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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─  作者: 波方 真季


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第15話 これはリアコだ


数日後。


放課後、校門を出る生徒たちの足取りは軽く、部活動の声や、友達同士の他愛ない会話が、緩やかに流れていく。

その流れの中を、陽向と朔也は並んで歩いていた。


「あ!陽向ちゃん!」


不意に呼ばれた声に、陽向の肩が小さく跳ねる。


振り向いた先にいたのは、午後の光を味方につけたような、朝比奈凛佳の姿だった。


「あー朝比奈副会長!お疲れ様です!」


条件反射のように、明るく挨拶を返す。


「あれー?もしかして総選挙の時の推薦者だった黒川朔也くん?」


二人に駆け寄った朝比奈凛佳は、朔也の顔を覗き込んだ。


「黒川くんって陽向ちゃんの彼氏なの?でも…陽向ちゃんて、男の子苦手じゃなかった?」


一瞬で、空気が変わる。

軽い冗談のようでいて、しっかりと距離と立場を測る言葉。


「彼氏じゃないです!!幼なじみです!!」


勢いよく否定する陽向。

その声には、焦りと誠実さが滲んでいた。


「あ、なーんだ。なるほどね、だから彼だけは“特別”って事なのね」


さらりとした口調。

でも、その一言が静かに線を引く。


陽向は、説明しなければと思った。

誤解されたままなのは、良くない気がして。

けれど言葉は、喉の奥で絡まる。


「いや…っだから…あの…その事なんですけど──」


その一瞬を、朔也は見逃さなかった。

陽向の吃り口調に、まるで本能から反射的に何かを察して瞬間的に切り込んだ。


「先輩美人すねー彼氏いるんすかー?」


軽口。

でも、明確な牽制。


「あはは!いきなりだね!ありがとう。彼氏ねー…」


一拍置く、その間に、余裕が滲む。


「バカ!朔也!またそうやって…!」


陽向は慌てて止める。


「嫉妬しなくて大丈夫だよ陽向ちゃん!あのね黒川くん、私“彼氏みたいなもん”って言えるくらい仲良いニコイチの、好きな人がいるの♡だからごめんねっ」


笑顔。

完璧な距離感。

拒絶でもなく、受容でもない。

でも、その言葉は、確実に示していた。


あなたたちは脅威ではない。


「…はは…はは……」


陽向は、乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。

去っていく朝比奈凛佳の後ろ姿を見送りながら、朔也は眉をひそめ、小さく呟いた。


「なんかあの女、嫌な感じだな」


生理的な違和感。

理由は分からなくても、肌が覚えている感覚。


「え?そう?さっき美人って言ってたじゃん!!」


陽向は、キョトンとした顔で返す。

本当に、何も分かっていない。


この場で。

誰が線を引き。

誰が値踏みし。

誰が安全認定されたのか。


その全てに、気づいていないのは、陽向だけだった。





そして、朝比奈凛佳は、学校の最寄り駅から電車に乗り、ドアが閉まる音とともに車内の窓際へ視線を向けていた。


流れていく街並み。

反射する自分の横顔。


先ほどの光景が、自然と脳裏に浮かぶ。


幼なじみの少年と並ぶ、陽向の姿。

慌てて否定して、必死に誤解を解こうとする様子。


(幼なじみとの恋愛おままごと……本当、どこまでも可愛くて微笑ましくて……)


口元に、うっすらと笑みが浮かぶ。


(どこまでも安全な子。)


