『桃太郎』
方言に関してはAI監修です。
山間に、や~いや~いと声が響く。
囃し立てるのは村の子供たちだ。ぐるぐると廻るその中心には、一人の少年がいる。
歳は十を越えて幾ばかり。世間でいえば、もう大人だが、その手足は短く、顔も幼い。まだまだ小さな、子供に見えた。
けれど、小柄な少年は、自分より大きな子供たちに囲まれても臆する様子もない。ただ、軽蔑するように見返していた。
「や~い、やい!」
「もーもかーら」
「うーまれーた」
「もーもたーろーうー」
それでも、子供たちが調子外れの合唱を始めると、少年の手にする水汲み用の桶、その、小さな手に握られた取っ手が、みしり、みしりと鈍い音を立てた。
「……うっさい、俺は、爺様の子じゃ」
腹に据えかねたのか、少年が低い声で反論すると、囲む子供たちは、鬼の首を取ったとばかり声をあげる。
「その爺様がいったんじゃ!」
「あの子は天の子、桃の子じゃ!」
「桃から生まれた桃太郎じゃ!」
もはや我慢ならんと少年が踏み出せば、子供たちはわっと蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
かと思えば、くるりと振り返り、大声で囃し立てる。
やーい、やい! 桃から生まれた桃太郎、と。
少年――桃太郎からすれば、村の子供たちなど如何ほどのものでもない。ちょっと小突いただけで泣き出すのだ。
ああやって、逃げたところで、本気で追いかければ、すぐにだって捕まえられる。
けども、それをしないのは、腹を据えかねて、小突いて回った結果、爺様に叱られたからである。
――お前の小さな身体に見合わないその力は、村の子供たちを小突いて歩くためのものじゃない。
――天から贈り物なのだ。もっと大事に使いなさい。
確かに、爺様のいうとおりで。気に入らないからといって、拳を振るうのはなにか違う気がした。
けれど、彼らが好んで口にする「桃から生まれた桃太郎」という言葉には、どうしても傷付かずにはいられなかった。
その言葉が爺様の口から出たのだと知るから、余計に――二人だけの身内を、爺様と婆様をこよなく愛する桃太郎だからこそ、尚更に――傷付くのである。
「俺は……爺様の子じゃ」
幼い桃太郎も流石に、年老いた婆様から産まれたのではないことぐらい分かる。分かっていて、それでも、反論する。
そうでありたいという望みを、そうであれという祈りを、そうであれかしという、願いをこめて。
「爺様、自慢の、息子なんじゃ……」
泣くように、縋るように、小さく、小さく。
※※※
むかし むかし、ある ところに おじいさん と おばあさんが すんで おりました。
おじいさんは やまへ しばかりに、おばあさんは かわへ せんたくに、いきました。
すると、かわから おおきな おおきな ももが、とぶらこっこ どんぶらこっこ と、ながれてきました。
おどろいた おばあさんは、このももを たべようと ひろって、かえりました。
しかし、 ももの なかには、 たまのような あかんぼうが、いたのです。
おじいさんと おばあさんは、このあかんぼうを だきかかえ、 ももたろう と、なづけました。
※※※
水汲みを終えた桃太郎は、家の裏に回り、薪割りを始めた。
身体に見合わぬ大鉈を、片手で振り上げ軽々と、かっこんかっこん、薪を割る。
手際がいいので進みも早い。
薪は、あっという間に山となった。
それを手頃な量でまとめていると、厨の方から婆様が声をかかる。
「桃太郎、ちぃとばかり、行ってきーねー」
「おん? どこへいく?」
「届けもんが、あってーなー」
届け物があるので出掛けてくるという婆様に、桃太郎はまとめた薪を積み上げ、手を叩いて払うと、厨へと顔を出した。
「なら、わいがいくけー」
「水汲みに薪割りじゃ、えらいでー。もっと遊ばれー」
「なんのー、なんのー」
お手伝いばっかりでは疲れてしまうでしょう、もっと遊びなさいと心配する婆様に、心配ないと軽く答え、桃太郎は届け物を受け取って、歩き出す。
小柄な桃太郎だが、底知れぬ力があった。
水汲みに薪割り――大人でも骨の折れる仕事を終えて、息も切らさない。
遊びと称しては山菜を摘み、魚を捕まえてくる。
お陰で村の外れにある小さな食卓は、いつでもおかずが添えられた。
けれど、年寄りの二人は「よう働いたのぉ」「もっと食べられー」と、笑うばかり。
――もっと喜んでほしい……。
――どうしたら、喜んでもらえるだろう?
