表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─  作者: 波方 真季


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/17

第10話 リアコにしようぜ大作戦!


昼休みの廊下は、今日も騒がしかった。


チャイムが鳴った直後の空気には、解放感と空腹と、どうでもいい会話が混ざっている。


購買、学食へ急ぐ生徒たちの足音。

笑い声。

バッグがぶつかる鈍い音。


その流れを切り裂くように、ひときわ必死な足取りで走る影があった。


迷いのない歩幅で前だけを見て進む朔也の背中を、陽向は半歩遅れて追いかけていた。

人の波を縫うたびに、肩がぶつかりそうになり、呼吸が乱れる。


胸の奥が、ずっとザワザワしている。

理解が追いつかないまま、感情だけが先走っていた。


「ちょっとちょっと!朔也!総選挙に立候補ってどーゆうつもり!?私なんて、別に成績優秀でもないし人望もないし、だいたい私は陰キャで根暗で人前に出るのとか苦手なの!そもそも立候補したところで私が当選するわけないのに何考えてるの!?ちょっと朔也!ねぇ、朔也ってば!」


声が少し上ずっているのは、自分でも分かっていた。

必死に言葉を重ねるほど、不安が溢れていく。


購買の列が見え始めた、その手前で朔也は、ようやく足を止めた。

クルッと振り返った瞬間、陽向は思わず一歩引く。

その目は冗談でも、からかいでもなかった。


真正面から、真っ直ぐ。


「お前なぁ!外見多少変わって見た目少しゃマシになったってのに中身はブスのまんまだな!お前のどこが陰キャで根暗なんだよ!自分に自信も持てねーようなそんな奴、一生藤崎先輩になんか振り向いて貰えねーからな!」


言葉が、容赦なく胸に突き刺さる。


「だ…だから……リアコじゃないって…」


声は弱く、逃げるみたいだった。

自分を守るための、いつもの言葉。


その瞬間。


ビシッ!


