第一話「転生豚坊ちゃん」
目を開けた瞬間、俺は真っ白な部屋にいた。そこそこ座り心地のいい椅子に座っている。そして、向かい側の椅子には男が座っている……のだろうか? 顔が見えないので、体格から判断するしかなかった。
「目が覚めたか?」
男のような何かが、男の声で俺に話しかけてきた。
「ここはどこだ? それに、俺は……俺は誰なんだ?」
「私にも君が誰なのかはわからないな。ただ、この部屋に来たということは、元の世界ですでに死んでいるということだよ!」
男のような何かは、何かを考えながら俺に話しかけてきた。
「お、お、お前は神様なのか?」
「そうとも言えるね。今、私はガチャを引いて勇者を選んでいるところなんだが、君はどうやらハズレのカードらしい。ちょうど処分しようとしていたところなんだ。だが、君にチャンスを与えよう」
「処分? 俺はもう死んでるんだろ? じゃあ、処分ってどういう意味だ? それに、今チャンスをくれるって言ったよな?」
「そうだよ! チャンスだ! 私の代わりに聖女を殺してくれないか?」
「はあ? 俺に人殺しをしろって? そもそも、俺は今まで人を殺したことがあるのか?」
「あるよ。少なくとも一人は殺している。君自身だ」
「俺、自殺したのか? なんで自殺なんかしたんだ?」
「それについては、私にもわからないね」
「聖女を殺せって言ったよな? なんでだ? 聖女って、いい人のことじゃないのか?」
「そんなことを知る必要はないよ。君が聖女を殺してくれれば、転生するチャンスを与えてあげよう」
「もし転生しなかったら、俺はどうなるんだ?」
「処分されて、動物や昆虫、アリなんかに転生する。そして、それを延々と繰り返すことになる」
「そんなの最悪じゃないか! どうしても聖女を殺さなきゃいけないのか?」
「そうだよ! 引き受けてくれるかい?」
「断るって選択肢はないのか?」
「それなら、ゴキブリに転生させてあげよう!」
「ま、待って、待って、待って! 聖女を殺すから! あなたのために聖女を殺します! だから、人間に転生させてください!」
「君のその卑劣な性格、悪役にはぴったりだね!」
「悪役?」
「おめでとう! 君はこれから、ある少女漫画に登場する悪役の脇役、豚坊ちゃんに転生することになったよ!」
「豚坊ちゃん? 豚なのか? それとも人間なのか? いや、それより少女漫画の世界だって?」
「たぶん人間だと思うよ。ただ、ちょっと太っているだけさ。少女漫画の世界は、文字どおり少女漫画の世界だよ! まあ、君はその漫画を読んだことがないかもしれないね。何しろ、君がいた元の世界では出版されていなかったから」
「それじゃあ、そろそろ転生を始めようか。私はほかにもやることがあるんでね。聖女を殺すこと、忘れないでくれよ!」
「ちょっと待てよ! 俺、聖女が誰なのかすら知らないんだぞ? せめて名前くらい教えてくれ!」
「それじゃあ、転生がうまくいくことを祈っているよ! もし失敗したら、たぶん知的障害者になっちゃうだろうね」
「なんだそりゃ!? お前、本当に神様なのかよ! 無責任にもほどがあるだろ!」
光が俺の周囲に集まり始めた。すると、俺の体が徐々に透明になり、そのまま消えていった。
そして、意識が戻ったとき、俺はベッドの上で目を覚ました。鼻に消毒液の匂いが漂ってくる。どうやら、俺は病院の病室にいるらしい。
「……俺……いったい……どうなったんだ?」
「お兄ちゃん、目が覚めたんだね!」
隣にいた、セーラー服を着たかわいらしい少女が俺に話しかけてきた。
「目が覚めた? そうだ、あの神様の野郎はどこに行った? それに、ここはどこなんだ?」
「ここは病院だよ! 数日前にお兄ちゃんは車にはねられて、それで入院することになったんだよ!」
「車にはねられた? どうして何も覚えていないんだ? それに、俺はいったい誰なんだ?」
「お兄ちゃんは松平電器の跡取り息子、松平奉太郎でしょ! 私は妹の松平雛菊だよ。まさか、忘れちゃったの?」
「ん? 俺が松平奉太郎なのか?」
俺は自分自身を指さした。
