第一四話 クエスチョン 尋問
前半は第三者視点、後半はカーキ視点でお送りします。
そして再び9,000字超え。
クロノスのとある廊下。談笑していた兵士たちは、自らの横を通り過ぎていく集団たちに気付き、顔を青ざめさせた。
「おいッ、あいつら……」
「憲兵隊…………」
褐色のネクタイをつけた白いシャツ、そしてその上にこれまた褐色のスーツ。そして同色の制帽。
そして右胸と背中には、黄色い花――――GAではカーキしか知らないが、それはフキタンポポという花だった――――を背景に、白雷のマークが書かれた憲兵隊のシンボルマークが刺繍されていた。
憲兵隊員が闊歩していることは、然程珍しいことではない。
では、何が兵士たちを戦慄せしめたのか。
それは、憲兵隊員が無表情だったからだ。
GA随一のサディスト集団である憲兵隊の者は、大抵サディスティックな笑みを浮かべている。
そんな彼らがそれ以外の表情、特に無表情を浮かべている時は――――激怒している時か、或いは総帥直々に任務を言い渡された時と決まっていた。
どちらにしても、それは憲兵隊の“本業”が始まる合図に他ならない。
憲兵隊の本業、つまり尋問か拷問。
彼ら憲兵隊の主任務の一つがGA内における規律違反の取り締まりである。が、GAメンバーは全員、カーキへの絶対的な忠誠を誓う者揃いだ。騎乗用の軍馬やモンスターすら例外ではない。
よって、規律違反が起こる可能性はかなり低い。誰もがカーキの顔に泥を塗るような真似をするくらいなら、喜んで自害を選ぶからである。
したがって、憲兵隊の本業と言えばもう一つの主任務――――捕虜への尋問・拷問を指す事が多い。少なくとも、大抵のGA軍団員はそう考えている。
「捕虜を得たのかな?」
「さぁて、下々の俺らにはわからんがな」
兵士たちは見事に揃った靴音を奏でながら進む褐色色の制服を着た集団を横目に、顔を見合わせた。
そんな兵士たちに何の興味も抱かず、憲兵隊の面々は歩き去っていく。
「……準備はできているんですか?」
憲兵隊の制服を着込んだ、不気味な程に白い肌を持つ黒髪の美少女は、そう言って部下達を見つめた。
長い黒髪を腰まで伸ばし、黒い瞳は鋭く、周囲の者を睥睨している。何時も浮かべているサディスティックな笑みなど想像もつかない、職務に忠実にあろうとする兵士の顔だ。
右腕には無造作に鎖が巻き付けられている。紅く錆び、まるで血を吸ったかのように変色している鎖は、彼女が身体を動かす度にジャラジャラと不快な音を奏でた。
上級モンスター、“死刑執行の堕天使”である憲兵隊副隊長ユルスナール。
背中に生やす黒い翼は、堕天使系統のモンスターの特徴である。
ユルスナールに言われ、憲兵隊の面々、具体的に言うと女性兵士は中級モンスター“堕天使”、男性兵士はミディアムモンスター“死神兵士”たちが小さく頷いた。
ここは第一ヘキサゴン『大要塞』の奥の奥、そのまま「監獄」と呼ばれているエリアである。空中から鳥籠のような小さな檻がぶら下がり、如何にも薄汚れた牢が並んでいる。
カーキがヘキサゴンを創った時に、雰囲気作りのために余ったスペースに手を加えたものだが、少なくとも罪人の行き場にはちょうど良い瘴気を放っていた。詰まる所、不気味なことこの上ない。
近くに拷問小屋もあるうえに、オブジェ以外の役割を果たしていないが無造作に墓石が置かれ、霧までたちこめている。
しかし、憲兵隊にとってはここは本業をこなす上での、大切な職場であった。勿論、彼らのオフィスがここにあるわけではないが。
そんな場所に、三〇人程の憲兵隊員が集まっていた。他の者が見れば不気味さに逃げ出す程、彼らを象徴するサディスティックな笑みは鳴りを潜め、全員背中で腕を組み、直立不動の姿勢をとっている。そして顎を僅かにあげ、自分たちの上司を見つめていた。
そしてそんな彼らを前に、ユルスナールは満足げに頷いた。冷たい視線は一向に変わっていないが。
「……宜しい。
さて、拝聴しなさい、おぞましき地獄の住人共」
