、涼しい顔して浸かっていられるだろうし、火山ガスも彼女にとっては普通の空気とさほど変わらない。
しかし、それでも、ヒイロの内心はあまり晴れやかではなかった。
主が、至高にして絶対なる支配者がいない。少なくとも、やろうと思えばすぐに会いに行ける場所にはいない。
その事実がこんなにも負担だとはまったく予想できず、ヒイロは自分でかなり驚いていた。
確かに、ヒイロにとってカーキの元を離れて短期間とはいえ独自に動くことは、今回が初めてだ。
しかし、カーキが自分を置いて別のメンバーとともにクロノスを出たことは珍しくない。だから、寂しさは感じるだろうが、直ぐに慣れる――――慣れたくないのが本音だが、任務に支障が出るわけにもいかない――――と考えていた。
それがどうだ。
今は立場が変わり、クロノスで待機がカーキ、外界に出ているのがヒイロだ。
その差がここまで大きいとは。
自分のことを平淡な性格だと自己分析していたヒイロにとって、それは眠たげな眼を僅かに見開く程度に衝撃であった。
ドォン! と音を出して、目の前の火口から溶岩が噴き上がった。
俗に言う“溶岩噴泉”というもので、カーキのいた世界では、ハワイやアイスランド、三宅島のそれが有名だ。玄武岩質火山の粘性の低いマグマが最高数百メートルまで噴き上がる光景は、特に夜中であれば実に絶景であり、観光スポットの一つにもなる。
勿論、だからと言ってまったく安全というわけではなく、遠くから見ていれば大丈夫という程度の安全であるが、所謂“爆発的噴火”(“火山爆発”とも言う)と比べたら遥かに被害が少ない(火山弾などの飛散物が遠くまで飛ばないためである)。
とはいうものの、当たり前だが、必要以上に近付くと大惨事である。
しかし、ヒイロにとってはすぐ目の前の溶岩噴泉など問題にならない。
顔やら服やらに粘性の低い、つまり水のようにサラサラしたマグマが降りかかるが、彼女の表情はカーキに逢った時よりも、遥かに変化がない。というより、微動だにしていない。
ぺロリ、と頬をつたう溶岩を舐め、ヒイロは大地の息吹とでも形容すべき光景を見ても、特に揺り動かされない自分の心と、カーキが傍にいないことで揺れに揺れる自分の心を比較していた。
「おい、また噴き出てきたぞ!」
「またか、これで五度目だぞ! イチイチ心臓に悪いったらありゃしない!」
「第四総督、止めて下さいよ!」
後方からの雑音に、ヒイロは辟易した様子―――――いつも通りの眠たげな表情だが――――で後ろに顔を向けた。
悲鳴と抗議がごっちゃになった大声をあげたのは、ノフレテーテから借り受けた“蝉型”である。まだ七体しかいない新種ワーカーのうち、三体を連れてきているのだ。
その三体はジェット音と羽音を合わせたような騒音をまき散らしながら、天を衝かんばかりの勢いの巨大火山の外縁部を旋回し、蝉の鳴き声のような大音響を腹部にとりつけられたスピーカーから放っている。
タイプ・シキーダはその高速性もさることながら、本来の任務は様々な“音”を出す事による後方支援である。
現在彼らが発生させている音は、魔力が含まれた特別な音で、周囲に隠蔽用と人払用の結界を構築させるものだ。
三体集まることで、広大な火山とそれをとり囲むような雪原を、まるまるGAしか入れない世界より切り取られた場所に変える事が出来るのである。
そのため、幾ら喧しくしても周囲に気取られることはないし、そもそも近くには村一つない。傭兵やクローラーも厳しすぎる環境と出現するモンスターの強さで、あまり近寄らないことは事前の調査で把握済みである。
そんな功労者である彼らに向け、ヒイロは眠たげな表情で杖の先を向けた。
「黙ってやれ」。彼女のポーズは明らかにそう言っていた。
それを正しく読み取ると、ワーカーたちはぶつぶつ文句を言いながら、再び結界構築と警戒任務に戻る。
彼らが発する音は、時には生き物を内臓から破壊する死の音にもなるのだ。
騒ぐ割には職務に忠実な彼らは、人間より遥かに良い視力を駆使し、曇り空を見渡す。
それを確認したヒイロは、再び噴き上がったマグマを浴びながら、カン、と杖先で冷えて固まった溶岩をつついた。
飛び散っていた溶岩が空中に集まり、まるで悪魔の風呂桶のような有様となる。
それを杖を持っていない方の掌で掬い、グビリと小さな口で飲み干した。
