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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─  作者: 波方 真季


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第4話 女子力改革、始動します!


リビングのテーブルに頬を突っ伏すようにして、陽向は頭をもたれさせていた。

視線は宙を泳ぎ、意識は完全にここにはない。


「…明日も…図書室来るかなぁ……藤崎先輩………」


思わず、声に出た。


その瞬間。


「誰?図書室の藤崎先輩って」


「…….わっ!!!!」


背後から、唐突に落ちてきた声に心臓が跳ね上がり、陽向は椅子ごと振り返った。


慌てて振り返ると、リビングの入り口で紙袋を手にした朔也が立っていた。


「びっ…くりしたー!!」


「インターホンも鳴らしたし、玄関でお邪魔しまーすって言ってんのになんで気づかねぇーんだよ。お前ボケっとしてんのにも程があんだろ。」


「まじ?言った?」


ガサッと紙袋をテーブルの上に置きながら、ため息まじりに続ける。


「家で1人なのにまた鍵開けっぱなしだし、不用心過ぎだろ。ま、ひなに関しては今更か」


「で、何?」


「親から、これ旅行の土産もってけって。」


「あぁ、ありがとう」


そした朔也は間を置かずに、核心を突く。


「…で?藤崎先輩ってなに?お前の得意の避難所、図書室でなんかあったわけ?」


「ぎゃー!!なんでもないなんでもないっ!独り言聞かないでよ!もう用が済んだなら帰って!!」


陽向は顔を真っ赤にしながら、朔也の背中をグイグイ押した。


けれど朔也は引かない。

むしろ、口元に嫌な笑みを浮かべる。


「わー!お前まじ嘘下手過ぎるからわかりやすっ!え、なに、まさか…本当に…ついに三次元に目覚めたの!?」


「………いや……あー……えー…」


陽向の視線はあらぬ方向を泳ぎ、口は開いたまま、閉じるタイミングを失っている。

その表情がもはや答えだった。


「まじか!!お前が!?きっしょ!」


「きしょいとか言うな!!」


「藤…なんとか先輩?なに、お前と同類のオタク陰キャ?てかまじでウケるわー!まさかひなが三次元の男に興味持つ日が来るなんて!きしょいきしょい!」


朔也は揶揄うようにケラケラ笑って囃し立てた。

そんな朔也の発言に、陽向は思わず臍が沸いた。


「藤崎先輩だよっ!オタク陰キャなわけないだろ!生徒会役員だ!二次元から飛び出してきたような尊いイケメンだー!!」


思わず腹が立って、先輩のありのままの情報を朔也へだだ漏れさせてしまう陽向。


「え…まじ?嘘だろ?そんな人が何でお前みたいなブス陰キャと喋るんだよ」


「喋ってない!!一切絡みなし!!めっちゃ離れたところからチラッと見てるだけ!!」


……………。


一拍。


「……………ぷっ…」


そして。


「…っっぎゃはははは!!」


「笑うなー!!!」


ひとしきり笑い尽くした朔也は、満足したようにリビングを出ていった。





────────。




後日。


放課後の帰り道。

地元の最寄り駅から自宅へ向かう緩やかな坂を、陽向は自転車で下っていた。


その横を、軽やかな風と一緒に別の自転車が追い抜いていく。


「朔!」


「その後どう?図書室の藤崎先輩とは」


「…っっうるっさい!先輩の話しすんな!」


「…そりゃすんだろ!こんな面白れー案件あるかよ」


ペダルを強く踏み込みながら、陽向は吐き捨てる。


「残念だけど、面白いことなーんもないですから。一生見てるだけなの。推しだから」


「はっ!?つまんねーな!」


二人は並んだまま、ギャーギャーと言い合いながら自転車を走らせ続ける。

夕暮れの空気を切り裂くみたいに、他愛ない言葉が飛び交った。

やがて、並んだ二軒の家が見えてくる。

それぞれ自転車を止めると、何の打ち合わせもなく、自然と顔を向き合わせた。


「喋んないの?その先輩と」


「いや無理だろそれは…ブスだし恥ずいし、先輩の目が勿体無い」


「意味わかんねぇな…笑」


朔也は陽向の独特の感性に呆れたように笑ったが、ふと、その笑みを引っ込める。

顎に手を当て、考え込むように言った。


「だったら…多少見た目を何とかすれば…もうちょい何とかなりそう?」


「は?」


聞き返すより早く、朔也はスマホを取り出した。


「…あー朱里あかりさぁ、ちょっと相談したい事あんだけど、まだ学校?」


朱里は朔也の今の彼女。

