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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─  作者: 波方 真季


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第14話 推せる推しを推すまでだ!


放課後の駅前は、夕方特有のざわめきに包まれていた。


部活終わりの生徒、塾へ急ぐ中学生、待ち合わせらしい大人たち。

その中で、ディンバードーナツの店内だけは、ほんの少しだけ世界の速度が緩んでいる。


甘い油の匂い。

揚げたてのドーナツが並ぶショーケース。

ガラス越しに反射するオレンジ色の照明が、テーブルに座る四人をやわらかく照らしていた。


陽向は紙ナプキンを指でくるくると折りながら、さっきまで胸の奥に溜め込んでいた話を、ようやく吐き出し終えたところだった。


「へぇ〜先輩達ガチ勢じゃーん!それで陽向は完全に撃沈しちゃったわけかぁ…生徒会の闇、やばぁ!!」


指先のストローを片手に、半分冗談、半分本気でそう言った。

大袈裟なリアクションなのに、ちゃんと話を聞いてくれているのが分かる。


「……私と役員の先輩達とじゃ、あまりにもそもそもの世界線が違すぎてもうリアコとか到底無理ゲー。白旗降伏。棄権試合。」


陽向は肩をすくめて笑った。

でもその笑いは、少し乾いている。

諦めたふりをして、まだ胸の奥で何かが燻っている笑いだった。


「何言ってんだよ!!お前には先輩に“図書室友達”認定されたってゆー最強カードがあんだろーが」


朔也はテーブルに肘をつき、真正面から陽向を見て言う。

声は強いけれど、どこか必死だ。


「そんなの槍にも盾にもならんわ。向こうはAK47と防弾チョッキのフル装備だわ」


即答だった。

向こうは“生徒会役員仲間歴2年目”、“役職共有”。

かたや自分は“図書室友達歴1ヶ月未満”。


陽向は自分でも驚くほど冷静に、現実を並べてみせる。

それだけ、先日の役員会議での出来事が効いている証拠でもあった。


「それにしても藤崎先輩…そんなにモテんのに彼女の1人や2人いないのか?」


蒼太がストローをくるりと回しながら、ぽつりと零す。

感情を煽らない、素直な疑問。


陽向、咲、朔也、蒼太の4人は、剣道部の活動日以外の日にこうして駅前のディンバードーナツで放課後に集まるのが、いつの間にか習慣になっていた。


「それなー!咲もそれ気になっててさ!ちょうどこの前、兄貴の高校時代仲良かった後輩がウチに遊びに来てね、今年卒業した3年生だったから、去年の藤崎先輩の事なんか知ってんかなぁーと思って聞いてみたの。」


咲は身を乗り出す。

こういう噂話の時の彼女は、情報屋の顔になる。


「まじか!それで、なんかわかった?」


朔也が食いつく。

肘がテーブルに当たって、紙ナプキンが揺れた。


「藤崎俊輔って言ったら一発でわかったよ!陽向と同じく1年生で生徒会に入って、その時からもー爆モテてたって。同級生からも先輩からも有名で、なのに…1年間、1回も彼女作らなかったって。」


