雨のウィトプラナ
シャアリィは雨が好きだ。
水属性の術式保持者であるということとは別の理由がある。
雨には音がある。
自分の胸の中には音がない。
静寂の中にいると、時折、不安になる・・・自分が本当はもう、この世界の何処にもいないのでは、と。
雨が降っていれば、そんなことは気にならず、楽しい気分でいられる。
身の周りに漂う埃が落ち、雨上がりに陽が差せば虹を探す楽しみもある。
雨の雫がしっぽに纏わり付くのに我慢ならず、不機嫌にしっぽを振るアイシャを見るのも好きだ。
そういう時のアイシャは普段の癖で索敵をするために耳を忙しなく動かすのも可愛い。
馬車の幌を打つ雨の音が心地よくて眠くなる。
旅の移動中は、二人一緒に眠ることはない。
シャアリィが眠そうにすれば、アイシャはずっと起きている。
シャアリィが目を覚ませば、今度はアイシャが休息を取る番だ。
もうすぐ馬車はウィトプラナに到着する。
日暮れまでに良い宿を探さなければ、粗末な固いベッドで背骨を軋ませることになる。
宿の争奪戦に遅れない為にも、到着前には下車の準備をしなければならない。
普段ならばアイシャがひとっ走りすれば事足りるが、今日は生憎の雨だ。
一人だけ雨の中を走らせるのは酷というもの。
「アイシャ、私も一緒に降りるから急がなくてもいいよ」
「泥濘で転んだら、着替えも用意しなくちゃいけないしね」
シャアリィは二人分の防水布を取り出し、アイシャに手渡す。
僅かな時間のためだけに傘を持ち歩くのは邪魔なので、旅をする者は防水布を持ち歩くのだ。
「この雨だ」
「湯がある宿なら、もう、何処でも構わないよ」
「さすがに湯の追加料金をケチるような身分でもなくなったしな」
アイシャは、アーシアン本国からレリットランスに着いたばかりの頃を思い出す。
二人とも心が荒んでいて、それでもフローズン・ドラゴンを倒すという目標に真っ直ぐだった。
物質的に豊かになって、心に余裕が出来ても、それは頭から離れなかった。
最初は少し距離を詰めるにも、随分と時間が掛かったのに。
あれから一年と少し、自分達の旅も折り返しを越えたと言える。
シャアリィは、そんなアイシャの心を読むように先に馬車を降りて、アイシャに手を差し伸べる。
「アイシャは、寒いのと、雨は嫌いだもんね」
「今日は私がエスコートする日だよ」
少し冷たいシャアリィの手が、少し体温の高いアイシャの手を握る。
軽い身のこなしで、泥を跳ねさせないように着地点を見つけてアイシャも馬車を降りる。
シャアリィが優しくしてくれるなら、雨も悪くはない。
アイシャは、そんなことを考えて、何時もの雨よりは気分良く歩き出す。
次の瞬間、シャアリィが泥濘に足を取られて二人で転びそうになったという所までが、お約束だ。




