第一二話 ロイヤル・オーディエンス 謁見
あまりに長くなってしまったので、中途半端なところで切る羽目に。
まさかの9,000字超えに私も驚愕しております。
何故こんな長ったらしくなったのか……。
人工の光が普及していない世界において、人々の生活リズムは太陽と同調している。すなわち日が昇れば起き、日が沈めば寝る。これが基本である。“照明魔法”を使うなり、専用のアイテムを使うなり、単純に油を使ったランプを使用するなり手はあるが、それは一定の地位にある者などに限られる。
一般的な庶民にとっては普通のランプ、魔法を使ったランプ問わず貴重である上に、そもそも夜中にすることがあまりないからだ。
そのため、コゲツは草原のど真ん中に馬車を止め、馬を休ませて明かりも消した。
満天の星空の中、うっすらと見える程度の光はある。
すでに眠りについているドロシーの姿を確認し、コゲツはそっと毛布をかけた。
馬車からおり、座り込んだ馬に水をやり、頭を撫でる。
「御疲れ、明日も宜しく……」
そう言えば、名前を付けていなかったな。
そんなことを考え、コゲツは今日一番の功労者の頭を、白魚のような指で撫でた。
「ぼくのものは我が君のもの。あとでカーキ様に付けてもらおうか。
……誇りに思うことだね。我が君の私物になれるなんて……この上ない名誉なんだよ?」
自分の命名センスなど全く信じていないコゲツは、そう呟くと二頭の馬に微笑みかけた。
周囲に結界を展開し、草原の上に寝転ぶ。
竹の水筒を取り出し、中身――――水を一気に呷った。
「ふぅ……」
胸にほんの少しの空虚感を感じ、コゲツは息を吐いた。
やはりというべきか、寂しさは拭えない。
やはり、本物の我が君の温もりが欲しい。そう思うのは贅沢だろうか。
いや、これは任務だ。子供じゃあるまいに、そんな理由で任務を疎かにするなど、あってはならない。
「……畜生が」
自身に沸いた怒りを抑えるため、コゲツは夜空に向かって呟いた。
そして腹が立つのは、それだけではない。
ドロシーを襲撃した、正確には襲撃者を操っていた者。
少なくとも、コゲツの感知網はそれを捉えていない。しかし、遠距離からの使役は不可能ではない。凶暴とはいえ、所詮は下級モンスターだ。
それは個人か、あるいは複数か。ひょっとしたら、エディンソン同様に“赤い土”の者かもしれない。かの組織はワンマンで動くことが前提のため、そして特殊部隊という性格上、 エディンソンも同僚についての知識は殆ど持っていなかった。
或いは、他に特殊部隊がいるのか、それとも北軍ではないのか。
ひょっとすると、南軍に反ブラックウッド公爵派というべき連中がいるのかもしれない。
それとも、北軍でも南軍でもない第三者なのか?
