揺れる心
あの日。私は南の王にとある調査を依頼された。
内容は北の国で魔物が相次いで出没するというもの。
何故商人の私に?と思ったかもしれないが私は商業人の身でありながら魔法の腕は誰よりも良いという自信がある。
ポツリポツリと自分の過去を振り返る。
‥それに、あの頃はローズが悪魔からの寵愛を受けたばかりだったから、ローズの魔力が不安定だったのが気になって北の国の王様に話を聞いてみようとも思ったんだ。
‥長期的な調査になるから私はローズを弟の家に預けた。
そして私は魔物の調査を始めた。
‥‥調査の途中で見つけた魔法石が沢山ある山奥。そこで私はある魔方陣を見つけ、触れてしまった。
トンっ、と背中が押されたんだ。
魔力探知やバリアを張り巡らした、
誰かが来ればすぐ分かる、
はず、なのに。
魔方陣が光輝き、そこで意識は途絶えた。
‥‥目が覚めたら私は五年後の世界に居た。
私は五年間の記憶が一切ない。記憶を取り戻したのもつい最近だ。‥正直、今の私が本当にライム・ヴェルナーであるかどうかも分からない。
‥ローズ、こんな父でも愛してくれるかな?
そう語った後、父は哀しそうに笑う。
「はは、‥ローズを長い間一人にしてしまったし、こんな私は父親失格だな。」
「そんなことないっ‥!」
力一杯叫ぶ。
「貴方は私のお父様よ!誰がなんと言おうと私のお父様なの!‥確かに寂しかったし不安だった‥でも、今の貴方は誰がなんと言おうと私のお父様でしょ?!!」
「っ‥あぁ、そうだよローズ。私は君の父親だ。」
そっと父は私を抱き締めてくれた。
それが嬉しくて私も抱き締め返した。
そんな微笑ましい光景を見守る中、アルは一人考えていたらしい。
「‥‥口を挟むようで悪いけど君が踏んだ魔方陣、あれさっき見てきたけど南の奴らが書いたものだね。うまく痕跡を消したようだけど僕からしたら粗末なものだよ。」
と、アルは深刻そうな顔で告げる。
「‥これはあくまで仮定だけど、南は君を殺そうとしたんじゃないかな。君が死ねば魔物の氾濫を食い止められる魔法使いが一人居なくなるし、そうやって北が潰れれば東の国と、西の国だけが残る。東の国とは国を跨いで婚約をすることで計略的に東を手に入れる。‥‥後はもう圧力で西を手にいれるだけだ。」
「‥‥もしその考えが本当だとしたら私はまだ北に身を隠す方が良いだろうね。生きていることがばれたら消されたしまいそうだし。」
どんどんと重苦しい空気が漂う。
「‥‥今のヴェルナー商会はどうなっている?」
父が空気を変えようと口を開く。
「それは私が伝えましょう。」
そしてメアリーが淡々と話す。
「‥‥なので現在ヴェルナー商会の信用はがた落ち‥というかこれ以上はもうどうしようもございません。」
「‥そこまでか。」
明らかに落胆の表情を見せる父。
弟一家がヴェルナー商会を率いることになってからろくなことがない。
彼らは商会のなんたるやを知らなすぎるのだ。
‥そもそもヴェルナー商会が上手くやっているのは数年前、父が助けた商人が命の恩人だと父と契約を結んでくれたことも関連している。
だからまぁ、彼らには到底無理な話なのだ。
人の商会を受け持つなど。
「大丈夫よお父様。私は商会を取り戻してみせるわ。」
そもそも私の目標でもあるのだから。
私は彼らに奪われたもの全てを取り返したい。
「ありがとうローズ。お父さんも頑張るからね。‥‥えっと、ちなみになんだが、さっきのアルの話で東の国と婚約を結ぶって‥‥そのまさかとは、思うが‥」
父が小刻みに震える。
「‥私が南の国の妃になる、というかもう既に縁談をして後は婚約できる歳になるまで待つだけなの‥でっでも、ほら政略結婚なのだし、仕方のないことだし‥」
‥私は東の国一番の商会の娘だ。
何故殿下がオリビアではなく私を妃に任命したのかは知らないが政略結婚には都合の良い女だろう。
だんだんといたたまれない気持ちになり最後は自分に言い聞かせるように呟いた。
父はピシャリと固まった後満面の笑みを浮かべた。
「ぶっ○す。」
‥‥それはもう全力で止めたわ。
「‥っ疲れたぁ‥‥!!」
あれから父をなだめるのが大変だった。
それに‥まだ私も現実を受け止められていない。
父がわたしをあんなに大切に思ってくれていたこと。
南が私達をはめようとしているのかもしれないということ。
王宮の庭を散歩しながら考えを巡らす。
太陽は一番高い位置から私を照らし、ジリジリと肌を焼く。
「わぁ、綺麗‥!」
少し開けた場所。そこには一面薔薇が咲いており、深紅に染まる地を眺める。
‥‥とにかく私がすることは悪役として過ごし彼らの目を欺くこと。‥そして復讐をする。
そのためにはやはり味方と自身の力をつけることが必要だ。
ふわりと花弁を撫でる。
そして改めて気合いを入れ直す。
ガサリ。
と後ろから音がした。
「‥?誰?アル?」
くるりと振り返ると黒髪、黒目の少年がいた。
な、かっ彼はっ‥!
