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よみがえる女

 よみがえる女


 明かりの無い山道を軽自動車のワゴンが猛スピードで登っている。車の中からはFMラジオのパーソナリティの声が聞こえる。

《日付が変わりまして六月二十四日、土曜日になりました。月曜日は祝日となっており三連休ですね……》

 車を運転しているオオタキ ユキオはタバコの煙を噴出す。狭い車の中は煙が充満する。オオタキはさらにアクセルを踏み込んだ。中古で買った黒の軽自動車が悲鳴を上げながら急な坂道を登る。

 

 昨夜のことである。オオタキは人を殺した。恋人とその浮気相手である。オオタキは東京都の海辺にある倉庫で重労働の仕事をしていた。その日は仕事が終わり彼女を驚かせようと連絡せずにアパートを尋ねた。すると楽しそうに狭い台所で料理を作っている二人に遭遇した。オオタキは頭に血が上り問いただすよりも先に間男に殴りかかった。子供のときからカッとなると後先が考えられなくなってしまう。間男も抵抗してきたので取っ組み合いとなった。取っ組み合いの中オオタキがこぶしが間男の鼻っ柱に入った。間男は鼻血を出しながら顔を抑えて床に倒れる。オオタキが追撃しようとすると彼女が止めに入ってきた。間男を守ろうとする彼女の行動にオオタキは無性に腹が立ち彼女の顔を全力で殴った。彼女は鼻血を噴出しながら二三歩後ろにのけぞりって床にペタンと座り込んだ。オオタキが彼女を見ると鼻が曲がっていた。骨が折れてしまったのだ。オオタキはさすがにやりすぎたと思った。彼女に声を掛けよう近寄ると、下腹部に強い衝撃を受けた。間男がタックルしてきたのだ。そのまま台所に押し付けられる。間男は力を緩めずに押し続ける。オオタキは間男の背中に拳を振り下ろし続けたが間男はひるまなかった。オオタキは咄嗟に台所に出ていた物を掴み間男に振り下げた。包丁であった。間男の体から血が噴出した。間男の体から力が抜けていき床に倒れた。オオタキは真っ赤になった自分の手を唖然とした目で見つめた。人を刺してしまった…… 目の端で彼女が映った。携帯電話を手にしている。オオタキは彼女の行いを止めさせようと思った。彼女は恐怖で顔を引きつらせている。オオタキは言った。警察に言うな…… ケータイを寄こせ…… 彼女は携帯電話を両手で胸の前で握り締め、折れた鼻から鼻血を流しながらガタガタと震えていた。ケータイかせったら……オオタキが彼女の腕を掴むと彼女は絶叫した。オオタキは思わず彼女の喉元に包丁を突き刺した。

 彼女はの喉からは行きよい良く血が飛び出して、あたり一面を血の海に変えた。オオタキは彼女のアパートから抜け出して、車で自宅まで向かった。自宅に戻ると服を着替えて最低限の物を持って車を出した。行き先は決めていなかったがこの場所に留まると捕まると思って、必死で遠くまで逃げた。県境まできて少し落ち着いた。運転していたときは気づかなかったが手とハンドルが血でべとべとであった。オオタキはコンビニのトイレで手を洗いウエットティッシュを買った。車に戻るとこれからどうするか考えた。彼女のアパートでは争う音が聞こえていたので近くの住民が警察に知らせているだろう。自分が彼氏ということもスグにしられるだろう。もどったら捕まるのは間違いない。しばらく身を隠そう。オオタキは何処に隠れようか思案した。

 オオタキには両親がいない。幼いときは父と母で工業団地のアパートで暮らしていたが、ある日父が姿を消した。特に言付け文句もなく子供のオオタキには何の予兆も感じ取れなかった。父がいなくなったので工業団地からも引っ越さなければならなくなり、母と子の生活は困窮を極めた。苦しい生活の中で母は父が姿を消したのはお前のせいだとオオタキを責めた。オオタキが地元の工業高校を出て以来、母とも縁を切っている。いまさらどちらの親も頼る気にはなれなかった。

