愛されぬ者
(こんなにも早く会えるとは‥。)
目の前には神の使いのように美しい男性が座っていた。薄い黄色の髪は風により緩やかにたなびき、深緑の瞳はキラキラと揺れていた。
「私はエルマー・ローヤと申します。‥本日はどうなされたのですか?」
‥優しい声で問いかけられる。
私は悪役令嬢。それにまだ幼い。
少しでも威厳を出さねばすぐに彼に飲まれてしまうだろう。
「‥‥率直に言うわ、貴方、私と取引をしてくださらない?」
そう言うとエルフは目を見開き、尖った耳に着いた耳飾りをチリと鳴らした。
‥‥大丈夫、今日のために準備したもの。
ここまで来るのにも色々なことがあった。
そう、色々なことが。
「‥‥視察?」
緊張した趣で私は殿下のもとへ来ていた。
「えぇ、いずれ私はこの国の妃となる身。それで、各国の政治について知りたいと思いまして。それに、調査として国の繁栄に繋がる案を出すことができるかもしれませんし。」
なんとしてでもエルフに会わないといけない。
「そっか、そんなにこの国のことを考えてくれているんだね、ありがとうローズ。‥それじゃ、一緒に父上のところに行こう、許可をもらわなくちゃ。」
「え、ちょっ、まっ‥!」
手を引かれ私は殿下に早足でついていく。
「殿下!あの、少し歩くのが速いです!ぅぶっ‥」
突然止まるものだから殿下の背中へ思い切り顔をぶつけた。
「?殿下‥‥?」
「‥‥なんでまた殿下って言うの」
今にも泣き出しそうな顔をして言う。
「‥え、あの、この間も申し上げたとおり‥」
「でも、僕この間言ったよね。‥‥というか、僕たち夫婦になるんだから名前で呼びあってもいいと思わない?ねぇ、ローズ。」
両手を握り、ふわりと微笑まれる。
「そ、れは、私が殿下の名前を呼ぶなど‥」
「ローズ?」
無言の圧。
「っあ、えと‥エリック‥‥さま」
そう言うと彼は嬉しそうに微笑んだ。
‥私には彼が理解出来ない。
こんな風に笑う彼は将来私を道具のように扱う。
それなのに、今こんなに愛しそうに笑う。
どっちが本当の彼なのか。
コツコツと靴の音が廊下に響く。
未だ手を繋いだまま、今度は同じペースで歩く。
「そう言えば視察ってどこに行きたいの?」
突然殿下が口を開いた。
「ぇああ、西の国へ行ったあと北の国へ行こうかと。」
ピタリと殿下の動きが止まる。
(‥?今度は何)
「‥北の国?」
地を這うような低い声。あ、これは‥
昔の記憶が蘇る。魔法の訓練でうまくいかなかった時、彼はいつも私を叱った。
そしていつも認識する。私は彼の道具であるのだと。
「あ、あのエリック様‥」
ぐっと腕を強く握られ顔をしかめる。
髪を掴まれるのではないかと恐怖がフラッシュバックする。
「いっ‥、あの、離して下さい!殿下っ!」
「いかないで!」
悲鳴にも聞こえる声で叫ぶ。
「‥?あ、の‥」
「ダメ、ダメだよローズ、いかないで」
ぜぇぜぇと肩で呼吸をしている。
(まずい、過呼吸にっ‥)
「っ誰か!だれかいないの!」
そう叫んでみるが子供達だけでこっそりここまで来たものだから誰もいるわけがなく‥
「っだれか!助けてよっ!!」
一心不乱に叫ぶ。
「何事だ」
コツりと靴の音が響く。
「っぁ‥‥国王陛下‥‥」
「‥‥父、上」
冷たい視線が注がれる。
「あ、あの、エリック様が‥」
ヒューヒューと音を立て苦しそうに息をする。
「‥だからなんだ」
‥‥は?今この男は何と言った。
「‥っエリック様が苦しんでおられますので、早く医者を‥」
「愚息のことなどどうでもいい、そもそもなぜお前達はここにいる」
どうでといい?実の息子なのではないのか。
怒りに震えていると殿下がポンと私の肩を叩いた。
「‥‥申し訳、ありません。父上。お見苦しい所をお見せしました。本日はローズが他の国へ視察を行いたいと申したので父上に了承を得たいと思いこちらへと‥」
「好きにしろ」
そう一言いうと国王陛下は元来た道へと体を向けた。
周りの従者は焦ったように言う。
「国王陛下!どちらへ行かれるのですか!?了承を頂けなければいけない書類がございまして、今すぐ執務室へ戻って頂けなければっ‥‥」
「‥少し歩く。気分が優れなくてな。このような愚息などに父と呼ばれたのだから。」
こちらを見る瞳はどこまでも冷たかった。
「‥あ、のね。エリック様‥」
「ごめんね‥‥!ローズ」
重苦しい空気にそぐわない明るい声。
「カッコ悪いところを見せてしまったね、でも了承は頂けたから‥‥君の視察が今後の南の国の発展へ繋がることを祈るよ。」
どうしてそんな風に笑うんですか。
「‥僕は、鍛練してくる。陛下に認めてもらえるように。僕はこの国の王になるんだから。」
どうしてそんなに苦しそうなんですか。
王宮にある、大きな木の下。
幹に手を当て風を浴びる。
目を閉じればあの頃の光景が蘇る。母と兄弟と過ごした日々を。
皆で笑って過ごした日々を。
僕が、壊した日々を。
『エリック、どうして嘘つくの、』
彼は天才だった。魔力の量も、剣術の才も、知能も、何もかも。彼は愛されていた。
僕だって愛されてみたかった。
‥あの日、僕は僕じゃなかった。
『エリック様!エリック様!お気を確かに!!誰か早く医者を呼んで!エリック様がっ、階段から落ちたのっ‥!』
メイド達が慌てたように叫ぶ。
頭が燃えるように熱く、痛い。
『「‥‥に押された。」』
僕の意志じゃない。なのに勝手に声が出た。
『なんてこと、貴方は家族を殺そうとしたの!!?』
それはパーティー中のことだった。
会場がざわめく。
『まさか家族を殺そうだなんて‥‥』
『‥‥様は次期国王にふさわしくないのではないか‥』
『これだから魔力持ちはっ‥!』
嗚呼、ちがう、皆ちがうよ。悪いのは、
『エリック、貴様のようなものが次期国王などと‥‥力あるものこそが正義なのだ。力こそがこの世を束ねるのだ。何もない貴様に何が出来るというのだ。』
魔力なんて少しもない。魔法も使えない、剣術もだめ、頭も良くない、天使と悪魔の祝福も受けない。
何をやっても無能。役立たず。
僕は、そんな奴だ。
僕は彼には勝てない。
彼は僕とは違う。
「全部、僕が悪いんだ。」
そんなこと等に知っている。
でも力さえあれば、こんなダメ人間でも、きっと生きてていいはずなんだ。
‥‥僕に直接的な力はなくてもいい。
悪魔の祝福。それは非常に強力だと聞く。
だから、
「僕にはローズだけなんだ。」