第一七話 センド・アウト 許可
風邪気味で、少し休んでいました。
就職活動でちょっと色々ありまして、次の更新も遅れます。
タイトルの意味は「派遣」です。そう、彼女が派遣されます。
「よし、とっとと潜らせろ!」
調査隊派遣より一週間後。幹部クラスを意味する五芒星の紋章を付けた軍服を着込んだ中級モンスター“人狼”が号令をかけると、GA兵士を乗せた水色の肌に緑色の藻のような鬣を持つ巨大な馬が天に向かって声をあげ、そのまま灰色の海へと身を沈めた。
潜る瞬間、馬の下半身――――水色の鱗に覆われた魚の尾が見えた。
中級モンスター“水棲馬”。
GAにおける、水中での機動には重要な地位を占める騎乗用モンスターである。
最初のケルピーが潜水したのを皮切りに、背に密閉された箱やら何やらを乗せた他のケルピー達もその後を追うように潜っていった。
ケルピーに騎乗している兵士は、GAでも数少ない陸上活動と水中活動の両方をこなせるモンスターである“鮫狂人”などが選抜されている。
彼らもまた中級モンスターであり、水中での戦闘能力は極めて高い。
「調査隊への第一次物資輸送、これで完了です! 予定通り全て終わりました」
「うむ」
書類を見て達成感の籠った笑顔で報告してくる部下を見つめ、ワーウルフもまた笑みを浮かべた。
彼らはフローラの配下にあるGA第一輸送大隊である。広範囲にバラバラに散っていった調査隊へ定期的に補給物資や支援物資を送り込むという嘗てない大事業に、彼らは大いに緊張していた。
これで失敗すれば彼ら自身の存在意義や面子はおろか、総帥の顔に泥を塗りかねない。故に、彼らは乾坤一擲の精神で、此の任務に臨んでいた。
無論、事前のシミュレートでは成功間違いなしであったのだが。現状、大博打をやらかす程逼迫していない。
とはいえ、シミュレート通りに全てことが上手く進むのなら、現場は苦労しないのもまた事実である。
つまるところ、とんでもない失敗が起こる可能性もゼロではないのだ。しかし、限りなくゼロに近付けることは可能である。
「上手く行きましたね」
「馬鹿を言ってはいけない。まだ輸送隊が出発しただけではないか。調査隊に無事物資が届き、輸送隊が全員無事に帰還してこそ、初めて成功と胸を張れるだろう」
安堵のため息をつく部下を、ワーウルフは戒めるように言った。そしてその言葉は、ともすれば浮かれそうになる自身にも向けられていた。
「確かにそうですね。ところで、今回は“グリーン”への輸送物資が多かったですねぇ」
“グリーン”は、“三日月大陸”の森林連盟方面へ派遣された調査隊を指す符丁である。カーキの提案で、其々色の名前が付けられていた。
「あぁ……何でも、第三総督が総帥閣下に直談判したらしい。エルフの調査のために、より優秀な者と優秀な物資を派遣するべきだと唱えたそうだ。
あの御方自身が出向くという話にまでいったそうだぞ」
第一輸送大隊のボスである緑神の少女の顔を浮かべつつ、ワーウルフは声をひそめ、輸送部隊所属であることを示すオレンジ色の作業服を着込んだ部下を見つめた。
「……総督自ら!? そういえば森林連盟って、なんちゃら森林にある国でしたっけ? なら無理もないですね。自然、特に森を操ることにかけては、第三総督に勝る者はいませんし」
驚きつつも、何処か納得したような表情を浮かべた部下を、ワーウルフは心中で羨んだ。
良い身分だ。そんな簡単に納得でき、しかもそれを表情に出せるとは。
仮にフローラ自らが出撃するようなことになれば、第三ヘキサゴン『小地球』で必死に推し進められている補給物資の生産や資源採掘に支障が出かねない。魔法資源の殆どは時間がたてば再生するので実質的に無限ではあるものの、資源だけあっても意味がない。
もっとも、資源の加工はヒイロが総括する第四ヘキサゴン『紅蓮工場』の管轄であるが、それも肝心の原料がなければ無意味な存在になり下がる。
そしてそれが分からぬ程、自分たちのボスは暗愚ではない。
つまり、すでにフローラが欠けても問題ないように指揮系統が構築されているということだ。そうでなければ、あの狂信的なまでに総帥に心身を捧げているフローラ=スピネットが、自分の任務を無責任に放りだすような提案を、しかも総帥に直談判してまでするはずがない。彼女の狂信ぶりは配下の隊の者は勿論、GAで知らぬ者はいない程だ。
