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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─  作者: 波方 真季


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第7話 咲き誇れ!青春!


「は!?何!?喋ってない!?」


数日後の放課後。

校舎の長い廊下に、朔也の声がやけに響いていた。


「無理だよぉ〜喋るとか!死ぬって!」


陽向は、壁際に追い詰められた小動物みたいに肩をすくめていた。

胸の前でぎゅっとスクールバッグの紐を握りしめ、必死に視線を泳がせる。


「お前、何のために朱里が苦労してひなをここまで改革してくれたと思ってんだよ。意味ねぇから!」


「そんな事……言われたって……」


声が、弱々しく揺れる。

頭では分かっている。

“喋らなきゃ、何も始まらない”なんてことは。


でも、分かっていることと、出来ることは、まるで別だった。


「くそつまんねーな。先輩とひと言でも喋るまで、腹筋10回追加な。走り込みも5分追加!!」


「無理無理無理無理!!」


「だったら今日にでも喋ろ!!」


「鬼かよ……」


陽向は、半泣きで呟いた。


その時だった。


背後から、ふわりと温度が近づく。

次の瞬間、柔らかい腕が陽向の脇腹へ差し込まれた。


「ひなた〜、職員室付き合って♡」


甘い声と一緒に、軽い重み。


「咲!」


振り返った瞬間、視界いっぱいに笑顔が広がる。

一ノ瀬咲は、まるで最初からそこに居たみたいに、自然に陽向に抱きついていた。


「え、なに?お前……まさか、友達できたの?」


朔也が、信じられないものを見る目で陽向を見る。


「そう!この子、咲!」


陽向は、少し誇らしそうに言った。

その声には、以前にはなかった親しさが混じっている。


「いや、知ってるよ!」


朔也は一瞬言葉を切り、咲を見た。


「…だって……この子は……」


入学式の翌日から、男子の間でも話題になっていた存在。

一年二組のマドンナ。

名前を出さなくても、誰もが分かる。


「え?陽向、黒川くんと仲良かったの?」


咲は、少しだけ目を丸くして言った。


「え、一ノ瀬さん、なんで俺の事知ってんすか?」


朔也が、半分照れたように、半分驚いたように返す。

咲は、にっこりと笑った。


「中学、剣道部だよね?私、剣道部の高野遥と同じ中学なの。大会で見た黒川くんのことカッコイイって言ってて、今回同じ高校だーって遥が喜んでたの!良い男はチェック済み♡」


「へぇ…良い女に良い男って言われんの、光栄だな。一ノ瀬さん、彼氏いんの?」


「残念♡いるの♡」


「お前も彼女いんだろーがあぁぁぁ!!!」


ドゴォーンッ!!


陽向渾身の飛び蹴りが、完璧に決まっていた。

乾いた音が廊下に響き、朔也の身体が派手に床へ転がった。


「いってぇぇぇぇ!!」


すると、低い声が頭上から落ちてくる。


「おい、何こんなとこで転がってんだよ」


朔也が見上げると、そこに立っていたのは、クラスメイトの男子だった。


「蒼太!」


「さっさと部活行くぞ」


「え、今日も剣道部の仮入行くの?」


朔也が、床に寝転がったまま聞く。


「俺、昨日入部届出したから。今日から正式部員」


「はやっ!」


軽く笑う朔也。

蒼太は、転がったままの友人を見下ろし、呆れたように息を吐いた。


津堅蒼太つがたそうた

一年四組。


朔也と同じクラス。

剣道部の仮入部で仲良くなり、気づけば並んで汗を流すようになった存在だった。


蒼太はふと、陽向と咲の方へ視線を向ける。

何も言わない。

ただ、短く一瞥するだけ。

その一瞬の視線に、陽向の心臓が、ひくりと跳ねた。


知らない人間が、また一人、世界に増えた。







日曜日。

黒川家、リビングにて。


「….94ー!…95ー!…96ー!」


床に仰向けになった陽向の視界は、天井の一点に固定されていた。

白い天井が、ぐにゃりと歪んで見える。

肺が限界まで絞り出されるたび、喉の奥からひゅう、と乾いた音が漏れた。


腹筋が、もう“筋肉”というより、熱を帯びた何かの塊になっている。

痛いのか、苦しいのか、それすら判別できない。


そのすぐ傍で。


竹刀を床に突き立て、両手を添え、朔也が仁王立ちしていた。

声はやけに張りがあり、容赦がない。


「…99ー!…100ー…!」


「…し…死ぬ…!」


最後の一回を絞り出した瞬間、陽向の身体は意思を失い、そのまま床に崩れ落ちた。


バタッ。


全身から力が抜け、呼吸だけが荒く上下する。


だが——


「コラー!先輩と喋るまで10回追加だって言ってんだろ!休むな!ドーゥッッッ!!」


掛け声と同時に、空気を裂く音。


ビシィッ!!