何にせよ、現在ドロシーの護衛もまた任務である以上、そんな輩に彼女を傷付けさせられるのは業腹だ。
今のコゲツは、言うなればドロシーに雇われた傭兵だ。しかし、ほとんど実績の無いぽっと出の存在である。ここでいきなり躓き、評価を落とすのは避けたい。
何より自分の評価が落ちることは、自分を手塩にかけて育ててくれた我が君――――カーキの体面も傷付けることになる。それは絶対に防がねばならないことだ。
「…………」
寝ころんだまま、コゲツは小さくため息をついた。
「まぁ、今考えて仕方がないか」
ポツリと呟き、少女は目を閉じた。
夢の中で、大好きな青年と抱き合えることを願いつつ。
「アレがオックストンです!」
翌日の早朝。
ドロシーのホッとしたような声を聞き、コゲツは視線を目の前にある都市へ向けた。
それは例えるなら、超巨大な三角形だった。
いや、正確に言うと、三角形型の巨大な壁だ。
それが二重、三重に、まるでオブジェのように立っている。直角三角形の斜辺を下にしたような妙な形の壁である。
そして、周囲はうっそうとした森に囲まれていた。「緑に溢れている」もここまでくると不気味な程に青々とした巨大な森だ。木の高さから考えると、壁は一番高い木の軽く三倍はあった。
とはいっても、森のど真ん中にある、というわけではない。どちらかというと、森の入口付近にあると言えた。
森の入口には馬車が二台は並んで通れそうな立派な石畳の道路が、壁に設置された巨大な門まで続いている。そしてその道路は、都市の壁ほどで無いにしても高く、重厚な壁によって左右を護られていた。
街灯らしきものもみえる。おそらく魔力供給式のランプだろう。
よく目を凝らすと、壁の中からところどころ砲身が突き出していて、森を睥睨するかのようにやや下方を向いている。空に対する備え、というわけではなさそうだ。もっとも、対空砲の役割も持っているのかもしれないが。
『CC』でも登場する、魔導砲だった。様々な魔力弾を射出する。おそらく、結界装置もあるだろう。
とても行政中心都市とは思えない。寧ろ首都を護る城砦と言った方がしっくりくる。壁のせいで街中の様子は見えず、あくまで威圧感しか放っていないのもそれに拍車をかけていた。
一言でいえば、イメージと違う。それだけである。
とてもこんな幼気な金髪幼女が住む公爵家本殿がある都市には見えないな、と思いつつドロシーを見つめるコゲツ。
そんなコゲツの心境を知る由もなく、ドロシーは大好きな玩具を褒めちぎられたように胸を張り、拙いながらも熱心に説明を始める。
「――――しかし、軍事拠点にしか見えないね?」
「元々は、森のモンスターの侵攻を防ぐ役割をしていた城砦で、そこがどんどん拡張されて一つの都市になったそうです。所謂“城塞都市”です。都市は外縁部を護る二重の壁、そして中心部の政庁・軍事施設や公爵家本殿が集中する区画を護る壁、計三重の壁によって護られています。
あの森はウェストポイント大森林と言いまして、ブラックウッド公爵領の六割を占める巨大森林なのです。この領ではアレしか大森林はありませんから、皆“大森林”って呼んでますけどね。
流石に大陸横断森林には劣りますけど、あそこは森林連盟の領土ですから、旧ウェルドリア諸侯連合では最大の大森林です。
ええと……そう、あの大森林は、公爵領にとっては恵みを与えてくれるありがたい存在であると同時に、凶暴なモンスターも多数生息する危険地帯でもあります。
元々ブラックウッド公爵家は、旧王家よりあの大森林の管理を任された家系なんです」
「森林連盟?」
「あ、それも知らなかったんですね。
森林連盟は旧ウェルドリア諸侯連合の南にある、大陸の南部を領有する大国です。エルフの国でもあるそうで、何でも国土の七割が森だとか。
南軍領に住むエルフの大半は、森林連盟からの移民です」
「へぇ、エルフの国なんてあるんだ」
「大陸でもそこだけだそうですよ。大陸南端部には別の国もあるってお話ですけど、私はよく知りません」
エディンソンから吸収した知識には無かった情報だ。やはり、一人から吸収しただけではまだまだ穴だらけだな。
そう思ったコゲツは小さく首肯し、改めてオックストン、正確にはオックストンを囲む壁を見つめた。
そして、ふと思う。
――――しかし、あの壁……敵が空から来たら、意味ないんじゃあないか?
