美味しい酒を呑むために
暫く時が経ち、弱々しい日差しさえもが完全に闇に落ちた頃、シャアリィは宿に戻ってきた。
シャアリィには何時ものような勢いはなく、おずおずと扉を開けるような、らしくなさ。
「ただいま・・・」
その言葉の端切れの悪さは、明らかにアイシャの反応を待っているもの。
それに対して、アイシャは用意していた言葉をシャアリィに投げ掛けた。
「おかえり・・・外、寒かったでしょう?」
「食事は済んでいるの?」
「まだなら、何か食べにいきましょうか?」
そう問われれば、シャアリィの答えも限定される。
肯定か、否定か。
「そうね・・・静かだと気分も滅入るし、程よく騒がしい酒場にでも行こう」
シャアリィの瞳には、もう、アイシャの姿は朧げにしか映ってはいない。
だが、それでも、まだ、言葉の何処かにアイシャへの気持ちが残っているように思えた。
「口の滑りが良くなる術式・・・か」
オルチェと知り合って最初に一緒に食事をした時、彼女は『酒』のことをそう言った。
たった一年前のことが二人には随分遠く感じられる。
それだけ、何時も一緒にいたのだから当然だろう、が。
シャアリィがこの先の二人について口火を切った。
「私は、アイシャに謝らなければいけない・・・」
「いつの間にか手段と、目的が逆になっていた」
「私はアイシャと共にあれるなら、そこが地獄でも何処でも構わないって思ってた」
「そう・・・共にあれるなら、ね」
浅い溜息が漏れる。
「共にあるって、ただ一緒にいることだけだったはずなのに、それ以上を求めてしまった」
「これは、私の我儘だよ・・・でも、もう、それ以外に生きる方法がわからない」
「楽しく呑みたいからね、最後になるかもしないし・・・」
「ここで、わだかまりは精算しておきましょう?」
ここからの言葉は、或いはこれまでの時間は、巻き戻らない。
「私たちは互いに見失ってしまったものを探しながら、此処では別々に行動をする」
「それが私からの提案なんだけれど、アイシャはどう思う?」
二人にとっては、初めての選択。
だが、もう解答は示されていて、アイシャの脳裏にはあの日、あの時の、凄惨な光景が焼き付いている。
盾を引き受けていた大男の背中越しに見た猛獣と呼ぶことさえ馬鹿らしい化け物。
省みることなく、大盾を地面に突き刺して、
「皆、即時撤退、即時離脱、ここで俺達のパーティは解散だ」
そう、叫んだマッカーシーの声。
直後放たれたアイスランスとフローズンダガーの嵐。
解散も何も、誰が生きていて、誰がやられたのかさえわからない中、独り気配を殺したのだから。
背中で響く硬質な氷結音をただ、数えて、自分以外の者が助からなかった、と、だけ。
アイシャは即答する。
「私も・・・そう思っていた」
「このままでは、互いに良いことはない」
「私は見落としていた何かを探す・・・もう、心当たりはあるけれど、それは私の問題だ」
「つまり、シャアリィと出会う前の因果を精算するために、あなたに頼るつもりはない」
「あなたが私のために命を賭けてくれることに今まで甘えていた」
「でも、今回に限っては、私はそれを望まない」
アイシャの言葉に、シャアリィは眼を合わせることなく返事をした。
「そっか・・・」
「私もね、この命、この思いよりも、自分にとって大切なものがあるのかを知る必要がある・・・と、思う」
「アイシャでなければ駄目な理由は、私の弱さなのか、それとも本当の願いなのか、を」
互いに久しぶりの笑顔を見たのは、随分、前の気がするが、完全な崩壊の前に踏み止まることは叶った。
相変わらずなのだな、と、そして、やはり、一緒にいたいという心の内も知れた。
しかし、それは今ではないという、確信も。




