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エレナ・シュバルツ

初めて体験する上下の揺れ、背中に感じるヒトの手の温度。

痺れて思うように動かない手足、目眩、じりじりと頭の中を焦がすような頭痛。

自分を抱えて誰かが走っている。

また、何処かに連れ去られるのだろうか。


「ナッチェ・・・」


と、思わず喉から絞り出された声に、自分の顔を見下ろす優しい翡翠の瞳。

エレナが意識を取り戻したのは、アイシャに抱えられて帰る道中だった。


「家までちゃんと送り届けるから」

「まだ、じっとしてて」


凛とした聞き取りやすい優しい声に安心して、エレナはまた目を閉じた。

シャアリィとナッチェは、途中で食事や薬を買うために露店を回ってくるようにアイシャに頼まれた。

アイシャは二人に見せたくなかったのだ。

エレナがどんな酷い目に遭っていたのかを・・・。


既に服としての役割を果たしていないものを脱がせて、その身体に刻まれた屈辱を丁寧に拭う。

エレナは自分の身体を支えるのが精一杯らしく、アイシャに全てを委ねている。

幸い着替えはすぐ目の前に干してある。

アイシャは、何事もなかったかのようにエレナを着替えさせる。


竈に火を入れお湯を沸かす。

髪を洗うにも、スープを作るにも、それは必要。


「ただいま」


という、可愛らしい声がして、急ぎ足でナッチェが家の中に戻ってきた。

手荷物を丁寧にテーブルに置くと、我慢していた子供らしさが堰を超えた。


「おねえちゃんっ、おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃん・・・」


ナッチェは、姉に抱きついて言葉にならないものを吐き出すように泣く。

喜びと悲鳴と嗚咽が入り交じる少女の涙声にシャアリィは思わず顔を顰めたが、文句は言わない。

今のエレナにとって一番必要なものだから。

アイシャはやり残したことがあるとシャアリィに告げ、門から外に顔を出す。


「ちょっと密告に行ってくる」

「小一時間で戻るから、心配しないで」


シャアリィはエレナ姉妹から、今、離れるわけにはいかない。


「本当に世話焼きね」

「私達は神様じゃないんだから、皆を助ける必要はないのよ」


見えなくなった背中に、愚痴をぽつりと呟いた。


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