それは、侮りでも嘲笑でもない。

完全な安心。

だからこそ、この時点で、朝比奈凛佳は気づいていなかった。


その“安全な子”こそが、いちばん深く、いちばん静かに、自分の領域を侵食していく盲点になることを。




────────。




季節は、夏休み直前の最終週。


蝉の声が、朝の空気にじわじわと混じりはじめる頃。

校内にはどこか浮ついた気配が漂い、「あと少しで夏休み」という意識が、生徒たちの気を緩めていた。


そして気が緩んでいたのは、陽向も同じだった。


慣れない生徒会役員の仕事も気づけば一ヶ月を超えて、常に頭をフル回転させて走り続けてきた。

疲れが、遅れて身体に追いつく。

その朝、陽向は、久しぶりに“やらかした”。


「やばいやばい…!1時間で出れるかなぁ〜!」


アラームを止めた記憶はある。

けれど、次に目を開けた時、時計は容赦なく現実を突きつけていた。


いつもは出発時間の二時間前。

慎重すぎるくらいにアラームをかけているのに。


二度寝。


完璧な敗北だった。


「やばい……!」


心臓が、ドクンと跳ねる。

布団を蹴飛ばして飛び起き、洗面所へ駆け込み、半ば反射で猛スピードでメイクを仕上げる。

制服を着て、バッグを掴んで、残るは、最後の関門。


ヘアセット。


カチッ。


コテアイロンの電源を入れる。

ランプが点いたのを確認して、完全に温まりきるのを待つ余裕もなく、髪に当てた。


「くっそー…焦ってやってるから…こーゆう時に限って上手くいかない……!」


鏡に映る自分の顔は、完全に戦闘モード。

スマホの時計を睨みながら、必死で髪を巻く。

時間がない。

思うようにいかない。

その瞬間だった。


バンッ


洗面所の扉が、勢いよく開く。


「おいひな!!何時だと思ってんだよ!!遅刻すんだろ!!」


朔也の怒号。

一瞬、空気が震えた。


「っっっ!!!」


肩が跳ねる。

反射的に振り返った、その拍子。


ジュ…


最高温度まで熱せられていたコテアイロンが、陽向の頬に触れた。


「どわあっちーーーーーーーーっっ!!!!!」


世界が、白く弾ける。


焼けるような熱。

遅れて襲ってくる、じん、とした痛み。

涙が滲むより先に、頭が真っ白になった。


最悪だ。

なんでこのタイミングで。



朝から本当、ついてない。


 


通学電車の中。


揺れる車内。

いつもより、少し混んでいる。


陽向は、頬に保冷剤を押し当てながら、むすっとした表情で窓の外を睨んでいた。


「女子の洗面所なんか急に開けないでよ!すっぽんぽんだったらどーすんの!」


「お前のすっぽんぽんなんか見たって何の価値もねーわ」


即座に返ってくる、朔也の容赦のない一言。


「普通に先に行けばいいじゃん!わざわざ毎朝待ってなくていいんだけど」


言い返す声は、どこか拗ねていた。


「中学まで遅刻の常習者だったお前が言うか?あのなぁ、もう義務教育じゃねーんだよ!俺に毎朝叩き出されなきゃ進級出来なくなんぞ」


痛いところを、正確に突いてくる。


「…ぐ………」


言葉が詰まる。


「俺に文句言う前に感謝するべきだろバカたれ」


ぐうの音も出ない。

陽向は、頬のヒリヒリした痛みを抱えたまま、小さく肩を落とした。


言い返せない。

悔しいけど、否定できない。

朝の失敗と、火照る頬と、言い合いの余韻が残るこの時間は、いつも通りだった。




────────。




俊輔と陽向の距離は、日に日に近づいていた。


「明日は放課後図書室来る?」


「明日居残りあるんで、昼休み来ようと思ってます!」


「じゃあ僕も、明日は昼休みに来るね」


そんな会話が、気がつけば当たり前のように交わされていた。

示し合わせている自覚もないままで、お互いが自然と同じ時間、同じ場所に足を向ける。


昼休みの図書室。

放課後の生徒会室。

毎日一度は、必ず顔を合わせる。


それはもう、偶然なんて言葉では誤魔化せない頻度で。


まるで完全に──




デートだった。




「…もうさ、ほんとにこの主人公ずるくないですか!

肝心なところではいつも言葉足りないのに、行動だけは一切ブレないんですよ!!しかもそれを、恩着せがましく一切言わない。報われるかどうかも気にしてなくて、ただ、自分が正しいと思った事を選び続けてるだけなんです!一番大事な場面では必ずそこにいるの、反則すぎません!?こういうタイプ、いざって時に一番かっこいいんですよね!!」


俊輔は、陽向が熱量を上げて本の感想を語る時の表情が堪らなくツボだった。

眉間のシワが寄ったり伸びたり、目が大きく開いたり細まったり、忙しなくコロコロ変わるその表情から目が離せなくなる。


いつも暖かい眼差しで、つい見つめてしまう。


この表情が見たくて。

この声を聞きたくて。


良い本と出会うといつも陽向の顔を思い浮かべてしまう。

彼女に刺さりそうだな、と感じると読んで貰いたくなって、また熱量の高い感想を楽しみにしてしまう。


「もうこの主人公がカッコよくてカッコよくて…あ、先輩のカッコよさには劣りますけど、でもこの主人公ちょっと先輩みたいじゃないですか?先輩も言葉少ないのにちゃんと行動するところとか、一番大事な仕事を黙って引き受けるようなところあるじゃないですか!もーそこがカッコいいんですよー!先輩って、顔が核兵器なのは勿論なんですけど、そーゆうところがまじで殺しに来るんですよ!あーメロいっ!!尊っ!!藤崎先輩、神!!」


