Mission7;アメリアの闇落ちのワケを知れ!
舞踏会場を一人歩く、アメリア。周囲はヒソヒソと彼女を噂していた。
「見て!アメリア嬢だわ。あのドレスは何?妹のトワイライト嬢みたいな格好してらっしゃるわ。」
「ええ、色もいつもの原色とは違って、淡色のものお選びになれたのかしら。ですがあれではあんまりにも・・・」
クスクスクスクスクス・・・
背の高い後ろ姿に胸の開けたデザインで淡い水色のプリンセスラインのドレス。
誰しもが、一度は来て見たいと思う王道のドレスを身に纏ったアメリアは、婚約者の参列を義務付けられている舞踏会で一人王子を探して歩いていた。
この日の彼女は、これまでのイメージを一掃しようと、念入りに立てられた計画に決意を漲られせていた。
だが、もう二度と社交界に顔を出せないほどのトラウマを今日植え付けられる事となる。
アメリア・マーズ、15歳の晩夏。
この時はまだ、女の子は無条件に愛されるものだと思っていた儚げな少女だった。
(どこへ行っても、同じ反応。気にしても、気にしなくても、どんな格好をしていても皆に揶揄されるのなら、今日は私の好きなドレスを着るわ!これで殿下に会いにいくの!)
カツカツカツ・・・
”中央を堂々と歩く足音”
アメリアは、いつも奥手で言いたい事をきちんと言えない自分にはなく、妹のトワイライトにあるものを探し続けていた。
(自分も彼女を見習って行動すれば、きっと殿下のお気持ちを動かせるはず!)
今日はそのために、念入りに準備してきた。
その決意が、今までの不遜な状況を変えようと突き進む力に変えていた。
だが、その決意がかえって令嬢たちの格好の笑いタネにされているが、今日のアメリアはそれをも気にしまいと王子の元へと足を動かした。
令嬢に囲まれて楽しく談笑する王子は、いつもながらパーティの中心人物だ。
それは他祭の催しを含めて当然ともいえるが主役の座を奪ってしまうほどに。
”アンソール・アルベルト王子”
彼の見た目は老若男女問わず、多くのものを虜にした。
両親と同じ金色の髪色を長めに伸ばしたショートヘアと、かき上げられた前髪から覗く美しくくっきりとした目元、ハシバミ色の瞳。
平均的な身長でありながら細い体に隠し持っている均等の取れた筋肉は、燕尾服や正装服を着た時に一番良さが現れる。
今日は、赤い絨毯一面敷かれた会場に映える金色の装飾を各所にちりばめた白い正装服の出立で、輪の中心にいた。
いつもなら、とても私からは声をかけられない。
しかもすぐそばには妹のトワイライトまでいる。
(そういつもなら、遠くから見ているだけで壁の中に消え入りそうになる程惨めに立ち尽くしてた。それを言い事にトワイライトがいつも殿下を独り占めしても、いつもいつも我慢して・・・。・・・私が婚約者なのに!)
カツカツカツ・・・
”輪の中心までくるとその足を止める”
「殿下、帝国の麗しき太陽にご挨拶を申し上げます。」
しっかりと礼式を重んじた所作を全く滞りなく、そして優雅に行なわれた。
声は品のある落ち着いた声音で実に聴きやすい。
その一礼だけで(さすが婚約者)と言わしめるほど美しいその所作に皆が婚約者アメリアの姿に注目した。
”だからこそ、あまりにも対比となる不釣り合いなドレスアップが皆を笑いの渦に巻き込んだ”
王子が思わず、手に持ったグラスを小さく振るわせ身震いした。
そこには、髪を高い位置でまとめた事でいつもより目元が引きつり、唇だけ濃いルージュをつけ、古典的ともいえるパフスリーブドレス姿のアメリアの姿があった。
よりにもよって会場の中心で、彼女はまるで、道化のような姿だった。
それを見た王子は見る見る表情を歪ませ、怖れを通り越して、不快極まりないものを見たと言わんばかりに頭を抱えた。
(いつも壁の花と化す目障りな女をわざわざ避けて、中心で目を合わせないようにしているというのに、なぜ今日は私の所まで来て声をかけたんだ?
いつも、一緒に参列しない意味がこいつはわからないのか?!
なぜよりにもよって滑稽な格好をしているこの時に!私を笑い者にしたいのか!!!)
王子の美しい顔は、どんどん怒りの形相へと変化していく。いつものポーカーフェイスが崩れるほど王子は、苛立ちを隠しきれなかった。
(ただでさえ、私にまで及びそうなほど悪評のお前が、とうとう公に私の恥を立て始めたのか?!彼女を選んだ皇太后まで辱める行為を!)
