蛇が出るか百足が出るか千本足が出るか
シャアリィが初撃の巣穴に選んだのは、最も傾斜の大きな巣穴だった。
巣穴はどれも途中から意図的に屈折させられているため、奥を一目で確認することは出来ない。
それならば、最も有効な水量が届く穴を選ぶのが正しいと判断したのだ。
傾斜の下で待つアイシャに手を振り、高く突き上げた左手の指をひとつづつ折り畳む。
右手には愛用のワンドが握られ、その先端は巣穴に突っ込まれていた。
ショット5発分を込めたウォーター・キャノン。
「作戦開始」
ウォーター・キャノンを撃ち終えたシャアリィが、そのまま斜面を滑り降りてくる。
平地に足が付くのと、巣穴から千本足が顔を出すのは、ほぼ同時だった。
気温がまだ低いせいもあり、シャアリィを見つけた千本足がスルスルと近づいて来る。
「まずは二、三本頂こうか!」
すれ違うように斜面を駆け上がってきたアイシャが、千本足の左側を片刃剣を構えたままで駆け抜ける。
一瞬遅れて宙に舞う、太い枝のような千本足のかぎ爪付きの足は、四本。
千本足は進路をアイシャに向け山の斜面をうねりながら器用に這い回る。
シャアリィの目の前に転がる、紫色の体液が生々しい黒い足は、痙攣しながらも、まだ動いている。
身体のどれくらいが露出しただろうか、まだ、見当は付かない。
だが、巣穴から伸びる千本足の体躯は既に七、八メートルはある。
追ってくる千本足の胴が残る巣穴に向かって、アイシャが両手で剣を突き立てた。
恐らく腹部が見えていたのだろう。
派手に飛び散る紫色の飛沫、そして千本足の口から甲高い叫びが発せられた。
その叫びは可聴域を超え、脳に直接響く。
アイシャもシャアリィも平衡感覚を失い、その場で転倒しかけるが、器用に剣とワンドを振るい、直立を維持した。
激しく身体を左右に降って、千本足はまるで痛みを訴えているかの如く、大顎を開閉する。
次の瞬間、他の巣穴から二つ目の頭が顔を出した。
二体は感覚を共有しているかの如く、狙いを最初からアイシャに定め、もう一つの胴体が斜面を垂直に登ってくる。
アイシャは先程と同じようにすれ違い様に、二体目の左側から足を二本斬り落とす。
二体目の動きは巨体を垂直に重力に逆らっている為鈍い。
反対側に周り右側面の足を次々とぶった切るアイシャの剣は、既に全体が紫の体液に塗れ、多少切れ味が落ちてきたようだ、が。
ついに、二体目は山の斜面で体躯を支えきれずに落下し、その全容を晒した。
全長約二十メートルの巨大なワーム型生物。
しかし、驚くべきは胴体の両端に頭を備えていることだった。
落下した千本足は、既に右側の二割に近い足を失いながらも、その生命力は衰えを見せない。
身体を波打たせ、頭部を振り上げて地面に叩きつけると周囲一体が衝撃で揺れた。
斜面の上から落石が降り注ぎ、さすがのアイシャも距離を取らざるを得ない。
シャアリィは衝撃で転倒しながらも、辛うじて落石を避けきった。
先程、アイシャに腹を刺された千本足も、巣穴から這い出し、その全容を晒している。
隠れていた先端にあるべき、もう一つの頭部は途中から千切れて存在しなかった。
もしかしたら幼体の頃に失っていたのかも知れない。
これが、三つの頭全ての全容だった。
アイシャがそれを見届け、シャアリィが知らない魔物の名前を口にした。
「『ツインヘッド・ワーム』だったのか」
その魔物は、本来二メートルにも満たない。
砂漠、荒地の地中深くに生息し、ほんの短い雨季にだけ地表に現れ、繁殖活動を行う比較的大人しい魔物だ。
栄養素に乏しい砂漠地帯に適応するように、食物を取り入れる頭を増やすという奇妙な進化。
普段から激しく動き廻るようなことはしない待ち受け型の捕食者。
雨季とその後二ヶ月程度は、地上付近で狩りをする傾向があり、それ以外の時期にはまず見かけることはない。
目は退化しているが、振動を介しての集団行動を取ることが出来る。
本来、この場所のような肥沃な土壌にはいない。
恐らくは馬車に付着した土の中にあった卵が、砂漠を超えて運ばれてきたのだろう。
環境に適応出来た個体数が少な過ぎて、たった二匹だけが長い年月を生き永らえた、それが一番、『らしい』見解だ。
正体は知れたし、思ったよりも危険度は低い。
だが、依然として百年以上を生きた生命力に陰りはなく、先程刺した腹の傷も既に癒着している。
が、さすがに足はすぐに生えてきたりはしないようだ。
それにしても、掠っただけでも大量出血は免れない足が数百本、それに加えて鉱物質の硬い岩盤に巣穴を掘れる程の大顎。
そして、圧倒的な質量。
これを倒すには実力以上のものが必要だ。
アイシャとシャアリィには、限られた魔力、武具、体力しかないのだから。