もっとも、総督の地位にある者のカーキへの狂信ぶりは、傍から見れば似たり寄ったりなのだが。
何故そんな体制が整っているか、いや、整えられているのかまでは一介の幹部――――輸送大隊の下級幹部に過ぎない自分の知るところではない。
しかし、もしも総帥及び上級司令部(五総督たち)が、総督が欠けることすら想定していたとしたら。
「――――この度の任務、一筋縄ではいかないかもな」
このワーウルフはGAにおいて数少ない、外界に対して慢心の持たない兵士であった。
「……フローラ、正気?」
第四総督ヒイロ=ウィルコックスは、眠たそうな顔を僅かに驚きという感情で彩らせ、相手を見据えた。
そこには、いきなり予約も無しに自室に上がり込んできた不躾なトンガリ帽子少女が、長い脚を組んで暢気に紅茶を啜っていた。
もっとも、自分も大概マイペースであることを自覚しているヒイロはそのオッドアイに苛立ちを浮かべる事もなく、律義にも突然の客に紅茶を用意したメイドを下がらせ、自分もまた、珈琲が注がれたカップにミルクを注いでいた。
「勿論だとも。大正気さ」
惚けた顔で紅茶を啜り、フローラは蒼い瞳を細めた。あどけなさの中に凶悪さが潜んでいる、そんな笑みだった。
「物資生産や輸送は、部下達に一任している。出かけるとしても精々二日か三日やそこらへんだよ。定期輸送と言っても、別に毎日というわけじゃあないし……その間に全てが終わる。
御主人様も、そのことは分かって頂けたよ。リスクと効率さを天秤にかけ、あの御方は効率さを選んだ。
それだけこの私を信任して下さっているということだ。恐悦至極、恐悦至極……」
脚を組んだまま腰に手を当て、フローラは全身で喜びをアピールするかのように胸を張った。どこが恐悦至極だ、とツッコミが来そうなポーズである。
眠たそうな表情を浮かべたまま、あまりのウザさに辟易するヒイロであるが、もし立場が逆だったら自分もああなっていただろうことは容易に想像がついた。
誰かがカーキに褒められ有頂天で飛び跳ねようが、残りは突っ込まずに静観する。GAにおける対人(対モンスターと言った方が正確だが)関係を円滑にするための処世術である。カーキに褒められ、喜びのあまりとんでもないテンションになってしまうのは、上級幹部だろうが下級兵士であろうがお互い様だ。
故に、ヒイロはミルクコーヒーの味を噛みしめるふりをして、目を閉じた。殺意しか沸かない光景から逃げるためである。
そしてそれを把握しているからこそ、鼻高々に笑顔を振りまくフローラもフローラである。
このスコットランド妖精風の少女、かなり人が悪い。
しかし、ヒイロにはそれ(同僚のドヤ顔)以上に気になるものがあった。
「……主が御意志を転換した、ということ…………?」
カーキが外界に興味を持ちつつも、あまり影響を与えたくないと考えていることは、すでにGAでは周知の事実、暗黙の了解と化していた。別にカーキが書類で伝達した――――つまり正式な命令とした――――わけではないのだが、忠義を尽くすべき主の心中まで汲み取り、それに従事するのもまた部下の仕事だ。
ハイスペックすぎる部下に囲まれているが故の、カーキにとって予想外、というより想定外の出来事であった。
「いやいや、別に大軍率いて森林連盟を占領するわけじゃあない」
単身で世界各国を纏めて破壊し、この世界から“文明”の二文字を消しされる程の実力者は、肩をすくめて首を横に振った。因みにその顔は、いまだに喜色満面である。周囲が見れば、「殺意しか沸かない顔」と評すること請け合いである。
「文字通りの“調査”だよ。但し、調査にはサンプルが必要だろう?」
「あぁ……」
納得したように、ヒイロは灰色の顔に僅かな笑みを浮かべた。トロンとしているオッドアイにも光がともる。
「主にそのことは?」
「言っていない。御主人様は御優しいし、今はGA史上嘗てない大規模な任務の総指揮をとられている。だというのにさぁ、無駄にあの御方の御心を掻き乱す必要なんてないと思うんだ。違うかい?