中学の時に同じ塾へ通っており、受験が終わり卒塾のタイミングで告白されて付き合った他校の子。

朔也はその頃、同じ学校の同級生と付き合っていたのにあっさり朱里に乗り換えた。


「…あ、そーなんだ、じゃあそれ終わったら悪ぃんだけど家来れる?まじ?ありがと!うん、頼むわ、はいーお疲れー」


「……なに?」


陽向の嫌な予感を無視するように、朔也は楽しそうに言い放った。


「朱里が来たら呼ぶから待っとけよ!名付けて、ブス改革して先輩と喋ろう大作戦だー!」


「はあぁ???」


戸惑う陽向を背に、朔也は楽しそうに自宅の玄関へと消えて行った。




────────。




「うーん…なるほど。これはなかなかやりがいがありそうだねぇ…」


その声と同時に、陽向は思わず背筋を伸ばした。


目の前には、くりくりとした大きな瞳。

至近距離で、瞬きもせずにこちらを見つめている。

ラズベリーブラウンの髪色に、ゆるふわパーマのショートボブ。

今風で、抜け目なくお洒落で、度肝を抜かれるほどに可愛かった。

むしろ“可愛い”という言葉が、空気みたいにまとわりついている人。

同性でも、思わず見惚れてしまうタイプだった。


「まずはこの髪!ひなちゃんは癖が強いからボサってる。これに縮毛を掛けて…髪型はそうだなぁ…」


朱里の目が、きらりと光る。

プロのスタイリストみたいな、迷いのない視線だった。


「思い切ってボブにしちゃうのはどう?今時の子っぽくレイヤー入れて…うん!絶対似合う!」


そう言いながら、朱里は陽向の伸ばし放題の髪を片手でふわりと束ね、後ろで折り込む。

その真剣さに、冗談の気配は一切ない。


「ひなちゃん、コテ持ってる?」


「あーママが持ってるかも」


「何ミリ?」


「いや…そこまではちょっと……」


陽向は朱里の質問の意味すらわからない。


「今時JKは38ミリ大優勝なんだけど、ママのやつ38ミリかなぁ…レイヤーボブにカットしたら、ちゃんと毎日コテで外ハネを作って貰いたい」


唖然とする陽向にお構いなしで、朱里はそのまま喋り続ける。


「縮毛したら痛むから、ブリーチ無しで軽めにカラーすれば更に垢抜けする。私が行ってる美容院おすすめだよ!紹介しようか?」


「え、いいの?」


「もちろん!アプリで予約状況見てみるね!いつ行こうか?土日混んでるから、平日の学校帰りがおすすめだよっ」


迷いなくスマホを取り出し、画面を操作する朱里。

その手際の良さが、もう“日常”の一部みたいだった。


「ひなちゃんいつ空いてる?あ、来週の火曜なら空いてるかも——」


キラキラと予定を探すその横で、陽向の胸の内側は、ドキドキと、ぐちゃぐちゃと、忙しなく揺れていた。


(……え……ほんとに……?)


「顔はそうだなぁ…目は小さいけど、鼻と口のバランスは良いと思うし、形も悪くないと思う!でも顔のパーツがそれぞれ小さいからこの重たい瞼をアイテープで二重にして、ノーズシャドウとハイライトで鼻を高く見せて、リップはオーバー気味に引いた方が良いと思う。ひなちゃんはフェイスラインも綺麗だから顎の肉を少し落としたら、めっちゃ可愛くなると思う!」


朱里の口から次から次へと飛び出す言葉は、陽向にとってはとても日本語とは思えない程、理解不能だった。

情報量が多すぎて、処理が追いつかない。


「は…え、何語ですか?」


次の瞬間。


ガチャガチャ、と音を立ててメイクポーチが開き、朱里の手が迷いなく陽向の頬を包んだ。

逃げる暇もない。

陽向は観念し、暫く朱里に全てを委ねた。


「よし、涙袋爆誕!」


意味は分からない。

けれど、声だけはやたら楽しそうで。


陽向はされるがまま、身を委ねていた。

何をされているのか分からないのに、不思議と嫌じゃなかった。


数分後。


「うん、良い!軽くしか出来てないけど、それでもめっちゃ良い!」


弾む声と同時に、ポーチのジッパーが閉まる。


その横で、ベッドに寝転がり漫画を読んでいた朔也へ、陽向の声が飛んだ。


「ねぇ、もしかしてそれフルスロットルの最新巻?」


「あ?あぁ…て、え!?お前誰!?」


突然飛んだ声に、朔也は顔を上げて固まった。


「見せろ!」


陽向は遠慮なく、朔也の手から漫画をひったくった。


「おい!今読んでんだよ!!」


しかし、その声はもう届いていない。


「フルスロの最新巻どこまで?カリフォルニアレース編終わる?ちょっと、ここ!!キッドがさぁ、最初全然やる気なかったのに、途中であのセリフ言うじゃん!?“俺の走りは終わらねぇ、止まるのは死ぬときだけだ”って!!あそこもうキュン死!!めくった瞬間手震えたからね!!」


