悪役ローズの物語
『‥‥っ、‥で僕が!嫌‥決まってるだろ!』
途切れ途切れに聞こえる声には怒りが混じっている。
『‥‥でも、‥にしかたのめ‥いの。お願い』
金色の瞳に銀髪の女性は哀しそうに言う。
少年は震える声で言う。
『‥僕には、君だけでいいのに』
ハッキリと聞こえた。そして少年を見て驚く。
(‥アル‥?)
アルは瞳に涙を溜めながら女性と会話する。
『‥僕は君しか愛さないから。』
まっすぐで、綺麗で、それでいて優しい声。
私じゃない誰かに愛を呟くアル。
『ほら、やっぱり、君は独りだ。』
そんな声がどこからかした気がした。
「様‥ローズ様!起きてください!」
パチリと目を開ける。懐かしい天井に大きすぎるベッド。
「‥‥あれ、私」
「何をしておいでですか!早く準備なさってください!」
大声で怒鳴る女。
「‥スート」
この女は私のメイドの侍女長。さんざん私や他のメイドをいじめ、給与の横領や、傷害罪で数年前、処刑された人。この人がいると言うことは‥‥
「‥今、何年?」
「‥はぁ?ローズ様なんのお話を‥」
「質問に答えなさいスート。」
ギロリと睨み付けると女はぐっとなにかを堪えて不服そうに答える。
「‥はぁ、華暦1264年、貴方と王子様が縁談を結んでから7日が立ちます。‥‥まさか、お忘れだなんていいませんよね?」
「‥忘れるわけないわ。」
アルの話は本当らしい。私は戻ったのだ。‥五年前に。私が王子と縁談をし、王国にお世話になってから7日経つらしい。
ふと、ベッドの横にある大きな鏡の前に立つ。
数年前と同じく小さな手に貧相な体。これだけでも自分が死に戻ったことは分かる。
‥まずは状況を整理しないと。
「‥でていって頂戴。準備はするわ」
そう言ってベッドに腰かける。
すると彼女は馬鹿にしたように言う。
「はっ、ぽっと出のお嬢様にドレスがきられるのですか?今まで頼み込んで着させてもらったのをもうお忘れで??」
‥‥あぁ、そうだった。この女はそんなやつだった。
「‥‥貴女」
スートの方を見てにこりと微笑んで見せる。
「身の程をわきまえたらどうかしら」
‥実はかなり悪役に向いているのかもしれない。
なんて思ってしまった。
「っな、なんてことをっ、‥いくら王女として選ばれたからといって王宮の侍女長である私に失礼ですよ‥ローズ様!貴女、ご自身の立場をお分かりで‥!?」
何度も言われたのだからわかってるに決まってる。
私はただの道具だ。東と南の良好な関係作りに差し出された駒。
「もちろんよ、‥でも分かってないのは貴女の方ではないのかしら‥侍女が王妃に口答えなど、王宮の威厳が疑われるわね。」
にこりと笑いゆっくりと足を組み、睨み付ける。
ベッドがギシリと音を立てる。
「それくらい分かるわよね?早く出ていきなさい。私の気が変わらないうちに。」
(おかしい、おかしいおかしい!)
コツコツとヒールの音が宮殿の廊下に響く。
ローズ様が変わった。先日までならへらへらと媚びへつらうように笑い、私は指示すること一つ一つに詫びをいれて動いていた人間が‥。それが一晩であれだ。
まるで別人のように、何かに乗っ取られたように変わった。
「‥‥っ早く手を打たなくては」
(なんとしてもあの女を支配下に置かなくては。)
金、力その二つさえあれば国は成り立つ。
東の国一番の商会。そして強力な闇魔法。
そんな使える女を逃がすなど言語道断。
「‥メアリー!メアリーを呼んで頂戴!!!」
「‥遅れて申し訳ありません。」
ふわりとドレスの裾を広げお辞儀をする。
「‥あ、あぁ大丈夫だよ、ローズ。」
‥‥私を道具としてしか見ていなかった男とまた食事をすることになるとは。
面倒くさいと顔には出さないが内心悪態をつく。
それにしても‥‥
「‥なぜそんなに見つめられるのですか?」
ドレスにおかしいところはないはず。髪だって自分でまとめてみた。それなのに王子どころかメイド達からも強い視線が注がれる。
「あ、いや‥‥ローズこの短い間で随分と礼法を学んだようだね。余りの美しさに見とれてしまったんだ。不躾な視線を送ってすまなかったね」
‥あぁ、なんだそう言うことか。
私は死ぬ前、貴族の礼法、知識などはすべて詰め込んだ。
‥‥貴方は余り私を見てはいなかったけど。体が覚えているとはこの事。
「‥いえ、殿下のお側に立つのですから。このくらい当たり前ですわ。」
‥自分で言って虫酸が走る。私はこの男のために体にすべて叩き込んだ。どれだけ愛しても、愛が返ってくることなんてないのに。
「‥どうして急に殿下なんて呼ぶの?」
びくりと肩を震わす。
「っあ、いえ、身を弁えようかと‥‥そう思っただけですわ。」
「‥もう、旦那様とは呼ばないのかな?」
なんて子犬のような瞳で見つめられる。
「ぅ‥殿下‥がお望みならば」
「僕は呼んで欲しいな、ローズ」
そうにこりと微笑まれる。
「ハイ、ワカリマシタダンナサマー。」
‥前言撤回。悪役は向いてないかも知れない。
だってもう既に心が折れそう。
「ふぅ‥良く食べたわ。」
死ぬ前はいつもご飯の味なんて気にしてなかった。どうすれば彼の隣にいられるか、ただそれだけを考えていたから。
「小さな手‥」
天井へ向けて開閉を繰り返す。
本当に戻ってきたんだと、なんだか不思議な気持ちでいっぱいだ。
優しく首を擦る。
「切れてない。」
当たり前だとは思うけどしっかり切れた感触があった分気持ちが悪い。
「絶対に守るの。」
もう誰も私のせいで傷つかないように。