届け物を運びながら、桃太郎はいつものように、頭を悩ますのだった。
さっと村まで一走り。お使いを終えた桃太郎はなにか、二人の土産になりそうなものはないかと、ぶらぶらと村を練り歩く。
そのとき、村人たちの会話が耳に転がり込んできた。
聞けば、なんでも、鬼ヶ島という場所に金銀財宝があるらしい。
けれど、そこは獰猛な鬼の棲家。余所者がくれば、牙を剥いて追い払うという。
噂では、力自慢の若者が金銀目当てに鬼に挑むも、こっぴどく返り討ちにあい、命からがらに逃げ帰ったとか。
鬼は若者を追って村へと押し寄せ、赤い肌の大鬼が、一抱えもある金棒を振り回し、乱杭の牙を剥き出して、地鳴りのように吠えたという。
村は大騒ぎとなり、蓄えを山ほど差し出し、やっとのことで、帰ってもらったそうだ。
最初はなんとなく、聞いていた桃太郎だったが、いつしか、引き込まれていた。
鬼たちは見事なもので、我こそは名乗りをあげる強者を次々と返り討ちにしているらしい。
――仮に、仮にもし、この鬼たちを打ち負かしたならば、大したものではないだろうか?
誰もが挑み、未だ、誰もなし得ない。これはそんな偉業ではないだろうか?
成し遂げたならば、きっと、爺様も鼻が高いのではないだろうか?
――そうなれば、そうしたならば……。
桃太郎は沸き上がる感情に、落ち着こうと深呼吸する。
そうして思い出したのは納屋の肥やしとなっている刀の存在だった。
曰くの知れぬ拾い物で、切れ味など期待できないだろう。それでも、刀は鉄でできている。木の枝よりも頼りにはなるし、見た目もよい。
なにより、最後は拳でいわす(決着をつける)つもりの桃太郎にしたら、それで十分だった。
さめやらぬ興奮と、行き場のない勢い、宥めるように足踏みしてみても、心は沸き立つばかり。
堪らず、桃太郎は跳ねるように、二人の待つ家へと帰るのだった。
※※※
ももたろう となづけられたあかんぼうは、 すくすく そだちました。
そんな あくるひのことです、 ももたろうは おにがしまの はなしをききました。
なんでも、そのしまには おにがいて、たびたび、 むらをおそう というのです。
それをきいた ももたろうは、 おじいさん、 おばあさんに いいました。
※※※
――鬼ヶ島に、鬼退治へ行こうと思う。
夕餉の席で、桃太郎がそう切り出すと、爺様も婆様も箸を止め、桃太郎を見た。
そうして、驚きを呑み込んだ婆様はすぐに心配そうにする。
「鬼ヶ島に? そりゃーいけまぁが。婆様、心配じゃー」
「ちぃと行って、ぱぁーと済ますけぇ」
「そんなこというてもなぁ……」
軽い調子で桃太郎が答えると、婆様は心配そうに、言葉を濁す。
大好きな婆様の様子に、ついつい、言葉を翻したくなる桃太郎だったが、ぐっと堪え、「大丈夫じゃ」と言葉を重ねさせる。
これは意思が固いとみてか、婆様は濁る言葉を飲んで、むすりと黙る爺様へと視線を向ける。
誘われるように、桃太郎も視線を巡らせると、爺様はじっと見返してきた。
気圧されそうになるのを堪え、まるで睨み合いのように、しばし、視線を交わしていると、すっと、爺様が立ち上がる。
ゆらりと、囲炉裏の火に作る影が揺れた。
思わず身構える桃太郎をよそに、爺様は土間へ降り、戸口へと足を向ける。
「じ……爺様!」
無言で立ち去ろうとする爺様に驚き、桃太郎は慌てて呼び掛けると、一度は足を止めた。それでも、頑なに振り返ろうとはしない。