「そうだよ! お兄ちゃんは松平電器の跡取り息子、松平奉太郎だよ!」
「俺が……そうなのか?」
「ナースコールを押して、看護師さんを呼ぶね!」
俺がまだ混乱している中、彼女はベッドのそばに歩み寄り、俺の隣にあったボタン付きのコードを手に取った。おそらく、あれがナースコールなのだろう。彼女はそのボタンを押した。
それから、彼女は俺と目を合わせた。
「お兄ちゃん、まさか本当に記憶喪失になっちゃったの?」
そこで初めて、俺は自分の頭に手を伸ばした。頭には包帯が巻かれていた。さらに、自分の体の状態を確かめるため、あちこち触ってみた。
そして、全身についた大量の脂肪を感じた瞬間、俺は確信した。
どうやら俺は、かなり太った男の体に転生してしまったらしい。
「本当に豚坊ちゃんになっちまったのかよ!」
そのとき、看護師が病室に入ってきた。しかも、その後ろには、なんと、とてもかわいらしいメイドまでついてきていた。
「松平さん、目が覚めたんですね! まずはいくつか検査をしますので、その後、先生に連絡しますね」
看護師はそう言いながら、俺のそばに近づいてきた。
「松平様、お目覚めになったのですね! 本当によかったです。これで、もうお世話を続けなくて済みますね!」
メイドは、ほっとしたような表情を浮かべながら言った。
「看護師さん、兄はどうやら記憶を失ってしまったみたいなんです。どうしたらいいでしょうか?」
「松平お嬢様、まずは基本的な検査をさせていただきます。その後、先生に連絡しますね」
「松平さん、ご自分の名前は覚えていますか?」
これは俺に質問しているんだよな?
「覚えていません」
「それでは、何か覚えていることはありますか?」
あの神様とのやり取りは、もしかして夢だったのだろうか?
「すみません。何も思い出せません」
「では、手足を動かしてみてください。それから、可能であればベッドから降りて、少し歩いてみましょうか?」
「わかりました」
俺は手足を動かし、ベッドから降りて歩いてみた。そこで初めて、自分が大人用のおむつを履いていることに気づいた。歩くのも少し大変だった。どうやら、しばらく筋肉を使っていなかったせいらしい。
「どうやら、問題なく動けるようですね。それでは、先生に連絡してきます」
看護師はそう言うと、病室を出ていった。
「松平様、私が誰だか覚えていらっしゃいますか?」
かわいらしいメイドが俺に話しかけてきた。しかし、俺は彼女が誰なのか、まったく思い出せなかった。
「すみません。覚えていません」
「ほ、本当に覚えていらっしゃらないのですか? 私は雲母ですよ! 長門雲母です!」
メイドは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
その後、医師がやって来て、さらにいくつかの検査を受けることになった。
「記憶喪失は一時的なものだと思います。しばらくすれば、思い出せるかもしれません。ただ、それが数日なのか、数か月なのか、あるいは数年かかるのかは、今のところわかりません。松平さん、どこか具合の悪いところはありますか?」
「特にありません。先生、俺はいつ退院できますか?」
「お兄ちゃん、そんなに急いで退院してどうするの?」
「いや、別に。ちょっと聞いてみただけだよ」
「来週には退院できると思います。頭の傷の抜糸もありますからね。それでは、特に問題がなければ、また明日診察しましょう」
医師はそう言うと、看護師と一緒に病室を出ていった。
「先生、ありがとうございました」
雛菊が医師にお礼を言った。
「そういえば、今何時だ? 俺のスマホはあるのか?」
「今は午後四時四十七分だよ。お兄ちゃんのスマホは壊れちゃったけどね」
「壊れたのか? これじゃあ、入院中に何をして過ごせばいいんだ?」
「スマホなんて、そんなに使い道ある?」
「何を言ってるんだ? スマホでできることは山ほどあるぞ! 動画を見たり、ゲームをしたり、SNSを使ったり、ウェブサイトを見たり……。現代人には欠かせない必需品だろ!」
「動画やウェブサイトが見られるスマホなんて、どこにあるの? それに、SNSって何?」
