第一話 一錠の薬
生活感のない効率化された部屋。その部屋のベッドで、心地良さそうに眠っている男が1人。しかし、徐々に男の表情は心地良さを失い、歯を食いしばりもがき始める。それから数分が経過して、(3)はベッドから飛び起きた。目を見開いて汗を流し、酷く焦った様子で呼吸が荒い。
「はぁ、はあ、はあぁ、夢か」
(3)は呼吸が整った後、平静を取り戻し部屋を隅から隅まで見渡す。
「ここどこ?」
見覚えのない部屋に(3)は疑問を抱く。ベッドから起き上がる時に(3)は気がついた。
「なんで出かける用の服でガチ寝してたんだ?」
(3)の服装は外出用。ベッドでスヤスヤと眠る時に、着るような服ではなかった。疑問を口にしながらも(3)は立ち上がる。
部屋は広くもなく狭くもない。1人部屋には最適なサイズ。そこに今まで眠っていたベッドと机。机の上には何も置かれておらず、家具屋のディスプレイよりも生活感がない。
「なんだこれ?難しそうな本ばっか」
(3)は中腰で屈んで本棚を眺める。部屋の本棚には、本がびっしりと綺麗に並べられている。(3)は曲げた腰を伸ばして振り返る。(3)の視線の先に扉がある。その扉は平凡な部屋には似合わない不相応なもの。宝物庫を守るような重厚感が漂う扉。銃弾すら弾きそうな頑丈そうな見た目。
「もしかして閉じ込められてる?パッと見た感じ、飯なんてないぞこの部屋。餓死待ったなしじゃん」
(3)は焦りと不安を原動力にして、ドアにゆっくりと近づきレバーに手を掛けた。レバーを下に引いて、扉を開けようと前に押し出すが扉を開かない。
「押してダメなら引き戸かな」
重心を後ろに預けて、ギギギと扉の淵と壁が切り離される音がした。(3)が重心をどんどんと後ろに預けていくと、腕にかかる負荷が突然消えた。扉から重さが消えて、後ろに預けた重心の支えを失った(3)は尻餅をついた。
「痛ってー、はああ」
痛みに溜め息をついてから顔を上げて、(3)は体を震わせた。(3)の視界に、半開きの扉から顔を覗かせる男が映った。
「うおっ!びっくりしたぁ。...誰?」
「そのセリフはお互い様だろ。君こそ誰だよ?ひょっとして有名人だったりする?」
「まあ、地元ではね」
言ってから(3)は立ち上がる。
「ふーん。猫でも殺したの?」
「超失礼発言どうもありがとう。今は猫じゃなくて君を殺したい気分だよ」
殺害予告とも取れる(3)の発言に、(4)は目を細める。
「え?そんな間に受けた顔しないでよ。冗談に決まってるじゃん。犬派だけど猫もちゃんと好きだよ」
「その悪人面とそのジョークを、マリアージュさせるのはやめた方が良い。心臓に悪かった。不健康なトキメキだ」
「うそー?悪人面?人相はいい方でしょ。ほら、いい笑顔!」
(3)は両手の人差し指でほっぺを凹ませて首を傾け、痛いぶりっ子しかやらないポーズで微笑む。
「引き攣ってるよ。とりあえず部屋から出て来な。君が最後だよ」
「最後?他にも誰かいるんだ」
「いるよ」
(4)が振り返ると怒号が響き渡る。
「おいチビ!立ち話なんかしてないで、早く中の奴連れて来い!」
「ほら。うるさいのが元気に騒いでるから、早く出て」
(4)は半開きの扉を全開にする。
「ありがとう」
部屋の外に出た(3)の目には、近未来を感じるデザインが映る。白を基調とした宇宙船のような空間。
部屋の中心には丸いテーブル。テーブルを囲うように、4つの椅子が置かれている。椅子には作業服を着た坊主と、上半身だけで身長の高さが伝わる眼帯をつけた男の2人が座っていた。
「ごめんねー、熟睡しちゃってた」
