剣聖の背中には、俺が張り付いている。 ~「背中は任せた」と言われたので物理的に合体して戦う、世界で唯一の『背負われ師』~
「カイル、来るぞ」
「分かってる。角度修正、右30度。風無し」
「了解」
短く交わされた言葉の直後、世界が反転した。
続いて、轟音。
巨大なオーガの棍棒が、俺たちのいた場所を粉砕する。
だが、その時にはもう、俺たちは空中にいた。
銀色の髪が、俺の目の前で舞う。汗と鉄、そして微かな石鹸の香り。
俺――カイルは、幼馴染であり王国最強の「剣聖」と呼ばれる少女、リズの背中に、文字通りへばりついていた。
「『加速』」
俺が呟くと同時に、リズの身体が弾丸のように加速する。
俺の両腕は彼女の首に回され、両足は彼女の腰にしっかりとロックされている。
傍から見れば、ただの「おんぶ」だ。あるいは、巨大な荷物を背負った少女だ。
だが、この体勢こそが、俺たちの最強の戦闘スタイルだった。
「そこだッ!」
リズが神速の踏み込みを見せる。
俺は彼女の動きに合わせて重心を移動し、背中にかかるGを相殺する。
同時に、左手で展開した多重障壁で、飛び散る礫を弾き返す。
リズは防御を考える必要がない。彼女の背中には、俺がいるからだ。
一閃。 オーガの首が宙を舞った。
着地と同時に、俺は『衝撃吸収』の術式を展開。リズの膝にかかる負担をゼロにする。
流れるような動作で納刀したリズは、ふぅ、と息を吐いてから、少し首を傾げて背中の俺に言った。
「カイル、ちょっと右にズレてる。肩が凝る」
「ああ、悪い。さっきの回避機動でベルトが緩んだか」
俺はリズの背中から降りることなく、専用の固定ベルトを締め直した。
これが俺の仕事だ。
俺の職業は剣士でも魔導師でもない。 世界で唯一の『背負われ師』である。
―――
冒険者ギルドの酒場に入ると、いつものように奇異の視線が突き刺さる。
無理もない。 華奢な美少女が、自分よりひと回り大きな男を背負ったまま入店してきたのだから。
「おい見ろよ、剣聖様だ」
「またあの『寄生虫』を背負ってんのか」
「情けなくねえのかよ、男のくせに女に守られて」
嘲笑が聞こえる。いつものことだ。
俺はリズの背中から降りようとした。だが、リズが俺の太ももを掴む手に力を込めて、それを阻止した。
「降りるな。床が汚い」
「……リズ、ご飯を食べる時くらいは降りてもよくないか?」
「嫌だ。カイルが離れると、背中がスースーして落ち着かない」
リズはむっとした顔でカウンター席に座った。もちろん、俺を背負ったままだ。
店員が引きつった顔で水を持ってくる。
リズ・アルジェント。弱冠十八歳にして剣聖の称号を得た天才。
だが、彼女には致命的な欠点があった。
極度の方向音痴に加え、視野が極端に狭いのだ。戦闘になれば目の前の敵しか見えなくなり、背後からの攻撃で何度も死にかけた。
さらに、日常生活でも何もないところで転ぶ。
そんな彼女が、ある日俺に言ったのだ。
『カイル、私の背中は任せた』
『分かった。後ろは俺が守る』
『うん。じゃあ、乗って』
『は?』
あれから三年。俺たちはこの「合体スタイル」を極めてきた。
俺はリズの背中に固定されることで、彼女の死角を完全にカバーし、ナビゲートし、障壁とバフで支援する。
リズは俺という「重り」を背負うことで、逆に重心が安定し、破壊力が増した(と本人は言っている)。
一応、重くはなりすぎないように重力魔法で俺の体重は軽くしているのだが、見た目の恥ずかしさは魔法ではどうにもならない。
「いつ見ても滑稽だな、お前ら」
絡んできたのは、Bランクパーティの巨漢戦士だった。
酒臭い息を吐きながら、リズの隣に立つ。
「剣聖様よ、そんな荷物は捨てて、俺たちと組まねえか? 俺ならお前を背負うどころか、お姫様抱っこでダンジョン攻略してやるぜ」
「……興味ない」
リズはメニューを見たまま即答した。
男の顔が赤くなる。
「なんだと? 大体、その男は何ができるんだ? ただ張り付いてるだけのヒモ野郎じゃねえか!」
