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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─  作者: 波方 真季


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13/17

第13話 ようこそ、生徒会へ


それからというもの。


陽向と俊輔は、図書室で言葉を交わす時間が少しずつ増えていった。


窓際のテーブル。

いつもの席。

向かい合って座る、その距離。


最初の頃は、椅子に腰を下ろすだけで心臓が跳ね、喉が詰まり、視線の置き場にすら困っていた。

ページをめくる音が大きく感じられ、貸し出し管理用紙の鉛筆の先が紙に触れる音にさえ、神経が過敏になる。


それでも。


日を追うごとに、少しずつ、確実に変わっていった。


俊輔の声を“音”ではなく、“言葉”として受け取れる瞬間が増えていく。


完全に平気になったわけではない。

緊張は、まだそこにある。


けれどそれは、恐怖ではなく、誰かを大切に思うがゆえの、心地よい張りつめ方に変わり始めていた。


近づくほど、怖い。

でも、離れるほど、寂しい。


その感情の間で揺れながら、陽向は毎日、同じ時間、同じ場所に足を運んでいた。




────────。




そして季節は、六月上旬。


湿り気を帯びた風が、校舎の廊下を抜けていく頃。

新年度の慌ただしさがようやく落ち着き、学校全体が次の段階へ進み始めた、その時。


今年度新体制となって、いよいよ初めての生徒会役員会議の日が訪れた。


放課後。


陽向は、生徒会室の前に立っていた。


白い扉。

小さなガラス窓。

その向こうにあるのは、今まで“遠くから見ていた世界”。


胸の奥で、心臓が静かに速さを上げる。

手のひらが、じんわりと湿る。


逃げない。

今日は、逃げない。


自分に言い聞かせるように、深く息を吸う。

そして、ゆっくりと吐いた。



ガラッ。



扉を開いた瞬間、空気が変わった。



複数の視線が、一斉にこちらを向く。

視線の重なりが、肌に触れるような感覚。

陽向は反射的に、小さく会釈をして、一歩足を踏み入れた。


生徒会室には、まだ会議が始まる前特有の、曖昧な空気が漂っていた。

笑い声は控えめで、会話は途切れ途切れ。

誰かが話せば、誰かが様子をうかがう。


全員が“生徒会役員”という同じ肩書きを持っているはずなのに、自然と、立つ位置や座る距離に差が生まれている。

引き継ぎ先輩たちの落ち着いた雰囲気。

新役員たちの、少し浮いた緊張感。


どこに座ればいいのか。

誰の隣なら、許されるのか。

一瞬、迷ったその時。


「星野さん」


聞き慣れた、穏やかな声。

陽向の肩が、わずかに跳ねた。


「…藤崎先輩……!」


振り向いた先にいたのは、いつもの俊輔だった。


変わらない、柔らかな笑顔。

図書室で見るのと同じなのに、ここでは少しだけ、凛として見える。

その違いが、胸に静かに刺さる。




「ようこそ、生徒会へ」




その一言が、静かに、けれど確かに胸に落ちた。


それは歓迎であり、認められた証であり、そして──同じ場所に立ったという合図だった。


じんわりと、生徒会役員になったという実感が広がっていく。


先輩と、同じ空間に。

先輩と、同じ肩書きを持って。

先輩と、同じ時間を過ごせる場所に、自分は今、立っている。


胸の奥が、かすかに震えた。


「……よろしくお願いします!」


陽向は、思いのほか深く、ぺこりと頭を下げた。

その動作には、緊張も、憧れも、決意も、全部が混ざっていた。

顔を上げた先で、俊輔が優しく微笑む。

その表情は、いつもより少しだけ、頼もしく見えた。


その直後だった。


「あれー?もしかして、星野陽向ちゃん!?」


明るい声と一緒に、俊輔の背中の向こうから、ぴょこっとロングヘアの先輩が顔を出した。

室内の少し張り詰めた空気を、軽やかに切り裂くような声だった。


屈託のない笑顔。

黒く艶やかなストレート髪。

前髪を作らないで、おでこを出したワンレングス。