「SNSはソーシャルメディアのことだよ! お前、使ってないのか? Xって知ってるか?」
「お兄ちゃん、さっきから何を言ってるの? ほら、これが私のスマホだよ。お兄ちゃんが言ってるような機能なんて、どこにもないでしょ?」
そう言って、雛菊は自分のスマホを見せてきた。
それはボタン式の携帯電話だった。しかも、画面は白黒で、カラー液晶ですらない。
まるで三十年前の時代に戻ってしまったかのようだ。
「おい、冗談だろ? 今どき、こんな骨董品みたいな携帯を使ってるのか?」
「お兄ちゃん、これがスマホだよ! 雲母、自分の携帯も出して、お兄ちゃんに見せてあげて」
「かしこまりました、お嬢様」
雲母が取り出したのも、白黒画面の骨董品のような携帯電話だった。
もしこれが俺をからかうための冗談じゃないとしたら、俺は三十年前の世界にタイムスリップしてしまったということになる。
「俺の知ってる携帯電話じゃないぞ! これじゃあ、入院中に何をして過ごせばいいんだ?」
「それなら、これを貸してあげる! 私のゲームボーイだよ。ポケモンの青バージョンが入ってるんだ。最近すごく流行ってるんだよ! それとも、キング・オブ・ファイターズをやる? ソフトはたくさん持ってきたよ!」
雛菊はバッグからゲームボーイを取り出して、俺に差し出した。
「ありがとう、雛菊」
俺は雛菊の好意をありがたく受け取ったものの、心の中では、本当にからかわれているんじゃないかと疑っていた。
俺は本当に三十年前の世界にタイムスリップしてしまったのだろうか?
その後、雛菊は電話をかけるために病室を出ていった。俺が目を覚ましたことを祖父に報告するそうだ。
一方、俺はゲームボーイで遊び始めた。ただし、ポケモンはプレイしなかった。おそらく、雛菊のセーブデータが入っているだろうからだ。
「松平様、本当に何もかも忘れてしまわれたのですね!」
雲母はそう言うと、どこからともなく果物ナイフを取り出し、テーブルの上に置いてあったリンゴを剥き始めた。
「おじい様が明日、お見舞いにいらっしゃるそうです。それでは、私はそろそろ帰りますね! 雲母、お兄ちゃんのことをよろしくね!」
「お兄ちゃん、私のゲームボーイは一日だけ貸してあげるからね! 明日はお兄ちゃんのゲームボーイとソフトを持ってくるよ! それじゃあ、またね!」
雛菊はそう言い残すと、病室を出ていった。
そういえば、今になってようやく気づいたことがある。
今は何年何月何日なんだ?
「雲母、今日は何月何日だ?」
雲母は剥き終えたリンゴを皿に盛りつけた。
「XXXX年XX月XX日ですよ、坊ちゃま」
「はあ? 今、何月何日って言った?」
確かに彼女が日付を口にしたのは聞こえた。だが、なぜか俺の頭の中では、すべて文字化けしたようになってしまった。
「XXXX年XX月XX日ですよ、坊ちゃま」
「まあいいや。じゃあ、俺が今何歳なのか教えてくれないか?」
「十六歳です」
「俺は高校生なのか?」
「はい! 今は夏休みですよ」
「じゃあ、お前は何歳なんだ?」
「十六歳です。坊ちゃまと同じ学校に通っていますよ」
「なあ、俺ってどんな人間だったんだ?」
「坊ちゃまはとても優しくて、思いやりのある方ですよ!」
「そうなのか?」
あの神様は、俺を少女漫画に登場する悪役の脇役に転生させるとか言っていなかったか?
話に聞いていたのとは、ずいぶん違うじゃないか?
「はい! 本当にお優しい方ですよ! もし坊ちゃまに引き取っていただけなかったら、私は今でも孤児のままだったと思います!」
「そうだったのか……」
「ところで、俺はどうして交通事故に遭ったんだ?」
「詳しいことは私もよく知らないのですが、坊ちゃまは小さな女の子を助けたそうですよ!」
「俺が人を助けたのか?」
「はい。そういえば、その女の子のお姉さんから、お礼のお菓子をいただいていますよ。坊ちゃま、召し上がりますか?」
「お姉さん?」
「はい。その小さな女の子のお姉さんです」
その後、俺はお礼にもらったお菓子を食べてみた。
なかなか美味しかった。