男の手が、リズの肩――ではなく、背中の俺の胸倉を掴もうと伸びてきた。
リズが動くより速く、俺は動いた。
「『重力干渉』・局所展開」
俺は指先ひとつ動かさず、男の手首にだけ、通常の十倍の重力を掛けた。
「ぐあっ!?」
男の手が、鉛のようにカウンターに叩きつけられる。
ドン! と鈍い音が響き、木製の天板にヒビが入った。
騒然となる店内。男は何が起きたのか分からず、脂汗を流して呻いている。
「俺に触るな。バランスのいい位置で固定するのも簡単じゃないんだよ」
俺は淡々と言った。
リズが嬉しそうに、少しだけ身体を揺すった。彼女の背中で体温を感じる。
「カイル、注文決まった。オーク肉の特盛り二つ」
「はいはい」
俺たちは、周囲の恐怖と困惑の視線を完全に無視して、遅めの昼食を摂り始めた。
―――
ある日、国から氏名での依頼が入った。
北の国境付近に出現した「黒の森」。そこを根城にする魔族の将軍を討伐せよ、というものだ。
相手は魔王軍四天王の一角、『千手のアシュラ』。
無数の腕と剣技を操り、過去に二つの騎士団を壊滅させた化け物である。
黒の森の深部。 瘴気が漂う広場で、俺たちはアシュラと対峙していた。
「ククク……剣聖と聞いていたが、まさか子連れ狼とはな」
アシュラが六本の腕を広げ、嘲笑う。それぞれの手に、異なる形状の魔剣が握られている。
リズが剣を抜いた。背中の俺も、戦闘態勢に入る。
密着した背中越しに、リズの心臓の鼓動が伝わってくる。
落ち着いている。いつものリズムだ。
「カイル、指示を頼む」
「敵の剣は六本。だが、注意すべきは背中の二本だ。あれは投擲用で、軌道が読めない」
「了解。……回避は任せた」
「そう言うと思った」
開戦の合図は、アシュラからの斬撃波だった。
六本の剣から放たれる暴風のような連撃。
リズは正面から突っ込んだ。
「遅いッ!」
アシュラの剣が四方からリズを襲う。
通常の剣士なら、どう防いでも手数が足りずに肉塊になる場面だ。
だが、リズは防がない。全ての攻撃をまるで陽炎のごとく滑らかに避けた。
紙一重。
刃がリズの頬を掠めるギリギリのところで、彼女の身体が不自然に沈み込み、あるいは横にスライドする。
俺が操作しているのだ。
俺が後ろであらゆる方向に衝撃波を発生させて空間を直角に移動し、彼女自身の反応速度を超えた機動を強制的に行わせる。
言うなれば、彼女は俺が操縦する戦闘機。
そして彼女自身も、俺の操縦を完全に信頼し、防御を捨てて攻撃に全振りしている。
「な、なんだこの動きは!?」
アシュラが驚愕する。
死角からの攻撃も、俺が展開した障壁がピンポイントで弾く。リズの剣が、アシュラの腕を一本、また一本と切り飛ばしていく。
「おのれぇぇぇ! 小賢しいわ『背中の男』ぉぉぉ!」
アシュラが激昂し、全身から黒い魔力を噴出させた。
奥の手だ。六本の腕が再生し、さらに背中から巨大な影の腕が生えてくる。
全方位飽和攻撃。回避不可能な剣の檻。
「リズ跳べ!」
「うん!」
リズが真上に跳躍する。
だが、空中は無防備だ。アシュラの影の腕が、逃げ場のない空中の俺たちを串刺しにしようと殺到する。
「はっはぁ、ぬかったな!死ねぇぇぇ!」
勝利を確信したアシュラの叫び。
俺は、リズの耳元で囁いた。
「『解除』」
カチリ、と音がして、固定ベルトが外れた。俺はリズの背中を蹴り、彼女をさらに上方へと加速させ――自分は、反動で地上へと落下した。
「なっ!?」
アシュラの標的が分散する。
だが、奴の狙いはあくまで剣聖だ。影の腕はリズを追う。無防備な俺は、アシュラの懐へと落下していく。
「馬鹿め、おまけが離れて何ができる!」
アシュラが残った腕で俺を斬り裂こうとする。
俺は空中で体勢を整え、ニヤリと笑った。
「誤解してるようだがな」
俺は腰のポーチから、一本の短い棒を取り出した。
魔力を込める。棒が瞬時に展開し、身の丈を超える巨大な長柄斧へと変形する。
「俺が張り付いているのは、戦えないからじゃないんだぜ」
ドォォォォン!!
