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除霊

作者: 雉白書屋

 とある母子家庭。母親はここ最近、どうしても拭えない、ある深刻な悩みを抱えていた。それは――


「ねえ、ユキちゃん、大丈夫? ユキちゃん!」


「う、う、うえええええん!」


 娘のユキの様子が明らかにおかしいのだ。まるで糸がぷつりと切れたように突然黙り込み、次の瞬間には不安げに周囲をきょろきょろと見回し、大声で泣き出す。

 ユキは高校三年生。受験を間近に控え、情緒が不安定になっているのだろう――最初はそう思っていた。しかし、学校でも突如泣き出し、挙句の果てには暴れるようになってしまった。教師たちも対応に困り、ついに休学を余儀なくされた。

 母親はいくつもの病院を回ったが、どの医者も「身体的な異常は見られません」と口を揃えて言う。心療内科でも、決定的な診断は下されなかった。ユキ自身に問いかけても「大丈夫だから」と繰り返すばかりで、心の奥を見せようとはしなかった。

 もはや打つ手がなく、困り果てた母親は、ある日藁にもすがる思いで知人に紹介された霊能力者に助けを求め、家へ来てもらった。


「先生、娘はどうでしょうか……?」


 母親が震える声で問いかけると、霊能者はユキをじっと見つめ、低く呟いた。


「……間違いありません。娘さんには、霊が憑いています」


「そ、そんな……! お願いです、先生。どうか助けてください……」

「お母さん、だから私は大丈夫ってば。早くこの人に帰ってもら……ううううぅぅぅぅ!」


 ユキは突然、唸り声を上げ、ソファの上で頭を抱え込んだ。身をよじらせながら呻き続けるその姿に、母親の胸は締めつけられる。


「ああ、また……。先生、この子は幼い頃から本当に手のかからない、いい子だったんです。反抗期もなかったし、ずっと穏やかで……。どうか、どうかこの子を、ユキを救ってください……」


「わかりました。これより、除霊を始めます……。ユキちゃん、あなたも頑張るのよ。体から悪霊を追い出すの」


 霊能者はゆっくりと目を閉じ、両手を組んだ。そして、低くくぐもった声で呪文のような言葉を唱え始めた。


「ウサンムラパパパタブアニオウス……」


 その瞬間、ユキの体がビクンと跳ねた。痙攣が始まり、その震えはみるみる激しさを増していく。


「さあ、この子の中から出ていけ! 今すぐ!」


「あ、あ、あ、いや、嫌だ! お母さん! お母さん!」


「お前のいるべき場所に戻るのだ! 出ていけ!」


「嫌、嫌! お母さん、助けて!」


 ユキの悲痛な叫びが部屋の隅々まで突き刺さった。母親はユキの手を握りしめ、声を詰まらせながら「頑張って、負けないで」と励まし続けた。

 除霊は一時間以上にも及んだ。やがて、ユキの痙攣は収まり、力が抜けたようにソファへ崩れ落ちた。

 霊能者は額の汗を拭いながら長く息を吐き、ゆっくりと天井を仰いだ。


「先生、うまくいったのですか……?」


 母親の問いかけに、霊能者はやわらかな笑みを浮かべ、そっと頷いた。


「ええ、とても強力な霊でしたが、なんとか追い出すことができました。もう心配いりません」


「あ、ありがとうございます……! これで、やっと元の生活に戻れるんですね……。でも、そんな強い霊が取り憑いていたなんて……。この子、心霊スポットなんて行ったことないはずなのに……」


「誰にでも起こり得ることです。特に、精神が未熟な時期は霊に最もつけ入れられやすいですからね」


「未熟な時期……?」


「ええ、本当に大変だったでしょう。もっと早く来てあげられたらよかったのに。まさか、十数年も取り憑かれていたなんて……」


「そんなに長い間……でも……あ、ユキ、気分はどう? 大丈夫?」


 ソファに横たわるユキが、ゆっくりと目を開けた。ユキは母親の顔を見つめ、一瞬キョトンとする。そして、ふいに笑った。無邪気に。まるで赤ん坊のように、きゃっきゃと……。

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