「……不味い」
思ったよりも美味しくない。第三ヘキサゴン『小地球』の火山のマグマとはケタ違いの不味さだ。
この世界の全てがそうだ。主が、愛するカーキが創造した世界の足元にも及ばない、汚れ切った世界にしか見えなかった。
何より、この世界は、まだ少ししかカーキに奉仕していない。
その事実に、ヒイロは右の掌に掬われたマグマごと、手を強く握りしめる。
「呪わしい」
オッドアイに負の感情を浮かべ、ヒイロは愛杖――――カーキより賜った神格級装備『冥府の荼毘杖』を握りしめた。
数ある装備の中でも、四九しかないゴッド武器の一つであり、第五総督マナ=フルーレが同じくカーキより賜った『震天の長剣』と同クラスの戦略兵器だ。
炎と鉄の力を司るヒイロの力をさらに底上げし、打撃武器としても魔法媒体としても十分すぎる価値があるこの杖をヒイロが振るえば、周囲を全て焼き尽くす事も、輝く鉄鋼に変える事も思いのままだ。
もとより、広域殲滅は彼女の得意分野である。しかも恐ろしいことに、この杖には使用者の魔力を自動回復させる機能まで付いているのである。
ノフレテーテが巨体とパワーを生かしたMAP兵器なら、ヒイロは魔力と火力を生かしたMAP兵器だ。共通点は、極悪すぎる能力を秘めていることである。
特にヒイロの場合、大量の魔力を消費する大規模殲滅魔法を一〇発程度連発しても、まったく問題ならない程の魔力を持っている。そして、小柄な外見ながら身体能力も決して低くはなく、フローラよりも上だ。
それに魔力が回復する杖とくれば、鬼に金棒である。
これで、この世界の全てを捧げられる。
そう考える事で、ヒイロは心の中に沸き上がった黒い炎を吹き消した。
もっとも、傍から見れば、何時も通りの眠たげな表情で、己の愛杖を凝視しているようにしか見えなかったが。
現在、ここにいるGA勢はヒイロとワーカー三体のみである。
今回はあくまで自然の調査であり、北軍全体の調査ではない。それは別の部隊が担当している。
そこでヒイロは自分の部下も連れずに、ワーカーだけを引き連れてここまで来た。
理由はもう一つある。仮に戦闘になった場合、ヒイロの攻撃は大勢の部下を巻き込みかねないからだ。
彼女の攻撃に巻き込まれて無事なものは、同じ五総督かそれに近い実力者ぐらいである。
そしてここは、そんなヒイロにとって御誂えむきの場。大陸最大級の火山、クリアレッグ火山だ。
北軍領土がある大陸中部の一部は、万年雪に覆われている。ここクリアレッグ火山はオーエン侯爵領の端、北軍領土の北部にある北の大国ローラム連邦共和国との国境付近に存在する。
雪と氷に覆われた大地に聳える、活発に小噴火を繰り返す大火山だ。
人跡未踏の地には、火山と雪原に適応した凶悪なモンスターが徘徊している。資源の宝庫であるが、単独でそれらを打ち破る兵力は持たないオーエン侯爵家は、居住エリアから火山を含む領土の三割を隔離し、事実上無視している。
仮に資源(貴重鉱石など)を得ても、それを加工するのに必要な技術やそれに伴う費用の問題もあり、あまりにもハイリスクだからだ。
長年平和な(人間国家同士の戦争が起こっていない、という意味で)旧ウェルドリア諸侯連合辺境を護っていたオーエン侯爵家が、すっかり事なかれ主義に染まってしまったという点も大きかった。
人跡未踏の自然が多く(オーエン侯爵領は北軍でも一、二を争う程広大である)、辺境で人口も多くない分、態々モンスターの縄張りを侵さずとも十分自足できるという事実が、彼らの冒険心を萎えさせていた。
少なくとも、侯爵家が要らぬ欲望を出せば危険地域に吶喊させられる侯爵領軍や契約を結んだ傭兵にとっては、プラスに働いたわけであるが。
「……あ」
噴き上がる溶岩を眺めていたヒイロは、気配を感じ取って杖を構えた。
ドォン!! 一際激しい音とともに、火口がさらに広がり、そこから巨大な鯨のようなものが飛び出した。
全長は七メートルほどあり、冷えた溶岩に身体を覆われ、サラサラの溶岩も同時に纏っている。
目はルビーのように輝き、顎の部分から三メートルほどの巨大な角、いや、牙が生えていた。
上級モンスター、“溶岩一角”。火山エリアに出没する凶悪な魔物だ。溶岩の中を泳ぎ、槍のような牙で獲物を襲う。その動きは俊敏で、しかも奇襲なため予測しにくい。溶岩で造られた鎧も強固というやっかいなモンスターだ。