朔也の人差し指が、真正面から陽向を指した。

距離が近い。

視線も、逃げ場がない。


「俺が、何がなんでも絶対に!お前を生徒会役員に放り込んでやる!」


その手が、今度は拳になって強く握られる。


そして天井へ向かって、高く。

まるで宣言みたいに。




「名付けて!生徒会役員になって先輩をリアコにしようぜ大作戦だーーーーー!!!!」




廊下のざわめきの中で、その声だけがやけに響いた。


陽向は、呆然と立ち尽くす。


怖い。

無理過ぎる。

ありえない。


でも。


胸の奥の、もっと深いところで。

ほんの、ほんの小さな火種が──


確かに、灯った気がした。





────────。





ゴールデンウィークの大型連休。


世間では「解放」とか「休息」とか、そんな言葉が飛び交っている頃。

星野家のリビングだけは、どういうわけか、戦場のような熱気に包まれていた。


テーブルの上には、色ペン、下書き用の紙、参考に印刷された生徒会ポスターの資料。

消しゴムのカスと、飲みかけのペットボトルが雑然と並んでいる。


「まーお前は数字が全く駄目だから会計は無理。なるとしたら書記ってところだろうな!」


朔也の声が、やけに明るく響く。


「私も自分でそう思う。」


陽向は、ペンを握ったまま小さく答えた。

否定できない。

むしろ、よく分かっている。


「だからこう、キャッチコピーは品行方正な文学生徒!って感じのやつがいいよな」


「文学生徒ではあるけど、品行方正は掛け離れてるような……」


自分の過去が、頭をよぎる。

注意されることの方が多かった小中学校。

忘れ物、居眠り、集中力の欠如。


「それっぽく見せろって事だよバカ!」


即座に飛んでくるツッコミに、陽向は思わず苦笑した。


二人は並んでテーブルに座り、選挙ポスター作りに励んでいた。

窓の外から差し込む初夏の光が、紙の白さをやけに眩しく照らしている。


「あとは公約かぁー…ありがちじゃない方が良いよなぁ」


ペン先を宙で止めながら、朔也がぽつりと呟く。

その直後、陽向の声が明るく弾けた。


「学校をもっと楽しく!」


「なんだよそれ、小学生かよ」


即、却下。


「えー…みんなが笑顔になれる学校にします!」


「お前、公約って言うのはそーゆう事じゃなくて、具体的にどんな取組みをしますっていう仕事内容みたいな事を約束すんだよ!」


「えー難しいよー!」


半分本気で、半分泣き言。

自分の中身を言葉にすることが、こんなにも難しいなんて。


それでも。


「じゃあ、ひなは…楽しくてみんなが笑顔になれる学校にしたいって思ってるって事だよな?その為に、うーん…具体的に何をすっかだよな…」


「あ、それだったら…──!」


少しずつ、少しずつ。

言葉が形になっていく。


そんなやり取りを何度も重ねながら、二人は意見をぶつけ合い、修正して、消して、また書いて。

気づけば、選挙ポスターは一枚の「それらしいもの」になっていた。


完成したポスターを見下ろしながら、陽向は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じていた。


連休中、二人はその勢いのまま、演説スピーチにも取り組んだ。

文章を考え、書き直し、声に出して読み、覚える。


イメージトレーニング。

壇上に立つ自分。

無数の視線。


考えただけで胃がきゅっと縮むけれど、目を逸らさなかった。

生徒会役員総選挙へ向けて、全力投球の日々。


バシィッ!


