愛された人
どこまでも甘いなと思う。あれは私の人生を狂わせた悪魔だ。そんなことぐらいは知っている。それでも彼だけが‥彼だけが私を愛してくれているのだから。もう誰も傷つけたくない。だから、私は、
ゆっくりと目を開けると視界にはひんやりとした床、目の前には檻、監視が見えた。極めつけに手につけられた手枷。ここが牢屋だと判断するには十分だった。どのくらい気絶していたのかは知らないが体があちこち痛む。
「‥オキタ?」
青色の瞳に、ピョコピョコと動く耳。ふさふさと緩やかに動くしっぽ
「‥‥獣人?」
「‥ん、オレ、ノア。オマエ、見とく。」
‥このノアという獣人が私の監視らしい。
「‥‥そう。私はどうなったのかしら」
ノアは機械のように受け答えをする。
「オマエ、しょけい、される。」
わかってはいたけどやはり改めて聞くと息がつまる。
「‥‥死ぬの‥コワイ‥‥?」
「‥えぇ、でもね私は生きてて誰を傷つける方がよっぽど怖い。」
そう言うとノアは首をかしげた。
「死ぬ‥より、コワイ?」
そう言うとノアは檻にもたれかかってゆっくりと話す。
「オレは、五年前、うられて、主様、にかわレた。
主、様、怖いにおい、スル。
かわれる前はいつ、死ぬか、と思って、いきて、タ」
目を丸くする。この獣人は人身売買で売られてきたんだ。
青色の瞳ということは天使に愛された証。そんな人も苦労するんだなぁと他人事でいた。
「死ぬより、コワイ、ない。」
その言葉を聞くまでは。
「‥それは知らないからでしょ。」
感情むき出しで獣人に向かって言葉を吐く。
「天使に愛されて、主様にも出会えた貴方は幸せでしょう?」
死んだように私は生きてきた。だから今から死ぬのは私の体だけだ。
例え私が死んでも今までと何らかわりない。ローズは消えるだけだ。肉体ごと。
「‥愛されないのは‥とても怖いことなのよ」
そうだ、私はずっと怖かったんだ。愛されないことが、一人でいることが。何者でもない私が。
くだらない苛立ちをぶつけたのに獣人は優しい声色で言う。
「‥オマエ、は、やさしい。あったかイ、においする。」
「っなにを‥」
「‥オマエ、あいされて、ない、ノ?」
愛されてないの。
その言葉が頭のなかを駆け巡る。
そうだ。私のことを愛してくれた人はいる、と。
「オレは、オマエ、悪くない、思う」
びくりと肩を震わせ俯いていた顔を上げる。
「‥‥しんじ、ル。」
にこりとノアは笑う。
「‥‥ありがとう。」
そう小さく返すのでいっぱいだった。
「あらぁお姉様、ずいぶんと犬と親しくするのねぇ?」
にこりと微笑むオリビア。
「‥主‥サマ。」
「‥はぁ、汚ならしい犬。天使に愛されているから連れてきたのに全く何もなし得ないなんて、もういいわ、あんたは下がってて。」
「っ、オレ‥は、‥‥‥はい。わかっ、タ。」
ノアは耳を倒して行ってしまった。
「‥さて、やっと二人になれたわねお姉様。今の気分はどう?」
「‥‥最悪ねオリビア。」
「そう‥残念だわ‥ならお姉様、良いこと教えて上げる。」
いかにも名案だと言わんばかりに両の手を揃えて口元に当てる。
「物語にはね悪役が必要なのでしょう?それでね、お姉様はわたくしの物語の悪役に選ばれたの!どう?光栄でしょう?」
っは‥と鼻で笑う。こんなやつのために私は人生を使ってきたのかと思うと反吐がでる。
「‥そうね、光栄なことだわ、でもね」
檻越しにオリビアを睨み付ける。そして噛み付くように言う。
「私の大切な人を傷つけた貴女を絶対に許さないわ。」
オリビアはきょとんとした顔になり、次の瞬間思い切り吹き出した。
「っあははは!!お姉様そんなこと怒ってたの!?面白いわ!はぁ、でも残念、あの人達が死んだのはお姉様のせいなのよ?」
檻越しにオリビアの手が頬に触れる
「だってぇ、‥お姉様いつまでも妃の座にいるだけなんだもの。何をするわけでもない、お飾りの妃。そんなのオリビアの物語が進まないじゃない?」
ぷんぷんと頬を膨らます。
「だから、きせーじじつ?みたいな!」
既成事実‥‥?こいつ一体どこまで、どこまで私たちをバカにする気なのだ。
「‥‥そんなことのためにメアリーと父は死んだの?」
「ん?ええそうよ?だって貴女つまらない悪役だもの。ヒロインであるオリビアが花を持たせてあげなくちゃ。ね?ほら、だから処刑という悪役にぴったりの終わり方も作ってあげたのよ?」
この女はどこまでいっても腐っている。こんな、こんな奴のために‥‥
私は死ぬ。
そうね、ノア。確かに死ぬのは怖いわ。
そんな自分が滑稽でくだらないと自然と笑いが溢れる。
「‥ふふっ、あははは!!」
久しぶりに笑ったせいか頬が少し強ばる。
「‥は?何が面白いの‥?」
オリビアは顔に血管を浮かし地を這うような声で言う。
「ふふっ、だって貴女、自分をヒロインだと思っているのでしょう?それで私が悪役。それがとっても可笑しいもの。」
くすり、とあざ笑って見せる。
「っええ!そうよ!オリビアはヒロインなの!オリビアの物語なの!お姉様はね、誰にも愛されない嫌われもの!邪魔な存在なの!わかる!?」
と、捲し立てる。
ガシャンと音を立てて檻を掴む。ジャラジャラと手枷が鳴る。そして食らいつくように話す。
「えぇそうね、これは貴女の物語よ。家族にも、天使にも愛された可愛いオリビア。でもね、私を悪役にするなんて間違えたわね。」
ニタリと笑って見せる。相変わらず頬が硬直しているが少しは笑えただろうか。
「っなにを‥‥」
「悪役はね、誰にも愛されちゃいけないの。ヒロインである貴女だけが愛されなきゃ。だからね、オリビア。」
やっと笑顔になれてきたのか頬が緩む。
「‥貴女はヒロインにはなれないわよ。」
「っなにを!あんたなんか誰にも愛されてなんかないわ!お母様もお父様も、天使も、メイドも平民も、王子だって皆オリビアを愛しているもの!あんたのことを愛しているのなんて‥ 」
「僕くらいかもね。ローズ。」
ふわりと少年がどこからともなく現れる。
「やぁ、さっきぶりだね、ローズをいじめた天使の愛し子。」
少年はニコリと笑う。