パン、と血が通っているのかすら怪しい、死人よりも白い手を叩き、ユルスナールは女性にしてはやや低い声を張り上げた。
身も蓋もない呼び方だが、茶化す者はここにはいない。いや、普段なら茶化すかニヤニヤ笑いの一つくらいは浮かべていただろうが、今は違う。
「ヘウレカ隊長より通達が合った通り――――我々は、これより捕虜の尋問を開始します。一人に対して憲兵隊全員の参加は過剰なため、私が選抜したこのメンバーで行うこととします。なお、捕虜の監視や生活面での監督も、総帥閣下は我々に一任されました」
ざわめきはない。しかし、明らかに空気が変わった。それは、専門家が本職に取り掛かる時に放たれる独特の空気である。
「すでに総帥閣下より許可は下りています。しかし、殺害及び過度な拷問は禁止、精神汚染や破壊も控えることとのことです」
それを「甘い」と非難する者など、この場にいない。GA軍団員の任務は、総帥であるカーキの手足となり、カーキの願望全てを叶え、カーキを護ること。それはGAの中でも異質と言える存在である憲兵隊とて変わらない。軍規に記載するまでもない、常識である。
無論、それがカーキのためになるのなら、自刃覚悟でカーキに進言することはあるだろう。が、すでに命令が下されている以上、兵士たちにそれにケチを付けるつもりは毛頭ない。
カーキの命令は憲兵隊隊長ヘウレカを通じ、隊員に通達される。つまり、ヘウレカはすでにカーキの意に従うことを決意しているのだ。
「あー、もういいデスよぉ?」
唐突に響く、やる気なさげな声。
憲兵隊の面々が一斉に敬礼を送るのを尻目に、空間がぐにゃりと歪み、漆黒のゴシックドレスを身に纏ったヘウレカが姿を現した。こてん、と首を傾げ、ヘウレカはユルスナールの隣に立つ。
「――――さて」
ヘウレカは小さく呟き――――瞬時に思考と表情を切り替えた。
そこにいるのは、真剣な表情で部下を見つめる指揮官に相応しいオーラを纏った、死を撒き散らす災厄の姿であった。
「今回の任務は尋問デスが、私としては……ソイツに、カーキ様の偉大さを知らしめてやるつもりデス」
無駄に間延びしない、普段の彼女からは想像もつかないような口調、そして真剣な声色だった。
これがヘウレカの任務バージョン、所謂「スイッチが入った」状態である。
ヘウレカはくいっと顎を動かし、ユルスナールを促した。それに応え、ユルスナールは右腕に巻き付けている鎖をジャラジャラと動かしながら声を張った。
「――――現在、カーキ様はクロノスの外の世界に興味を持っておられます。そのため、現在五総督はそれぞれ調査隊の編制に取り掛かっており……じき、作戦は決行されると思います」
「そのためには、駒は多ければ多い程良いデス。特に……この世界のそこそこ強い住人ともなれば、最適デス」
そこまで言って、ヘウレカは柔らかい微笑を浮かべた。彼女が普通の美女ならば、それは見る者に癒しを与える女神の頬笑みとなっていただろう。しかし、実際は死人よりも青白い肌を持つ、死神を束ねる醜悪な女王の笑みであった。
カーキに仕える駒が増える。そのことが、嬉しくてたまらないようだ。
「……ここまで言っても理解できないド屑は、ここにはいねーデスよねぇ?」
ゾワリ、と死神のトップから殺気が放たれる。崩れた口調に反して、顔つきは険しくなっていった。
部下たちは、それに沈黙で応えた。つまり肯定である。
「……それじゃあ、お仕事開始デス」
キャリスタ=ベケットは、牢の中にいた。
気が付けば此処にいたのだ。直ぐに、あの下半身が蛇の白髪女に、ここまで連れてこられたのだと思い当たる。
その牢は、見た目こそ不気味だが、設備はそこそこ良かった。狭苦しいがシャワー室と化粧室まで付いており、あとは薄汚れているが寝付けないほど硬くはないベッドが置かれている。
悲惨なようだが、「牢の中では」という前提条件を付けると、貴族用の宿屋のようなものだ。
もっともそう思って気分が明るくなるほど、彼女はポジティブではなかったが。
ベッドに腰掛けて俯くベケットは、白いローブのようなものを着ていた。気が付けば着せられていたのだ。
