楽しかった?
硝子瓶に入った黒い液体は、何度口にしても慣れることはないだろう。
それでもシャアリィの表情には余裕があり、銀色の包みからチョコレートを取り出して口に含む。
『彫像』は、尋常な剣士の如く、盾を前に突き出し半身に構え、その太刀筋を隠蔽する。
それはカウンターの姿勢であり、アイシャの剣を封じて見せるという挑発だ。
アイシャはそれを理解した上で、鞘込めのままでにじり寄り、『彫像』の予想を上回る居合の斬撃を見舞う。
ミヤマの特級刀剣鵺斬に疾風の加速が乗った斬撃の前では、凡庸な盾など薄紙に等しい。
盾の上を滑らせて捌いてからの一撃に賭けていた『彫像』の目論見は外れた。
こうなっては『彫像』に、アイシャの斬撃を防ぐ手段はない。
『彫像』は、コラプションを無力化するために魔力の大半を使った上、カース・シャドウの影響から完全には抜け切っていない。
霞んで曇る視界の中で、一撃を狙う姿は武芸者のそれであり、既にシャアリィとアイシャの勝利は揺るがないと知りつつも、まだ、足掻く執念は凄まじい。
体中から赤黒い血を垂れ流しながらも、ただ一つ残った腕に握り締めた剣を振り回し、片足を引き摺りながら、アイシャをひたすらに追う。
「お前の名を聞いておきたい」
アイシャは、何時朽ちてもおかしくない敵に、最大限の敬意を払い、そう申し出る。
『彫像』は、その声に歩を止め、首を横に振り、
「敗者に名乗る名などないさ」
「楽しかったよ、アイシャ・セロニアス、シャアリィ・スノウ」
ついに足を止め、膝をゆっくりと折り、最後に残った腕の力が抜け、剣を床に落とす。
アイシャは目を細め、容赦のない踏み込みで『彫像』の喉笛を貫き、横薙ぎで首半分を切り裂き止めを刺した。
自身は血塗れになりながらも、鵺斬を血振りし鞘に収めたアイシャの手が震えている。
血溜まりに膝を折り、恍惚とした表情は緩み、口元には満足な笑みを浮かべた。
死線を越えた戦いの終結に相応しい地獄絵図。
ゆっくりとシャアリィはアイシャの髪を撫でて、
「楽しかった?」
と、意地悪く耳元で囁く。
アイシャは、その声で我に返る。
「酷い有様だね・・・毎回、死にそうになる度に思うんだけどさ」
「これしか上手に出来ないんだから仕方ないね」
シャアリィは、大きな声でエドワードを呼ぶ。
「終わったよー、これでレリットランスの迷宮の踏破は私達のものだ」
「最後の仕上げがあるから、こっちに来なよ」
エドワードは泣きそうな顔をしながら、地獄の果てに足を踏み入れて、こりゃすげえなぁ、などと感想を漏らす。
「アイシャ、最後のお仕事」
「魔石の回収だよ」
と、アイシャにダガーを手渡して、シャアリィが笑う。
「抉り出すまでが遠足です」
「アイシャちゃん、上手に出来るかな?」
さすがのアイシャもブチ切れた。
「シャアリィが、抉ってきてよ」
「私だけ血塗れなんて、不公平じゃないか」
突き返されたダガーを手にシャアリィが、ブツブツと文句を言いながら魔石を抉り出す。
「おお、なかなか、いい色じゃん」
その手には、明らかに人工的な球体の濃いオレンジ色の魔石があった。




