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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─  作者: 波方 真季


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第17話 無自覚無双大戦線

※X(旧Twitter)にてキャラクター相関図公開しました!

https://x.com/exbrrh2oof32785?s=21


そんな日常の中で、それは、あまりにも唐突に起きた。


「ひな!ちょっと」


一年二組の教室に、はっきりした声が大きく響いた。


綾真は反射的に顔を上げる。


視線の先。

ズカズカと教室へ入ってきたのは、他クラスの男子だった。

見覚えはある。

時々廊下で、星野陽向と一緒に話しているのを見かける。

朝、駅前で並んで歩いているのを見たこともある。


星野陽向と距離の近い男。


「え、ちょ、なに……?」


陽向が戸惑った声を出すより早く、その男子は彼女の手首を掴んだ。

そしてそのまま教室の外へ連れ去ってしまった。


胸の奥が、じわりと熱を帯びる。

理由はわからない。

ただ、気分が良くなかった。


綾真は、無意識のうちに身体を少し前に傾けていた。

耳が、勝手に廊下の方へ意識を向ける。


そして、その直後だった。

廊下の向こうから、信じられないほど大きな声が、教室内まで響き渡ってきた。


「星野陽向、生徒会役員総選挙に立候補します!推薦者、俺!!!」


一瞬、時間が止まった。


「えええええぇぇぇぇぇ!!!????」


それに重なるように、陽向の悲鳴。

綾真の頭の中は、完全に追いついていなかった。


(……はあぁぁぁーーーー????)


思考が、置いていかれる。


さっきまで、消しゴム探してた奴が?

授業中、すぐ寝落ちするあいつが?

文房具の住所も決められないあの子が?



生徒会に、立候補!?



廊下の向こうで、まだ何かが起きている気配がする。

ざわめきは収まらない。

けれど綾真は、もう音を追えなかった。




────────。




世間は、そのままゴールデンウィークへと流れ込んだ。

新生活のざわめきが一度途切れ、街も、学校も、少しだけ呼吸を整えるような時間。


そして連休明けのとある朝、登校すると、昇降口に掲示板が設立されていた。


色とりどりの紙。

大きな文字。

写真。


——生徒会役員総選挙。


その候補者ポスターの中に、見慣れた名前があった。


”星野 陽向”


綾真は、足を止めたまま、しばらくそのポスターを見つめていた。

写真の中の彼女は、少しだけよそ行きの顔をしている。

でも、目の奥は変わらない。


実感が、遅れて胸に落ちる。


教室に入るとまだホームルーム前で、生徒たちは思い思いに席につき、話したり、スマホを覗いたりしていた。


その中で。


「おはよ!」


いつもの声。

いつもの調子。


星野陽向が、隣の席にやってくる。


「はよー」


——いつも通りでいこう。

そう決めて、間髪入れずに切り込んだ。


「まじで生徒会立候補したんだね」


スマホを持ったまま、何でもないように。


「はは…まーね」


軽い返事。

どこか照れたような笑い。


「やれんの?星野が?」


「やー、多分無理 笑」


「だろうな。」


言葉だけを並べれば、ただの軽口だった。

いつもと変わらない。

変わらないはず、なのに。


綾真の胸の奥には、どうしても引っかかるものが残っている。

勇気を出して、どうしても気になって仕方がない、その気掛かりに触れた。

少し間を置いてから、なるべく平坦な声で。


「推薦者の黒川朔也ってやつ、よく一緒にいるけどさ」


一拍。

星野陽向のキョトンとした顔がこちらを向いた。


「星野は黒川と付き合ってんの?」


自分でも驚くくらい、落ち着いた声だった。

探るようでもなく、詰めるようでもない。

ただ、事実確認みたいに。


そして、次の瞬間。


「は?」


少しだけ眉をひそめて、即答だった。


「本当やめれる?幼なじみだから。まじきしょい」


吐き捨てるような口調。

でも、そこに曇りはない。

困惑でも、照れでもない。

ただ、心底あり得ない、という顔。

その言い方と、表情を見た瞬間。


綾真の胸の奥で、張り詰めていた何かが、ふっと緩んだ。




(……っしゃ、来た。)




