雪原の巨人族
北の大地では、少し山を昇りさえすれば万年雪に辿り着く。
標高で言うならば二千メートル程度でしかないのだが、落石と山肌に生えた針葉樹以外に風を避ける物がない。
この場所では日光による地表へのエネルギーよりも、気流によって損なわれる熱のほうが大きいのだろう。
それでも、風がちょうど避けられるような場所ならば、ひだまりの熱を僅かながらに感じることも出来る。
勿論、真夏に近い数ヶ月の間に限られるのだが。
そんな場所でさえも、生物・・・魔物は存在する。
アイシャが今回、単独で向かったのは農場の家畜に被害の出るハイランド・オーガだ。
危険度はワイバーンよりは若干下回るが、それでも単独で危険度10・・・相当のベテランでなければ会敵すれば命はない。
家畜以外にも稀に人的な被害も出る凶悪な魔物ではあるものの、出現を予測するのが比較的容易であるため、被害自体は少ない。
不幸な条件が重ならなければ、大抵の場合、会敵する前に逃げ果せる。
ハイランド・オーガ・・・高地に生息する鬼族亜人は、亜人の中でも文化レベルはそれ程高くはない。
戦闘で使用する武器は、木製の武器或いは、農夫から奪った農具の類程度の武装。
勿論、ゴブリンと同じようにメイジ、シャーマンのような変異種もいる。
中には、名有りとまではいかなくても、『三日月』のような呼称有りの超弩級クラスも存在する。
武装が脆弱である反面、その生体の防御力に関しては尋常ではない。
吹雪の中でさえも行動出来る程の低温耐性、雪氷を凌ぐために進化した分厚い表皮は黒く雪焼けしている。
人間の倍以上の巨体には、防具はお粗末としか言いようがなく、多くの場合、ヒグマやそれよりも更に凶暴なハイランド・ベアー皮を纏う。
お世辞にも防寒性能に優れている衣類ではないが、それらの動物の皮は総じて固い。
そんな相手を日頃から、狩れるだけの能力は十分に持ち合わせているということだ。
並の冒険者の刃では、彼らの衣服を裂き、負傷させることは叶わない。
強力な装甲とも言える天然の鎧の下には、圧倒的なスタミナを生み出す皮下脂肪。
そして、その鈍重な体躯を十二分に駆動するだけの想像を絶する骨格と筋力、それを支えるだけの魔力を備える。
ただ、アイシャにしてみれば大規模な群れに囲まれない限り、圧倒的な不利に陥ることはないだろう。
シャアリィとアイシャが倒したレリットランスの主、『彫像』に比すれば、赤子とまでは卑下しないが、素人同然。
問題は、アイシャの攻撃力が何処まで通用するかということだろう。
シャアリィならば、ストーン・バレットによる内部破壊は勿論、コラプションやカース・シャドウがある。
それは接近するよりも先に、既に勝負を決するだけの戦闘力だ。
だが、アイシャには居合斬り、体術、自己エンチャント、魔力集中による防御。
武装にしても、鵺斬、彗星棍ならば当然通用するが、先制に使用する弩弓で仕留めるには相当の腕前が必要。
それを供えているからこその単独行。
これから数ヶ月の間は、この地域でハイランド・オーガ討伐のクエストがある。
秋になって本格的に積雪が残るようになれば、もう、人間の手ではハイランド・オーガを狩ることは難しい。
ハイランド・オーガの眼は、動く獲物だけでなく、熱を発するものを捉えることが出来る為、吹雪の中ではクラス3のパーティでも討伐は難しくなる。
つまりは、夏の間に少しでも数を間引いておこうという算段なのだ。
「いた」
思わず口から溢れたのは、初戦の相手にするには少々難しいかもしれない三体の群れだった。
しかし、躊躇することなどない。
短い呼吸を吐き出すと同時、アイシャは三節棍を振り上げながら接近する。
目測位置まで踏み込んで上から彗星棍を叩きつければ、まずは一頭・・・
予測の範疇には一応入れてあるものの、まさか、ハイランド・オーガが自分の攻撃を武器を用いて捌くとは。
彗星棍の尖端速度は、音速にも匹敵するというのに・・・だ。
(相当に戦い慣れているな・・・)
侮っていたわけでもなく、必殺の一撃を叩き込み、それが叶わなかったことに歯噛みする。
否、焦りはあるだろう。
この場所、この相手くらいで手間取っていてはシャアリィの相方など務まるはずもない。
それ所か、ここから生きて帰ることさえ困難になる。