端正な美人しか似合わないが、美人が最大限に引き出されるようなヘアスタイル。

場の中心に立つことに慣れている人特有の、迷いのない立ち姿。


「唯一の一年生で当選するなんて凄いよね!でも陽向ちゃんの演説すっごく良かったよ!!私あれ聞いて、この子当選するかもなーって思ったもん!!」


言葉が、ぱっと花開くように次々と投げられる。

称賛のはずなのに、距離が近くて、眩しくて、陽向は一瞬どう反応すればいいのか分からなくなった。


「え…あ、ありがとうございます!」


反射的に返事をしながら、胸の奥がそわりと落ち着かない。

褒められているのに、どこか居心地が悪い。

それはきっと、この空間に流れる“別の何か”を、無意識に感じ取ってしまっているからだった。


「他の子の演説は、なんかありきたりだったり、あとは……」


その言葉の続きを待つより早く。


その女生徒の先輩は、あまりにも自然な動作で、俊輔の腕に自分の腕を絡めた。


迷いも、躊躇もない。

まるで、そうするのが当然であるかのように。


「女子なんか、みーんなあからさまに俊輔目当てって感じがだだ漏れだったもん!ねー!俊輔ー♡」


声のトーンが、わずかに上がる。

甘さを含んだ呼び方。

腕を組んで擦り寄る距離の近さ。


その光景を目にした瞬間、陽向の瞳が一瞬、ぎょっと広がった。


「え、そうかな…」


俊輔は腕を組まれても、特に困った様子も見せず、静かな声でそう返す。

拒むでもなく、受け入れるでもなく。

ただ、いつも通りの穏やかな慣れた態度。


「その点、陽向ちゃんは、俊輔目当てとか全然そんな感じ、しなかったから!」


グッサーーーーー!!!


言葉が、鋭い刃になって、一直線に胸を貫いた。

息が、一瞬止まる。

心臓の奥が、ひやりと冷える。


いや……

ガッツリ先輩目当てでした……

ごめんなさい……。


喉の奥で、誰にも聞こえない言葉が転がる。

否定も、弁解も、笑顔も、何ひとつ形にならない。


自分がここに立った理由。

この場所に来たきっかけ。

それら全部が、急に恥ずかしくて、情けなくて、胸の奥でぎゅっと縮こまる。


そんな微妙な空気を、切り替えるように。


「はーい、みんな揃ったかな?それじゃ始めるのでみんな座って下さーい。」


顧問の先生の声が、生徒会室に響いた。

張り詰めていた糸が、ぷつりと切れるように、空気が動き出す。

椅子を引く音。

書類を揃える音。


陽向は、そっと息を吐きながら、自分の席へと向かった。


「今日から新しい生徒会役員です。これから一年、学校を支える立場になります。今年度から新たに加わった役員は、分からないことは先輩に聞きながら、一緒に頑張っていきましょう。」


顧問の先生の声は、決して厳しくはないのに、不思議と背筋を正させる響きを持っていた。

その一言を合図に、空気が切り替わる。



──そしてついに、生徒会役員会議が始まった。



まずは役員紹介。

昨年度から引き継いでいる役員の生徒から、順に名前と役職が読み上げられていく。


陽向は、膝の上に置いた生徒会役員名簿のプリントに視線を落とし、そこに並ぶ文字を指でなぞりながら、ひとりひとりの自己紹介を真剣に聞いていた。



会長:(継)神谷かみや 凌久りく3年※男子


副会長:(継)朝比奈あさひな 凛佳りんか3年※女子

    (継)藤崎ふじさき 俊輔しゅんすけ2年※男子


書記:(継)たちばな 梨愛りあ2年※女子

   (新)星野ほしの 陽向ひなた1年※女子


会計:(継)白石しらいし 美月みつき3年※女子

   (新)水野みずの けい2年※男子


広報:(継)瀬戸せと 陽翔はると2年※男子

   (新)結城ゆうき みお2年※女子



(……さっきの人……先輩と一緒の副会長で…3年生だったんだ………)


プリントの文字と、先ほどの光景が頭の中で重なる。

俊輔の腕に自然に絡められていた、あのロングヘアの先輩。


同じ副会長。

役職を共にする関係。


そう思った瞬間、先ほどの距離の近さが、ようやく腑に落ちた。


(凄いな……あんなキラキラ核兵器に、あんなにお構いなく行けるなんて………)


自分とは、住んでいる世界が違う。

そう感じてしまうのを、止められなかった。


(もしや……付き合ってたりするの…かな……)