はっきりと。

喜んでいる自分がいた。


心臓の奥が、ゆっくりと元の速さに戻っていく。

息が、深く吸える。


「……ま、頑張れよ。一応投票してやっから」


言いながら、スマホに視線を戻す。


「一応ってなんだよ。ちゃんと真面目に推してくれよ」


そう言って笑う彼女に、何事もなかったように。

本当に、何もなかったみたいに、感情を悟られないように目も合わせなかった。


でも。


自分の中で、”よかった”と思ってしまったことだけは、誤魔化せなかった。


隣の席の子が、まだ、ここにいる気がして。


それだけで、胸の奥が、少しだけ温かくなった。




────────。




ところが、一学期が丁度中間地点に差し掛かった五月末。

その日は、あまりにも唐突に訪れた。


「明日、席替えしまーす。視力やその他事情で配慮が必要な人は、今日中に報告してください」


帰りのホームルーム。

担任のその一言が落ちた瞬間、綾真の思考は、ピタリと止まった。


(……あー……最悪。)


それは愚痴というより、直感だった。

これまで当たり前のように側にあったものが、音もなく奪われる予感。


祈るような気持ちで見つめたタブレットの画面。

ランダムに決定されていく座席配置。


そして──

その結果は、あまりにも無慈悲だった。


星野陽向。

遠い。


同じ教室にいるのに、まるで別の世界に行ってしまったみたいな距離。


ちっくしょー。


それ以上の言葉は、出てこなかった。


もう授業中に小声で話すことは出来ない。

机に伏せた寝顔も、横目で確認できない。

文房具を探している気配に気づいて、何でもない顔で差し出すことも。


それら全部が、唐突に“過去”になった。


綾真は離れた席から、ただ無意識に視線を送ることしか出来なかった。

黒板を見るふりをして、ノートを取るふりをして、気づけば目は、いつも同じ場所に向いている。


彼女が離れてしまって、ようやく分かった。




星野陽向と、どうしても付き合いたい。




胸の奥で、ずっと曖昧だった感情が、はっきりと輪郭を持つ。

失って初めて、自分が何を大切にしていたのか思い知らされるなんて、あまりにも遅すぎた。


理由なんて、後からいくらでも付けられる。

何でもいいから、彼女の近くに行きたい。

話したいし、関わりたい。

同じ時間を、同じ空気を、取り戻したい。


どうする。

どうすればいい。


焦りと葛藤が胸の中で絡まり合い、答えの出ないまま時間だけが流れていく。


──と、その時だった。


「綾真ー」


授業と授業の合間、わずか十分の休み時間。

聞き慣れた声が、名前を呼ぶ。


顔を上げると、そこに立っていたのは──


星野陽向だった。


「消しゴムあるー?」


まるで、席替えなんてなかったみたいに。

まるで、今までと何一つ変わっていないみたいに。


「お前さ、俺は文房具屋じゃねぇんだよ」


そう返しながらも、手は迷いなくペンケースへ伸びている。


「だって綾真だけだもんっ。常に何でも予備持ってるの!」


屈託のない笑顔。

疑いも、遠慮もない言い方。

どうしようもなく、たまらなく、ただ惹かれる。


“綾真だけだもん”