「遅えよ!早く座れ!」
「そんな凶悪な顔で怒んないでよ。何かの事件の犯人みたいな顔でさ」
(3)は振り返って全開になった扉を閉める。
「重たい扉だなあ。あれ?」
(3)は先程まで怒号を飛ばしていた、(1)が黙っていることに違和感を覚えた。
「え、何の沈黙?はっ!まさか、君が僕たち3人をここに監禁した黒幕なのか!?」
「な訳ないだろ!俺も閉じ込められた側だ!お前らと同じ被害者だ!」
「確かによく見ると、檻に入れられる側の顔付きだ。疑ったりしてごめん」
「殺すぞクソガキ!」
(1)は顔を赤く染めて、テーブルに両手を叩き付けて立ち上がる。(4)は怒鳴って立ち上がる(1)を気にも留めず椅子に座った。(4)に続いて(3)も、(1)の正面の椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「いい椅子だね。ケツの痛みが消えてくよ」
「無視してんじゃねえよガキ!」
(1)は油汚れよりもしつこく、(3)に怒号を浴びせる。(3)は眉を顰めてから、隣に座る(2)に顔を向ける。
「お兄さん助けてー」
「あ、え、ぼ、僕?」
(2)は見た目から想像できない程に、おどおどしてたじろぐ。
「そうそう。ごっつくてカッコいい眼帯つけてるお兄さん。アイツ黙らせてよー。お兄さんなら楽勝でしょ?見るからに強そうだし」
(2)は(1)に目線を向ける。(1)は気に食わなかったのか、(2)を睨んだ。睨まれた(2)は、怖気付いてすぐに視線を落とした。
「あれ、もしかして照れ屋さんですか?僕と同じだ」
俯く(2)に、(3)は笑顔で話しかける。
「おい!俺を除け者にしてんじゃねえよ!まだ俺との話が終わってないだろ!」
(3)に向けられた(1)の怒号。その後に、(4)の大きな溜め息が場を支配した。(4)は呆れた表情で(1)に向けて口を開く。
「さっきからうるさいな。声のデカさで虚勢張るのはやめなよ。君の脳みそが小さいことしか伝わらないからさ」
ぐうの音も出ない正論。(1)は怒鳴ることを封じられ、何も言い返すことができずに、ただ(4)を睨みつけた。
「俺なんか睨んでないで、さっさと座ってくれ。始まらないだろ」
舌打ちもせずに(1)は大人しく椅子に座った。
「何が始まるの?」
「さあ?俺らには分からないよ」
全員が周りを見渡していると、テーブルからサイバー感が溢れる音がした。テーブルを見ると表面が左右にスライドして、引き出しのような空間が現れた。
「うわー、サイバー感がすげえ」
4人全員の前に現れた、小学校の引き出しくらいのサイズの窪みには、冊子と鍵が入っていた。4人が中から冊子と鍵を取り出すと、収納空間への扉が閉まって元のテーブルに戻った。
「中身は原始的だね。修学旅行を思い出すクオリティだ」
(3)の発言には、誰からも共感の返事はない。(3)以外の3人は、すぐに冊子を開いて読み始めていた。(3)も空気に逆らえず、冊子を開いて目を通す。
飲めば確実に死に至る薬。それがテーブルの中心に設置されている。宝石を飾っているような、ガラスのショーケースの中には、一錠の薬が飾られている。ショーケースの周りには、4つの鍵穴がある。4つの鍵穴全てに、鍵が差し込まれた時、薬を取り出すことが可能になる。誰かがその薬を飲めば、残りの人間は解放されて、晴れて自由の身。猶予は10日間。10日の間、誰も薬を飲まなければ、部屋に人体に悪影響を及ぼすガスが噴出され、全員が死に至る。
これが冊子の内容。
最低でも誰かひとりが犠牲になる、残酷な旅の始まりを知らせるしおりだった。