剣道で胴体を打つ際の攻撃の掛け声と共に、朔也は竹刀で倒れ込んだ陽向の腹筋を打ち抜いた。


「いったー!!」


「ほら、さっさとやれ!101ー!!」


腹に残る鈍い衝撃が、内臓まで揺らす。

涙が滲むのを必死に堪えながら、陽向はゆっくりと上体を起こした。


「か…勘弁してください…師匠……」


声は震え、もはや抵抗の色すらない。


「…102ー!…103ー!」


数字だけが、淡々と積み上げられていく。


その時。


ピンポーン


インターホンの音が、救済みたいに鳴った。


「あ!朱里来た!…お前、続けとけよ!」


そう言い残し、朔也は竹刀を無造作に放り投げ、玄関へ向かっていった。


バタッ。


扉の向こうへ消えた気配を感じた瞬間、陽向はそのまま床へ大の字になった。


「ゼェ…ゼェ…ゼェ…」


天井を見上げながら、肺に空気を詰め込む。

床の冷たさが、じんわりと背中に広がる。


ほどなくして。


「お邪魔しまーす!」


玄関から弾む声。

続いて、軽やかな足音がリビングに近づいてくる。


朔也の後ろから、朱里がヒョコッと現れた。


「おっ!やってるねー♪偉い偉いっ」


陽向は朱里の声に返事も出来ず、ただ必死に呼吸を整えていた。

起き上がる力すら、もう残っていない。


「ねぇ!ちょっと痩せたんじゃない!?何キロ落ちた?」


「……4キロ…くらいかな…ゼェ……ゼェ…」


「えー!!凄い!!」


朱里は目を輝かせ、ぐいっと陽向の腕を掴み、強引に身体を起こした。


「うん!痩せてる!ほっぺの肉が落ちて若干鼻もスッキリしてるし、目もパッチリしたよ!!」


両手で頬を包み込み、むにっと押して、びよーんと伸ばす。

感触を確かめるみたいに。


「ねっ!朔也!可愛いよね!!」


そのまま、ぐいっと陽向の顔を朔也の方へ向けさせた。


「全然?目ぇ小さ!ブス。」


「朔也っ!!」


冷めた声で貶す朔也へ、即座に朱里の声が飛んだ。


「朱里の方が100倍可愛い。ねー朱里ー♡」


「私今化粧してるからねっ!ひなちゃんスッピンだから比べるな!」


朔也がほっぺにちゅー♡っと距離を詰めるのを、朱里は迷いなくグイッと押し退けた。


その光景を、床に座らされたまま、陽向は呆然と眺めていた。


……なにを……見せられてるんだ………


心の中で、静かに呟く。


「ほら、俺は今から朱里と良い時間だから、お前はさっさと帰った帰った!」


ポイッ。


まるで荷物のように、陽向はリビングの外へ押し出された。






ふぅ──


小さく息を吐き、そのまま玄関を抜け、自宅へと戻る。


夕方の空気が、肌に少し冷たい。




——恋……か。


異性とあんな距離で、あんな空気で、触れ合って、甘い声を交わす。


どうしても、自分には現実味が湧かない。

というか、絶対無理だ。


例え相手が、藤崎先輩であろうと………



……………。



ぎゃー!!!

無理無理無理無理!!!

想像しただけで即死ぬっっっ!!!


