Mission4;怪しまれずに商人を家に招け!前編
(翌日)
「はい、フロリー、これあなたのお父様にこの招待状を渡しに行って。今日は私もやることがあるから、用事を済ませたら今日は家族と過ごしてらっしゃい。帰るのも一週間後くらいでいいわ。まだ、周囲には私と完全に打ち解けた雰囲気を作るのもよくないし、いったん追い出されたと言って出てきなさい。」
「いいのですか?」
顔は嬉しそうにしているフロリーが遠慮するので、背中を押して送り出した。
’では私は早速、この小説の大ファンとして主人公に会いに行きますか!’
まだ本調子でない体を押してまでも、私は彼女を一目会いたかった。彼女に勝手に疎外感を感じていた原作のアメリアにとっては敵となった主人公でも、今後の私の人生に関わる以上この家で一番まともな彼女と協力関係を築く事で回避できる展開はいくつもある。
戦場での選択肢が多い者ほど、戦場を制することができるのはわかり切った話である。
だが、そんな論理的思考よりも何よりも、あの「トワイライト」に会える!という高揚感が強い。
ここが本当に「愛のかけらをあつめて」の小説の中の世界なら、私がずっと行末を追い続けた美しいあの少女がこの世界にいる。
そう思うだけで道理の知らない世界で一つの希望にもなっている。
私は、はやる気持ちを抑えて自室を出た。
’彼女は今頃、フルートの練習をしているところかな。’
庭園の先、渡り廊下を通った離れに音楽室がある。その場所に向かうまで、庭園を通り向かうことにした。せっかくなので道中綺麗な花を眺めて歩いた。
立ち止まり、色鮮やかに植えられた花を愛ていると、渡り廊下を美しい少女が歩いているのが見えた。
薄水色のレースのリボンと、白地のふんわりとしたエンパイアドレス、透き通るほど綺麗な金髪を靡かせて、穏やかな風にそよぐ妖精のような姿はまさしくこの小説の主人公トワイライト・マーズだった。
フルートと、楽譜を手に、品よく使用人と談笑している。
(使用人と分け隔てなく接する彼女なら・・・・)
私は、彼女に悪女のイメージを払拭してもらう為にまず今までの非礼を詫びようと近づいた。
これから仲良くできないか、あなたと王子の中を邪魔するつもりなはい。
これまでの過ちを悔い、あなたを応援するから、私もまたこの家を穏便に出ていけるように手を貸してほしいと。
(誠心誠意伝えれば、彼女ならわかってくれるはず!)
私は、意を決して彼女に声をかけた。
「トワイライト・・・、ご機嫌よう。私よ。」
姉らしく、自然に、そして何より好印象に・・・、20通り程度考えたセリフで、彼女の対応を見ながら臨機応変口弁するつもりでいた私だったが・・・。
「トワイライト?」
彼女は私を見るやいなや、きれいな顔を一瞬醜く歪ませ、あからさまにプイっとそっぽを向くとスタスタと無視してどこかに行ってしまった。
小さくあげた手を静かに下ろしトワイライト言動に困惑した。同席の使用人もクスクスと小馬鹿にした様に去っていく。
(今の、本当に私の知る・・・・美しいトワイライトなの・・・?)
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(7日後)
この一週間、他の使用人に食事は部屋まで運ばせ、アメリアの自室に備え付けの浴室とトイレがあるため、自室に引きこもる生活は一人でも不自由もなく生活できた。
食事への嫌がらせだけは警戒していたが、問題行為は全て屋敷の叔父に報告されるのを恐れているのか皆大人しかった。
あの一件から兄弟達がこの部屋に来る事はないし、邪魔をする使用人もいない。
余談だが、私に近づくと呪われるという噂がある。婚期が遅れるとか、不感症になるとかそういう噂が一番効果があった。
さらに余談だが、その噂も私が仕組んだ事だ。
使用人ともやり合うつもりでいた私にとって、その効果により唐突に平穏な時間が与えられ、嬉しい限りだった。
おかげで体をしっかり休めることができたし、何より気ままに自由に過ごせた。
その間、小説の内容をゆっくりと思い出す時間もあった。
しかしこれは本来のアメリアにとってどうなんだろう。
彼女は、「人を寄せ付けない」上、一度関わってしまえば手のつけられない「トラブルメーカー」。傲岸不遜な態度で侍女や執事からも忌み嫌われている。
だけど、本当の彼女は「寂しがり屋」で誰よりも「愛されたい」と思っている孤独な16歳の女の子だ。
この環境は、裏を返せば幽閉されているのと同義。生かさず殺さずただ王子の婚約者である器だけを与えられた人形のよう。
実際、そうやって彼女はずっと暮らしてきたんだろう。
小説でも、親兄妹たちと談笑するどころかたわいない挨拶を交わす描写も、使用人達と交流する様子も全く描かれていない。
問題を起こし、非難される時ばかり彼女はそこ(小説)に存在し、常に人に嫌悪感を抱かれている。
まるでそれ以外、存在の意味を持たないみたいに。
(しかも、これみよがしに三人がよくお茶をする園庭のイートスペースは、アメリアの窓からよく見えるのよね。)
今日も居るのでは?と窓の外を見ると、やはりそこには兄と弟、そしてまだここに来て一言も言葉を交わしていない妹、トワイライトが楽しそうにお茶会を開いていた。
透き通るほど綺麗なブロンドのロングヘアをゆるく巻き上げて、淡い水色のドレスを身に纏い、まるで御伽噺のお姫様の様に愛らしいトワイライトが二人の兄に囲まれて笑い合っていた。
薄くピンクに色づく唇と、健康的でいて華奢な丸みのある体。
金髪によく似合う、アクアの瞳。
村一番ではなく、国一番に匹敵するほど儚げで精錬された美人。
(アメリアも美人なんだけどね。やっぱり万人受けするのはトワイライトだわ。
ったく、二人とも実の妹に鼻の下なんか伸ばして、なんて気色悪いの。実際に、あの二人トワイライトに許されない恋心抱いているから、マジできもいんだよね。)
小説は、元いた世界でもなかなかにヘビーなバッド小説もの。
ヒロインのトワイライトは、ずっとこの二人の気持ち悪い視線に気づきながらも、引き取られた身として強く拒否できないかわいそうな妹だ。何より慈悲深い彼女は簡単に人を拒否なんてこと事態しない。
理解しようと努力する健気な主人公なのだ。
(だけどあの時の反応は決して私の知るトワイライトには見えなかった。)
この一週間どうにかトワイライトと話せないか画策している日々だった。その為、彼女を見つけては追いかける日々だったのだが・・・見れば見るほど小説の中のトワイライトとは似ても似つかない姿だった。
前提として、彼女は私が目を覚ましたというのに一度も面会にこない。
普段は品があり、一見して彼女らしい美しい姿なのだが、この環境に窮屈に思っている様子もない。
原作では、質素で自由な暮らしに戻りたいと望む彼女のトワイライトだが、その逆で現許はとても馴染んでいるのだ。
’実際に、細かな設定が入ると見え方が変わるものなのか?’