鋭い音が、リビングに響く。


「もっと声張れぃ!!」


朔也は、なぜか当たり前のように竹刀を持ち出し、床をバシバシとしばいていた。


「だから…いちいちその竹刀持ち出してくんのやめろっ!!」


陽向は半泣きで叫ぶ。

心臓に悪い。

音が怖い。


「腹から声出せ腹から!!」


完全に剣道部のノリだった。


喉は枯れ、脚はだるく、頭はフル回転。

それでも、不思議と「やめたい」とは思わなかった。

逃げたい気持ちは、確かにある。

怖さも、消えてはいない。


でも。


誰かが、本気で自分を前に押し出そうとしている。

それだけは、はっきり分かっていた。


そうこうしているうちに。

気づけば、ゴールデンウィークは、あっという間に終わっていった。


カレンダーの赤い数字が、元の色に戻る。


日常が、また動き出す。




────────。




五月上旬のとある朝。


朔也と陽向、二人肩を並べて校門をくぐった瞬間、陽向は胸の奥がひゅっと縮んだ。

空気が、いつもと違う。


「…うわ……これは………やばい………!」


思わず零れた声は、ほとんど悲鳴だった。


昇降口には、選挙ポスター掲示板が堂々たる存在感で設置されている。

木枠に囲まれたその板は、まるで「逃げ場はもうない」と宣告するみたいに、真正面から生徒たちを迎え撃っていた。


その周囲には、すでに人だかり。

指を差して笑う声、ひそひそと囁く声。

「この人誰?」「あ、知ってる」「かわいくない?」

そんな断片的な言葉が、ざわざわと空気に混じって流れてくる。


そして、それだけじゃなかった。


廊下。

職員室前。

生徒会室前。


校内の至るところに、立候補者の選挙ポスターが張り巡らされている。


どこを見ても、

誰かの顔と、名前と、言葉。


逃げ道は、完全に塞がれていた。


まさか。

中学時代まで“目立たないこと”、”気づかれないこと”、“透明でいること”だけを目標に、毎日をやり過ごしてきた自分に、こんな未来が訪れるなんて。


誰が想像できただろう。


何事からも逃げてばかりだった自分の名前が、初めて“前に出るもの”として、そこにあった。


胸の奥が、じわじわと熱を持つ。

怖い。

でも目を逸らせない。


「我ながら、なかなか上出来だな」


隣で同じように掲示板を見上げていた朔也が、腕を組み、満足げに言った。

その声音は軽いのに、どこか誇らしげで、迷いがない。


写真の中の自分は確かに自分なのに、今まで知らなかった“誰か”みたいに、少しだけ凛として見えた。


その時。


「陽向〜!朔也〜!おっはよー!」


背後から、ぱっと空気を明るくする声。

振り返るより早く、咲が陽向の腕に絡みついてきた。


「ねー!ポスターちょー良いじゃん!陽向めっちゃ盛れてない!?加工した?」


距離が近い。

でももうその近さに怯えなくなっている自分に、陽向は少し驚いた。


「するわけないでしょっ!でもメイクはバッチリしといた」


言いながら、ほんの少しだけ胸を張る。


「ま、カメラマンの腕だよな」


横から入る朔也の声。


「え、この写真朔也が撮ったの!?」


咲の目が、きらりと輝く。


「流石だろ?」


「ナイスぅ!最っ高!!全候補者の中で陽向がダントツ1番可愛いっっっ」


「咲、それは友達フィルター」


照れ隠しみたいにそう言いながら、陽向はもう一度、自分の名前が書かれたポスターを見上げた。






その日の昼休み。

図書室。


昼休みの喧騒から切り離されたその場所は、いつもと変わらず音が少なかった。


陽向は、いつものように窓際から一番離れた席に身を潜めていた。

背中を丸め、呼吸を浅くし、“気配を消す”という長年染みついた癖のまま、本の文字を追っているふりをする。


けれど。





「……ポスター見たよ。星野さん、生徒会立候補したんだね」





その声が、静かな水面に一石を投じた。


「………っっっ!!!!」


心臓が、文字通り跳ね上がった。

思考が追いつく前に、身体が反応してしまう。

いつものように、窓際から一番離れた位置で、ひっそり息を殺して読書していた──はずなのに。


唐突に。


先輩に、話しかけられた。


「………〜〜〜〜〜っっっ」


陽向はバッと本から顔を上げ、次の瞬間完全に固まった。


声は出ない。

喉が、閉じている。

身体だけが勝手に、まるでスローモーションみたいに、そ〜〜〜っと、そ〜〜〜っと会釈をする。


それだけで、限界だった。


「頑張ってね。応援してるよ」


ズドギューーーン!!!


言葉より先に、俊輔のキラキラ笑顔が勢いよく胸に突き刺さる。

柔らかくて、まぶしくて、どうしてそんな顔でそんなことを言えるのか分からない。


「…あ……ありがとう……ございま…す」


声は、情けないほどか細い。

それでも、必死だった。

“返さなきゃ”という一心で、命を削るみたいに絞り出した。


「星野さんって、中学で生徒会とかやってたの?」


え??

ちょ……

待て待て待て待て。



………この会話、続くの?



頭の中で警報が鳴り響く。

想定外。

未経験ゾーン。

耐久値ゼロ。


「………………。」


フリフリフリフリと。

視線を本に落としたまま、無言で首を振る事だけが精一杯だった。


「…星野さんは、本好きなんだね。いつもなに読んでるの?」


声が、優しい。

先輩を見られない。

逃げ場を奪うほど、自然。


「…ぁ…ぇっ…これ…ぁの……」


言葉が、形になる前に溶けていく。


「ん?なに?」


蚊の鳴くような陽向の声を、俊輔は、ちゃんと“聞こう”としてくれる。

それが、怖かった。


「……これは…… エリオット・グレイって…作家の……」


そこまで言った、その瞬間。


ガタッ


音がした。

俊輔が、椅子から立ち上がった。




「ちょっと遠くって声が聞こえないから、そっち座っていい?」




無理っっっ!!!!!!




ガタガタッ!!


こちらへ歩み寄ろうとする、その動きに、陽向の身体は反射で反応してしまった。

椅子から立ち上がり、逃げるように、一歩、後退。


「……………。」


「…はぁ………はぁ………はぁ………」


呼吸が乱れる。

酸素が足りない。

心臓が、肋骨を内側から叩いてくる。


ポカンとする俊輔の表情。

それを見るだけで、さらに息が詰まる。


「……僕の事………苦手だったりする?」


眉を下げながら困ったように、でも優しく笑う。


その顔に、胸がぎゅうぅっと締め付けられた。


違う。

違うのに。

そう言われると、全部が崩れる。


俊輔の言葉が引き金になって、陽向の理性は完全に吹き飛んだ。


「いやいやいやいや!!!好きです好きです大好きなんです!!もう先輩があまりにも尊くて眩しくてキラキラしてて!!近づけないんです!!死ぬんです!!キュン死するんですっっっ!!」




はっっっ!!!!




言った。


全部。


我に返った頃には時既に遅し。


朔也に初めて先輩の情報をダダ漏れさせた時と全く同じ。

パニックになると何もかも全てが口から飛び出す。

本音という名の地雷原を、自分で、全力で踏み抜いた。



静寂。

永遠みたいな一瞬。




「………ぷっ」




そして。



「っあははははは…!」




笑った。


穏やかで。

冷静で。

いつも図書室の空気そのものみたいなもの静かな先輩が。




こんな風に。

少年みたいに、声を上げて笑う事なんてあるんだ。




「…いやー……本当、星野さんには意表をつかれるよ〜…」


まだ笑いを含んだまま、柔らかく自分の名前を呼ばれる。


それだけで胸の奥が熱くなって、目の奥がじんと痛くなった。

これ以上、ここにいたら、本当に泣いてしまう。


ガシッと机の上の本を掴み、胸にぎゅっと抱きしめる。


陽向は、何も言えないまま、そのまま図書室を飛び出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