第二二話 クイーン 女王
実はこれが二一話の予定で書いていました。ですので、二一話投稿時点で半分ほどできていました。
そんなわけで連日投稿です。
あと、次話から新章です。
「――――これは第四総督」
「……ん」
ヒイロ=ウィルコックスが諜報班本部である建物に近付くと、門の左脇に立っていた兵士が踵をカツンと合わせて敬礼した。
その兵士はGA近衛隊と同じような制服に身を包んでいる。でも、ネクタイとスーツと制帽は褐色ではなくオリーブ色だ。そして右胸と背中には、漆黒の蠍と星を象ったマークがあった。
GA諜報班の制服とシンボルマークである。
GA諜報班はルカ、正確にはGA戦略参謀局の配下にある部隊で、主任務は諜報、有体に言えばスパイ行為や情報収集だ。
情報の分析、そしてそれを伝達し、作戦や戦略レヴェルまで引き上げるのは戦略参謀局の任務となる。つまり諜報班は、実質的には戦略参謀局の手足のような存在だ。
その構成員は九割が諜報班副班長ノフレテーテの産み出したワーカーで、しかもワーカーは一応は諜報班に属しているものの、普段はルカの配下では数少ない戦闘部隊――――彼女の配下は殆どが結界構築を主任務とする防護部隊である――――隠密遊撃隊の隊員として行動している。つまり、実質的にワーカーは諜報班メンバーにはカウントされていないし、それ以前に諜報向きのスキルを持っているワーカーも極少数に過ぎない。そもそも諜報向きのモンスターなどあまりにも限られている。
そのため、純粋な諜報班のメンバーは総勢三〇にも満たない。その理由は、諜報班があくまで雰囲気づくりのためにカーキが創った組織だからだ。
無論、この世界において、諜報班が全くの穀潰しというわけではない。言葉を換えればノフレテーテがほぼ無限に創造できるワーカーを束ねる組織としては、幾らでも使い捨てられるという意味では貴重であるし、このような世界にやってきた以上、情報は何より大切なものとなる。諜報班の活躍が広がる可能性は十分ある。
しかし、皮肉な話だが、それこそが諜報班本部が現在、開店休業状態になっている最大の要因であった。
さしものカーキも、実際に彼らが諜報に活躍することになるとは思っていなかったし、彼自身、諜報に関する知識など殆どない。精々が本や映画でスパイ・アクションを娯楽として嗜んだ程度である。
それ以前にカーキの世界とこの世界の「諜報」は、同じ言葉だが内実はまるで異なる。それは軍事などの他分野でも言える話なのだが、諜報はさらにやりづらい。どうすればよいか、想像することも上手くできないからだ。
これに、「諜報」というミッションのやりづらさ、言い換えればやるタイミングの難しさがそれに拍車をかけていた。
要するに、「難しいし、そもそもやって何になるのか具体的に良く分からない。果たしてやる価値があるのだろうか?」という、諜報班の存在価値そのものを揺るがす大問題こそが、カーキが抱えている悩みだった。
「創っておいてそれはないだろう」と文句を言ってしまえばそれまでだが、そう言われればカーキは顔を朱に染め、「実際に役立つと思って創ったわけじゃあないし、そもそもまだどこに何の国があるかも完全に把握しきれていない状態で、そして他国と何の繋がりもない状態で、何を諜報しろと言うんだ」と反論するだろう。
それももっともな話で、そもそも「諜報(intelligence)」といっても様々である。所謂スパイ活動などの“人的情報収集活動”もあれば、通信や暗号などを解析する“通信傍受”、新聞・週刊誌・テレビなどの一般情報の分析であるオープン・ソース・インテリジェンス(通称“オシント”)など、実に様々だ。
実はあまり知られていないが、所謂「諜報活動」の大部分にして基礎が最後にあげたオシントである。「諜報活動」イコール「秘密活動・非合法活動・スパイ行為」というのは、あまり適切な公式とは言えない。
そして前述したとおり、GAにおいて情報の分析、すなわちオシントは戦略参謀局の任務である。
さらに調査任務ならば、態々規模の小さい諜報班を動員するよりも調査隊を別途編制して送り出した方が効率的であるし、実際にそうしている。
では諜報班のすべきことは何かと聞かれれば、主任務であるスパイ行為、上記で言うところのヒューミントになるわけだが、これがなかなかにして厄介だった。
何しろ現在は、どこにどんな国があるのかもよく分かっていない有様なのだ。当然こんな状態では、スパイする以前の問題であるし、スパイしたところでリスクが高まるばかりだ。
コゲツのように外部の者(傭兵)として潜り込んでいる者は多いが、それをスパイと呼ぶのは些か語弊がある。所詮傭兵の立場では、国の内情を深く知ることなどできないからだ。
