ローズの物語
少年はふわふわと宙を舞う。
「っひ、なんであんたっ、」
『僕の目の前から消えろ。』
そう少年が言うとオリビアの目から光が消え、何かに操られるように牢獄から離れて行ってしまった。
「‥‥えっとね、ローズ、ごめんなさい。僕また、約束破っちゃった。」
少年はしょんぼりした顔でゆっくりと地面へと降りた。
「‥いいの、私もひどいことをいったのだし」
そう言うと彼は嬉しそうに微笑んだ。
「‥ねぇローズ。」
「‥なに。」
「‥‥君は死なないよ。」
この悪魔が私を守るとでも言うのだろうか。
鼻で笑いながら言う。
「‥いいえ、私は死ぬのよ。悪役として、彼女の物語の役者として。」
どうあがいても私は死ぬ。
でももしも彼らに復讐できるなら。
「もしも死なないのなら‥私は彼らが望む悪役になって舞台の上で踊ってあげたい。そして最後に裏切るの。彼らの思いどおりにはならない。私は私の物語を作るの。」
何者でもなかった私。王子やビオラにとって道具でしかない私。
「‥私は、私なんだって。証明したい。」
もうどう願ったところで無駄なのだが。
「‥ローズ。言ったよね僕。」
少年は恐ろしいくらい綺麗な顔で笑う。
「君は死なない‥‥いやそうだねもっと分かりやすく言おう」
パチンと少年は指をならしてみせる。
「君は死んでも生き返るのさ!」
愉快そうに笑う。
「‥ぇ?それはどういう‥‥」
「‥?そのままの意味だよ?今この世界のローズは死ぬ。でも、君の時間を戻す‥といったら分かるかな。いわゆる死に戻り?っていうやつ。‥‥ねぇローズ。僕に君の物語を見せてよ。」
悪魔は楽しそうに笑った。
「っはは」
乾いた笑いが溢れる。
どこまでいっても私は誰かの道具だ。でもまぁそれでもいい。
「いいわ、私は悪役令嬢のローズ。物語を終わりへと導く悪名高き悪役になるわ。‥‥ねぇ悪魔さん」
ぐいっと服を掴んで悪魔を手繰り寄せる。
「貴方は私の味方?」
少年はきょとんとした顔でこちらを見つめる。そしてくすりと笑う。
「もちろん。僕は君の味方。僕の名前は‥‥アル、だよ。ローズ。」
「‥そう、アル。私の味方でいてね。。」
‥‥私の物語が終わるまで。
「‥‥よって、ローズ嬢を斬首刑に処す。」
たらたらと長い間見に覚えのない罪状を読み上げられる。やっと終わったとひとつ、あくびをして見せると、民衆はざわついた。
「‥‥っ最後にお前に面会だ。」
面会‥?こんな時に誰だと、首をかしげる。
「‥ローズ、貴殿に聞きたい。」
黒の瞳と黒の髪。
「‥北の国の国王、ブライト‥」
彼は北の国の現国王であり、『忌み子の魔女』と呼ばれ多くから恐れられる人だ。冷静沈着で慈悲の欠片もないと聞くが北の国では魔法がすべてのため彼のように魔法に秀でたものは民衆から慕われるのだ。
しかし、それは北の国でのこと。東の国も南の国も黒髪、黒い瞳という不吉な見た目を嫌い北の国を差別していた。貿易などには応じない。
そんな薄情な国の死刑執行になぜこの男が‥‥
そう思っていると彼が再び口を開く。
「‥貴殿が、ライムを殺したのか。」
「‥‥ライム?」
そう首をかしげる。
「‥っ、貴殿は実の父の名も知らぬのか。ライム・ヴェルナー。貴殿がつまらぬ思想で殺した男の名だ。」
実の父。ライム・ヴェルナー。十数年生きていて初めて父の名を知るなど、なんて親不孝なのでしょうね。
「‥ええ、そうですね。私は父の名すら知り得ません。だって、彼は私を捨てたもの。」
そうだ。彼は私を捨てた。
「‥私は彼からすべて奪った。彼の愛するものすべて。だから、」
当たり前だ。こんな結末。
ぐっと涙を堪える。
「何の話をしている。あいつが貴殿を捨てる?そんなはずはない、だってライムは‥」
パチン。と手がなる。
「もういいでしょう?ブライト国王。処刑の時間ですわ。」
ふわりとオリビアは微笑む。
「‥‥お姉様‥いいえ、ローズ・ヴェルナーと呼びましょうか。」
ぽそりと耳元で呟かれる。
「悪役、ご苦労様。」
‥‥やはりこの女の方が悪女に合っているのではないだろうか。
そんなことを考えてみたりする。
「‥‥ローズ。」
隣からふとばつの悪そうな声が聞こえる。
「‥‥殿下。」
私が愛した人。側に居たかった。好きだった。
‥‥ただそれだけ。
「‥殿下は、私を愛したことはございますか?」
ピクリと殿下が反応する。
「‥僕は」
「エリック様。」
オリビアが殿下の言葉を遮る。優しく殿下の頬を両手で包む。
「こんな悪女なんて忘れてオリビアだけを見て下さい。ふぅ‥‥何をしているの、早く執行しなさい。」
そう冷たくオリビアが言い放つと騎士達は私を強引に処刑台へと引きずって行った。
「これより元第一王子妃、ローズを処刑する。」
後ろ手を鎖で繋がれピタリと首に刃をあてがわれる。
「っはは、あはははっ!!」
狂ったように笑う。くだらない。本当にくだらない人生だったと。
青い瞳の獣人が驚いたように目を見開く。
黒の瞳の男は凛としてこちらを見ている。
民衆は殺せ殺せと喚いている。
深紅の瞳の悪魔が耳元で囁く。
『次はもっと上手くやってね。』と。
深呼吸をし、答える。
「もちろん。だって私は‥」
『悪役』令嬢ですもの。
鮮血が舞う。舞台が赤に染まっていく。
私の物語はここからなのだ。
赤く染まる舞台をただ眺める。
「ねぇ、君の愛し子は死んだよ?アル‥だっけ?」
ふいにかけられた声に振り向く。
「‥‥そうだね。君も残念だったね。‥‥また手に入れられなくて。その体はどう?できればそれで満足してどっかいってくれない?」
そう深紅の瞳は言う。
「‥オレっちが?この体で満足すると思ってるの?」
オリビアの顔をした何者かが淡々と言う。
「バカも休み休みに言ってよね、これはただの捨てゴマ。第一こんな汚い魂の女、オレっちの好みじゃない。」
「っは、天使サマのセリフとは思えないね。
‥‥次も絶対に渡さない。あれは僕のものだ。」
ギラリと赤い瞳が揺れる。
「はいはーい、わかったよ。まぁ、諦めるつもりもないけど。てゆーか、それ、魂ぼろぼろじゃんか、きつそー。‥あのこも馬鹿だねぇ、代償なしで死に戻りができるわけないのにね?目には目を歯には歯を、命には命を」
にこりと笑う。
「‥っは、何の話‥かな」
へらりと笑って見せる。
「ひひっ、ま、いいや。もうすぐオレっちのものになるし。」
ヒラヒラと手を振りながらオリビアのような何かは行ってしまった。
「‥はは、命には命を‥ね。」
ゆっくりと少年は目を閉じた。