それは言ってみれば拘束具であり、魔法や格闘系スキルなどを封じる“束縛の長衣”というアイテムである。対人戦にしか使えない限定アイテムだが、この世界ではこういった用途もあった。
そして彼女の足元には、魔法具で戦闘行動を封じられたコカトリスのニルスが座り込み、主を安心させるかのように寄り添っていた。
「おーい、そこのあんた」
「……何?」
牢の入り口で直立不動の姿勢をとっているフォレン・エンジェルのうちの一人に声をかけられ、ベケットは内心の恐怖と焦燥を悟られぬように強い語調で返した。
牢越しに彼女の表情を覗いたフォレン・エンジェルは、サディスティックな笑みを浮かべると喋り出した。
「今から憲兵隊のお偉いさんと、あんたの御相手をする連中が来るわよ。どうせ屈服するなら、さっさとしちゃった方がマシってものよ」
「そう、そう。副長と隊長はおっかねーっすからねぇ」
もう一人がベケットを一瞥もせずに、正面を向いたままそれに追従する。
「……屈服?」
「そ。GAは偉大なる総帥閣下の手足。あんたがそれに加わるんなら、それは途方もなく名誉なことなのよ? 生きていられて至極の名誉まで得られる。軍人にとっては理想そのものじゃない?」
「……貴女たちのようなモンスターも、軍人ならわかるはず。仕える国を捨てて寝返るなんてできない」
「まぁ、そうっすね。あっさりこっちに寝返るような奴は、また何時寝返るか分からなねーっすからね。どうせなら、うちらも信頼できるのを引きこみたいっす」
ベケットが入っている牢の前に立っているのは、二人のフォレン・エンジェルだった。
二人とも同様の制服らしきものに身を包み、時折上司らしき相手に連絡を入れている。しかも、先程まで別のフォレン・エンジェルだったが、交代の時間だったらしく今牢の前にいる二人と交代し、書類らしきものに何かを書き込んで去っていった。
どう考えても普通のモンスターとは違う。言語を解し、人間と意思疎通が可能なモンスター自体は然程珍しくない。それにより上級のモンスターの眷族となることもある。
が、それにしてもこの秩序ある組織だったモンスターの集団は、見たことも聞いたこともない。あの白髪女までこの組織の一員だとすると、同族だけで構成されたモンスター集団でもない。
共生関係にでもならない限り、異種同士が組織として行動するなどあり得ず、学会に持ち込んだら上から下へと大波乱となるだろう。
そのためこの組織がモンスターで構成されている組織、というのは信じがたい。
現在進行形で、信じがたい光景が続いているが。
残るのは、これらのモンスターは全て誰か人間の指揮下にあるという線だが……それもあり得ないし、信じたくない。
上級モンスターを軽くあしらった白髪女に加え、決して弱くはないミディアムモンスターであるフォレン・エンジェルの集団を操る程の実力者など、ガセかと思うほど突飛もない情報を含めて聞いたこともない。
ベケット自身はハイモンスターであるニルスを従えているが、それに加えレッドキャップ二四体が彼女の限界でもある。通常、モンスター・テイマーは使役できるモンスターが限られているため、個よりも数を重視する傾向が強い。
ベケットクラスのテイマーとなると、主力モンスターを一体、雑兵モンスターを複数使役するのがセオリーだった。
そのため、ミディアムモンスターを多数使役することは少ない。それよりは一体のハイモンスター、或いはより多くのレッサーモンスターを選ぶ者が多い。
しかも、フォレン・エンジェルは召喚でもしない限り、滅多にお目にかかれるモンスターではない。テイマーは野生のモンスターを見つけて契約を結ぶため、まずモンスターが見付かれなければ話にならない。
サマナーの場合でも、長時間モンスターを現世に留めておくのは至難の業だ。それが本来は地上に現れることの少ないフォレン・エンジェルならばなおさらである。そんなモンスターを牢番代わりに使うなど、そこらのサマナーが聞けば魔力の無駄遣いと叫ぶに違いない。
ここのトップは何者で、どういうつもりで自分をここまで連れて来たのだろうか?