 思い悩むオオタキはフッと一人の女性を思い出した。故郷である静岡にいる別れた彼女である。上京するにあたり別れたので、関係は険悪ではなかった。もしかしたら今からでもよりを戻して匿ってくれるかもしれない。オオタキは早速携帯電話で昔の彼女の名前を探した。画面を見ると電池が無くなりかけていた。昔の彼女の名を見つけると祈るような気持ちで発信ボタンを押す。……、……、発信音は鳴るが相手は出ない。もう一度かける。だが相手は出ない。オオタキは舌打ちをして携帯を助手席に投げつけた。また明日にでも電話しよう。そう思いとりあえずは彼女のいる自分の故郷に向かうことにした。


 オオタキの車は山道を登り続けていた。真暗で先の見えない坂道は永遠に続いているような気がした。オオタキはタバコを吸い潰していた。ストレスからかいつもより消費するペースが早い。新しい一本を取り出そうと箱に手をかけたがもう空であった。オオタキは舌打ちをしてタバコの箱を片手で丸めると窓を開けて外に放り投げた。イライラしてさらにアクセルをベタ踏みする。だが突如目の前の景色が変わった、咄嗟にブレーキを踏む。フロントガラスの向こう側には白い靄が出てていた。マジかよ…… オオタキは独り言をポツリともらした。靄は濃くて五メートル先もはっきりとは見え無くなるほどであった。オオタキは急ぐ気持ちを抑えつつゆっくりと車を進めた。

 靄の中を慎重に進むと長い上り坂が終わった。下り坂に入るとさっきまであった靄は嘘のように消えてしまった。オオタキは再びスピードを出して走っていると窓から山に囲まれた町が見えてきた。小さな町で、明かりが田んぼに囲まれた民家からしか出ていない。目だった大きな建物は見えなかった。車の時計を見てみると既に二時を回っていた。今日はここで眠ろうと思いオオタキは町に入った。町の中に入ったが山の上から見たとうり何も無い町に変わりは無かった。しばらく田んぼ道を渡って町の中心に向かうと、この町では異様に映る二十四時間営業のコンビニを見つけた。オオタキは金が無いのでこのコンビニの駐車場で眠ることにした。


 オオタキが車の中で目を覚ましたのは昼過ぎであった。体中に冷や汗をかいており気持ちが悪い。昨夜はなかなか眠ることが出来なかった。浅い眠りに入っても夢の中で殺した彼女や間男の血まみれの姿が出てきてすぐに目を覚ましてしまった。腹が減っていたので車を出てコンビニに入った。コンビニの中は店員が一人だけでオオタキ以外客はいなかった。店員はハシモトという名札を付けていた。ハシモトは色白で気弱そうな顔をしておりチラチラとオオタキの顔を見ている。昨日から駐車場で寝ているのを咎めたいのだろうが弱気で言い出せないのだろう。オオタキは焼きそばパンと新聞をレジまで持ってきた。

「あと、セブンスター」

 オオタキはハシモトの目を見ずに無愛想に言った。ハシモトは上ずった声でハイッと答え棚からタバコを持ってきた。

「おいっ! これちげーよ! 二十九番だよ!」

 ハシモトは間違った銘柄を持ってきてしまった。ハシモトは更に上ずった声で申し訳ございませんと答える。オオタキは舌打ちをして店からでた。車の中に戻ると焼きそばパンをほお張ると、昨日連絡して出なかった昔の彼女に再度連絡を取った。携帯の電池はもう残り少ない。……、……、呼び出し音が繰り返される。やっぱりでないかと思いあきらめかけたとき。