第一、御主人様が御降臨された時点で、この世界の全ては御主人様のものだ。自分のものを回収して好きに使うことに、一体何の問題がある? 天理人道、天理人道……」
子供がおもちゃ箱に入っている自分の玩具をとりに来て、一体何が問題なのか。ましてやそれを動かそうが壊そうが、そして壊れたおもちゃをゴミ箱に放り捨てようが、それは子供の自由だ。
喩えは悪いが、フローラの考えているこの世界の価値というのは、その程度のものであった。
そして、それはヒイロも、いや、GA全体の統一意志でもあった。
「御主人様の知るところになったとしても、責任をとるべきは私だ。その時は、私が自身の心臓をくりぬいて、御主人様に許しを乞う。許されようが許されまいが、御主人様に何の罪もないし、そんなの認めないね。
御主人様を悲しませるモノは決して許さない。御主人様の御優しさと雖もね……不倶戴天、不倶戴天……」
壮絶な笑みを浮かべるフローラには、先程までの喜びだけの笑みはすでに消えていた。今浮かべているのは、まったく別種の笑みだった。
その言葉に、さしものヒイロも目を見開いた。
「まさか、主の感情を操作する気……?」
「最悪の場合は、ね。まぁ、そうするより先にアルマに殺されるだろうけどさ」
自嘲するように全く似合わない笑みを浮かべ、フローラはトンガリ帽子を深くかぶり、蒼い瞳を隠した。
「……まあ、これは最後の手段だし……見境なくエルフをひっ捕らえて連れてきて、脳味噌弄くりまわすつもりもないよ。御主人様に“悪の組織のボス”なんて汚名を付けるような真似は御免だし……向こうから協力してくれるなら、越したことはない」
「……現地民との接触は、リスキー過ぎる」
「早急に事を運ぶつもりもないし、別に今回の出撃で全てを終わらすつもりだってない。見極めて、御主人様に許可を求めるさ」
「許可が下りなければ?」
「きれいさっぱり諦めるさ。臨機応変、臨機応変」
フローラはあっさり言うと、テーブルの上のバスケットに盛られた林檎に手を伸ばし、シャリンと音を立てて咀嚼した。
「それに現地民と全く接触しない調査なんて、わかることはごく限られてくるだろうし……最終的には、御主人様も現地民との接触を御許し下さるだろうね。ま、手当たりしだいに接触するわけでも、馬鹿正直にGA所属ですって名乗るわけでもないから問題ないと思うけどさぁ」
微笑みながら林檎を咀嚼していくフローラ。しかし、その時にドアがノックされた。
「……何?」
ヒイロの声に反応し、メイドが扉を開け、一礼した。
「御話し中に失礼いたします。総帥閣下がいらっしゃいました」
あまりに予想外の発言に、二人は揃って驚愕した。但し、眠たそうな眼を僅かに見開いたヒイロと違い、林檎を口に入れたまま叫びかけたフローラのリアクションは物凄かった。
「御主人様が!?……っと、うぁ!」
慌てた緑神は、自身がずっと脚を組んでいたことも失念していたらしい。
立ち上がろうとするも足がもつれ、座っていたチェアーごと後ろに倒れ込んだ。
派手な音が響くと同時に、同僚の痴態を見た焔鉄神が眠たそうな表情のまま、呆れたように左右に首を振った。
物凄い轟音が響き、僕は条件反射でメイドをすり抜け、部屋に入った。
足の踏み場もないごちゃごちゃした部屋の隅に、奇妙なオブジェがあった。
そのオブジェはバタバタと長く突き出たもの――――つまりは脚を動かし、トンガリ帽子を押さえて胴体を起こした。
そんなフローラと、目があった。
「ご、御主人様! 見苦しい姿を晒してしまい、汗顔の至りです!」
慌てて立ち上がり、見事なまでの一礼をした。でも、さっきの派手な転倒のせいで、何とも美しさ半減だ。
「いや、大丈夫だ。此方こそ済まないな、急にやってきて。アオラキが、フローラがここにいると言っていたから」
フローラの副官の名を出すと、フローラは一瞬だけ顔を歪めた。
「あ、あんのヤロウ私に何も知らせずに……。申し訳ありませんでした、御主人様が私をお探しだと知っていれば、こんなところで休憩などしていなかったのに!」
「こんなところって……言わない」
ぽこり、とヒイロが大きな杖でフローラの背中を軽く叩いた。
そして、ヒイロがスッと進み出てきた。
「ようこそ、主。パーフェクトな歓待を……と言いたいところだけど、この部屋は……」
「あぁ、気にしないさ。フローラに承認を伝えに来ただけだからね」
「ふえっ!?」
奇声をあげ、ポカンとした表情を浮かべるフローラを見て、僕は苦笑しながら書類、正確には命令書を渡した。
「君の承認……森林連盟の大陸横断森林への三日間の独自単身調査、認めよう。現地には君の配下の隊、そしてノフレテーテのワーカー・チームがすでに活動を開始している。
……森林での調査、其処に君は欠かせない。ついでにだけど、ブラックウッド公爵領のウェストポイント大森林も頼む。両任務合わせて一週間で済ませてほしい」
この言葉に、フローラの顔が輝いた。
「はい、御主人様、御意のままに!」
片膝をつき、恭しく頭を下げる。
「直ぐに準備に入ります!」
命令書を小脇に挟み、風の様に駆けていくフローラ。
そんな彼女を一瞥し、僕はヒイロに視線を移した。
「……直に、ヒイロにも動いてもらおうと思っている。北軍領土で、巨大な火山が発見された」
「噴火させる?」
即答して小首を傾げるヒイロに、僕は思わず噴き出しそうになった。彼女なら不可能ではなさそうな分、冗談では済まない。
「正直総督はあまり動かしたくないけど……外界の危険度がまだよくわからないうちは、最高実力者である総督も動かすべきかもしれないな」
「……ん。主の意のままに」
一礼するヒイロに向け、僕はうっすらと微笑んだ。
というわけで、次はフローラとその仲間たちが活躍します。他のGAメンバーやカーキも、少しずつ活躍させていきたいです。
御意見御感想宜しくお願いします。