尊い神様に対して一瞬でもそんな想像しかけたこんな自分を刺し殺したい。


恐れいります。

大変恐縮です。

本当に申し訳ありません。


自室に戻った陽向は、勢いよく床に膝をつき、ひとり土下座をして、両手を合わせた。


静まり返った部屋で、心臓の音だけが、やけに大きく響いていた。




────────。




週明けの放課後。

校舎を出ると、夕方の光が正門の向こうでゆっくり傾き始めていた。


人の流れに紛れながら、咲と並んで歩く陽向。

ひとりで帰っていた頃とは違って、足取りは確かに軽かった。


そのとき。


「あ!黒川くーん!」


正門の向こう。

並んで歩く二人の男子の姿を見つけ、咲が片手をフリフリと揺らしながら声を上げた。


振り返った朔也が、すぐに気づいて応える。


「おー、一ノ瀬さん!」


咲は迷いなく駆け出し、その後ろを陽向も小さく追いかける。

視界に、もう一人。

背の高い、落ち着いた雰囲気の男子──蒼太の姿があった。

咲は朔也へ問いかけた。


「今日部活ないの?」


「剣道部は火、水、金、土が活動日だから」


朔也の返答に、咲はニコリと笑顔を見せた。


「今から陽向と駅前のディンバードーナツ行くんだけど一緒にどう?…えっと、蒼太くんだっけ?蒼太くんも良かったら一緒に!」


男子二人へ向けて、一切の躊躇もなく輪を広げる咲。

その自然さに、陽向は内心で咲のコミュ力の高さに改めて感嘆する。




────────。




ドリンクバーでそれぞれ好きな飲み物を注ぎ、テーブル席に落ち着く。

紙コップの縁から立ち上る氷の冷気と、甘いドーナツの香りが混ざり合う。


「あっ…ガムシロとミルク忘れた!」


陽向が気づいて立ち上がる。


「なんだよこのストロー紙じゃん。ひなー、ついでにレジでプラスチック貰ってきて」


「おけ」


朔也へ短く返し、陽向は軽く手を上げて席を離れた。


ほんの数十秒。

ガムシロップとミルクを片手に握りしめ、すぐに戻ってくる。


「……………。」


はぁ──。


その姿を見た瞬間、朔也は大きく溜め息をついた。

片側の眉をつり上げ、無言のまま、陽向をじっと見つめる。


「……………?」


陽向はアイスティーにガムシロップとミルクを落としながら、その視線に気づいた。

暫く見つめ合う二人。

朔也の表情から、陽向は思考を巡らせた。


「………あっ…!」


そして、思い出した。


瞬間、椅子が小さく音を立てる。

陽向はガタッと立ち上がり、再びレジへ向かった。


「はい!」


「ん。」


プラスチックのストローを差し出すと、朔也は短い返事で受け取り、無言でドリンクに刺す。


「すごーい!なに今の!目で会話してたよね!?」


咲の声が、ぱっと弾けた。


「なんかもう、陽向の特性に慣れてる!って感じ?え、2人どーゆう関係?熟年夫婦みたい!」


「「幼なじみだよっ!!」」


重なった声に、テーブルが一瞬静まる。


「え?幼なじみ?ガチの?」


「そ。保育園、小、中、高!」


「家が隣。」


畳み掛けるような二人の説明に、咲の目がさらに輝く。


「すごーい!ガチじゃん!!え、なんかエモい!!いーなー!!憧れる!!」


「エモくねーよ!!」


「漫画とかドラマの世界線だけだよあんなのっ!リアルの幼なじみはまじであんなのありえないから!朔也基本常に彼女いるしね」


「こいつも好きな奴いるしね」


「好きな“奴”呼ばわりするな!!お慕いしてる“推し”様だぁ!!」


陽向の声は、少しだけ大きかった。

話題は自然と、恋愛へと流れていく。


「えー陽向可愛いーっ♡それで先輩に恋しちゃって、いつも図書室通いしてたってわけかぁ〜」


「いや…図書室通いは昔からで、別に先輩がどーのってわけじゃ…」


「いやそーだろ。嘘つくなよお前」


「お前は余計な事ばっかり言うな本当に!!」


朔也へ声を張り上げながら、頬が少しだけ熱い。


「でもあの、藤崎副会長だもんなぁ〜♡超絶イケメンだよねっ!クラスの女子の中でもめっちゃ話題になってるもん。わかる、わかるよー陽向!」


その名前が出るだけで、胸の奥がきゅっと縮む。

そして陽向は話題の矛先を咲へと投げた。


「で、咲は?彼氏とはいつから付き合ってるの?」


「んー…途中で何回も別れたりくっついたりしてるから正確には難しいんだけどぉ…」


咲は人差し指を顎に当て、天井を見上げる。


「最初に付き合ったのは中1だから、かれこれ3年前かなっ」


「「「3年っ!!??」」」


陽向、朔也、蒼太、三人の声が揃い、笑いが起きる。


「ながっ!」


朔也は思わず驚きの声。

自分はこれまでの彼女と1年も待った事はない。


「いや、何回も別れてるよ?咲も別にその間に違う男と付き合ったし。あいつ浮気男だからさぁ〜何回も浮気されて、その度に別れてる。」


「咲の彼氏って……モテるんだね」


「モテるモテる!」


陽向の言葉に、咲は謙遜の気配も無い。


「モテる男がそれでも何度も選ぶ女…って事だな、一ノ瀬さんは」


「んふ♡そーゆう事。黒川くんわかってる!」


その流れで、自然と視線が蒼太へ向く。


「で、蒼太くんは?彼女いるの?」


「いや…俺はいないっす」


「こいつ、彼女歴なし!真っ白キラキラ童貞少年!」


朔也の茶化しが、蒼太に火を付けた。


「うるせぇな!俺はお前みたいにチャラチャラしてねーんだよ!ずっと剣道で忙しくて女とか興味無かっただけだ!」


「へぇ〜、モテそうなのに…意外だねっ!」


陽向は素直に驚いた。

咲はテーブルに肘をつき、両手で頬を支えながら、蒼太に向かって微笑む。


「えーめっちゃかっこいいなぁ〜、ずっと剣道一筋で…蒼太くんって、全国大会出場したんだよね?私の友達の剣道部の遥に、津堅蒼太くんって知ってる?って聞いたら、剣道部界隈ではめっちゃ有名人だよって言ってた!」


咲は、ニッコリと笑顔になった。


「硬派!って感じがして…そーゆう男の子、咲は好きだなぁ〜♡」



トクン──



胸の奥で、小さく跳ねた音。

蒼太自身が、一瞬遅れてそれに気づく。


「蒼太、今キュンとしただろ。」


「してねーよ!バカ!」


「照れんなよ」


「あははは!」


朔也と蒼太のやり取りに笑い声が重なり、窓の外ではいつの間にか、空が橙から群青へと移り変わっていた。


四人は時間を忘れるほど話し込み、気づけば、ドーナツの皿も空になっていた。


日が暮れるまで、笑い声が途切れることはなかった。






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