あの白髪のモンスターは、「我が君」と連呼していた。おそらくだが、フォレン・エンジェルのいう「総帥閣下」と同一人物だろう。
そこまで考え、ベケットはさらに顔を俯かせた。
自分は恐らく、拷問されてほしい情報を吐きだされ、打ち捨てられるのだろう。
しかし、北軍を裏切るわけにはいかない。特殊部隊なんぞに身を置いているが、軍人の誇りは捨てていない。
「私は……軍人」
しかし――――自分は本心から、そう思っているだろうか?
果ての無い特殊作戦、長年続く元身内同士の戦争。不気味な傍観を貫く隣国。
一向に南軍に攻め込まない北軍。上は、本当に攻める気が在るのだろうか? あるのなら、何故攻めないのか。無いのなら、なぜ戦争を止めないのか。
上が戦争をする気がないのなら……私のあげた戦果は、何だ? 戦死する意味は、何だ?
そこまで考え、ベケットはふぅ、と息を吐いた。
それと同時に、牢の鍵が開けられる音が薄暗い牢の中を満たしていった。
「失礼しますよ、異国の女性軍人さん」
鼓膜を震わしたやや低い女性の声に、ベケットは諦観の籠った表情をあげた。ベケットの真正面から、明らかに唯のフォレン・エンジェルとは違うモンスターが、ベケットの顔を見下ろしていた。
ジャラリ、とそのモンスターの右腕に巻き付いている鎖が、不快な音をたてた。
そして、ぞろぞろと大勢のフォレン・エンジェルやミキストリが入ってくる。ミディアムモンスターが数十体など、ある意味ではハイモンスター一体よりも悪夢である。知性と秩序あるモンスター集団ならば尚更だ。
そして最後に入ってきた長身の美女を見て、ベケットの僅かに残っていた軍人としての矜持は完全にへし折られてしまった。
彼女の纏っている雰囲気は、明らかにあの白髪女と同等かそれ以上のものだった。
――――勝ち目はおろか、抵抗も不可能。
そう考えたベケットは促されるがままに、数十体のモンスターに囲まれながら、運び込まれた机に向かい、椅子に腰を下ろした。
『CC』におけるモンスターをクリエイトする利点としては、容姿などを事細かく設定できる点も大きいが、やはり特筆すべきは潜在能力や才能、スキル、固有能力などをある程度好きにカスタマイズできることである。
コントラクトの場合もある程度は可能なのだが、その自由度はクリエイトの方が遥かに高い。その分、コントラクトと比べてコストも手間もかかるし、上手くカスタマイズできなければ通常時よりも大幅ダウンした“失敗作”が誕生する可能性もある。
しかしカーキはヘキサゴン以上に、モンスターのカスタマイズにも十分すぎる程に熱意とコストを注ぎ込んだ。
そしてGAの場合、配属モンスターは所属部隊によってある程度任務や役割が限定されているため、その方面に適応した固有能力やスキルを習得している者が多い。
そしてそれは、憲兵隊と言えども例外ではない。無論、実際にゲームで敵から捕虜を得て尋問するわけではないので、あくまで雰囲気作りのためでしかない。
しかし、それでも拘るのが凝り性のユーザーであるカーキである。
『CC』に登場するモンスターのうち、悪魔系統や堕天使系統、死神系統などの所謂「地獄界の面々」は、対象の精神の操作や破壊・支配などを得意としているものが多い。これは彼ら自身がマイナスエネルギーの権化的な存在であり、存在するだけでマイナスエネルギーを周囲に振りまくという設定があるためである。
言いかえれば、彼らの傍にいるだけで、人間はネガティブになる。しかも立ち直れない程、或いは自害する程ネガティブになるのではなく、精々憂鬱な気分となる程度である。そう、通常は。
