オープニング
ひとりの駆け出し冒険者に死が迫っていた。
シャアリィ・スノウ。
僅か十一才にして氷結属性魔法術式に覚醒し、十三才には五つの術式をマスターした。
その後、さらに五つの水属性術式を習得。
ありきたりな言葉で言うならば、天才的才能を持った少女だ。
両親を亡くしたのは彼女が五才になる前。
親類縁者もない辺境の孤児院出身。
社会なんてものをまだ理解していない彼女が、人並みの糧を得るには冒険者稼業しかなかった。
幸いなことに素養に関しては申し分ない。
水属性の魔法ならば使い手は数多いるが、氷結・・・つまり水を瞬時に凍らせる者は少ない。
精霊に好かれる者が力を借りて周囲の水を集める魔法と、精霊を服従させ濃密な水分を凍らせる魔法。
どちらが難しいかなど、比べるまでもない。
そして十五才で成人として認められ、冒険者章を得る。
好きな時に迷宮に潜り十分な成果を持って帰れば、暫くは自堕落な日々を送るような生活を始めて半年。
彼女は明らかに増長していた。
身の丈に合わない単独行の末、迷宮の奥に嵌る。
初心者にありがちな無謀。
アーシアンの迷宮は連合国の首都近郊という華やかな土地柄もあり、出入りする冒険者の数も多く、シャアリィのような若者は珍しくもなんともない。
最初の冒険で命を落とす者なんて記憶に残らない程いるのだ。
彼女も・・・迷宮というものをわかってなかった。
一歩、迷宮に踏み込めば、そこが異界であるということを。
否、わかったつもりになっていた。
この半年ですっかり舐めてしまっていたのだろう。
生意気なルーキーを導いてくれるベテランに巡り合わなかったことも不幸だった。
強力な氷結術を振るう彼女は、ピクニックでもするかのようにクエストをこなし、序盤の迷宮を攻略してきた。
最深部と言われている地下七階の未踏領域までは、まだまだ先がある。
今日の目標は、既に誰かが踏破した六階までを地図と照らし合わせながら確認することにしよう、と、彼女は決めていた。
地下五階の階段の踊り場を後に、角を一つ曲がった瞬間。
彼女の死神は正面の通路に現れた。
アーシアン程の迷宮ならば、最深部には複数いると噂されている龍種・・・そのうちの一種フローズン・ドラゴン。
「なんで・・・最奥でもないのに・・・こんなのが・・・なんでここにいるの?」
思わず悲鳴と疑問が入り混じった言葉が可愛らしい口から溢れた。
フローズン・ドラゴンは、全長こそ人間の三倍程度だが、その危険度は最低でも150以上。
メンバー平均レベル100に近いベテランパーティーが1ダース集まって消耗戦を仕掛け、ようやく五分に持ち込めると言われる相手。
その討伐は過去一例しかない。
龍種は魔法耐性が著しく高い上に、体力も桁外れ、その上知能も高く、動きも素早い。
最悪中の最悪なことに氷結使いのシャアリィとは属性が被る。
それは事実上、シャアリィにとってフローズン・ドラゴンに手傷ひとつ負わせる手段がないことを意味した。
副武装のダガーで戦うにも、近寄るだけで命が凍る。
(逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ)
恐怖で竦み震える足は、彼女の意思に反して動く気配を見せない。
ピシピシと周辺の石畳が凍り着く音が聞こえる。
ようやく足が動くと感じた瞬間、既に手遅れであることに気付く。
フローズン・ドラゴンの体躯からは猛烈な冷気が奔り、シャアリィの膝下は氷結し、石畳の床と同化していた。
氷結属性同士であれば相手の冷気をある程度中和することも可能だが、如何せんレベルが違い過ぎる。
しかも、シャアリィは攻撃全振りに近いスキル構成であるため、氷結に対する防御スキルを持っていない。
このままでは背を向けようと体を捻っただけで、足は砕け折れるだろう。
しかし、あと二歩もフローズン・ドラゴンが近寄れば、足だけでなく全身が氷像と化す。
(どうしてこうなった)
(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)
愛らしい眼から大粒の涙が溢れ落ちるが、それさえも真珠のように凍りつく。
自慢の金髪も、新調したばかりのマジックローブも。
全財産をつぎ込んだサファイアとクリスタルを埋め込んだワンドも、全てが霜に覆われる。
幸いなことに彼女の恐怖は、そこで幕を閉じた。
たった一度の軽い氷結ブレスで、何もかも・・・つまりは彼女の心臓さえもが凍りついた。
三角座りのようにうずくまり背中を丸めたまま凍りついた彼女は、その場から動けなくなった。
フローズン・ドラゴンは一瞥しただけで、獲物への興味を失い、それ以上何もせず迷宮の奥に去った。




