エルフと取引
結局それから私は直ぐに視察の準備をした。旅立ちの日に殿下の姿はなかった。でも、正直言って余り会いたくなかったからちょうどいい。
「お嬢様、お時間です。」
メアリーに呼ばれ私は馬車に乗り込む。
ガタガタと音を立てる馬車に揺られかなりの時間がたった頃。
「ついた、西の国。」
必要なものは私の手の内にある。
あとはどれだけ話を聞いてもらえるか。
「‥行きましょう、メアリー」
悪役令嬢の威厳を見せつけるのよ。
「‥本日はどうなされたのですか?」
微笑んでみるが内心焦りで一杯だ。
この幼子は油断ならないと本能が告げる。
寿命が数百年あるエルフから見れば人間は皆幼子だが‥‥
(‥‥小さいですね‥10歳‥いやそれよりも下てしょうか‥?)
貧相な体からは想像できないほどの禍々しい魔力
。そして、その瞳を見て納得する。
(悪魔の愛し子‥)
深紅の瞳がギラギラと燃えている。
「率直に言うわ、貴方、私と取引してくださらない?」
この幼い少女は何を抱えているのだろう。
年には見合わない口振りに、堂々たる態度。
「‥そう、ですね。まずはお嬢様の名前を教えて頂けませんか?知らない人と取引をするなど、商人としてはあまり誉められたものではないですし。」
主導権を握った方が勝つ。
まずはからかうようにして余裕な所を見せてみる。
案の定少女は顔を赤くしてあたふたと答えた。
「ロっ‥ローズ‥よ。‥‥南の国の妃よ。言わなくても分かると思っていたのに、存外私の顔はあまり広まっていないようね。」
少女はすぐに調子を取り戻して笑みを絶やさない。
「‥これは失礼致しました。ローズ様。近年魔物が湧き始めており、他国への干渉は最小限としておりますゆえ‥」
そう、ここ数年魔物の出現が目立つ。そしてこの魔物達はいずれ北と西に大きなダメージを与えることとなる。これは死に戻りする前に実際に体験した。
北の国は魔力に満ちている。だからなのだろうか自然と魔法使いが集まり、その魔力は日に日に膨張しているように感じていた。
魔物の食は魔力だ。強い魔力を食べれば食べるほど魔物は強くなる。
そこでこの魔物達に狙われたのは北と西だった。
魔物の個々の力は強くない。しかし集団となれば話しは別だ。
「‥魔物については私も知っているわ。そして私の予想ならあと2年で魔物は氾濫する。」
これは私しか知り得ない事実だ。
この氾濫により北と西は手を組んで戦った。しかし多くの者が犠牲になった。
「‥2年‥ですか。」
エルフは考え込むように手を顎にあてた。
「‥ええそうよ。そして狙われるのは恐らくこの西の国、北の国辺りでしょうね。この二つの国は比較的魔力が多いから。‥‥きっと多くの者が死ぬわ。」
少しでも死者を減らしたい。人が死ぬことを分かってて見過ごすなんて私の悪役道に反している。
私はあくまで悪役だ。悪人になるつもりはない。
「そこで、よ。エルマーさん。私との取引はこの件に関してよ。」
「‥魔物の氾濫と貴女との取引に何の関係があるのですか?」
「一見なんの関係もないように見えるけれど、利は私と貴方、それに北の国にもあるのよ?」
‥‥さぁここからが勝負だ。
「‥‥私と北と‥ですか。ふふ、いいでしょう。お話をお聞きしても?」
「‥!もちろんよ!」
こくりと頷く。
「私が貴方達に提案したいのはこれよ。」
コトリと机の上にあるものを置く。
「‥魔法石ですか?」
キラキラと机の上で煌めく石。
「えぇそう。魔法石。北の国でとれるものね。」
北の国は魔力に満ちているため魔法石が沢山採れる。
魔法石には魔法が宿っているといわれる。例えばこの石を握り詠唱を唱えるとその詠唱通りの魔法が使える。しかし、これには欠点がある。
それは一度しか使えないということ。
魔法石は一度使ってしまえばただの石に成り下がる。
「まさか、これで魔物に対抗しろと‥‥?」
「そんなわけないでしょう?」
「‥しかし、これにはもう使い道はないですよ?」
魔法を使ってしまいただの石となってしまった魔法石。
誰もが装飾として使うか捨てるかするだけのもの。
しかし、まだこの魔法石の使い方があることを知らない。‥死に戻りした私以外は。
「えぇ確かにこれはただの石ころです。魔力を注いでも魔法をストックすることは出来ません。」
そう。一度使った魔法石に魔法をかけてももう一度使えるようにはならない。
だからこそ、魔法の国である北の国では使い道がない上需要があまりないのだ。
「‥では何故これを取引の材料にしたのですか?」
「ふざけているのか!」
突然の大声に驚く。
「っ、ゾル!お客様になんという態度を‥」
エルマーさんにそっくりのエルフ。
「‥貴方は?」
「申し訳ございませんローズ様。彼は私の弟のゾルです。ゾル‥急にどうしたのです‥」
「兄様は騙されてる!この石ころで何が出来るんだ!魔物の氾濫は日々増えている、こんなことをしている暇はない!一刻も早く町の囲いを強化しないといけない!じゃないと皆、死んでしまうっ‥!」
そう叫ぶ声。
私はこの声を知っている。