知らない街
「ただいま・・・随分長い間放っておいてごめんね」
「今日まで何とか生き延びてきたよ」
「こんなこと自己満足の欺瞞だってわかってるけれど・・・」
アイシャは、あの日のように白い大輪の薔薇を五つの墓標に供える。
シャアリィは、今のアイシャならば、もっと上等な花束を用意することだって出来るのに、と、不思議に思う。
勿論、アイシャがそうすることには理由があるのだろう。
自分がそれに口を挟む理由は何もない。
キャラバンの客車を降りて、花屋に向かい、そのままの足で墓地に来た。
日照時間はあの日よりも随分長く、落日までには数時間の猶予がある。
少し離れた場所から、シャアリィはアイシャの後ろ姿を視界に捉えたまま、ほんの少し視点を泳がせる。
レリットランスの教会よりも、ずっと大きな教会であるにも関わらず、他には誰もいない。
やがて、アイシャが振り向いて立ち上がり、
「お待たせ」
と、微笑んでシャアリィと並ぶ。
強い風が吹いたなら、すぐに何処かに飛んで消えてしまう薔薇の花。
まるで儚い冒険者の人生を暗示するかのような場面に、シャアリィはアイシャの手を握り、それを目の当たりにしないように踵を返し、アイシャの手を引く。
見覚えのある通り道。
迷宮から逃げ延びて転がり込んでいたアイシャの宿には、既に新しい住人が住んでいるようだ。
小さな鉢植えが窓際にぽつんと飾られている。
どうして、こんなことを自分はアイシャに勧めたのだろうか。
アイシャの心は僅かでも軽くなったのだろうか。
シャアリィは自分の偽善者ぶりに、失笑混じりの短い溜息をついた。
夕闇が迫るとまだ肌寒く、暖かいモノを口に入れたくなる。
夕食までには少し時間があるのだから、先に泊まる宿を探したほうがいい。
アイシャの手を離さないように、宿屋と酒場が多い通りを歩く。
「私が決めてもいい?」
今日に限っては口数の少ないアイシャに、わざと明るくシャアリィが問い掛ける。
出会った頃の大人しいアイシャそのままのような微笑みで、小さな首肯が返ってくる。
小綺麗な改装したばかりの宿屋を目敏く見つけ、シャアリィは、
「あそこが良さそうだね」
と、同意を求める。
アーシアンの街並みは殆ど変わっていないのに、知らない街に来たような錯覚。
否、シャアリィは知らなかったのだろう・・・一人で街をぶらついたことなんて記憶にないのだ。
「ダブルか、ツインの部屋を一泊」
「湯の追加が出来れば、それもお願いします」
鍵を受け取り案内された部屋は、文句のない良い部屋だ。
二人は背中から荷物を降ろして掃除の行き届いた床の上に置く。
ダブルの大きなベッドに行儀悪く飛び乗ることもせず、そのまま部屋を出て、次は食事の出来る場所を探しに行く。
こんな夜に二つのベッドに別れて眠らずに済むことだけが、シャアリィの気持ちの拠り所だった。