その様子にさすがにアメリア自身も様子がおかしいことに気づく。
内心、はち切れんばかり心拍音が波打っていた。
(もう帰りたいわ・・・、でもここで逃げ出してはまた私は変われない。私がいつもわかりにくい態度を取るから、王子も素直に私のもとに近づいてこられないもの。妹のように気さくにそして愛らしく声をかけなければ・・・)
「で、殿下、先日の射営会では素晴らしいご成績を残され・・・」
『なんだ!その装いは!私にどれだけ恥をかかせれば気が済むんだ!」
「えっ・・・・」
「お前みたいな、野良狐のキツイ顔だけでも悪目立ちしているというのに、気色の悪い化粧をし、貧弱でみすぼらしい体つきを隠す事もしないでよく平然としていられるな!』
その発言でドッと笑い声が溢れる。
まるで、充満した空気の栓を一気に抜いたように、一斉に笑いが起きた。そして野次にも似た陰口があちらこちらに響き始める。一緒になって、嘲笑する令嬢の中で王子の隣を陣取り、涙を流すほど笑っているトワイライトが、その涙を拭いながら彼に代わって彼女の愚行を追求する。
「お姉さま、三日三晩、何か物音を立てて準備をしていると思ったら、これでしたの?
みんなを笑わせ和ませようとお考えで、そのような道化のような格好したのであれば成功ですわね。
大いに笑わせて頂きましたもの。
ですが淑女として、さらには殿下の婚約者というお立場でありながら此処に来られたのでしたら、あまりにもひどいお姿ですわ。
誰がお姉さまのように男性と見紛うほどしっかりとした胸骨を見たいでしょうか。これみよがしに開けてらしても、かえって貧相なお姿を目立ちますわ!仮想用の舞台メイクまで施して、見るに耐えませんわね。
はぁ。お姉さまがそんな醜態を起こして殿下の信用まで失墜すれば、ただの冗談では済みませんわよ。早く、殿下から離てくださらないかしら。」
素晴らしく的を得たトワイライトのし的に、感情すら周囲からあがる。
それはいつの間にか、「帰れ」コールになっていた。
当時の彼女は、客観的に自分の容姿を理解できない齢だった。
ましてや、いつもと違うスタイルを行えばなおのこと。
だが、これは彼女が起案した者ではなく、この状況を予想できた第三者によりこれは仕掛けられた罠だった事をアメリアは知る由もない。加えてその過程で一人でも忠告するものがいたならば、この状況は回避できたかもしれないが、誰もアメリアの為の行動を起こす者などいなかった。
彼女がその命が尽きた時も今と同様、一人ひとりの配慮のない行動によってその大切な命が奪われた。
そして今、この出来事がきっかけで、彼女の心が死んでしまった、そんな瞬間だった。
「もう良い、早く行くんだ。アメリア・・・、二度とこのような場で私に声をかけるな。」
それから、アメリアは夢中で走った。早くここから出たい、その一心で。
だが、用意していなかった馬車がない事を知ると、会場の外で蹲るように泣きじゃくった。
今日は途中で帰らないと決めていた自分の行動が最後の最後で仇となる。
自分にすらも裏切られた気がして、絶望に打ちひしがれ、さらに声を上げて泣いた。
だからこそ、この場を助ける人が居たとなれば、それだけで神に匹敵する救世主だ。
誰一人として、味方がいないアメリアにその手をひとつ差し出せばいい。
そうすれば、その手をとったアメリアは己を神の如く崇めるだろう。
そしてそれは必然のシナリオとして、途方に暮れる彼女にある男が優しく手を差し伸べた。
「レディ。せっかくの素敵なドレスがシワになってしまいます。さぁ。私のお手を取って。」
「えっ」
「屋敷で何かあったのでしょう。
ですが、どんな理由であれ、天下のアメリア様をこんな所で泣かせたとなれば、この国の存続に関わります。なんてね。
さっ、御自宅までお送りいたします。さっ」
ひどい姿の私を見ても全く動じる事なく気さくに声をかけたその男の存在は、今まさに彼女のひどく傷つけられた心に一点の強烈な光となって映し出された。
「いいのですか・・・。私は、私は、あの、アメリアなのですよ。」
「ええ、だからお誘いしたのです、美しいアメリア様。貴女を送る口実に話がしたくてね。さ、これで涙を拭いてください。」
胸ポケットのハンカチーフが彼女の零れ落ちた涙を、白いハンカチがそっと受け止める。
あまりにも自然に、寄り添えられた優しさを初めて触れたアメリアであった。
そしてとうとうアメリアは彼の運命の手を取ってしまう。救いの手のように見える、最も破滅への続く魔の手を。
彼はそのまま彼女を馬車に乗せて走らせた。
その人物こそが、まさに彼女の浮気相手、売国奴となる(パウロ・レバデロ)であった。