「だぁ、また出たぁ!」
ワーカーの一体が絶叫した。
中級モンスターであるワーカーにとっては、かなりの難敵だった。しかも、こちらは後方支援用のタイプ・シキーダ。おまけにたった三体である。こんな状況では、ワーカー最大の武器である“数”も使えない。
彼らが展開している結界は他者を近付けさせなくさせるもの。しかも対人限定だ。元々このエリアに住むモンスターに通用するようできていない。
故に、彼らはヒイロを襲う。――――食欲という生理的欲求を満たすために。
「……面倒」
眠たげな表情で、ヒイロは自身を牙で貫こうとするマグマ・ナーワルを見つめた。
まるで小蠅を払うかの如く、軽く杖を振る。
「“火葬球魔法”」
爆音とともに、マグマ・ナーワルの巨体が紅い球体に飲み込まれた。高密度の炎と熱の塊に包みこまれ、マグマの中を泳いでも歪みすらしない鎧がドロドロに溶かされていく。
五秒と経たずに、マグマ・ナーワルは跡形もなく消し去られた。
火山地帯を人跡未踏の地にする一要因である凶悪なモンスターを軽く屠ったヒイロは、小さくため息をついた。
――――本気で威圧すれば、誰も近付いてこなくなるのに。
敢えて力を抑え込まずにいる事で、身の程知らずのサカナがイチイチ突っかかってくるのだ。
しかし、周囲に威圧を飛ばしてしまえば周囲のモンスターが一斉に逃げだす、ということになりかねず、そうなれば流石に人間たちも気付くだろう。
おまけに威圧は味方を素通りするほど便利なものでもないので、味方のワーカーも行動不能にしかねない。生憎、それを自在に制御できる程、ヒイロは器用ではなかった。
「第四総督、無事とは思いますけど無事ですかぁ!?」
ワーカーの声に、ヒイロは振り向きもせず、杖を掲げる事でそれに答えた。
実際、遠くから見ても、彼女が何のダメージも負っていないことは丸わかりだった。
「まったく、人に見つからないのは結構だけど……それよりも酷いなぁ! 以前ここに来た調査隊、よく帰れたものだよ」
「同意だね。相当運が良かったのかなぁ。モンスターの殆どが上級なんて、そりゃあ誰も好き好んで入りたがらないよねぇ。その分、資源は腐るほど見つかったそうだけど」
「第四総督、持ち帰るんですか?」
資源の調査を地上を歩くヒイロに一任しているワーカーたちは、全員ヒイロを注視した。
ヒイロは今度こそ振りかえり、上空を飛ぶ部下たちを見やる。
ヒイロは鉄、即ち金属も司る。成長過程で上級モンスター、“紅鋼龍”となったためだ。そんな彼女にしてみれば、火山地帯の地中に眠る貴金属などの発見など造作もない。
「あくまで地理と資源の調査だけ。フローラのところで資源は幾らでもとれるから、今のところ持ち帰るつもりはない」
「ですが、この世界独自のものもあるかもしれませんよ? 総帥閣下が創り出した採掘場は完璧ですから、考えにくいですけども」
その反論に、ヒイロは小さく首肯した。
「主は、その辺りも当然考えている。どの道人が来ないなら、恒久的基地を造ってじっくりと調査することも視野に入れている。ここにしかない資源があるのならば、ぜひとも手に入れておきたい」
「……冗談ですよね?」
こんな悪魔が大手を振って歩いている(実際にそこらの悪魔系モンスターよりも凶悪なモンスターが多く徘徊している)ような場所に恒久的基地なんて、冗談じゃあない。
そう言いたげに、ワーカー三人組は揃って絶望的な顔をした。
「心配することはない。主はGAの命を使い捨てにしない。基地ができたとしても、貴方たちのような雑魚は常駐しない」
面と向かって雑魚呼ばわりされたことなど気にも留めず、ワーカーたちは揃って安堵のため息をついた。
現実問題として、GA全体からしてみれば、自分たちなど生まれたばかりの下っ端であることは事実だ。
「……あれ?」
そして、そのワーカーのうち、一体が小首を傾げ、そしてみるみる顔色を青ざめさせた。
一拍子遅れ、残りの二体も続く。
「……第四総督、来てます。結界付近に。……色々と」
そろそろ大学も始まりますので、更新はもっとゆっくりになると思います。
ですので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
書ける時にバンバン書いていくつもりですが。
御意見御感想宜しくお願いします。