「本の話…脱線して僕の話しになってるよ」


「あ、すみません!つい好きが溢れてしまいましたっ」


パッと無邪気に、満開の笑顔が咲いた。


照れも躊躇いもなく、いつも平気な顔でそんな言葉を口にする。


そんなケロッとした感じで、そんなに明るい笑顔で。


俊輔は、その無防備さに、胸の奥がじくりと疼くのを感じた。


ふと。


俊輔の視線が陽向の瞳から下がる。

顔の下半分。

その視線がその位置を捉えた事に、陽向は気がついた。


じっと見つめたまま、俊輔は動かなくなった。


「…先輩……?」


不安げに呼ぶ声。

その直後、俊輔の手が陽向の顔へと伸びる。


「……っ!」


耳に触れる、あたたかい手の感触。

髪を掻き上げられた瞬間、陽向の思考は一斉に停止した。


「………。」


俊輔は真剣な眼差しで、陽向の顔の下半分を捉えたまま、正面の席から身を乗り出してくる。


ゆっくり。

確実に。


あまりの衝撃とパニックに、陽向の時空は突如スローモーションのようになる。


何が起きているのか理解が出来ない。

頭が真っ白になる。


顔が目の前まで近づいてきて、俊輔の首が僅かに傾いたその瞬間。




陽向はぎゅっと硬く目を瞑った。




心臓が限界まで膨れ上がり、飛び出しそうに爆発した



その刹那──






「ここどうしたの?痛そうだよ」





へ………?




バチっと目を開いた瞬間、俊輔は首を斜めに傾けたまま、至近距離で自分の頬の火傷を見つめていた。


ガタガタッ!!

ガタン!!


「……〜〜〜〜〜っっっ!!!」


バックン、バックンと、心臓が、今まで一度も経験した事が無い程の動きをしていた。


やばい、やばい、やばい、やばい。


椅子が倒れる程の勢いで立ち上がった陽向は、石像のように固まってしまった。




全陣、撤収ーーーーーーー!!!!!!




頭の中の小人軍隊長の大音量の号令が轟いた瞬間、陽向の足は自分の意識とは外れて衝動的に図書室から飛び出した。


「…あー………またやっちゃった……」


俊輔は、一人残された静まり返る図書室で、肩を落とすようにテーブルに肘をついた。


「久しぶりに…逃げられた………」


近づくと、逃げられる。

手を伸ばすと、すり抜ける。

掴まえたいのに、掴まえられない。


ふぅ──と切なく吐いた俊輔の溜め息が、静かな図書室の空気に溶けていった。







(ビビっっった〜〜〜〜〜〜〜!!!!!)



陽向は全力疾走で学校の廊下を駆け抜けていた。



ダダダダダ…


バンッッ!!!


そして女子トイレの個室に駆け込んだ。


「……はぁ………はぁ………はぁ……」


個室の扉に背を預け、心臓部に位置する胸元のシャツをぎゅっと握りしめる。



私は何を期待した?

私は何を想像した?

私は何を考えた?



フリフリと、脳内の映像を振り払うかのように頭を振った。


だけど、全然消えてくれなかった。


どうしても、あのまま俊輔と自分の唇が重なる瞬間の映像が流れてきてしまう。


以前では考えられない。

自分が崇拝する尊い神様と、まさかそんな関係になる事なんて、想像する事すらおこがましくて恐れ多くて申し訳なくて、不快感すら感じる程だった。


それなのに。

間違いなく期待した自分がいた。

あの瞬間、それを覚悟した自分がいた。


そう……なりたかった。



(…これは……リアコだぁ…………っ…)



間違いない。

これはリアルだ。

本当にこれは、私の人生で初めての……





恋だ。





本気の恋だ。

本気で好きなんだ。

先輩のことが好きなんだ。



そう思った瞬間、陽向は暴れる衝動を抑えられなくなり、トイレの個室から飛び出した。




(好きだーーーーーー!!!!)




再び全力疾走で廊下を駆け抜けた。

一世一代の一大事。




陽向の初恋はついに走り出した。




胸いっぱいの高鳴りを抱えたまま、好きが駆け抜けるキラキラな夏休みへと、一直線に。





X(旧Twitter)にてキャラクターイラスト公開しました!

https://x.com/exbrrh2oof32785?s=21

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