要するに、「やる準備も何も出来ていないからできないし、やるメリットもまだわからない」。その一言に尽きた。
そこで、諜報班班長ハッブルを始めとする生粋の諜報班メンバーは、兎にも角にも計画だけは立案しておこうとした。
しかし、そもそもその国の情報がまだまとめられていないのだから、立案も上手くいかず、穴あきだらけのものとなる。
結果として、戦略参謀局による情報分析が終わるまでは、諜報班本部は暇を持て余す事になった。
そしてそれこそが、此の度の調査任務で少なくない数のワーカーを動員できた最大の理由であった。
「暇そう」
「御蔭様で」
直接の上司ではないとはいえ、仮にも総督に向かってするべきではない投げやりな口調で、門番代わりに突っ立っていた兵士がため息をついた。
GA軍団員において最大級の苦痛の一つが、「仕事がない」ことだ。激務なのはむしろカーキのために尽くせているのだから歓迎であり、苦痛に感じる事はない。が、逆に暇すぎるとかえって焦燥感と自己嫌悪に襲われる。
ましてや外部からは、調査隊に出向した同僚たちの華々しい戦果報告が続々と精神攻撃かと怒鳴りたくなるほど送られてくる。これが、彼らの心を確実に揺さぶっていた。――――悪い方へと。
総帥への文句などあるはずもないが、同僚への嫉妬くらいは抱いても罰は当たらない――――そう考える者がいるのも当然だった。
勿論、カーキは色々な対策をとって出番の来ない兵士たちを諌めている。そもそもクロノスが平和と言うのはこれ以上ない幸福なのだから、GA兵士にとっても仕事がないことにこしたことはないのだ。……あくまで理屈の上で、だが。
とはいえ、割り切れれば苦労はない。
「それで、えーと……ハッブル様なら、今本部に缶詰ですけど、何か御用っすか?」
頭に生えている兎のような耳をピコピコと動かしながら、青年は手元に置かれていたノートをパラパラとめくった。
中級モンスター、“三月兎”の特徴である紅い瞳を走らせ、小首を傾げつつ、中性的な顔立ちを焔鉄神に向けた。
「違う。ノフレテーテに用がある」
「あー……」
兎の耳をたらんと垂らし、兵士は視線を泳がせた。
「あの方なら、何時も通りに“巣”にいますよ」
「そう。新しい奴は産んだ?」
「あーと、なんでしたっけ……………“蝉型”でしたっけ?」
「そう、それ」
そこまで言って、ヒイロはくるりと向きを変え、カツン、カツン、と杖をつきながら歩いていった。
「あー……出前っすか」
ちょっと違ったっけ? そんなことを思い、後頭部をポリポリと掻きながら、マーチヘアの兵士はため息をついた。
諜報班本部は、第二ヘキサゴン『夢幻常闇』に浮かぶ大地の中でも最も大きい、戦略参謀本部もある中心的な大地に設置されている。戦略参謀局との連携を考えると、然るべき場所だ。
そして諜報班本部から少し離れたところに、公園のように開けた場所がある。
ノフレテーテの巣は、そこにあった。
「あぁ、少し不思議な。自分勝手な奴がやってきましたね」
「えぇ、どうも歪な。マイペースな奴がやってきましたね」
全く同時に、同じ速さで違う言葉を話す二つの顔を見上げ、ヒイロは小さく首肯した。
それは、まさに「怪物」と表現するに相応しい存在だった。
全長は軽く一〇メートルは越えており、漆黒に染められた機械でできている身体は、様々な昆虫の特徴を模していた。超巨大なノコギリクワガタのような大顎(正確には胴体から飛び出しているので顎とは呼べないのだが)を始めとし、左右四本ずつ、計八本もある小さな家程の高さがあるカマキリを思わせる鎌。そしてその下には、サソリのような、戦車すらも挟んで切断できそうなほどの巨大な鋏がくっついていた。合わせて一〇本の腕である。
長い胴体には見るだけでとんでもなく分厚いとわかる巨大な装甲に覆われており、さらに胴体に見合うだけのサイズのある羽のようなものまで付いている。
そして、これまた太く、クモを思わせる八本足に、後ろの部分にはサソリの尾のようなものまでくっついていた。尻尾の先には、人間など一〇人は串刺しにできそうな、超巨大な針が付いていた。
まるで、悪夢の中から現世に這い出てきたかのような、見る者を失神させるほどの怪物だった。
しかし、それ以上に彼女の姿を恐ろしくさせているのは、そして「彼女」であると知らしめているのは、その胴体の本来なら頭が付いている部分から伸びた、人間の――――スタイル抜群の、美しい女性の身体だった。
GA諜報班の制服に身を包んだその身体は、まるで腰から下を巨大な機械の蟲の胴体にくっつけたようになっている。いや、蟲の身体から人間の腰から上だけが生えていると言った方がいいのかもしれない。どの道、不気味なことこの上ないが。