その一言が、胸の奥を強く叩いた。


綾真は知っている。

自分が、もともとそんな几帳面な性格じゃなかったことを。


消しゴムも、シャーペンも、マッキーペンも、蛍光ペンも、修正テープも、のりも。

予備なんて持たないタイプだった。


それがいつからか。

隣の席で、何度も彼女に貸しているうちに。

困った顔を見るたびに。

「ありがとう」と小さく言われるたびに。


気づけば、彼女が困らないように。

彼女が席を立たなくて済むように。

彼女が安心できるように。


いつの間にか、“準備する自分”になっていた。


星野は、いつも俺の席に来る。


消しゴム。

修正テープ。

シャーペン。

時々、ただの雑談。


もしかして──

もしかしたら──


期待が、喉元までせり上がる。


いや、きっと。


その続きを、まだ綾真は言葉に出来ないまま、その日もいつものように、彼女に消しゴムを手渡した。


「ありがと!」


そう言って、軽やかに去っていく背中を見送りながら、胸の奥で、確かな熱が灯る。


席は離れても。

距離は出来ても。


それでも、星野陽向は、俺のところへ来る。


──それは、“無くしもの”という偶然なんかじゃない。


綾真は、そう信じ始めていた。





────────。





「もうお前ら、付き合っちゃえよ」


「ぶっ……!!」


昼休みの教室。

弁当の蓋を開け、いつものメンツで机を囲んでいた、その何でもない時間に。


綾真が陽向の話しをしていると、友達からあまりにも無造作に放たれたその一言。

綾真の鼓動を一拍、狂わせた。


口に運んだばかりの米粒が、思い切り気管に入る。


「ゴホ……ッ、ゲホ……!!」


前のめりに咳き込み、慌てて水筒に手を伸ばす。

喉が痛い。

けれど、それ以上に胸の奥がざわついていた。


「いけるだろ。お前、星野とめっちゃいい感じじゃん」


「……え、そ、そうかな」


動揺を隠すように、声のトーンを落とす。

けれど友達は、そんな小細工を見逃してはくれなかった。


「とぼけんなよ。いつもデレデレしやがって。わかりやすいんだよ」


「……まじ?え、俺、そんな分かりやすい?」


思わず本音が零れる。

自覚はあった。

けれど、外から見てそこまで露骨だとは思っていなかった。


教室には、昼休み特有の雑音が満ちている。

誰かが笑い、誰かが立ち上がり、窓の外からは誰かのはしゃぐ声が微かに聞こえる。


そんな騒がしい空間の中で、友達の声だけが、やけに鮮明に響いた。


「来週から夏休み入んのに、どーすんだよ」


綾真の箸が止まる。

友達の煽りは加速していく。


「一ヶ月以上絡み無しだぞ?その間に星野に彼氏できちゃったりしてな」


その瞬間。

サァーッと血の気が引く感覚が、顔から胸へと一気に広がった。


可能性が無いとは言いきれない。

むしろ、ありえる。


一年生で唯一の生徒会役員だ。

それ故、人前に出る機会が多い分目立つし、学年内での注目度も高い。

夏休み。

学校という、毎日当たり前に会える場所がなくなる時間。

その間に、誰かが彼女に近づく可能性。

想像しただけで、胸の奥が、ぎゅっと掴まれた。


(……それだけは…詰むわ…)


