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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─  作者: 波方 真季


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第16話 隣の席の君


二人が仲良くなったのは、入学して一番最初に隣の席になったことが、きっかけだった。


鷹井綾真たかい りょうま

一年二組。

バスケ部所属。


入学してすぐ、教室の空気はまだ他人の匂いが残っていた。

机と机の間に流れる距離感。

名前も知らないまま交わされる「おはよー」と、ぎこちない笑い。


その中で、隣の席の女の子だけが、最初から最後まで静けさを纏っていた。


地味で、もの静かで、いつもマスクと長い髪で輪郭を隠している。

表情の半分以上が見えないせいか、教室の喧騒から一歩、いや二歩くらい外側にいるように見えた。


第一印象は、暗い女子。


そんな感じだった。


だけど、綾真はすぐに気づく。

彼女は静かなくせに、なぜかやたらと騒がしい。


バサバサッ。


授業の合間、隣からプリントの束やノートや文房具が、よく綾真の足元に舞い落ちてくる。


「あ…っごめんなさい…」


拾って手渡すと、彼女はまるで声が消えそうなくらい小さく言う。


「…すいません…ありがとうございます…」


視線は、一度も合わない。

髪の隙間から見える目が、こちらを見ようとする直前にふっと逸れていく。

その動きが、謝罪の言葉より怖がっていることを示していた。


(…別に、怒ってないのに)


綾真は内心でそう思う。

でも彼女は、怒られていないことより先に、迷惑をかけたことに反応してしまうみたいだった。


また別の日。


「あれ…?消しゴム…消しゴム…あれーさっきまであったのに…」


普段は無口で息をひそめるみたいに座っているのに、こういう時だけ独り言が出る。

声は小さいのに、動きが大きい。


バサバサ…

ガサゴソ…


教科書を持ち上げ、ノートをめくり、机の中をかき回して、ポケットまで探り当てる。

静かな人が突然、忙しい人になるその落差が不思議で、綾真は目の端で追ってしまう。


(…本当に、おっちょこちょいだな)