「はい、もしもし」

 電話が繋がった。懐かしい声が聞こえた。

「もしもし、久しぶり、元気してた?」

「うん、私は元気だよ〜、てか、すごい久しぶりだね、寂しかったよ、ユキオちゃんはどうしてたの?」

「長めの休みが取れたんだ。ひさしぶりにそっちに帰ろうと思ってさ、今何処に住んでるの?」

「私は今も□□町だよ〜、今は一人暮らししてるけど」

「ほんと、……帰ったら会える?」

「うん! いいよ!」

「明後日の××駅前、正午でいい?」

「おっけ〜」

「うん、じゃあね、楽しみにしてる」

 オオタキは電話を切ってうすく笑った。相変わらず馬鹿な女で助かったと思った。携帯の電池は完全に切れた。

 オオタキはタバコを吸って一服した後、新聞に目を通した。自分の事件はまだ新聞には載っていなかった。誰も通報しなかったのだろうか? だが見つかるのも時間の問題だ、今のうちに逃げないといけない。そう思っているとコンビニに入る女が目に入った。車の中から女を観察する。少し田舎くさい顔をしているがスタイルは良かった。寂れたこの町では目立った存在だろう。オオタキは財布の中を確認した。六千円と小銭しか入っていない。銀行に貯金はあったがお金を引き降ろす際に場所が特定されるのではと、怖くて使えなかった。このままでは故郷に行くガソリン代も出せない。オオタキは女に声を掛けることにした。オオタキは自分の容姿にある程度自信を持っている。大抵の女は声を掛ければ付いてくるし、女友達からは最近ドラマで主演していた俳優に似ているといわれていた。女がコンビニから出てきた。オオタキは車から出て声を掛ける。

「すみません」

「はい?」

「この辺りでガソリンスタンドって何処かに無いですかね?」

「えーと、ガソリンスタンドは……」

 女は肩にかけたバッグをずらして道路を指差した。

「この道をずっとまっすぐ行って、右に郵便局が見えたら左に曲がって、しばらくしたら公民館がありますのでそこを右に曲がってください。そこから少し進むと公園がありますので、そこを右に曲がって少し進めば見えてくると思います」

「えー、まっすぐ行って郵便局があって、左に曲がって公園を……」

 オオタキがワザととぼけた振りをすると女はクスリと笑った。

「案内した方が早いですね。私もこちら側なのでご案内します」

「いいんですか! ありがとうございます!」


 二人は何気ない会話をしながらガソリンスタンドまで歩いた。

「ありがとう。親切にしてくれて、何かお礼がしたいんだけど」

「えっ? いいですよ! そんなの」

「良いじゃないですか。少しだけでも何かご馳走させてください」

「そんな悪いです!」

「じゃあ、今夜の七時にここでいいですね?」

「ええ? ああ、はい」

 オオタキは後ろも振り返らずにその場から離れた。気の良さそうな女だから約束さえしてしまえばここに来るだろうし、その後はどうにでも出来ると思った。


 約束の時間七時、女はガソリンスタンドで待っていた。オオタキは少し遅れてきてそのまま小さな居酒屋に入った。居酒屋では酒も入り、オオタキの口の上手さで二人は盛り上がった。女の名はサクライ ショーコと言うらしい。この町の役場で勤めているようだ。オオタキが東京に住んでいた頃の話をしてやると目を輝かせて聞いていた。都会に出ることに憧れがあるようだ。オオタキは自分のことを車で全国を旅していると偽った。場も白けてきた所で今夜泊まるところがないことを匂わすとサクライのほうから狭い家がけど……と誘ってきた。

 二人は居酒屋を出てサクライの家へと向かった。サクライの家は辺りを田んぼで囲まれており隣の民家まで三十m程距離があった。サクライの家は小さいながらも庭のある一軒家だった。両親と離れて住んでおり、元は亡くなった祖母の家だった。オオタキは家に入り居間に通された。サクライは風呂を沸かしてから、お茶を入れて持ってきた。オオタキは小さいながらも手入れのしている庭を見ていると心が久しぶりに落ち着いた。昔の彼女の元には戻らずにここでしばらく身を隠すのも良いかもしれないとまで思った。サクライはオオタキの向かいに座ると、東京の話し聞かせて、と目を輝かせた。オオタキはこいつも馬鹿な女だなと思った。