その言葉が落ちた瞬間、

テーブルの上の空気が、ほんの一瞬だけ静まった。


「…ありえねーだろ」


朔也が低く呟く。


「だからモテたってのもあるかもな。彼女持ちだったら普通女子は引くだろ」


蒼太の言葉は現実的で、残酷なほど納得がいく。


「かもね…まるで恋愛禁止の王子様♡そんな風に言われたりもしたらしい」


咲の声が、少しだけロマンチックに艶めく。


「….恋愛禁止の…王子様か……」


陽向は、無意識にその言葉を反芻していた。

胸の奥で、なぜかその響きだけが残る。


「もしかして….ゲイだったりしてな」


朔也の一言が、テーブルの中央に投げ込まれた。


「………。」


「………。」


一瞬、咲と蒼太の動きが止まる。

言葉にするか迷う間が、確かにあった。


「それはそれで……」


ぽつりと口を開いたのは陽向だった。

そして両手を握りしめ、目を閉じて、心の底から噛みしめるように。


「良き…っ!!」


「黙れ!」


即座に飛んできた朔也のツッコミ。


瞳を閉じながら涙を浮かべ、嬉しそうにガッツポーズをする陽向を見て、咲は吹き出し、蒼太は小さく苦笑した。

笑い声が、ドーナツ屋の柔らかな空気に溶けていく。




陽向のリアコへの道は、まだまだ程遠い。





────────。





生徒会役員としての活動が始まって、気づけば一ヶ月が過ぎていた。

慌ただしかった六月を抜け、カレンダーは七月へと切り替わる。


湿度を含んだ風。

放課後の校舎に残る、夏の匂い。


その日の生徒会会議は、特に大きな議題もなく、いつもより少し早く終わった。

椅子を戻す音、書類を重ねる音、誰かの軽い笑い声。

生徒会室には、会議後特有の“ほどけた空気”が漂っていた。


陽向は自分の鞄をまとめながら、内心ほっとしていた。

今日もなんとか逃げずに終えられた。

そう思った、その時だった。


「星野さん」


背後から、穏やかな声。


その一言だけで、陽向の背筋がすっと伸びる。

反射的に振り返ると、そこには俊輔が立っていた。


「この前、本屋で新人の外国人作家の本を買ってみたんだけど、思いのほか凄い良かったんだ。」


何でもない話題。

けれど、その“何でもなさ”が、陽向にはいちばん心臓に悪い。


俊輔は自分の鞄に手を伸ばし、一冊の本を取り出す。

淡い色合いの装丁。

見慣れない作家名。

それを陽向に差し出した。


「え…いいんですか?」


驚きと戸惑いが混じった声で、陽向はそう言った。

自分に向けて差し出された“好意”の形に、まだ慣れていない。


「星野さんが好きそうなファンタジーで、多分刺さると思う。挿絵も素敵で…」


慎重に、そっと。

陽向は本へ手を伸ばし受け取った。


その瞬間だった。


指先に、別の温度が重なる。


俊輔の手が陽向の手に、ふと触れた。


「例えばほら、これ見て」


ページを開きながら、俊輔の顔が、いきなり今にも触れそうな距離で詰めてくる。

今までで、間違いなく過去一最大最短距離。


ふわり、と。

鼻先を掠める、柔らかな香り。

洗い立てのシャツと、かすかなシャンプーの匂い。


その瞬間。


副会長、朝比奈凛佳の視線が、キッ──と鋭く二人を射抜いた。


陽向の脳内で、完全不意打ちの緊急警戒アラートが大音量で鳴り響いた。


(ギャーーーーーーーーーーー!!!!!!)


次の瞬間。


ズザーーーーーーーーーッッッッ


ガシャーーーーン!!!


