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【ハイファンタジー 西洋・中世】

乞食の言葉

作者: 小雨川蛙

 

 石畳で舗装された街が朝焼けに包まれた頃。

「見よ! 降りてくる! 偉大なる神が我らを裁きに!」

 そう叫びながら片目を潰され、左腕が捩じ切られた乞食が片足を引きずりながら歩いていた。

 右手には鍋を持っており、時折民家の壁に叩きつけて大きな音を鳴らす。

「聞け、この声を! 誠実なる者たちよ! 備えよ! 神の訪れに!」

 町に生きる者達からすればたまったものではない。

 だんだんと人々が目を覚まし怒声をあげる。

「うるせえ! 黙れ!」

「鐘も鳴らねえ内から何を騒いでやがる!」

 しかし、乞食は鍋をさらに打ち付けて言う。

「聞け、この声を! 愚かなる者たちよ! 悔い改めよ! さすれば神は罪を赦したもう!」

 狂ったように壁に打ち付けていた鍋は取っ手が外れて、鍋が明後日の方向へと飛んで行った。

 すると、乞食は鍋を地面に置くと石を拾ってきて思い切り鍋に叩きつける。

「降りてくる! 偉大なる神が降りてくる!」

 あまりにも騒ぎ続けていたせいだろう。

 やがて町の乱暴者がやってきて乞食を殴り倒した。

 それでも乞食は乱暴者を見上げて叫んだ。

「悔い改めよ! 今すぐに! でなければ永遠に地獄で苦しむ羽目になる!」

 そんな乞食の顔を乱暴者は思い切り殴りつけ、倒れた乞食の体を踵で何度も何度も踏みつけた。

 段々と周りに人が集まり始める。

 それはさながら即興の劇だった。

 乱暴者が乞食を殴りつけるたびに歓声があがる。

 蹴りつけるたびに乞食に対しての罵倒が飛び交う。

 やがて乱暴者に続けと町の者達が暴行にどんどん加わっていく。

「悔い改めよ! 神が降りてくる!」

 それでも同じ内容を言い続ける乞食に対し、町の住民は業を煮やし乞食の口の中にたくさんの石を詰め込ませた。

 流石の乞食も喉と口を塞がれてしまえば何も出来ない。

 先のない左腕とどうにか動く右手を使い必死に口の中にあるものを取り出そうともがいていたが、それを嘲笑うようにして町の人々が乞食の右腕や体を抑えた。

 そして、乞食は動かなくなった。

 蔓延していた熱狂は少しずつ冷めていき、やがて白々しい沈黙が訪れる。

「死んじまったか?」

「いや、まさか死ぬなんてこたぁねえだろう」

 罪の押し付け合いが始まりそうになった刹那、乱暴者が立ち上がり乞食に唾を吐いて言った。

「これに懲りたら二度と町で騒ぐんじゃねえぞ」

 そう言って乱暴者は歩き去る。

 人々は安堵の息と共に乱暴者に倣いその場を立ち去る。

「そうだそうだ」

「そこで反省しとけ」

 明らかに死んでいるはずの乞食に向けて放たれる言葉は滑稽なほど彼の体の周りを周り停滞しやがて消えていった。

 誰もが深く考えなかった。

 いや、考えようとしなかった。

 乞食は今の時点では生きていて、ただ伸びているだけだ。

 そういうことにしながらこの場を去っていった。

 それから少しして。

 町の住民の一人が恐々と乞食が死んでいたはずの場所を覗きに行くとそこには誰もいなかった。

「んな馬鹿な」

 思わず言葉を落として彼は町の皆に伝え、幾人かが乞食の体がどこにあるのか探したが遂に見つからなかった。

「生きていたんだよ、きっと」

「そうそう。だから必死こいて逃げたに違いねえ」

 ありえない結論を無理矢理作って町の住民は自らを納得させた。

 一日、また一日と時が経っていき、やがて皆が乞食を忘れた頃。

 空から偉大なる者が降りてきて世界に裁きを下した。


 神の前に引き立てられた者達は神に向かって叫んだ。

「何故このようなことをするのですか!」

 神は静かに答えた。

「お前たちが悔い改めなかったからだ」

 その答えを聞いた人々は泣き叫んだ。

「悔い改める? そんな! 私達はあなたの存在すら知らなかったのに!」

 神はため息を吐いて、あの乞食を呼んだ。

 乞食は皆の前に立って頭を一度下げた。

「誰よりも純粋なこの者に私の到来を伝えさせていたはずだが」

 そう言われて町の人々は黙り込む。

 確かにこの乞食は神のことを語っていた。

「この者を知らないと言わせぬぞ」

 神はそう言ったので皆は黙りこくる。

「この者を殺したのはお前たちであろう。私の到来を告げ知らせるこの純粋なる者を」

 皆が項垂れる。

 神は満足げに息を一つ吐くと乞食に向けて言った。

「お前からも何か言ってやるといい」

 乞食は神の方へ向いて尋ねた。

「よろしいのですか」

「もちろんだ。いくら役目とはいえとても苦しい思いをしたのだからな。文句の一つくらい言ってやれ」

 神にそう言われた乞食は人々に向かって言った。

「あなたたちは私のことを一切信じなかった」

 人々は言葉に詰まり、息を飲む。

「私が醜く、狂っているようにしか見えなかったからだ」

 事実だ。

 誰も彼を信じなかったし、ただの気狂いにしか思っていなかった。

「私は神のことを伝えていたのに、あなた達は誰も私を信じようとしなかった」

 その言葉に神が満足げに頷く。

 乞食は彼らを哀れむように言葉を落とす。

「仕方のないことだ」

 そして。

 神にメッセンジャーとして選ばれるほどに純粋なる者は踵を返して偉大なる存在に向けて良く通る声で告げた。


「あなたはとても醜悪で意地悪だ」

 

お読みいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたならば作者冥利につきます。

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