 オオタキは風呂から上がるとサクライの祖父が使っていた浴衣に着替えた。交代でサクライが風呂に入る。オオタキがこれから先の事をじっくり考えた。しばらくするとサクライが風呂から上がってきた。彼女も浴衣に着替えてある。風呂上りの髪の湿ったサクライにオオタキは目を奪われた。田舎くさい下手な化粧をするよりもスッピンの方が魅力的に見えた。隣に腰を下ろしたサクライを見ていると下腹部に血が集まってきた。

「……綺麗だね」

 オオタキはサクライと手を重ねる。

「えっ? やだ……」

 サクライは恥じらい頬を赤らめている。あまり経験が無いのかオオタキは思った。

「いや、ほんとに綺麗だよ……」

 オオタキは距離を詰めて、サクライの肩に手を回しグッと抱き寄せた。

「きゃっ!」

 オオタキは素早く唇を重ねた。サクライもオオタキとの間に手を入れているが引き離そうとはしなかった。目を閉じて身を任せている。オオタキはそのままサクライを押し倒した。

「やだ! 止めて下さい!」

 サクライは力を入れて抵抗するが、オオタキは止まらない。

「やめて! やめてったら!」

 サクライはオオタキを本気で押し返した。オオタキは彼女が恥らっている振りをしていると思っていたので驚いた。

「離れて!」

「……ああ、わかったよ」

 サクライははだけかけた浴衣を直して、腕を胸の前でクロスさせてオオタキを睨み付けた。オオタキはサクライの行動が理解できなかった。男を自分一人が住む家に招いておきながら拒むとは何を考えているんだと思った。だが、ここで彼女の機嫌を損なうわけにもいかないので言い繕った。

「ごめん、悪かったよ」

「……酷いです、私はオオタキさんの事信じてたのに……」

「……そんなに拒まれるとは思わなかったんだよ……」

「……私は結婚するまではそういう事したくないんです」

「……ゴメンよ、一人で盛り上がって……」

「……私そういうことってあんまり好きじゃないんです。だって私がお母さんになった時〜」

 サクライの貞操概念を聞いているとオオタキは一気に萎えた。気味の悪い女だとも思うようになった。途端に彼女に対しても興味を失いここに居るのが煩わしくなった。

「分った。もうしないよ」

 オオタキは投げやりに言った。

「……すみませんけど、出て行ってもらえますか、わたしもうオオタキさんと一緒にいるのは無理です」

「わかったよ!」

 オオタキは威嚇するように舌打ちした。

「……」

 オオタキはムカムカしながら黙って浴衣から自分の服に着替えた。家を出ようとしたときふと気が付いた。

「金」

「えっ?」

「金だよ。さっき奢った分返してくれ。五千円」

 居酒屋での支払いはオオタキが払った。本当の支払いは三千円だったがふっかけた。サクライは見下げ果てたような目でオオタキを見ると財布から五千円取り出してオオタキに渡した。

「……サイテー」

 渡し際にサクライがぼそりと呟いた。それがオオタキの勘に障った。考えるよりも先に手が出てしまった。サクライはよろけて座り込んだ。

「俺の事、馬鹿にしてんじゃねえぞ!」

 オオタキが怒号をを飛ばすとサクライは涙を流しながら震えている。鼻血が滝のように流れている。オオタキは床に落ちているサクライの財布を拾い札束を全て抜き取った。サクライは嗚咽を漏らしながらその行為を眺めている。だが、その目には恐怖のほかに反抗心が宿っているようにオオタキは思えた。

「おい! けーさつや病院に行ったりするんじゃねえぞ!」

「…… ……」

 サクライは泣くばかりで返事をしない。

「きいてんのか!」

「ハイッ」

 オオタキはサクライの家から出た。周囲を見渡したが辺りに人は居ない。かえるの鳴き声だけが響いている。騒ぎを聞いたものはいないだろう。しばらく田んぼのあぜ道を歩いていたが、オオタキはどうしても不安が頭から離れなかった。もしサクライが警察に電話すればこの町ではスグに捕まるだろう。そして昨日殺した二人の事もばれるのは明らかだった。オオタキは道を引き返してサクライの様子を確認することにした。