夢中で捲し立てるその横顔を、朔也はまじまじと見た。

そして、ぽつりと呟く。


「わー化粧って凄ぇんだな…女子って怖ぇな」


「で、で、で!あの新キャラ!!エアロの子!!めちゃくちゃ伏線あるよね!?次絶対キッドとタッグ組むでしょ!?ねぇねぇどこまで読んだ!?早く読めよ!!」


「お前の頭ん中漫画しかねーのかよ」


そのやり取りを横目に、朱里は満足そうに頷いた。


「今日は私も学校帰りでメイク道具最低限しか持ってないからフルメイク出来てないけど、日曜日ひなちゃんのコスメ買い揃えに行くから!あとスクバにつけるキーホルダーもね!火曜日は美容院。ひなちゃん完全キラキラJK計画!あーめっちゃ楽しみ!」


「ねーキッドやばい!なにここカッコいい!こんな煽り方ある!?えぐいわー」


対照的なJK二人は、横並びで正反対の方向へテンションを上げている。


「あとは…」


その一言と同時に、朱里はバッと陽向の手から漫画を取り上げた。


「ダイエット!キラキラJKにぽっちゃりは致命的だよっ!あ、今超絶バズってるエクササイズ動画あるから、それやろう!マイナス5キロ達成するまで、漫画も小説も、ゲームもアニメも禁止!」


それは陽向にとっては死刑宣告だった。


「えー!!無理!!死ぬ死ぬ!!」


「朔也、監視して。」


「おし、お前今日から俺と毎日筋トレな。あと走り込みだな」


「だーるっっ!!しんどいしんどい!!」


朱里は腰に手を当て、指をびしっと突き出した。

迷いも、躊躇も、一切ない。




「女子力改革、始動します!!」




その宣言と共に。

星野陽向の地獄のキラキラJK強化訓練は、本人の意思とは無関係に強制スタートを切ったのだった。





翌朝。


校舎の階段に、ぎこちない影がひとつあった。


一段、下りる。

そして、止まる。

さらに一段、慎重に足を置く。


そのたびに、顔が歪む。


「き…筋肉…痛…しんど…階段…下り…やば…教室…移動…地獄…」


声というより、もはや動作に付随する効果音だった。


太腿も、ふくらはぎも、昨日まで自分の体だったはずなのに、今は全部よそ者みたいに主張していた。


陽向が自分を呪いながら必死で手すりにしがみついていると、軽やかな足音が下から近づいてきた。

トントン、とリズム良く階段を上ってくる影。


「なに、そのロボットみたいな動き」


振り返らなくても分かる。

この余裕の声は、朔也だ。


「いやお前のせいだわ」


恨み節を吐きながら睨むと、朔也は陽向の顔を一瞥して、即座に口を開いた。


「おい化粧どーしたんだよブス」


「あんなの自分で出来るわけないでしょっ!」


昨日、朱里にされるがまま任せた顔。

鏡に映る自分が、確かに少しだけ違って見えた夜。

それを朝になって、自分の手で再現できるわけがなかった。


「練習しろよ!学校で化粧して来なかったら意味ねーだろ!」


「うるさいなぁ!これから練習するよ…」


そう言い返す声は、少しだけ弱い。


その瞬間。


キーンコーンカーンコーン


無情にも、予鈴が校舎中に響き渡った。


「やば!予鈴!」


「はは、せいぜい頑張れよー」


そう言って、朔也は何事もなかったみたいにヒョイ、と軽やかに階段を駆け上がっていく。


取り残された陽向は、その背中に向かって、精一杯の悪態を投げた。


「バカ朔也ーーーー!!!」


叫び声は、朝のざわめきに溶けて、すぐに消えた。


残ったのは筋肉痛と、思うようにいかない自分と、それでも昨日より少しだけ前に進もうとしている現実。


陽向は深く息を吸い、また一段、階段を下りた。


痛みを堪えながら。




────────。




その週の、ある朝。


登校すると、ざわりとした空気に気づいた。

昇降口横の掲示板の前に、人だかりができている。

何だろう、と流れに押されるように近づくと、真新しい紙が、中央に大きく貼り出されていた。



【令和◯年度 生徒会役員】


会長:神谷かみや 凌久りく


副会長:朝比奈あさひな 凛佳りんか

    藤崎ふじさき 俊輔しゅんすけ


書記:たちばな 梨愛りあ


─────




(……え……)


視線が、ある一点で止まった。


藤崎。

俊輔。


二度見どころか、三度見。


藤崎先輩、副会長なの!?


(二年生で副会長って事は………来年生徒会長……?)


思考が、勝手に未来へ飛ぶ。


壇上の中央に立つ俊輔。

全校生徒の視線を受けながら、落ち着いた声で話す姿。

今よりもっと遠くて、今よりもっと眩しくて、手の届かない存在。


「えぐ!!尊っ!!」


“世界”が違う。


陽向は、無意識に一歩、後ずさる。


自分は、ただの一年生。

まだ校舎の地図も曖昧で、クラスの輪にすら入れずにいる、どこにでもいる新入生。


陽向は改めて、自分との住む世界の違いを突きつけられたと同時に、どうしようもなく誇らしい気持ちが広がる。


推しが、強い。

推しが、えらい。

推しが、世界の中心。


運命の推し。

輝く星。


(……やっぱり……神じゃね……?)


その事実だけで、胸がいっぱいになる朝だった。




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