大好きな爺様に嫌われたような気がして、桃太郎は堪らず、呼び掛ける。
「爺様、俺……」
けれど、言葉が続かない。
無理もない。桃太郎はもっと違った反応があるのだと、そう思っていたのだ。
村の子供たちでない。大人でも恐れる鬼を退治しようというのだ。
婆様のように心配するか、よくいったと激励するか、そんな反応があるのだと、疑いもせずに、思っていたのだ。
当然、何も言わずに立ち去ろうとする姿など想像になく、かけるべき言葉があるはずもない。
「俺……」
呼び掛けるも言葉の続かない桃太郎に、爺様は無言のまま、振り返ることもないまま、戸口から出ていってしまう。
しょんぼりと肩を落とす桃太郎に、婆様が優しく声を掛けるが、続くであろう言葉で、鬼退治を止めようとするのではと思い、桃太郎は頑なに首を振った。
「鬼ヶ島行って、鬼退治するけぇ」
それさえ、成し遂げれば、爺様も喜んで、誇らしげに褒めてくれるはずだと、そう言い聞かせて。
ただ――
「――ほんに、……なぁ……」
ぽつりと溢れた婆様の呟きに、少しだけ、胸の奥が痛んだ。
鬼ヶ島に向かうと決めた桃太郎は、出立を吉日と定めた。
すぐに旅立たなかったのは、旅支度のためでもあるが、留守の間に爺様、婆様が困らぬようにしたかったからだ。
とはいえ、水は貯めといても悪くなり、薪も割りすぎては場所に困る。乾物を増やしてみたものの、それぐらいで二人の暮らしが、どれだけ楽になるというのか?
そう考えると、やはり鬼退治になどいっている場合だろうかと、迷いが生まれる。しかし、その度に、胸が燻りだす。
どうにかして、どうにかして、言わせたい。否、言ってほしい、と。
そんな思いが桃太郎を頑なにさせ、手を止めさせなかった。
そうして、吉日は訪れた。
その日、桃太郎は日の出とともに起き出すと、川に向かった。
冷たい水で身を清めれば、自然と背筋が伸びた。
家に戻り、婆様と食事を共にし、衣を整える。腰に刀を提げ、草鞋を履き、僅かな荷物を肩に背負えば、もう出立の時である。
玄関口へと立った桃太郎を見送りに出たのは婆様だけで、爺様の姿はない。
胸の奥に滲む後悔を、苦い思いで飲み干し、婆様には陰りない笑みを見せた。
そんな桃太郎の姿に、婆様は目尻の皺を深くさせるが、胸のうちは語らず――
「桃太郎、これなぁ」
――代わりに差し出したのは畳まれた羽織と小さな包みであった。
鬼退治に挑むのだから、少しは見栄えがするものをと、立派な羽織を。
旅の途中で、小腹が空くだろうと、黍団子を。
婆様はこの日を迎えるにあたり、それらを用意してくれていたのだった。
「婆様……」
ここ数日、沈んでいた桃太郎にとって、婆様の贈り物は何よりの餞であった。
どれほど言い繕おうと、鬼退治はただの我が儘だ。それなのに、婆様はこうして、自分のことを思い、贈り物を用意してくれた。
我が儘を受け入れられたのだと思うと、大切にされているのだと実感が湧き、じんと鼻の奥が痺れた。
泣き出してしまいそうになるのをぐっと堪え、桃太郎は小さな包みを腰に提げ、丁寧に縫い上げられた、真新しい羽織に袖を通した。
誂えたかのような出来映えに、婆様は何度も頷いてみせ、そんな姿に桃太郎は照れ臭さを覚える。
二人はそうやって穏やかな時を過ごしたが、やがて、降りる沈黙に、桃太郎は自身の未練に気が付いた。
