過去の因縁
イザベラとロザリーの間に何があったのか?
実際の所、大きな衝突は一度もない。
ただ一度だけ、イザベラの逆鱗にロザリーが触れたと思われる事件。
それはシュベルド子爵からの正式な財産分与が発表された日の出来事だ。
「野良犬が首輪を与えられたからといっても、所詮は駄犬」
「教会に大した額の寄付もしていないのに早速主気取りとは片腹痛い」
本来であれば教会関係者がこのような物言いをするべきでも、許されるべきでもなかったが。
まだ一端の修道女でしかなかったロザリーを咎める者は誰もいなかった。
名家の家督を捨て、神の家に住まい、日々、鍛錬と奉仕に明け暮れるような少女だったロザリーは、教会にとって模範的な修道女であり広告塔、奴隷娼館育ちのイザベラと対比するまでもなかったのだ。
「その顔、その声、しかと覚えた」
ただ一言に全てを込めてイザベラは呟いた。
互いに認められるはずのない相手であり、機会があれば間違いなく殺し合う二人。
だが、まだ、その機会は訪れてはいない、だけ、なのだろう。
かつて二人の関係は日増しに悪化の一途を辿っていた。
拍車を掛けたのは迷宮を巡る二つの書面だ。
既に解散しているが、当時、迷宮に潜り始めたばかりのロザリーには、護衛修道士が十人程ついており、真蒼旅団を名乗っていた。
群青の揃いの正衣に身を包み、破竹の勢いで迷宮探索を繰り広げた。
僅か七日で三層までの全ての領域を踏破し、一時的にだが、そのエリアは資源が完全に枯渇した。
迷宮の再生力が人間の冒険者に圧されるという稀有な事態に地元領主の一角を担うイザベラは声を上げ、
『資源再生猶予特別措置』
を、冒険者ギルドに提案するに至った。
冒険者ギルドもロザリーに警告を与え、自重を求めたがその反撃は実に強烈なものだった。
『迷宮踏破加速令』
枢機卿署名入りの教会令状の公布。
『諦めの迷宮』をなんとか踏破しようとして既に五十年以上が経過し、その終端すら見えぬ以上、理屈の上で正しいのは教会だ。
たかが浅層域を殲滅した程度、先を考えれば生温いという主張。
しかし、冒険者ギルドの中には未だに深層領域に至れない者のほうが遥かに多く、このままロザリー達が魔物という資源を根こそぎ狩り尽くしている間、半数の冒険者は食い逸れる。
ザグレブホーンには、フィールドにも多数の魔物が存在するが、その殆どは極寒の地上世界に適応出来る一芸に秀でた魔物ばかりだ。
迷宮の浅層と比較すれば危険度はかなり上になる。
ザグレブホーンから離脱する冒険者が増えれば、この地域での経済活動にも支障が及ぶ。
そこでイザベラは、まだ非力な冒険者のためにフィールドでの狩りを習得させることにした。
だが、それは簡単ではなかった。
スノウ・ウルフの群れと遭遇すれば何十人もの犠牲を出し、訓練中の悪天候さえもが冒険者の敵となった。
結局、冒険者による経済維持よりも、漁業や林業、農耕畜産を支えることで経済を維持することになった。
冒険者の流出を止めるにも、ナセルバという巨大な新迷宮が発見されたからだ。
イザベラにしてみれば、ロザリーは己のためならどんな犠牲も知ったことではない腹黒い女。
ロザリーにしてみれば、教会に歯向かう愚か者の汚らしい元娼婦。
それが現在までの遺恨を持つ大きな理由だ。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
そういう感情は、ずっと続いている。