呆れるというより、変なところで人間味があって、少しだけ笑いそうになる。

けれど笑ったら、彼女はもっと縮こまってしまう気がして、綾真は表情を動かさないまま、自分の消しゴムを差し出した。


「はい」


彼女の手が止まる。

動きが止まると、教室の音がやけに急に大きく聞こえる。


「……え……でも…………」


戸惑いが、そのまま沈黙になった。


「予備あるから」


綾真は、なるべく軽く言う。


「………す、すみません…」


いつも以上に小さい声。

気まずそうに、ためらいながら、それでも指先でそっと消しゴムを受け取る。


隣の席の子。


星野陽向は、そういう子だった。


話しかければ、壊れそうな声で返事をする。

でも、こちらが何もしなければ、透明みたいに存在を薄くする。


そして──


入学式から十日ほど経った、ある日。




彼女は、突然一変した。




「え…星野さん…?」


「え、まじ?」


「だって、あそこ星野さんの席じゃん!」


女子たちの声が、綾真の耳に飛び込む。

そのトーンには、驚きと、ざわめきと、少しの興奮が混じっていた。


綾真は反射的に、隣の席を見る。


「………っっっ!!!」


その瞬間、胸の奥が硬くなる。


そこにいたのは、確かに星野陽向のはずなのに、今までの“星野陽向”ではなかった。


驚愕の直後。

星野陽向は、一瞬でクラスの女子に囲まれた。



────────。



その日を境に、彼女を取り巻く世界はひっくり返った。


教室の視線。

女子たちの距離。

名前を呼ばれる頻度。


すべてが、昨日までとは別物だった。


綾馬はいつも一番近くでその存在を感じていたからこそ、陽向の変化を一層強く感じていた。


「……はぁ〜……どこ行っちゃったかなぁ〜……」


小さな呟き。


ガサゴソ。

ガサゴソ。


バサッ。


教科書が落ちる音。

続いて、シャーペンが机の縁から滑り落ちて、床を転がる。


コロコロ……




ああ…出たよ。




どれだけ髪を切っても。

どれだけ周りが騒いでも。


探し物をして、落とし物をして、気づいていない。


見た目は別人のように変わっても、中身は星野陽向本人のままだ。


綾真は内心で、少しだけ肩の力を抜いた。


足元まで転がってきたシャーペンを、何の迷いもなく拾い上げる。

考えるより先に、身体が動く。


「はい」


「……ごめんなさい……」


小さく、丁寧な会釈。

以前と同じ仕草。

以前と同じ声の大きさ。


「本当、よく落とすよね」


呆れたように言いながらも、声に棘はない。

それはもう、注意というより、習慣みたいなものだった。


「なに?探してるもの」


「修正テープです」


綾真は無言でポン、と陽向の机へ修正テープを投げ置いた。

まるで当たり前かのように、すっかり慣れた仕草になっていた。


「ありがとうございます……」


陽向は、また小さくお礼を言う。


その横顔を、綾真はちらりと見た。

短くなった髪が、頬のラインを隠さずにさらりと揺れる。

今まで髪の奥に隠れていた輪郭が、教室の光を受け止めている。


不意に、言葉が口から零れた。


「髪短いの、似合うね」


一瞬、空気が止まった。


「……え?」


陽向の顔が、ゆっくりこちらを向く。


その瞬間。

初めて、真正面から、視線が重なった。


マスク越しでも、伏せられた視線でもない。

逃げ道のない、正面同士の目。


綾真の胸が、ほんの少しだけ跳ねる。


………こんな目、してたんだ。


思っていたより、ずっと大きくて、思っていたより、ずっと感情がそのまま出る目。


「そっちの方がいいっしょ。断然」


そう言った自分の声は、驚くほど自然だった。

取り繕っていない。

気を遣ってもいない。


その直後だった。

陽向の口元が、ふっと緩んだ。

一瞬だけ、迷うように。

それから——


「ありがとう」


小さく、でもはっきりと。

視線を逸らさないまま、微笑んだ。


——星野陽向が、笑った。


作り笑いじゃない。

周りに向ける愛想でもない。

今まで一度も見せなかった“こちらに向けての笑顔”。

綾真の胸の奥に、言葉にならない何かが落ちる。



しばらく、静かな時間が流れた。



黒板に書かれるチョークの音。

ページをめくる紙の擦れる音。

教室の空気が、少しだけ弛んでいく。


「あ…こんなところに居た、修正テープ」


呟くような声。


綾真は視線だけを横に送る。

そこには、蛍光カラーペンのケースの蓋を半分開けたまま、ぴたりと動きを止めている陽向の横顔があった。


色が全然揃っていないペンとペンの間。

なぜか、そこに鎮座している修正テープ。

なぜその中に修正テープが入っているのか理解出来ない。

文房具の分類も、収納の秩序も、この子の中では独自の法則で成り立っているらしい。


「文房具の住所、ちゃんと決めよ?」


思わず零れた言葉は、注意というより提案に近かった。


「いや、一応決まってはいるんだけどみんなすぐ家出しちゃうんだよ」


陽向が一瞬キョトンとした後に口にした、あまりにも自然で、当たり前みたいな言葉に小さく吹き出した。


「反抗期かよ 笑」


案外話してみると、この子の独特な言葉の言い回しは普通とは少しズレていて、なんかツボだなと綾真は感じた。


周りが騒ぎ始めてからも。

見た目が変わってからも。


こうして並んで座って、落とし物を拾って、探し物に付き合って、しょうもないやり取りをするのは何も変わらない。


「すいません、修正テープありがとうございました」


その声は、さっきよりもほんの少しだけ、はっきりしていた。

視線はまだ長く合わない。

でも、逃げるように伏せる感じでもない。

綾真は机の上のノートに視線を戻しながら、返された修正テープを受け取り、軽く答える。


「どういたしまして」


それだけの言葉。

それだけのやり取り。


なのに、胸の奥に残る感覚は、さっきまでとは、少し違っていた。




────────。




それからの日々も、星野陽向は相変わらずだった。


消しゴム。

マッキーペン。

蛍光ペン。

修正テープ。

のり。


授業の途中でも休み時間でも、ふとした瞬間に、


「あれ?……あれ?」


と小さく呟きながら、いつも何かを探してる。

そのたびに、綾真は半ば呆れ、半ば慣れたように笑う。


「またかよー!」


そう言いながら、必要そうな文房具を差し出す。

言葉にしなくても、もうだいたい分かる。


それが、いつの間にか日常になっていた。


何でもない会話も、増えていった。


星野陽向は漫画が好きで、女子にしては珍しく週刊少年誌系のコミックにもやたら詳しい。

しかも知識だけじゃない。

語り出すと止まらない熱量がある。

お互い共通で好きな漫画の話しがつい弾んでしまい、授業中に先生に二人して怒られる事もしょっちゅうだった。

でも、不思議と嫌じゃなかった。


そして、もうひとつ。

星野陽向には、致命的な癖があった。




授業中、すぐ眠る。




板書の途中。

先生の説明の真ん中。

静かに、気づかれないように、すとんと意識が落ちる。


隣の席だからこそ、分かってしまう。


机に伏せた横顔。

規則正しく上下する肩。

前髪の隙間から覗く、無防備な表情。


至近距離で見るその姿にはついつい視線を奪われる。


こんなに授業中寝てる奴なんて初めてだ。

今まで同級生の女子の寝顔なんて見る事は、まずなかった。


(また寝てんなー……)


綾真はいつも見つめるだけ。

起こすのは、決まったタイミングだけ。


先生が名簿をめくる音。


「次の問い4を……えーっと、次の出席番号は……」


その瞬間。

綾真は、ペンの先や指先で、そっと陽向の腕をつつく。


ツン。


「……っ」


小さく肩が揺れて、陽向が目を開く。


「問い4。それ、式と答え。」


サッと自分のノートを陽向の机に素早く瞬間移動させる。


「…次は…出席番号20番だから…星野だな。はい、じゃあ答えて。」


先生の言葉に、陽向は一瞬だけ戸惑ってから、綾真の指示通りに机に開かれたノートの内容をそのまま答える。


そしてホッとしたように椅子に座り直したあと、ノートを返しながらこちらを見て、ハッキリとわかりやすく口を動かす。


(あ、り、が、と、う)


声はない。

でも、ちゃんと伝わる。




その直後に見せる、柔らかい笑顔。




綾真の胸の奥で、何かが落ちた。


ドンッ──と音がした気がした。


理由なんて、分からない。

ただ、確かに。



完全に…………




食らった。









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