巨人の猛攻
あの『彫像』の攻撃でさえ凌いだアイシャが、たった数センチの雪で無様なダンスを強いられる。
ブーツの底は、常に安定しているわけではなく、摩擦や隠れた凹凸が達人の域に達しているアイシャの歩法を鈍らせる。
「クッソがぁ!」
明らかな準備不足だ。
やはり、アイシャはフィールドでの戦闘であるという利点を必要以上に加点していた。
視界を遮るものさえなく、ただ眼の前の出来損ないの亜人を葬れば事もなし、そう、タカを括っていた。
普段の超然たる戦士のアイシャは、そこにはいない。
そこにいるのは、ただ、この無様な戦端からどうやって戦局をひっくり返すかということに牙を剥き出しにした獣。
否、本物のアイシャは、こっちのほうなのかもしれない。
無骨な枝を払っただけの手製のメイス、アイシャはハイランド・オーガの武器をそう読み取っていたが、実際には異なる。
そのメイスは、長い年月を掛けて水分を飛ばした至極真っ当な『木材』を用いたものだ。
彗星棍の一撃、ただの原木の棒切れならば弾くことは叶わない。
ハイランド・オーガが嗤った。
「げひゃひゃひゃひゃひゃ」
戦いの最中で嗤うという行為は、多くの場合、自らの死に直結する。
それは完全に相手よりも自分が強いを錯覚した時に、自然とこぼれ落ちるものだからだ。
だが、今はどうだろうか。
アイシャが高らかに名乗りをあげた所で、或いは、鵺斬を抜刀した所で、ハイランド・オーガにしてみれば何時もと同じ狩りの一つだ。
つまり、彼らの嗤いはアイシャをただ侮辱し、粋がった雌がのこのこ狩られに出てきたと、そういう嗤いなのだ。
最初の一頭に釣られ、待機していた二頭も、同じように嗤う。
それどころか、アイシャを眼の前にして戦闘に入っていない二頭は十分な距離を取ると、そこに胡座をかいて座り込んだ。
アイシャも、当然、それが侮辱であり、それが亜人から自分への評価だということを無視出来なかった。
人間の胴体程の素朴な荒削りのメイスが、轟音を立ててアイシャに迫る。
しかも、わざわざ頭部を避けるように、手足のみに攻撃を集中させている。
オーガも、オークやゴブリンと同様に非常に性欲が強く、また、繁殖力、交雑力も図抜けている。
恐らくはアイシャを生け捕りにした上で、慰みものにしようと画策しているのだろう。
実際、オーガの攻撃は凄まじいが、致命傷となるような体の中心は一切狙っていない。
それでも、アイシャの腕の太さにも満たない彗星棍では、太刀打ち出来ず、結局、鵺斬を抜刀することになった。
その鵺斬でさえも、敵の攻撃を垂直に受ければ当然刃は巨木とも言えるメイスに突き刺さり、パワーで分のないアイシャは片刃剣を失うことになるだろう。
あくまで、垂直での受けを避け、さらには嵐のような敵の出鱈目な攻撃を凌ぐしかない状況。
たった一頭のハイランド・オーガでさえも、近接で打ち合えばこれだけ手強いのか、と、改めて思い知らされる。
これでは他のオーガが手を出すまでもないという、奥歯が割れかねない程の屈辱を与えられても仕方あるまい。
むしろ、敵が散歩気分であることはアイシャに僥倖なのだ。
これが雪解けすぐの繁殖期であれば、我先にと一度に数体のハイランド・オーガが飛び込んでくるのだから。