俺は落下エネルギーをそのまま乗せて、ハルバードを叩きつけた。
振り下ろしたハルバードは魔剣ごと、アシュラの両足を切断した。
「ぐがぁぁぁぁぁ!?」
俺もいざという時に一人でも戦えるように、普段からリズに稽古をつけてもらっているのだ。
たいていの魔物なら、俺一人でも倒せるくらいにはなっているであろう。
それでも合体フォームの方が強いのだから、なんだか自分が情けない。
俺は着地と同時にアシュラに重力操作をかけ、さらに動きを制限する。
「リズ! トドメだ!」
「ん!」
上空から、流星のごとくリズが降ってくる。
俺の一撃で体勢を崩し、全ての防御を剥がされたアシュラに、剣聖の全力の一撃が叩き込まれる。
一刀両断。
魔将軍アシュラは、自分が何に負けたのかも理解できぬまま、体を真っ二つにして、その場に倒れた。
―――
アシュラの死体を焼いてから、俺はハルバードを畳み、ポーチにしまった。
リズがふらふらと歩み寄ってくる。魔力を使い果たしたようで、足元がおぼつかない。
「カイル……」
「よくやった。完璧な太刀筋だったぞ」
俺は膝をつき、背中を向けた。
「ほら、帰るぞ」
「……ん」
リズが俺の背中に倒れ込むように乗ってくる。
俺は慣れた手つきで彼女を背負い上げた。
軽い。普段からこの細い身体で俺を、そして世界を背負っているのだ。
「ねえ、カイル」
背中で、リズが呟いた。
「……重くない?」
「お前が俺を背負うのに比べたら、大したことねえよ」
「私は、剣聖だから」
彼女はとんでもなく力持ちだ。俺が背中に乗っていても、空気を担いでいるようなものらしい。
「ねえ、カイル」
「なんだよ」
「さっき、離れた」
「ああ、作戦だからな」
「……もうやだ。次は離れないで」
「……はいはい」
リズが俺の首に腕を回し、頬を擦り付けてくる。
これは甘えているのだろうか。
俺は急に気恥ずかしくなって、黙々と足を進める。
「カイルがいないと、前が見えない」
「俺がいないと、お前は後ろも見えてないけどな」
「うん、だから、ずっと一緒にいて」
「……善処する」
まだまだ、こいつには振り回されることになりそうだ。
森を抜ける風が心地よい。俺たちはゆっくりと、王都への帰路についた。
―――
数日後。
魔王軍の間で、奇妙な手配書が出回っているという噂を耳にした。
『剣聖リズ』はごくまれに、戦闘中に突然分身することがある。
分身により出現する男は剣聖と比べると大して強くはないが、魔術を使ったこざかしい戦い方をしてくるため、不意打ちに注意。
ほっとけってんだ。