そうであってもおかしくないと思える程、陽向の目には副会長の朝比奈凛佳が眩しく映った。


その後、今年度から就任した新役員たちの自己紹介が続く。

名前を呼ばれるたびに、軽く手を挙げたり、短く挨拶をしたり。


そして、陽向の番が来た。

胸の奥が、ぎゅっと縮む。


緊張で喉が少し強張りながらも、なんとか自己紹介を終えて椅子に座り直した瞬間、ようやく呼吸が戻ってきた。


会議は、その後も淡々と進んでいく。


前年度からの引き継ぎ説明。

生徒会室の使い方。

鍵の管理方法。

会議の頻度。

行事カレンダー。

書類の保管場所。


次々と出てくる情報を、陽向は必死に頭に詰め込んでいく。


そして役職ごとの簡単な説明。


書記の仕事は、会議の議事録作成。

意見箱の内容まとめ。

生徒会誌の文章作成。


さらに、次回の予定確認。

直近では、書記として意見箱の管理、生徒会長紹介掲示の作成。

生徒会役員全体としては、文化祭準備の下調べ。

最後に、次回の会議日程が告げられ、生徒会役員会議は静かに終了した。


椅子を引く音が重なり、ざわめきが少しずつ戻ってくる。

陽向は、その場に座ったまま、小さく息を吐いた。


生徒会は、思っていたよりずっと忙しい。

仕事量も多いし、会議も週一回。

身が引き締まる思いが、まず胸に広がる。

それと同時に。


(……先輩と会う回数……増えるな……)


その事実が、遅れて胸に落ちてきた。


怖い。

ちゃんと出来るのか不安。

逃げたくなる日も、きっとある。


それでも、俊輔と同じ“役員”として、同じ時間を過ごす。

同じ仕事に向き合う。

その距離の近さが、確かに、胸を少しだけ温かくした。


不安と、嬉しさ。

緊張と、期待。

相反する感情が、ゆっくりと溶け合って、胸の奥に静かに溜まっていく。


陽向はまだ知らない。


この場所が、この生徒会室が、これから先、何度も心を揺らす舞台になることを。


「星野さん!同じ書記としてこれからよろしくね!」


会議が終わり、椅子を引く音が重なって、生徒会室にざわめきが戻ってきた頃。

陽向の耳元に、柔らかな声が落ちてきた。


「わかんない事あったら遠慮なく聞いてね」


顔を上げると、そこに立っていたのは、前年度から役員を継続している二年生のたちばな 梨愛りあ先輩だった。

穏やかな笑顔。

安心感のある声色。


張り詰めていた肩の力が、ほんの少しだけ抜ける。


「よろしくお願いします!」


陽向は、反射的に元気よく頭を下げた。

その仕草に、嘘はない。

今はただ、この場所でちゃんとやっていきたい、それだけだった。

しかしその直後、橘 梨愛は、少しだけ声のトーンを落とし、肩を寄せるようにして囁く。


「…ねーねー、さっき朝比奈副会長に洗礼受けてたね」


「え?洗礼?」


陽向は、きょとんと目を瞬かせた。

全くもって、自覚なし。


「目の前で、藤崎くんと仲良しアピール♡されてなかった?」


「え?アピール…ですか?」


言葉をなぞるように返しながら、陽向は記憶を辿る。

腕を組まれていたこと。

距離が近かったこと。

でも、それ以上の意味なんて、一切考えにも及ばなかった。


「そうだよー!しかも遠回しに、“あなたは敵じゃない”みたいにディスられてなかっ?」


「え、あれそうだったんですか」


自分の鈍さに、今さらながら背中が冷たくなる。


「わかんないけどね!でも少なからず生徒会の女子はみーんな藤崎くん狙いだから、朝比奈副会長から結構やられてるんだよね。“俊輔は私のもの”って感じ?」


「………はい…?」


言葉が、理解に追いつかない。

頭の中で、今までと違う世界のルールが、音を立てて猛スピードで組み上がっていく。


「藤崎先輩と朝比奈先輩は、付き合ってるって事ですか?」


ド直球に、陽向そのままの疑問をストレートに投げた。


「あはははっ!まさか。多分朝比奈先輩の片想い。」


橘梨愛は高く笑った。

その後も明るく続ける。


「勿論、私も藤崎くん好きだから、陽向ちゃんも狙ってるならそこはお互い恨みっこなしでよろしくね♡」


「……………。」


返事が、喉の奥で完全に固まった。


笑顔。

明るい声。

柔らかい言葉。


なのに、その全部の裏側に、はっきりとした“線引き”が見える。


なんだ、この空間。

なんだ、この距離感。

なんだ、この、笑顔の奥で静かに剥き出しになっているものは。


生徒会って……もっと、キラキラしている場所だと思っていた……


胸の奥が、ひゅっと冷える。


(バッチバチの女の戦場やないかい!!)


思わず心の中で叫んだ瞬間、背筋にぞわりと寒気が走った。


ここは、ただの役員活動の場じゃない。

感情も、視線も、立場も、すべてが絡み合う場所。




生徒会、怖っっっ!!!!




胸の奥には、まだ小さな痛みが残っている。

でも同時に、はっきりとした実感もあった。


ここが、生徒会室だ。

ここが、現実だ。


憧れと、現実と、居場所と。

それらが混ざり合うこの空間で、陽向の新しい時間が、静かに動き始めていた。






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