待てば、顔を見せてくれるのではないか、折れてくれるのではないかと、そう期待していたことに。
鬼退治は我が儘だといいながら、だ。
桃太郎は首を強く振って、沸き上がる思いを振り払うと、太く息を吐き、婆様に出立の挨拶を告げる。
踵を返せば、冷たい風が頬を撫でる。それでも、背には婆様の見送りがある。
桃太郎は胸を張って歩き出した。
立派な羽織を着て歩く桃太郎に、村人たちが何事かと視線を向けてくる。そんな視線を引き連れて、村を通り抜けた。
ふと足が止まる。
見やれば、道の先にある一本の木があり、その後ろに、人影があった。
「……爺様」
するりと木の陰から出てきたのは眦に厳しさを隠さぬ、爺様の姿だった。
「――鬼ヶ島、行くんか?」
戸惑う桃太郎を他所に、爺様が語りだしたのは、鬼退治に向かった若者が、敗れて村へ逃げる話であり、鬼が村にまで追いかける話である。
聞いた話だと思い、なんでそんな話をするのかと首を傾げたところで、愕然とした。
万に一つ、鬼に敗れたならば、桃太郎は村へ逃げられない。
逃げて帰れば、それは爺様、婆様のもとへと鬼が来てしまう。
「――鬼ヶ島行って、鬼退治するんか?」
重ねて問われ、桃太郎は心が揺らいだ。
鬼が強いと聞いて、鬼退治ならと、そう思い立ったのだ。
必ず、鬼に勝てるとは、考えて、なかった……。
――なのにっ! ……なのに、決意できたのは……。
桃太郎は己の浅慮を苦く思う。
これは言っては駄目な我が儘だったのだとようやく理解できた気がした。
理解し、納得した。その気がするのに……。
「――桃太郎」
大好きな爺様の諭すような呼び掛けに、桃太郎は首を振る。否、と。
どうしても、聞きたい言葉があるのだ。
鬼退治でなくともいいだろう、他の何かでもきっと聞けるはず。いや、鬼退治をしたところで、聞くことはできないかもしれない。
それでも、思ってしまったのだ。
――鬼退治を成し遂げたら、聞けるかもしれない、と。
ちらりとでも思ってしまうと、もう、いてもたっても、いられなかったのである。
意固地になって地面を睨む桃太郎。
応えられぬ桃太郎の耳に、鳥の声に混じり、爺様の声が届いた。
「――鬼ヶ島へ、行けぇ。……行って、鬼退治せぇ」
ぶっきらぼうなもの言いに、桃太郎は顔をあげる。そこには優しい目をした爺様がある。
「……頭、下げるけぇ。爺様がなぁ、……なんぼでも、頭下げるけぇ……、帰れぇ」
予想にもない、言葉だった。
じぃんと震える胸が伝えたい、伝えなければならない言葉を邪魔する。
言わなければ、いまここで、言わなければ、どんな言葉も嘘となり、力を失ってしまうのに、……肝心の言葉が口から出てこない。
もどかしく……、もどかしく堪らない桃太郎に、爺様は背に隠し持っていた棒を差し出した。
はらりと、風に揺れた布地に、日ノ本一と書かれた旗が拡がった。
「日ノ本一じゃ……。どこへ行こうが、……なにをしようがっ! ……おめぇは、日ノ本一じゃ、爺様の、自慢の……息子じゃけぇ……」
ももたろうは おにがしまへ、 そして、 おにと
たたかいました。
おにたちは、 ももたろうの つよさをみとめ、 ひのもといちと たたえます。
そして、 きんぎんざいほうを あけわたしました。
むらへとかえった ももたろうは えいゆうでした。
ひのもといちの おじいさんの むすこでした。
めでたし、 めでたし……。
イヌ・サル・キジ
「……あ、あのぅ……」