 玄関の前から庭に入り込み姿を隠して中の様子を伺った。サクライは今も泣いていて居間の端で膝を抱えている。どこにも連絡しそうな素振りが見えなかったのでオオタキが立ち去ろうとした時、サクライが立った。オオタキに緊張が走り硝子戸の近くまではいよった。サクライは壁にかけてあるバッグをあさっている。すると中から携帯電話を取り出した。オオタキは不味いと思い硝子戸を開いた。

「キャー!!!」

 サクライの叫び声が響く、オオタキはサクライまでの距離を詰めると携帯を払い落とした。ついでサクライの首に手をかける。サクライはオオタキの腕を引っかき抵抗するがオオタキは気に止めなかった。背面の壁に押し付けられてサクライの足が浮く。サクライの顔は赤みを帯びていたがやがて青白くなっていった。やがてサクライの手足から力が抜けた。サクライの両腕が力なく宙にプラプラと揺れている。オオタキは力を抜いた。サクライが床にゴツンと音を立てて崩れ落ちた。

「ハァ…… ハァ……」

 オオタキは唖然としていた。短い間に二人、もしかしたら三人も人を殺したのだ。……運が無い。オオタキはそう思った。オオタキは床に腰を下ろしてこれからのことを考えた。サクライの死体は口からだらしなく下がベロンと出ていた。こいつが発見されるのはいつだろうか? 役場勤めと言っていたから最低でも三連休明けの火曜日には異変に気付くものが出るだろう。今日が土曜日だからまだ三日ある。その間にこの町から逃げ出せばいい、オオタキはそう考えた。

 オオタキはサクライの家を後にした。車は寝心地が悪いが、死体と一緒に寝るのは気味が悪かった。人のまったくいない田んぼのあぜ道を通りコンビニの駐車所まで向かった。


 目を覚ますとまた昼過ぎであった。またびっしょりと寝汗をかいていた。不快であったがそれほど臭いはしなかった。オオタキはぼんやりとした頭で今日の予定を考えた。早くこの町を出ないといけない。道中までの金はサクライから盗った分で十分だった。サクライから盗った金はダッシュボードの中に詰め込んである。オオタキは寝ぼけた頭でギアをドライブに入れて車を出発させた。峠の上から見て気付いていたことだがこの町を出るには二つの道しかなかった。オオタキが入ってきた道とその反対にある道だけだ。オオタキは入ったときの反対の道から町を出ることにした。しばらく走り町の出口まで来た。だが、オオタキは車を急に止めた。目の前の光景に鳥肌が立った。警察が町の入り口に立ち車を一台一台止めて検問しているのである。オオタキは不自然にならない様に気を付けながら道を引き返した。念のために逆の出口も調べて見たが、同じように警官が検問をしていた。オオタキはパニックになりながらもとりあえずコンビニまで戻った。車を止めてじっくりと考えて見た。もしかして昨夜のサクライ殺しがばれたのかと考えたが、小さな町で人が一人殺されたにしては騒ぎが少なすぎるような気がした。町の様子を見てみても普段と変わりない様に子供たちが外で遊んでいた。誰かに聞いて見なければそう思いコンビニの中に入った。コンビニの中は客がおらず、見覚えのある店員ハシモトだけだった。相変わらずオオタキをチラチラ見ている。オオタキはおにぎりとミネラルウォーターを持ってレジに置いた。ハシモトが下を向きながらレジを通すとき聞いてみた。