ガラガラガラ……


椅子が倒れ、机にぶつかり、書類や備品が床に散る。


「え…っ!?」


「なに!?」


生徒会室は、一瞬で騒然とした。

全員の視線が、一斉に陽向へ集まる。


俊輔は申し訳なさそうに、頭を抱える。


「…ごめん……やっちゃった………」


その声は本気で困っていて、本気で反省していた。


一方、陽向は。


完全停止。


身体が言うことをきかない。

呼吸も、思考も、全部どこかへ飛んでいった。


や……やって……しまっ…た…………。


空気が、ぴんと張りつめる。


「…へぇ……。」


その張りつめた空気を切るように、朝比奈凛佳が小さく呟いた。


彼女は、見ていた。

俊輔が距離を詰めた瞬間。

陽向が、迷いなく“全力で後退”した一連の動きを。


俊輔に近づかれたら、喜ばない女子は存在しない。

誰もが、声のトーンを上げ、笑顔を作り、距離を縮めて擦り寄ろうとする。


それに比べて——




この子は、身の程をわきまえている。




朝比奈凛佳は、固まったまま動けない陽向の前にしゃがみ込む。


「陽向ちゃん、大丈夫?」


優しい声。

差し出される手。


サラサラのロングヘアが、さらりと前に落ち、

それを耳に掛ける仕草は、非の打ち所がないほど上品だった。


「だ…だい…じょぶ…です」


か細い声で答えながら、陽向はその手を取る。

立ち上がると、朝比奈凛佳はパンパンと、丁寧にブレザーとスカートの埃を払ってくれた。


「陽向ちゃんて…男の人苦手なのかな?」


「….え…はい?」


唐突な問いに、思考が追いつかない。


そして、わざと。

確実に、周囲に聞こえる音量で。


「もしかして…過去に無理矢理されたり…とか?」



は……?



頭の中が真っ白になる。


無い無い無い。

全く持って無い。

誰がこんなブスデブ陰キャオタクいじめられっ子女(元)に手を出すものが居たものか。


「え…そうなの?」


「まじかよ」


「星野さん…」


「辛かったね…」


生徒会室のあちこちから、囁きが漏れる。


「陽向ちゃんの演説聞いた時…辛い過去がありそうだなとは思ったの…そうゆう事だったのね…」


“事実”として、勝手に物語が組み立てられていく。


「いえいえっ!あの、それは──」


陽向が慌てて口を開いたその瞬間。


「俊輔!全く、あんたは無自覚でそうやって女の子に距離詰めするの良くないよ!陽向ちゃんのトラウマえぐりに行ってるからね!もう陽向ちゃんに金輪際接近禁止!」


鋭く、断定的な声。


「………。」


俊輔は言葉を失い、ただ立ち尽くす。


そして。


ポカンとする陽向。




待てーーーーーーーい!!!!!