もっともそれは見た目だけで、一応空への備えもできているのだが、このときのコゲツは知る由もなかった。
オックストンの中は、丁寧に石畳で舗装された道路が続いていた。
おそらくは大軍が行進できるようになっているのだろう。これなら大型の騎乗モンスターも進めそうだった。
あらかじめ連絡が行っていたのか、コゲツの予想以上にあっさりと都市内に入ることができた。公爵家令嬢を誘拐した不届き者扱いされるなど、はっきり言って御免である。
ライトレーク・シティとは比べ物にならない規模の人間が行き交い、賑わいをみせている。
そろそろ慣れてきたコゲツは二頭の馬を巧みに操り、ドロシーの案内を受けつつ、馬車をオックストンの中心部へと誘っていく。
ブラックウッド公爵家本殿は、成程オックストンでもとりわけ目立つ白壁の城だった。しかし都市を囲む壁よりは低いため、外からは見えなかったようだ。美しいと言える城だった。もっとも城の規模からすれば、「美しい」という表現よりも「可愛らしい」という表現の方が適切であろうが。
コゲツは当然の如く知らないが、それはドイツ、バイエルンのリンダーホーフ城に酷似していた。
城門で鎧を着込んだ兵士と軽く挨拶を交わし、コゲツはドロシーと別れ、客間と思われる部屋まで通された。
暫く一人で部屋を見渡し、思考の海に沈む。
――――さて、ここからどうしたものか。
豪勢なシャンデリアを見つめたまま頭を回転させつつ、コゲツは口元を歪めた。
愛する主のために動いている。その事実が、コゲツに言いようのない幸福感を与えていた。
公爵から報酬をもらってはいさよなら、でも良いのだが、折角だ。コネクションを構築するのも悪くない。しかし、南軍に全面参戦、というのも些か憚られる。
コゲツはなるべく世界のパワーバランスに影響を与えたくないカーキの考えをある程度は理解していた。
もしカーキが望むなら、GAの大軍が――――三万程度の戦力を大軍と呼んでいいのかは兎も角として――――大陸を蹂躙することも可能だった。いや、可能なのだ。全軍とは言わず、アルマが単身で飛び出せば、それだけでこの大陸はカーキだけの理想郷となる。第一総督アルマは、それだけの戦力を有しているのだ。
コゲツはカーキのペットという立場であり、これといった役職についていない。GAに一九体しかいない天上級モンスターの一角でありながら、コゲツには部下の一体もいないのだ。言ってみれば、カーキ専属の遊撃戦力。それがコゲツの役職である。だからこそ、単独での長期潜入任務という荒業に従事できているのだ。
他のヘヴンモンスターは少なからず、部下を率いる立場にある。責任ある立場にある以上、容易くこのような任務には参加できない。
しかし、この世界の実態が掴めない以上、生半可な実力者を送り込むのはかえって危険である。たとえ一兵卒の命でも大切にするカーキの考えは、コゲツも理解していた。
だからこそ、自分が選ばれた。他の誰でもない、自分が、だ。
その期待に応えねばならない。あらゆる手を行使してでも。
そのためには、これを機に権力者との繋がりを持っていきたい、という思いの方が強い。
――――目立たない程度に公爵家と関わりを持って、暫くは情報収集に専念するとしようかな。
とは言え、今の段階では唯のとらぬ狸の皮算用だ。別に無理して公爵と繋がりを持つ必要もないし、何しろ今のコゲツは公爵からすれば、娘を助けたとしてもポッと出の傭兵(のような小娘)である。疑わない方がおかしい。北軍のスパイという疑念をコゲツに向けるだろう。
流石に、いきなり処刑はしないだろうが。まぁ、されそうになったら取り敢えず拉致して逃げれば良いだけの話だ。あとは情報を吸いとって、おこぼれを憲兵隊にでもくれてやろう。
そんなことを考えていると、本殿のメイドに呼ばれた。
笠と杖を置き、コゲツはメイドのあとをついていく。