「……町の入り口の道路に警官がいるけど、なんか事件でもあったの?」

「え?」

 ハシモトはまさか話しかけられるとは思っていなかったのか目を白黒させている。

「警官だよ、見てないの?」

「ああ、はい! なんだかさくらんぼが大量に盗まれたらしくて、それで聞き込みをしているみたいですよ」

「ああ、そうなんだ」

 オオタキは安堵した。胸のつっかえが取れるとタバコが吸いたくなった。昨日の分はもうなくなっている。

「セブンスター取って」

「あっ、はい」

 ハシモトは戸からタバコを取った。

「いや、これ違うから。二十九番だろ」

 ハシモトが取り出したのはまた違う銘柄だった。


 オオタキは車に戻った。サクライ殺しのことはまだばれていないらしい。警官の検問まで行って見ようかとおもったがリスクが大きすぎる気がした。もし東京での殺しの件が知られていたら自ら捕まりに行くようなものだ。泥棒が捕まるまで待っているのも不安だがしばらくは様子を見る事にした。だが、あまり長く待つことは出来ない。今日の夜にはこの町を出なくてはいけない…… 考えをめぐらしているオオタキの目に信じられ無い物が入った。呼吸が止まるかと思った。女が、昨日殺したサクライがコンビニに入っていくのが見えたのである。オオタキはいそいでシートを倒して顔を隠した。再びオオタキの頭はパニックに陥った。

 (何故生きている!? サクライは死んだはず!? 死んだ振りをしていた!? 他人か!?)

 上体を起こしてコンビニの中を覗き込んで見る。間違いなくサクライであった。来ている服も昨日と同じである。

 (本人だ! まずい! 逃げなければ!)

 オオタキはサクライが後ろを向いている間に急いで車を出した。車をしばらく走らせ道幅の広い道路で路上駐車した。早まる鼓動を抑えつつ頭を抱えながら必死に考えをまとめた。奴は本当にサクライなのか? 同じ服をいていた? 首にあざはなかったか? 遠かったので分らない。姉妹か! 焦っていたし見間違いの可能性もある。だが、同じ服で、同じ鞄を持つ姉妹がいるだろうか? 仮にサクライ本人だとして何故警察に言わないんだ? 呑気にコンビニに来る場合じゃないだろう! 殺されかけたのに! 頭を打った衝撃できのうのことを忘れている? あるわけないだろう! そんな都合のいい話! 何故だ!? 何故警察に言わないんだ!? ……警察に言わないのではなく、言えないのか?……


 夜になった。オオタキは再びサクライの家へと向かっていた。彼は昼間に見た光景をこう結論付けた。昼間に見かけたのは服装や容姿から見てもサクライ本人である。何故か警察に言わないのは彼女も犯罪に関わっているからだ。警察に知られて都合の悪いことを彼女も隠していると。だが、頭の中で冷静な部分が囁きかけていた。犯罪者が犯罪者を殺す確立はどれくらい低いのだろう。だがそれは無視した。いずれにせよサクライ本人が生きているのでは、いつ自分に火の粉が降りかかってくるか分らない。生かしておくのは危険で有ると判断した。

 サクライの家の前まで着いた。家の電気は点いていた。

(やはり、本人だ)

 オオタキは昨晩と同じ要領で庭に忍び込んだ。茂みに身を隠して家の中の様子を伺う。居間にサクライは居た。昨日の事など忘れたように料理の支度をしている。その様子を見てオオタキは以外に豪胆な女なんだなと思った。姿を見られないように頭を伏せてゆっくりと近づく。ガラス戸まで近づいたときサクライは立ち上がって台所まで移動した。オオタキは好機とみてガラス戸に手をかけて音も無く進入した。サクライは台所できゅうり浅漬けを切っていた。後ろから近づくオオタキに気付く素振りはない。オオタキはサクライの後ろに立つと息を整えた。オオタキは次の瞬間サクライの包丁を持つ手を叩き、素早く腕を回して首を締め上げた。サクライはうめき声を上げながら必死で抵抗したが昨日と同じ結果になった。

 力の抜けたサクライをオオタキが離すと地面に崩れ落ちた。念の為に脈を確認した。確かに止まっている。呼吸と心臓の鼓動も確認したがいずれも止まっていた。サクライ ショーコは完全に殺した。オオタキはそう確信した。

 