ベケットにとって最大の不幸は、憲兵隊の面々が全員、対象をマイナスエネルギーで包み込むスキルを程度の差こそあれ、保有していたからである。
ヘウレカのは特に強力だ。やろうと思えば、彼女は一国の人間全員を勝手に自害に追い込むことができる。
そしてさらに駄目押しする形で、ヘウレカたちは気付かれないよう、精神操作系の魔法を少しずつ行使していった。平時なら兎も角、すでに精神的に参っているベケットには、それを見抜く余力などなかった。
ヘウレカたち憲兵隊は、カーキの意志を忠実過ぎる程に護った。文字通りの意味で、精神汚染及び破壊にならない限界まで、彼女たちはベケットの精神を蝕んでいた。
そして、最大の駄目押しとなったのは――――当のベケット自身の心が憲兵隊たちの影響とは関係なく、すでに心中を忠誠を誓っている北軍への疑問と、無様に酷使されそして無意味に死ぬ未来への嫌悪で満たされていた事であった。
腰に差していた長さ五〇センチくらいの白銀色に輝く、龍や雷、鉾など様々な紋様が彫られた棒を抜き、しげしげと見る。
一度大きく振ると、カシャン、という音と共に先端が伸び、さらに一〇センチ程伸びた。
それは指揮棒。持ち手の部分が太くなっている。
本来の目的でつかわれるタクトは武器でも何でもないので、大抵が木製或いは強化プラスチック製となっている。そのため折れやすい。
しかし、『CC』における「タクト」とはコマンダー系統職専用の武器だ。近接戦武器としても魔法発動媒体としても使えるという代物だが、近接戦武器では剣や槍などに劣り、魔法発動媒体としては短杖や長杖などに劣るという、要するに器用貧乏なものだ。
……もっともそれは、タクトの真価がそれを補って余りあるものだからという点も大きいけど。
タクトの真価は配下NPC統率にある。これを装備しているのとしていないのとでは、部隊統率の効率や速度などが大きく変わるのだ。
高位のタクトともなれば、多数の配下を己の手足のように統率できるようになる。しかも、近接戦武器としても魔法発動媒体としても、そこそこ優秀なものとなるのだ。勿論、同レヴェルのソードやスタッフには劣るけど。
今、僕が持っているのは僕が持つ最高位のタクトである、『戦神の指揮棒』。
手に入れてからずっと愛用している相棒でもある。『CC』でも、これほどのタクトを持っているコマンダーは僕を含めて片手の指で数え切れる程度だろう。……元々コマンダーを選ぶユーザー自体が然程多くない、という点を差し引いても。
「……」
すぅ、と息を吸い、軽くタクトを振った。
たちまち周囲が暗くなり、空中に雷を纏った球体が発生する。バチバチと激しい音をあげ、閃光が放たれる。
次の瞬間、球体を中心とした周囲を、巨大な轟雷の輪が二重、三重と現れ、大気を切り裂く轟音が響き渡った。
「……よし、これも成功っと」
僕はその光景を見て、もう一度タクトを見つめる。
“三重詠唱・惨劇の円規”。雷系の全体攻撃魔法“雷の円規”を三つ同時発動させる、高位の魔法師系スキルを持つ者にとっては定番と言っていい全体攻撃魔法だ。消費魔力パフォーマンスに優れている、つまりコストに対して威力が比較的大きい便利な魔法だ。
「これも成功、今のところ失敗した魔法は無し……蘇生系統の魔法は試し様がないから却下として……。
うん、上々だな」
はぁ、と息を吐き、僕は腰に下げていた回復水薬を飲み、小さく呻いた。
……畜生、不味いったらありゃしない。ゲームが現実化した悪い点の一つだな。
空き瓶に「消えろ」と念じると、パッと消えた。といっても、アイテムボックスに収納されただけだ。