「‥‥っ、ぶ、ブライトっっ!!?」
ビックリして大きな声を出すとブライトはこてんと首をかしげた。
「‥俺、貴女に会ったことありますか?」
‥そうだ、今の彼とは初対面。
「なっ、なんだって良いでしょう‥‥!貴方の噂くらい聞いたことありますわ!」
苦し紛れにそう言うとブライトはぴくりと反応しそれから目を合わせようとはしてくれなくなった。
(‥何か不味いことを言ったのかしら。)
「‥‥『忌み子の魔女』でしたっけ。」
「え?」
そう言えば彼のあだ名はそのようなものだった気がする。
黒目に黒髪。それらが光に当たってキラキラと輝く。
あれ、なんかすっごく‥‥
「‥‥綺麗‥!」
思わず口からこぼれた言葉。
「‥‥え‥?」
ブライトが目を大きく見開く。
「貴方の髪と瞳が夜みたいね!凄く綺麗だわ‥‥!」
「‥‥綺麗‥なのですか、気味が‥悪くはないのですか?」
「‥?えぇすごく綺麗だと思うわ。気味も悪くないわ。そうね‥私の瞳を見て。」
「‥赤い‥ですね」
「そう、これは悪魔から祝福を受けた証よ。私は前この瞳が嫌いだった。皆を殺してしまうようで恐ろしかった。」
オリビアに蔑まれたとき私は思った。
どうしてこんな瞳なのだろうと。
私は自分の元の瞳の色すら覚えていない。
「‥でもね、最近この瞳が好きになれたの。‥‥愛してくれた証だってちゃんと分かったから。」
にこりと笑いかける
「どんなに辛くても貴方を理解してくれる人は必ずいるわ。」
「だいたいね、皆してうるさいのよ、どんな色であろうと、目は目よ。ただ視覚と言う五感のうちのひとつにすぎない。別に赤色の瞳だからと言って景色が赤く見えるわけでもないのに」
そう不貞腐れたように言うとくすくすとブライトが笑う。
「‥‥名前。」
「え?」
「名前を聞いていませんでした。」
「私?私はね、ローズ・ヴェルナー。」
「‥ローズ。貴女は俺の味方になってくれますか‥?」
手が伸ばされる。
「味方‥?」
「えぇ、今貴女が言ったように俺も自分の瞳を好きになりたい。‥母も言ってくれたんです。
‥とても綺麗だって。‥‥俺は味方が欲しいんです。俺を理解してくれる様な。」
哀しそうにブライトは笑う。
前の彼はこんな風に笑う人ではなかった。
大きなパーティーで何度か彼を見たことはあるが彼は笑うことも誰かと馴れ合うこともしない人だった。
冷酷。そんな言葉が似合う人。
いつも独りで何か思い詰めてるような人。
そんな印象だった。
なのに
‥‥もっと笑顔が見てみたい。
そう思うのは可笑しいことかもしれない。
だって私と彼には接点なんてほとんどないはずだ。
でも、彼に笑っていてほしいと思ってしまう。
何故かそう思ってしまうのだ。
「‥私は貴方の味方にはならないわ。」
そう告げるとぴくりとブライトが反応し、伸ばした手を降ろしかける。
「そ、ですか。いえすみません。俺は‥」
「貴方が私の味方になるの!」
降ろされかけた手をパシリと拾う。
「っえ‥?」
「私の味方になってくれる?ブライト」
「!‥‥はい‥ローズ。」
ふにゃりとブライトは笑う。
こうしてまた一人味方が増えたローズ。
でも彼女は知らない。
深紅の瞳が嫉妬で染まることを。
死んだ目のメイドが何かを察知してその場に駆けつけることを。
父親が愛しの娘を探し歩いていることを。
黒い瞳が淡い恋心で揺れ動いていることを。
‥‥彼女は知らない。