咀嚼しきれない不安が、喉の奥に引っかかる。

今まで“元、隣の席”、“文房具屋”、“少年漫画友達”という理由で繋がっていた関係は、簡単に切れてしまう。


何もしなければ。

ただ待っていれば。


彼女は、誰かに取られてしまう。


箸を置き、綾真は顔を上げた。

胸の奥で、何かが決定的に切り替わる音がした。


「……俺」


声が、思ったより低く出た。


「絶対、星野にLINE聞くわ」


言い切ると、友達たちが一斉にこちらを見る。


「は?お前、知らねぇの?」


「いや遅っ」


茶化す声が飛ぶ。


「でも確かに、星野ってクラスLINEにいなくね?」


「そー言えばインスタもやってないって女子が言ってたな」


「星野はSNSが苦手らしいよ」


夏休みの間も、繋がっていたい。

声を聞きたい。

何でもない話を、続けていたい。


「そー考えたらハードル高くね?星野のLINE」


それだけでいい。

それだけは、手放したくない。


綾真は、膝の上で拳を握りしめた。


「や、なんとかするわ。絶対聞く。」


──これは、逃げたら終わるやつだ。


そんな予感が、胸の奥で、はっきりと鳴っていた。





────────。





夏休み突入を目前にした、休み時間の教室。


窓から入り込む風はぬるく、机の上のプリントの端をわずかに揺らしていた。

蝉の声が遠くで鳴いていて、時間だけが先に夏へ行ってしまったみたいだった。


綾真は、胸の奥に溜まり続けていた何かを、ようやく言葉にしようとしていた。


逃げたら終わる。

今なら、まだ間に合う。


——そう、自分に言い聞かせて。


「“戦術大戦”って上映8月だよな?星野見に行く?」


声は思ったよりも落ち着いて出た。

いつものように綾真の席に訪ねていた陽向は、顔を上げるより先に即答した。


「行くに決まってるよね」


即答。


胸の奥が、すっと軽くなる。

ここまでは想定内。

想定内だ。


「じゃあ……さ——」


その続きを言うために、ほんの一瞬、呼吸を整えようとした、その時だった。


「あー楽しみすぎて寝れないんだけど!広告めっちゃやばくない?もーレオ様の“作戦に抜かりはない。あとは生きるか死ぬだけだ”ってあの台詞だけで死ぬんだけど!上映中鼻血出たらどうしよう。ワンチャン心臓止まる。映画どこまでやると思う?私的には王都防衛戦編までは絶対あると思うんだよね。綾真どー思う?」


——止まらない。


言葉が弾丸みたいに飛んでくる。

瞳はきらきらしていて、完全に星野ワールドに入り込んでいる。


「え?俺?あー……でも映画の時間尺的に境界戦線編あたりまでじゃね?」


「あーねー…確かに。でもそこで終わったらカイル出て来ないじゃん!!それは詰む!!てかカイルってさ──…」


机の上で身振り手振りを交えながら語る陽向を見つめて、綾真は苦笑した。

話しは暫く漫画の内容に。

楽しそうで、無邪気で、どうしようもなく可愛い。


でも今は、それどころじゃない。


時計を見る。

休み時間は、容赦なく削れていく。


(やばい、休み時間終わる。話戻せ……)


意識的に、話題を漫画の内容から映画の話しに切り替えた。


「星野、公開初日に行くの?」


「当たり前だよね」


即答、二回目。


「まじ?俺も公開初日派!」(※嘘)


よし!来た!

流れは完璧だ!!



行け!俺!!



「だよねー!!もー推し作品は公開初日に絶対一人で誰にも邪魔されずに全力投球で全集中しながら観るのが私の鉄則なの!!」


……。


………。


…………。





チーーーーーーーーン。




頭の中で、鐘の音が鳴った。


(……夏休み……終わったわ……)


陽向の無自覚無双は、いつだって容赦がない。

綾真の覚悟を、真正面からフルスイングでボキィッ!と叩き折ってくる。


肩の奥に、ずしんと重たい何かが落ちる。

諦めが、形になる直前——


「……あ」


その声が、唐突に落ちてきた。


「綾真も初日に観るなら、感想語り合いたいから連絡するね!!」


——え。


思考が、一瞬止まる。


「…え…は?連絡?」


「うん!LINEするわ」


平然と頷く陽向。

あまりにも、当たり前みたいに。

さも決まっていた予定の続きを話すみたいに。


胸の奥で、何かが爆ぜた。


「あ…わ、わかった!!じゃあ星野にLINE教えとくわ!!」


慌ててポケットからスマホを取り出す。

手の動きが、少しぎこちない。

すると、陽向が首を傾げた。


「え?私、綾真とLINE交換してなかったっけ?」


「……は?」


指先が、完全に止まる。


陽向はスマホを取り出し、スクロールしながら画面を覗き込む。


「あれー?綾真いなかったっけ?いつも話してるから、とっくにいるもんだと思ってたよ」


何でもない口調。

本当に、何でもないという顔。

胸の奥が、じわじわ熱くなっていく。


本当に………どんだけだよ。


どこまで、無自覚で。

どこまで、人の心を踏み荒らすんだ。


俺の決意。

俺の覚悟。

俺の「聞くぞ」って腹括った気持ち。


(俺の勇気と決意……返せ!!!!!!)


そんな叫びを、胸の内で必死に押し殺しながら、

綾真は、スマホを握りしめたまま、陽向の無邪気な横顔を見つめていた。


——でも。


連絡するって言った。

感想を語り合うって言った。


それだけで、胸の奥に、小さな灯が残る。


夏休みは、まだ始まっていない。

これからだ。





そしてそれぞれの人物が、それぞれの想いを胸に、夏休みはスタートを切った。


ここから確かに動き始める恋の予感。


それぞれにとって、忘れられない煌めく季節へとなっていく。




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