崩壊への序曲
年明け四日目から、アレックス達は店を開ける。
黒猫のテラスも同日からオープンだったらしく、ようやくアレックス夫妻にも朝の平穏が訪れた。
が、陽が昇り始め、店の仕込みを初めて間もなく、見知らぬ男が店に現れた。
「お客さん、うちは落日からが開店なんで、また夕方に来てもらえないっすかね」
と、なるべく愛想良くアレックスが出直せと伝えたが、男はそのまま店の中に。
「元冒険者、ザックパーティ所属のアレックスさん、オルチェさんがこちらにいると」
アレックスは、無遠慮な男の頭の先から爪先まで眺める。
「アレックスは俺、オルチェは女房だが、冒険者稼業はとっくに引退、廃業さ」
「もう、潜る気も、戦に出る気もない」
「装備も残ってなければ、リーダーも死んだ」
「用は済んだろ」
そう言って、アレックスはひらひらと掌を振って帰れと合図した。
男はそれに動じることなく、紋章入りの一枚の紙を差し出してアレックスの鼻先で広げる。
「レリットランス迷宮、最終攻略パーティ編成局です」
「お二人に直属部隊への招集礼状が出されました」
「必要装備などの心配は御無用です」
アレックスは、無意識のうちに声を荒らげて反論する。
「俺達の意思は無関係ってことか」
「しかも、その礼状は俺達に死にに行けっていうのと同じだ」
「死ぬのが嫌で冒険者から足を洗ったのに、今更、死ねってか」
「民間から徴兵する前に、領主軍の腕利きを出せよ」
男はアレックスの言い分を無視して、続ける。
「一週間後の土曜正午に冒険者ギルドに出頭願います」
「繰り返しますが、これは領主令です」
「奥様にもお伝え下さい」
男は静かにドアを締めると、足早に立ち去った。
アレックスは、テーブルに残された礼状を引っ掴んで冒険者ギルドへと走った。
同じようなことが多数あったらしく、冒険者ギルドは大混乱の渦中だ。
「領主は何を考えているんだ」
「領主軍でやればいいのに、何故、引退した冒険者を集める必要がある?」
「撤回がなければ、この街から人が沢山逃げるぞ」
「もう、レリットランスでは暮らせない」
「冒険者ギルドは、この横暴を見過ごすのか」
「アイシャとシャアリィは何をしてるんだ」
「俺は、冒険者をやめて街を出ることにする」
商業ギルドでは既に年が明ける前から準備に入っていたが、それは他のギルドには知らされなかったようだ。
露店の物価が跳ね上がり、新年開くはずだった店の多くが閉じたままだ。
在庫のあるうちは商いを続ける店もあるが、大店は既に撤退したようだ。
領主は選択を間違えた。
早晩、レリットランスの街は崩壊する。
このままでは暴動も起きるだろう。
その猶予はあまりにも短く、午後には、暴動が発生した。
積荷を満載した行商人の馬車が検閲として止められ、荷を全部降ろされたのだ。
それも一つ二つではなく、全ての行商馬車が積荷の持ち出しを禁じられた。
検閲所の横暴を咎めた商人が、番兵に殴打されたことで商人の怒りに火が点いた。
群衆が武器を手に検閲所を包囲した所で、衛兵隊が駆け付けた。
だが、それが騒ぎを大きくする。
既に街の治安維持機構は崩壊し、関係のない略奪まで起きていた。