人間の身体自体は、些かヒョロ長いことを除いては、極々普通の大きさだ。超巨大な蟲の胴体と比較して、あまりにもアンバランスだった。勿論二本の腕もしっかりと付いている。
これで、一二本腕八本脚という珍妙を通り越して奇怪な容姿になっていた。
しかし、ここから先がさらに普通ではなかった。
首が異様に長く、しかも二股になっている。そして別れた先に、それぞれ端正な女性の顔がくっついているのだ。
首の長さは五メートル程だろうか。二つの顔はそっくりと言うよりほぼ同じだった。
エメラルドグリーンのボブカットに、黄金色の瞳。その瞳は、冷ややかにヒイロを見下ろしていた。
彼女の名はノフレテーテ。天上級モンスターにして、カーキが手塩にかけて創造したオリジナルのモンスター、“機生蟲女王”である。
“働き機生蟲”の母体として創造されたノフレテーテ(ちなみにワーカーもカーキがクリエイトしたオリジナルのモンスターである)は、GAでもヴィオラに次ぐモンスターであり、その圧倒的巨体とパワーと手数で繰り出される攻撃は、まさに戦略兵器並みだ。彼女のサイズは、GAでは最大級である。
が、何より恐ろしいのがその繁殖能力であり、ワーカーをほぼ無限に産み出す事ができ、しかも様々な新種ワーカーを定期的に創りだす能力も持っている。
カーキが二年近くかけて掻き集めたデータや素材を結集させて産み出されたその身体は、まさに超重量級の動く要塞を連想させた。
しかし、そんな彼女の心は極めて冷ややかかつ、どこかダウナーな雰囲気を放っていた。
「それで、炎の神が私に如何した用でしょう?」
「しかし、鉄の神がこの身に何の用でしょう?」
ノフレテーテの二つの顔は互いに顔を見合わせ、そして再びヒイロを見下ろした。
どこまでも冷ややかな視線だが、彼女はカーキに対する時以外は大抵こうだと知っているヒイロは、特に心証を悪くすることはなかった。
丁寧な口調ながら、どことなく投げやり調というか、やる気なさげな声。
そして、この冷ややかな視線。
それが、ノフレテーテの特徴である。
「主のため、部下を貸してほしい。蝉型を」
「王からの命令、ですか?」
「王からの勅命、ですか?」
「そう」
ヒイロがカン、と杖をつき、改めてノフレテーテの巨体を見上げる。
彼女が周囲を見渡すと、何時の間にやら、無数のワーカー達が集まってきていた。
まるでガラクタをかき集めたかのような広大で灰色なエリアには、ノフレテーテと同じように機械の身体を持つ昆虫型ロボットのようなモンスターたちが、野次馬のようにヒイロとノフレテーテを囲んでいる。
「王の意志ならば、是非もありません」
「王の命令ならば、是非もありません」
ノフレテーテの二つの首はそういったあと、同時にため息をついた。
「しかし、嫉妬しますね。私の方が完璧にやりますのに」
「ですが、悋気しますね。私の方が上手くやりますのに」
「貴女が外に行けば、大騒ぎになる」
呆れたように言うヒイロに、ノフレテーテはそれがどうしたと言わんばかりに冷ややかな目をさらに細めた。
「ならば、始末すれば良い。沸き出しても、消え去るまで」
「しかし、処理すれば良い。生えてきても、くたばるまで」
そう言って、シャキン、と大挟を鳴らした。人間など紙を切るかのように切断できる鋏の音に、周囲のワーカーたちは一斉に後ずさる。
あんなモノの前には、ワーカーの装甲もペーパークラフト同然だった。
「主に進言してみるといい。少なくとも、私は主のために戦う」
そのヒイロの言い様に、ノフレテーテは二つの顔を僅かに顰めさせた。まるで、此方が愛するカーキのために戦っていない様な言い草ではないか。
鋏を打ち出し、吹き飛ばしてやろうか。
そんな考えが頭をよぎるが、直ぐに取りやめる。この目の前にいるチビを潰したところで、王に叱責されるだけだ。百害あって一利なし。
最悪、王に嫌われるかもしれない。そんなのは御免だった。
「これはこれは、上手く避けられましたね」
「これはこれは、上手く逃げられましたね」
「……それじゃあ」
やる気なさげな声に見送られ、ヒイロは背を向け、歩き出した。その後ろに、指定されたワーカーが三体ほどついていく。
「つい、うっかりと」
「つい、ともすると」
「「殺したくなってしまいました」」
どこまでも冷ややかな目で、ノフレテーテはそれを見送った。
ノフレテーテはカーキが敢えて「モンスターっぽさ」を前面に出してクリエイトしたモンスターです。
それでいて、超重量級のMAP兵器です。
単純な攻撃力と防御力ならヴィオラに勝りますが、その他のパラメータも含めるとややヴィオラに分があります。
次話からはヒイロのターンです。
御意見御感想宜しくお願いします。