 オオタキはサクライの家を出る際、身の回りを警戒したが人影は見当たらなかった。そのまま人目を避けつつ車まで向かった。車に着くと時間はもう二十二時をまわっていた。車を走らせて町の出口を確認しに行ったがどちらとも警官がまだ検問を続けていた。オオタキは仕方が無く安いパーキングに止めて夜を過ごす事にした。


 次の日、目が覚めると既に夕方であった。オオタキは焦っていた。今日は連休の最終日である。今日中にこの町をでないと明日にはサクライの異変に気がつく者が出てくる。警察がまだ検問を続けてたとしても町を出るしかないと思った。町の出口に向かうと、まだ警察が立っていた。オオタキは舌打ちをしてハンドルを思い切り叩いた。ハンドルを切りUターンするがイライラして頭がおかしくなりそうになった。無性にタバコが吸いたくなったが、箱が何処にも見当たらない。昨夜の段階ではまだ残っていたので助手席に置いていたはずだが無いのである。オオタキはムカつき抑えつつコンビニに向かった。コンビ二ではまたもハシモトが立っていた。オオタキはこの店ではこいつしか居ないのかと思った。アンパンとミネラルウォーターを持ってレジに置いた。

「二十九番」

 オオタキは無愛想にいった。

「ハイッ?」

 ハシモトは上ずった声を上げてオオハシを見る。

「タバコだよ!! 馬鹿かテメェ!!」

「ハハッ!! スッスイマセン!」

 オオハシはレジ袋を乱暴にひったくった。自動ドアが開き女が入ってくる。オオタキが女の顔を見ると全身に鳥肌が立った。緊張のあまり吐き気に襲われた。女はサクライであった。オオタキは金縛りにあった様にその場で動けなくなった。サクライは何事も無かった様にオオタキの隣を通る。オオタキはゆっくりと振り返りサクライの顔を見た。……間違いなくサクライ本人であった。服装や鞄も昨日と同じである。ただその首には一切跡が残っていなかった。オオタキの目線を感じてサクライはチラリとオオタキを見て不快な顔をした。だがすぐに何事もなかったかのように買い物を続けた。それは二度も殺されかけた女の顔とは思えなかった。オオタキはめまいのする頭で車まで戻りその場を急いで離れた。

 今朝まで眠っていたパーキングに車を止めた。オオタキは考えた。だが、答えは出なかった。サクライは確かに殺したはず、心臓が止まっているのも確認した。オオタキは力の限りハンドルを何度も何度も殴りつけた。その度にクラクションが鳴り響く。答えが出ずにイライラが高まる。半分狂乱した頭で次にとるべき行動が決まった。サクライを問いただそう。


 夜になりオオタキは再びサクライの家に向かった。やはりサクライの家は電気が点いていた。昼間に見たのは間違いなく本人である。周囲にも特に異変は無かった。オオタキは敷地の中に入った。庭に侵入するのも二度も繰り返しているので手馴れたものになっている。サクライは昨日と同じように夕飯の支度をしていった。サクライの動きが止まる。庭に居るオオタキの姿を捕らえたのだ。サクライの悲鳴が響く。オオタキは構うことなく窓を割って室内に侵入した。サクライは腰を抜かして床に座り込んでいる。オオタキは距離を詰めてサクライの頬を思い切り殴った。サクライは口の中が切れたのか血を流した。床に這い蹲るサクライを持参したガムテープで手足を縛りつける。オオタキはもう一発サクライの腹部に思い切り殴った。サクライは呻き声を上げて少し吐いた。オオタキは台所から包丁を持ってくると、もがいているサクライの髪を掴んで壁に押し付けた。