傍から見れば、姉が妹を先導しているように見えるのかもしれない。或いは、妹がヒョコヒョコと姉を追っかける微笑ましい光景だろうか。
すれ違うメイドたちはコゲツを見つめ、慌てたように頭を下げる。メイドに先導されて本邸を闊歩している。そのこと自体が、コゲツが公爵家における客人である証左であるからだ。
コゲツはそんなメイドたちに手を振りつつ、巨大な扉の前についた。
煌びやかな翠色の扉の両脇には、ライトグリーンを基調とし、ところどころ黄金色に輝く鎧を着込んだ兵が、剣の柄に手をやり、カチリと踵を合わせた。
この世界で言う敬礼だろうか、と思いつつ、コゲツは直立不動の姿勢をとる兵士二人に目で挨拶を交わした。
「それでは、私はここで」
「あぁ、御苦労さま」
メイドがクルリと踵を返すのを確認すると、扉が開いた。
そこは、赤い絨毯が敷き詰められた奥行きのある空間だった。
奥では、待ち構えるように偉丈夫が豪勢な椅子に腰を降ろしている。
扉をくぐった先からその偉丈夫まで伸びるカーペットを挟むように、実用性よりも豪勢さを追求した槍――――しかし、傍目から見ても魔力が込められた装備だとわかる――――という統一された装備を構える兵士。そして漆黒のスーツを着込んだ文官らしき人々、黒いローブを着込んだ魔法師らしき連中がいる。
そんな集団の中に、コゲツは目ざとく、小さな椅子に座って笑顔を咲かせているドロシーを見つけた。
そして彼女のとなりに、金髪をウェーブにしたスレンダーな美少女が座り、コゲツへ驚きと品定めが籠った視線を向けていた。おそらく、あれがドロシーの姉だろう。
コゲツはゆっくりと歩き、取り敢えず頭を深く下げた。流石に片膝をついて頭を垂れるのは、カーキに絶対の忠誠と愛を誓っている彼女の矜持が許さない。これが彼女なりの、公爵位を持つ人間への最大限の敬意であり、譲渡であった。
そんなコゲツの行為に数人が顔を顰めるが――――傍から見れば「無礼な小娘」なので当然である――――、コゲツは素知らぬ顔でゆっくりと偉丈夫――――ブラックウッド公爵の前まで歩んでいった。
そしてもう一度、先程より深く頭を下げる。
「――――頭を上げてほしい」
些か弱弱しい、しかし聞き取りやすい声が響く。
コゲツは改めて、目の前の偉丈夫を見つめた。
ライトグリーンの礼装を着込んだ、長身で背筋の整った男だった。ドロシーの話では患い、病床に伏しているらしいのだが、とてもそんな風には見えない。決して虚勢には見えず、皺の寄った碧眼の瞳には、生への執着が見て取れた。見っとも無くない、堂々とした眼光だ。
白髪を短く切りそろえ、立派な髭を蓄えている。ドロシーたちの父というよりは、祖父と言った方が良い外見だった。晩婚だったのだろうか。或いは実年齢と違い、老けているのか。
「私はセドリック=ブラックウッド。ブラックウッド公爵家当主にして、ブラックウッド公爵領領主……そして南軍総司令官を兼任する」
「流浪の傭兵、コゲツと申します」
「……ふむ、未所属、ということかね?」
「はい」
傭兵が一般化しているこの世界において、“傭兵”には様々な種類がある。長期契約を諸侯や国家と結び、最早国軍(正規軍)と大した差の無いタイプの傭兵。
そして世界各国を渡りながら、短期契約を繰り返すタイプの傭兵。
他にも様々だ。兎に角この世界では、傭兵稼業は立派なビジネスであり、ある意味では花形稼業ともいえた。リスクは高いが、膨大な儲けを得ることも夢ではない。国家に囲い込まれた傭兵が爵位を得て貴族になることすら、然程珍しくない世界である。場所によっては――――何れの国家の影響も受けない中立の独立都市国家など――――傭兵育成専門機関なども存在する程である。