その疑問を残しながら、私は次の一手の作戦を練る為、筆を取る毎日を送った。
* * *
暖かな日差しに、咲き乱れた季節の花、白いガーデンテーブルにはアフタヌーンティスタンドがセットされ、中には色鮮やかなマカロン、マロングラッセ、ブラウニー、季節の果物が美しく盛り付けられている。どれも有名な菓子職人から直接受注して、果物はその日の朝に採れたてを届けさせている。
茶葉はその日状態のいい茶葉を選別させ、選りすぐったティポーットをその日の気分で選び、極上の一杯として注がれる。そう、私は一級品しか許さない。それ以外は私に関わる価値もない。
「トワイライトお嬢様、お注ぎいたします。」
「えぇ、お願いするわ。」
「トワイライト、なんだか今日は元気がないな。俺の話も、上の空だし。」
「いや、兄さんの話は毎回似た様な話だからつまらないんだよ。僕の話をしたほうがずっと面白いんだ。ねぇ?トワイライト。」
(この兄達は相変わらずね。顔が良くなければ、度々私のティタイムに参加すること自体許されないのだけれど。)
トワイライトはそんな心情と全く違う表情を作り上げ、彼らに天使の様な微笑みをいつものように振りまいた。
「ごめんなさい、お兄様。先ほどからお姉さまの視線が痛いほど、注がれていたもので・・・。」
「なんだと!あいつ、また俺たちのこと覗き見てたのか?!あの身の程知らずが!」
「やっぱり、目覚めてから一度もご挨拶していないことを根に持っていらっしゃるのかしら・・・凄く恐ろしい視線でしたもの。・・・私、お姉さまに会いに行きますわ!」
「いやいい、お前はあんなやつに対しても優しくしてしまうから、あいつがつけ上がるんだ。あの時もお前の計らいで包帯まで用意して治療したというのに、そのやり方がおかしいと抗議までして来た。全くあの恩知らずめ・・・」
「お姉さまがそんなことを・・・。抗議ってどのようなものだったのですか?」
妹の質問に、直接やりとりをしたダンケルクがあの時の様子を思い出し、また苛立って激しくため息をついた後椅子にもたれかかるのを見て、トリスタンが代わりに説明することにした。
兄はまだあの時の出来事を昨日のことのように腹を立てている。
「包帯をつける場所が、どれも適していないだとかなんとか。うっ血かなんだかを起こして、血の巡りを悪くさせたせいで危険な状態になるところだったとかなんとか。もちろん、言いがかりにもほどがある発言だけどね。知識もない奴が、勝手なことをほざいているのさ。」
トワイライトは、何か腑に落ちない様子で二人の話を聞いている。少し俯いて何かを考え込んでいる様子をダンケルクは心配ないと声をかけた。
「まぁごめんなさい、私に医療の知識がないのに、しゃしゃり出たばっかりにお姉さまを危険に晒してしまったのね・・・。
それに、お姉さまも体調を戻されたら、事情を知る関係者にあの日の状況を聞きに行くでしょうね。
さぁどうしましょう・・・。」
「では、俺が対処するとしよう。おじ様に余計な口添えをされては困る。」
「さすが兄さん!だって?トワイライト。だから気にすることないよ。誰よりも純真で分け隔てない優しい子なんだ。それを間違った見方で貶めるような奴がいたら僕たちが全力で守るから!」
「ありがとう。お兄様たち、お二人のお気持ちとても嬉しいです。・・・ですが、妙ですわね、お姉さまが暴れるでなく、泣きじゃくるでなく、知識を持って抗議されるだなんて・・・いったいお姉様はどうされてしまったのでしょうか。」
そのトワイライの一言に、二人の兄が顔を歪めて見合った。今まで何もできない、力のない繋がれた野犬がほざいているだけだと思っていた認識がその不穏な一言に兄たちのアメリアに疑問の一滴を落とした。
まるで、妹によって彼女への疑いの一滴が注がれ、汚く濁ったティーカップのように。
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