「てめぇは何で生きてる!?」

 オオタキは血走った目でサクライに問うた。

「うっ、っごほっ、……やめて、……乱暴しないで……」

 サクライは血を流しながら答える。

「質問に答えろ!!」

 激昂したオオタキは再びサクライの腹部を殴った。サクライの吐しゃ物がオオタキに掛かる。

「ひゅーっ、ひゅーっ、っつ、……お願い、やめて、……お金ならあげるから……」

「金なんていらねえよ!! 馬鹿にしてんのか!! 殺すぞ!!」

 オオタキは手に持った包丁を突き出した。

「やめて!…… 何を言ってるのか分らないの…… あなたと会うのは初めてだから……」

「昨日も会ってるだろうがぁ!!」

「知らないわよ、本当に初対面だもの……」

「ああ!! 何行ってんだよ、わけわかんねぇ!」

 オオタキは立ち上がり目頭を押さえた。

「……おまえ、名前は何ていうんだ?」

「……サクライです……」

「下はぁ!?」

「……サクライ ショーコ……」

「やっぱそうじゃねーかよぉ!!」

 オオタキはサクライの右肩を思い切り蹴った。サクライは絶叫した。間接が外れて肩がプラプラと動いている。

 オオタキは嗚咽とうめきをあげるサクライの首を締め上げた。

「言え!」

「…ッ! っくふぅ! ……やめて……」

「本当の事言えよ!! 死んだ振りしてたんだろ!! 俺と会うのも三度目なんだろ!!」

「……し……しら……な……い」

 サクライは息を落とした。オオタキが手を離すと力なく横たわった。サクライの脈を取った。確かに止まっている。心臓の音も聞いたが確かに停止している。念の為に手に持った包丁をサクライの胸に刺した。死んでから刺した為か血はじっとりと這い出てくるだけだった。オオタキは部屋の隅に行き、放心した状態で膝を抱えて丸くなった。再びサクライの体が動き出すのが怖かった。このまま夜明けまで見張っていてサクライの正体を見極めてやろうと考えた。

 どれくらい時間がたっただろう。ビクンッとサクライの体が動いた。オオタキは驚きのあまり心臓が止まるかと思った。立ち上がり恐る恐るサクライの様子をうかがった。動いたのは一瞬だけでそれ以後は動こうとはしなかった。死後硬直と言うものなのだろうか? だがサクライは今にも起き上がって恨みをたぎらせて襲い掛かってきそうにも見えた。オオタキは恐ろしくなった。サクライと同じ空間に居たくは無かったが、このまま逃げてしまえば目を覚ましたサクライに永遠に追われるような気がした。オオタキは居間に押入れが付いてあるのを見つけた。この中ならば隙間からサクライの様子をうかがえる。オオタキは押入れに入りサクライの監視を続けた。

 時間がかなり経った。だが何時かはオオタキには分らなかった。押入れから出て時計を見ればいいのだが居間に出るのが恐ろしく怖かった。自分が出るとサクライが立ち上がり襲い掛かってくる妄想が頭を支配する。だが、実際にはサクライの死体は先程動いてから指一つ動いていない。オオタキは夜が明けるまで監視を続けるつもりでいたが、ふうっと目の前に白い靄が出てきた。目の前に出ているような、目の中に出ているようなあいまいな距離感であった。オオタキはこれに見覚えがあった。この町に来る途中で確かこんな靄に包まれた…… そこまで考えていたオオタキの意識は急に途切れた。


 オオタキは目を覚ました。スズメの声が聞こえる。目の前が真っ暗だ。記憶が曖昧で昨夜のことを思い出せない。

『ガラッ』

 オオタキの目に乱暴な光が差し込んだ。一人の女が立っている。サクライだった。サクライは押入れの中で寝ている男の姿に驚いて呼吸ができない。

「ぎゃー!!!! どろぼー???!! きゃー!!」

 呼吸を再開したサクライは叫び声を上げて、何処かに去って行った。

「ふふ? つっつっ!? はぁ〜〜! はぁ、はぁ……」

 オオタキは乾いた笑い声を上げた。もう考えるのを止めて、なすがままになろうという気持ちであった。警察に捕まってもいい。この意味の分らない状況から抜け出せるのならそれで良いと思った。


 つけっぱなしのテレビからニュースキャスターの声が流れる。

《……六月二十四日土曜日のニュースをお伝えします。本日は三連休の初日とあって……》


終わり 
































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