フリーランスの傭兵――――「フリーランス」は「傭兵」という意味もあるので重複してしまうが――――のための情報機関も存在する。傭兵同士が情報を共有し合う場だ。そしてそう言った傭兵関連の組織には国家は不介入、というのが常道である。
そもそもこの世界では、常備軍を有している時点で“大国”扱いされる程だ。少数規模だろうが、常備軍の保有と維持は湯水の如く金がかかるのだから。
当然、“国民皆兵”も“総力戦”も影も形もない世界である。
傭兵が優遇、というより一定の立場を有しているのも頷けよう。
「もっとも、いまは一時的にドロシー様に雇われている身ですが」
「契約書は私も読ませてもらった。娘の命の恩人であり、不幸にも殉死してしまった我が兵士の弔いまでしてくれ、尚且つ此処まで送り届けてくれた。
契約の順守は当然として、ブラックウッド公爵家当主、そして一人の父親として礼を述べさせてもらおう……有難う」
立ち上がり、深々と頭を下げる公爵を見て、コゲツは少し目を開いた。
一介の小娘に頭を下げる公爵とは。……しかし、個人的にはホッとした。高圧的に来られても面倒なだけだし、腹の探り合いも好きではない。コゲツは自身の性格を知っている。カッとなり、台無しにするのは御免だ。
良い意味で、期待を裏切ってくれた。
「契約した以上、当然の事です。ドロシー様を助けたのも、ちょっとした偶然が重なっただけですよ」
「……そうか。報酬については後ほど話し合いとなっておるが、出来る限りは望みに応えたいと思っておるよ」
「――――では、僭越ながら…………」
コゲツが去った後、ブラックウッド公爵はふぅ、と息を吐き、懐から羅針盤のようなものを取り出した。
それは中心部を軸に四本のカラフルな針がくるくると回り、ある針はせわしなく動き、ある針は振り子のように揺れている。
「……不明だ」
低い声で呟かれた一言に、どよめきが走った。
「まさか! 閣下の魔法を持ってしても、かの者の実力を看破できなかったのですか?」
文官の一人が声をあげ、公爵は静かに頷く。
「並大抵ではない隠密系統の魔法や魔法具でなければ、私の“探査魔法”からは逃れられん。
少し妨害されることや霞むくらいはあろうが、全く分からないとは……今まで何千人と視てきたが、こんな事はなかった」
「――――初対面の者を御計りになるのは、閣下の悪い癖ですぞ。根なし草の傭兵とはいえ、ドロシー様の恩人でもあります。加え、我が同胞を丁寧に弔ってくれました」
先程コゲツが門番兵に渡した護衛兵士の遺品――――が入った布袋を一瞥しながら、ローブを着込んだ魔法師が長杖で床を叩きながら顔を顰めた。
「癖でな。許せ、ナサニエル」
片手をあげた公爵に、公爵領軍魔法師隊指揮官ナサニエル=ウォーカーは無言で頭を下げた。
「傭兵にとって、自らの“底”を知られることはあまりにも痛手だ。だからこそ、実力を隠す者は少なくない。中にはビジネスチャンスを得るために堂々と強者であることを晒す者もいるが、そういうものは本物の実力者か己を過信する莫迦だけだ」
公爵は目を細める。
「――――コゲツ殿は『隠す者』だな。慎重かつ、本物だ。成程味方にするには頼もしく、敵に回せば恐ろしい。流石はドロシー、コゲツ殿を雇った目は間違いないな」
「はぁ……」
淡々と言う父親に向かい、ドロシーは微妙な表情を浮かべる。
コゲツを選んだのは他に手がなかったからであるし、彼女からすれば、いきなり他人の実力を暴きだそうとする魔法を発動した父の行為は無礼極まりなかった。
もっとも彼女は、ウォーカーが指摘して初めてそれに気付いたのだが。
「しかも、かの御仁はレッドキャップ一〇体以上を瞬時に仕留めたという。只者ではないことは確かだな」
レッドキャップを一〇体以上仕留める。それは口で言う程容易くはない。何しろ、レッドキャップの凶暴さはワンランク上のモンスターを凌ぐほどである。オマケに本来、集団行動をとらないレッドキャップに囲まれれば、大抵の者は勝手が分からずパニックになるだろう。