アイテムボックス。これは拠点に置くようなものじゃあなく、純粋にプレイヤーが持ち運べるアイテム収納システムだ。五五しか空きがなく、代わりにアイテムを収納できる布袋系のアイテムも持てる。つまりそれを使えば、さらに多くのアイテムを持ち運ぶことも可能だ。
アイテムの購入のみならずクリエイトや生産も可能な『CC』では、アイテムの消費もまた激しい。僕がしょっちゅうこなしていたランクSSS(最高難度)クエストでは、一回こなす度にかなり高位の消費アイテムを一〇〇以上消費することも然程珍しくない。
何が言いたいのかというと、初心者プレイヤーですら、携帯可能なアイテムが五五というのは少なすぎるのだ。だから大抵のプレイヤーは布袋系アイテムを幾つか併用し、三〇〇から四〇〇くらいはアイテムを持ち歩く。
『CC』にはアイテムを破壊する魔法や奪ってくるようなモンスターもいるから、注意が必要だけど。
その仕様も変わっていないようだ。どうやらこの世界では、アイテムボックスの存在と其処への収納は、ある種の固有能力のようなものとなっているらしい。
「大分、この世界について掴んできたかな」
「おめでとうございます、カーキ様」
「……あぁ、うん」
思わず飛び上がるのを堪えて、僕は後ろを振り返り、そこにいたレザースーツ姿の美女――――近衛隊隊長ヴィオラを見た。
恍惚とした笑みで、僕を見つめている。
頬を朱に染めた悪魔、という何とも現実離れした風体――――悪魔自体が現実離れだけど、ここでは(多分)普通だ――――のヴィオラが、ゆっくりと近づいてきた。
「……例の捕虜の様子、どうなっている?」
「は。報告を受けております。
ヘウレカ憲兵隊隊長によると、非常に協力的なようで。無論、鵜呑みにするわけにもいかないので、全面的に信じるのは危険ですが、嘘をついている様子は見られないそうです」
あまりに恍惚とした表情に、僕は思わず怖くなって緊張した声でヴィオラに聞いた。
近衛隊の役割の一つに、僕にあげられてくる報告を纏める、というものがある。それはヴィオラが直接僕に報告するか、あるいはヘールボップ率いるメイド隊の者が報告に来ることが多い。
ヴィオラは僕の護衛役であるけど、普段は離れているか、あるいは僕自身が察知できないように静かに見守っている立場にあるし、プライベートな時間を壊してまで話しかけてはこない。
つまり彼女が近付いてくるということは、報告があがってきたということだ。
そう考えたら、ビンゴだったようだ。ヴィオラは自然な仕草で腕に抱えていたボードを取り出し、書類を捲り始めた。
「そうか。プロである憲兵隊がそう判断したのなら、信用する他ないな。……出来れば僕自身出向きたかったが」
「お戯れを。偉大なるカーキ様がまだ協力者でもない外界の存在に顔を出すなど、リスクが高すぎます。
我々も全力を尽くしますが、万一の事を思うとそのような冒険を犯す必要性もないと愚考いたします。
……それに、第一総督が知れば、自らにかけた封印を破って乗り込んできかねません」
「……あり得るな」
「あり得ます」
力強く断言したヴィオラに苦笑を向けながら、僕は脱いでいた礼服を着込んだ。ちなみに礼服の下はライトブルーのシャツだ。
「……何にせよ、拉致監禁のようなものだからなぁ……やるだけやるしかないか」
「カーキ様?」
「あ、いや、何でもない」
首を振り、僕は歩き出した。
制服を着込んだ悪魔を引き連れて。
ゲームが現実化したイメージが強く、第三者の誘拐にもあまり動じていないカーキ。色々と感覚がマヒしています。
ちなみにフキタンポポの花言葉は「公平な裁き」。GAのシンボルマークや部隊章、制服も、全てカーキがデザインしたものです。
次話からはコゲツ以外のキャラが本格的に動いていきます。
御意見御感想宜しくお願いします。