誤解は、誰にも修正されないまま。

副会長、朝比奈凛佳の“藤崎俊輔ガード包囲網”から排除牽制対象にもならない“無害な子”というレッテルだけが、静かに貼られた。




────────。




後日、図書室。


午後の光はすでに白さを失い、窓の外の景色をやわらかく溶かしていた。

紙の匂い、机の古いニスの匂い、どこか遠くで鳴る部活の掛け声。ここだけが、世界から切り離されたみたいに静かだった。


「本当ーに、ごめん!」


両手を顔の前で合わせて瞳を閉じる俊輔。

その姿があまりに真面目で、あまりに優しくて、陽向の胸は痛いくらいに熱くなる。


「いやいやいやいやっ!!私です私です!!私が勝手に先輩発作起こしちゃったんで!!生徒会室で暴れて本当にごめんなさい!!本当ーーーーに申し訳ありませんっ!!!」


言い終わるより早く、陽向は机に突っ伏した。

正面の席で、手のひらとおでこをテーブルに全力でくっつけてペコペコと何度も頭を下げる陽向。

木の冷たさが額に伝わるのに、頬だけが熱くて、息が浅い。

思い出すだけで、あの日の視線が肌を刺す。


「しかも…私のせいで藤崎先輩が…朝比奈先輩に怒られちゃって…」


涙声で必死な陽向。

声が震えるたび、机の上に落ちそうになった感情を、必死で掴もうとしているみたいだった。


「いやいや……朝比奈さんは、なんでもよく決めつけるところがあるから…僕は全然気にしてないよ」


俊輔は笑う。

強がりでも、虚勢でもない。いつもの誰かを丸ごと受け止める微笑み。

全てを包み込んでくれるような温かい笑顔が陽向の胸にじーんと染み込んでいき、安心感と落ち着きを取り戻していく。


陽向はようやく顔を上げた。

呼吸が戻ってくる。

鼓動が、少しだけ現実の速さに近づく。


ほんの気の緩みだった。

ふと、落ちた言葉。


「…藤崎先輩と朝比奈先輩、遠慮ない感じで仲良しですよね」


何の気も無しに心の声がポロッと口から零れただけだった。

言った瞬間に、空気がわずかに揺れた。


「…………嫌な気に……させちゃったかなぁ…」


俊輔の表情が影を帯びて、声のトーンが少し下がった。

柔らかな光がその横顔を撫でるのに、瞳の奥だけが、ふと暗いところへ引っ込んでいく。


「え?なんでですか?」


陽向のキョトンとした声が落ちた。

困惑は作り物じゃない。純度100%の疑問が、そのまま音になっている。


「え?…あ、いや…だって…」


俊輔は言葉を探して、見つけられない。

瞳が揺れる。

彼の中で、何かが喉から出る直前に止まっている。


「私がって事ですか?なんで私がそんな事で嫌な気になるんですか?」


言い切った陽向の目は、驚くほど真っ直ぐだった。

そこに計算は一切ない。


「………???」


俊輔は、陽向が理解出来なかった。

拗ねている様子も、意地を張っている様子も全く見られない。

少女のような純粋な瞳で真っ直ぐ疑問を投げかけている。


自分の事を好いてくれている筈じゃないのか。

”嫉妬”という感情を、この子は持ち合わせていないのだろうか。


胸の奥に、見慣れない波が立つ。

静かに、でも確実に。

俊輔は、今まで感じた事のない胸の騒めきに包まれた。


どうしてこんなにいつも予想外なんだ。

一体どこまで意表をついてくるのか。

まるで、掴めない。

どこまで未知で、どれだけ揺さぶられるのだろう。


陽向は、俊輔が突然止まったことに気づいて首を傾げた。

机の上の光の粒が、静かに揺れている。


「先輩?どうしたんですか?」


陽向は、俊輔の沈黙の意味を知らない。

その視線が長くなるほど、陽向の体温は上がっていく。

まっすぐ見られるだけで、心臓が忙しい。

呼吸が浅くなる。


「…そんなに長く見られると…先輩の美し過ぎるご尊顔は核兵器なので…尊死してしまうんです…けど……」


てれてれ、と頬を染めながら、途切れ途切れの言葉を零れさせる陽向。

照れと本音が混ざって、可笑しいくらいに不器用で、だからこそ真っ直ぐで。


俊輔の胸が、またざわつく。

その後に、厄介な感情が続く。


この子がわからない。

好きなのか。

好きじゃないのか。

避けたいのか。

近づきたいのか。


その曖昧さが、今までの“わかりやすい好意”とは違って、妙に胸に残った。

優しく笑って、逃げる。

尊いと言って、距離を取る。

触れられそうになると怯えて、でも目だけは離さない。


俊輔は、自分でも驚くほど衝動的に、口を開いていた。

こんな質問をするつもりなんてなかった。

いつもなら、余計な波風を立てないように、適当に笑って流す。

でも今日は、それができなかった。



「他の女の子が僕を好きって言ってたら、嫌な気持ちになる?」



どうしてこんな質問を、ムキになって突然彼女に投げてしまったのか自分でもわからない。

口にしてから、喉の奥が遅れて熱くなる。

自分で自分に驚いて、引き返す言葉も見つからない。


嫉妬、独り占め、奪い合い、独占欲。

うんざりする程、女子の争いに巻き込まれてきた。

それなのに、今、目の前のこの子にだけは、その答えが欲しくなってしまった。


陽向は瞬きをひとつ。

そして、迷いのない声で、胸を張るみたいに言い切った。


「なるわけないじゃないですかっ!推しはみんなの推しですよっ!推しの人気はファンにとってのステータス!私はとことん推すまでです!」


その瞬間。


俊輔の胸が、ぎゅっと締め付けられた。

喜ぶべきなのに、なぜか痛い。

この胸の痛みの正体がわからない。


紙の匂いが、急に濃くなった気がした。

時計の針の音が、やけに大きく聞こえた。


そして俊輔はほんの一瞬だけ、笑顔の作り方を忘れた。










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