その点、護衛兵士は奮戦したと言える。まさか公爵家の者を護る護衛兵士が、主に薄暗い洞窟に出没するモンスターに備えて訓練しているわけもない。レッドキャップに取り囲まれるなど、想像の埒外だっただろう。パニックになって一方的に殺されなかっただけでも、儲け物だったのかもしれない。
遠距離から魔法や魔導砲で攻撃すれば殲滅自体は可能だろうが、接近戦となると余程歴戦の者でなければ不可能だ。それも一方的に、ダメージを受けずに瞬殺するなど。
「歩兵程度、肉の壁にもならんかもしれん。あのような者が北軍に加われば、我が軍の劣勢は避けられそうにないな。
我々にはエルフの同志がいる。精霊魔法という切り札はあるが、優秀な魔法師や戦士は北軍の方が多い」
「元々北軍は軍の名門貴族が多かったですからなぁ。分裂当初、軍の精鋭の多くが北軍に吸収されてしまったのは痛かったですな」
今度は別の文官が苦笑しつつ言った。
「しかし、コゲツ殿との協調関係は結べそうですね」
そこに口を挟んだのは、ウェーブの髪を揺らせる二〇になるかならないかといった年頃の美少女だった。
「本当に、あんな可愛くて小さいコだとは思いませんでしたけど、力は本物のようですわ。私も一介の魔法師ですが、コゲツ殿の実力は全く測れませんでした」
困ったような表情で、しかし明るい声である意味能天気な言葉を紡いだ長女に、ブラックウッド公爵はうっすらと笑みを見せた。
「ジンジャー、傭兵は見かけと力がイコールではない連中の典型だぞ。精々注意することだ。
……コゲツ殿が提示した“案”。なかなかに魅力的である。加えて――――」
ブラックウッド公爵は突如顔を引き締めると、ぐるりと娘たちと部下を見渡した。
「……此の度の件、ドロシーを狙った可能性が高い。偶然にしては出来過ぎておる」
その一言に、ある者は青ざめ、ある者は顔を怒気で歪ませ、ある者は目を瞑って思案に耽る。
「コゲツさんも、そう言っていました」
「それはそうだろう」
ドロシーが震える声で言うと、公爵はすぐさま頷いた。
公爵家息女が外出中に、本来なら森にいるはずの無いレッドキャップの集団に見つかり、襲撃を受けた。
一体どれだけ不運ならばこんな偶然が起こるのか、考えるだけで莫迦らしい。
レッドキャップについてある程度知識があれば、誰でも考えつくことであった。ましてや、世界を歩き回るフリーの傭兵は、モンスターの知識が豊富だ。いや、そうでなければ旅などできない。
「問題は、差出人が誰かということだ。
レッドキャップは凶暴だ。人と見るや、誰であろうと襲いかかる。故に契約を結んだ者であっても、制御は難しい。ましてや二〇体以上となると――――」
「かなりの高位なサマナーやモンスター・テイマーでもなければ、なかなか難儀ですね。……赤い土かもしれません。あそこには優秀なテイマーがいると聞きます」
ウォーカーを始めとする魔法師組が唸った。
「しかも、この襲撃がドロシーお嬢様の外出を知って行われたとすれば……情報が漏れていたということにもなります」
「まさか、北軍の内通者が!?」
「いや、しかし――――」
様々な憶測が飛び交う中、ブラックウッド公爵家当主は息を小さく吐き、懐から水薬の入った瓶を取り出し、中身を一気に呷った。
そして、小声で呟いた。
「――――コゲツ殿に協力を求めるのも、吝かではないかもしれぬな」
コゲツが出した“案”については、次話、明らかになります。
因みにコゲツの変化は魔法でも何でもないので、見破るのは非常に困難です。あと、どれだけ変化していても特に問題ありません。なので、コゲツの姿は中学生くらいの背丈の着物を着込んだ白髪少女、という目立ちまくる格好です。
でも周囲の目なんて気にしないのがコゲツクオリティ。
御意見御感想宜しくお願いします。




