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大きな彼女

作者: レン太郎

 僕の彼女は、とても大きい。といっても、太っているとか、人間としての器が大きいという類いの話ではない。

 彼女はスタイルは抜群で、顔立ちも大和撫子を思わせるような、日本的美人。気立ても良くて優しくて、僕にはもったいないくらいのいい女だ。

 しかし、残念なことに、彼女は大きかった。身長は十メートルほどもあり、街の雑居ビルと肩を並べるほどの高さ。ちなみに、体重は女性だから内緒にしておこう。


 どうして彼女がこんなに大きくなったのかは、謎に包まれていた。

 付き合った当初は、身長が百七十センチの僕よりも、幾分かは低く、普通の女性の大きさだった。

 しかし、ある日を境に、彼女の身体はどんどんと大きくなり、仕舞いにはこんなにも大きくなってしまっていた。でも僕は、そんな彼女を見放したりはしない。


 僕は、彼女の住家を確保するべく、田舎の両親を説得し、実家の壁という壁をすべてぶち破り、彼女の身体が入るスペースを作った。両親には当面の間、ウィークリーマンションへ引っ越してもらい、彼女は僕の実家で、僕とともに暮らすこととなった。

 次に、衣類の確保である。当然のことながら、彼女のサイズに見合った服など、どこにも売ってはいない。ためしに、大きいサイズの店に立ち寄り、彼女のサイズを店員に告げると、


「どんだけ大きいんだよ」


 と茶化され、まったく信用されなかった。まあ、ダメもとで、その店にある、一番大きなサイズのスカートを手に取ってみたが、彼女の靴下がわりにもならないようだった。

 僕は、近所の手芸店に訪れ、洋服の生地を大量に買い込んだ。店の人が、ア然とした顔をしていたので、


「ちょっと手芸に凝ってまして」


 などと言い、お茶を濁して、そそくさ帰宅。早速、彼女の服をあつらえるべく、僕がデザイナーとなり、彼女の服をコーディネートした。

 二メートルまでしか計れない普通のメジャーを、彼女の身体に何回もあてがい、サイズを計る。彼女は今、縫い合わせた布団のシーツを何十枚も身体に巻き付け、恥をしのいでいる。早く彼女に見合う服を、着せてあげなければ。

 しかし、こんな大きな彼女の服となると、何着もあつらえるのは困難である。そう考え、オールシーズン対応が可能なジーンズと、長袖のTシャツ。そして、羽織るためのカーディガンを作った。もちろん下着も忘れずに、彼女のイメージにピッタリの、白いレースのやつを用意した。


「ほら、着てごらんよ」


 僕の言葉に促され、彼女は巻き付けていたシーツをほどきはじめた。縫い合わせた何十枚ものシーツが、僕の頭上から降ってくる。僕はそのシーツに埋もれてしまい、出口を求めもがいていた。


「どお、似合うかな……」


 ようやくシーツ地獄から抜け出した僕に、彼女が言う。僕は彼女を見上げ、真新しい衣装に着替えた、大きな天使に魅了されていた。


「似合ってるよ……すごく」


 彼女は、はにかんだ笑顔を浮かべた。やはり、僕は彼女が好きだ。大きくなっても、彼女は彼女に変わりはない。

 僕は、彼女の差し延べた手の平に乗った。彼女は僕に顔を近付け、キスをした。顔が彼女の唾液でべっとりと濡れてしまったが、僕は顔を袖でぬぐい、彼女の頬にキスをし返した。


 深夜になり、人がいないのを見計らって、僕は彼女とデートした。田舎ということもあり、周りは田んぼや山に囲われていたので、都会のようにビルなどの障害物がない。僕は彼女の肩に乗せてもらい、辺りを散歩した。

 満天の夜空をあおぎ、彼女の顔に寄り添う。すると彼女は、目に涙を溜めてこう呟いた。


「あたし、ずっとこのままなのかな」

「な、何言ってんだよ。きっと元に戻れるさ」


 僕は、言葉に詰まりながらも答えた。彼女が、元に戻る確証などどこにもないからだ。

 医者に見せようかとも思った。テレビで世界中に訴えて、彼女を元に戻してくれる人を捜そうかとも思った。しかし、できなかった。なんだか、彼女を見世物にするようで嫌だったんだ。

 でも、このまま彼女を、ずっと実家に隠しておくのも、違うような気がしていた。


 それから数日が経過した──。 相変わらず、僕は彼女を隠していた。昼間は家に引きこもり、夜になると、散歩をするという毎日。そろそろ、この現状を打破しなければと思うが、なかなかいい考えが浮かばない。

 とその時、テレビで信じられないニュースが報じられていた。なんと、地下から突然、怪獣が現れ、暴れ回っているというのだ。

 自衛隊が出現し、必死の攻防を続けてるようだが、まったく歯がたたず、この国は、今まさに危機に直面していた。

 いつになく真剣な面持ちで、テレビ画面を見る彼女。すると、何か意を決したように、彼女は家から出ようとしていた。


「どこにいくつもりだ」

「あたし、行かなきゃ」

「行くって、まさか……」


 彼女はこくりとうなずき、家を出た。僕は、そんな彼女を止めることができなかった。

 大きくなったことにより、人目を忍んで生きてきた彼女。生きる意味、生きる目的を見失っていた彼女が、ようやく見つけたもの。 そう、今この国には、彼女の助けが必要なのだ。

 彼女はようやく、生きる目的を見つけた。そして、その目的を達成したあかつきには、彼女はきっと、見世物としてではなく、救世主として、崇められることだろう。

 僕は、勇ましく走る彼女の後ろ姿を、敬礼をして見送った。彼女の身体に見え隠れする夕陽が、いやに眩しかった。



(了)

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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして さわたりかりんと思います。 楽しませていただきました。 まさか彼女を大きくするという発想があるとは夢にも思いませんでした。 彼女が怪獣と戦ったあとの展開がまた面白いと思い…
[一言] 読みましたので感想を。 >「どんだけ大きいんだよ」 のところでちょっと笑ってしまいました。 ほのぼのとした雰囲気で良いな、と思っていた分、落ちが唐突なように感じられました。これは僕の個人…
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