Mission3:侍女の謝罪の真意を探れ!
ー突き飛ばされた瞬間の記憶の断片ー
アメリアは、まるで幼子のように泣きじゃくりながら雑木林を走った。
ー月明かりが水面に映る湖ー
その林を抜けると、美しい湖へ。ようやくたどり着くとすぐに膝からしゃがみ込み、おんおんと泣き続ける。
砂漠のように枯渇したと思っていた心が今は濁流のように悲しみで一杯になった。
ー月明かりの静寂が広がる頃ー
ようやく咽び泣く時間は流れ、彼女は涙を拭い、水面の満月を眺めると、また生き抜く決意を瞳に宿した。
すると後ろから静かに近づく物音にアメリアは気がつく。
警戒し振り返ると、その主を見てアメリアは心の底から安堵したように笑いかけた。
彼女は、その存在に近づこうとし、その存在もまた近づいてくる。二人の距離が近づいて、向かい合わせの二人の間に抱擁の瞬間が訪れた。だが、その存在は回した手で彼女の肩を力強く押した。アメリアのは体を押され無防備に湖に投げ出された。
私と同じように恨み辛みを足枷にどこまで深い湖の底へと。
’だ・・・け・・・・フロリー・・・’
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濡れた髪をタオルで乾かしながら、私は、原作の一幕を思い出しながら彼女を待った。
彼女は辛いことがあると、よく幼き日に父と手を繋いで訪れた敷地奥にある湖のほとりへ、人知れずきていた。
かつての幸せと温もりを感じた思い出の場所だから。
その日もまた、言われない叱責と屈辱を浴び耐えきれず飛び出したアメリアは、信頼していた何者かによって湖に突き落とされる。
湖に落ちた描写と共に飛びこんできた彼女の心の声。そう、今まさに目の前でをしてこの使用人「フロリー」の名を呼んで。
アメリアへの悪意は息を吹き返した後も終わる事なく、治療と名ばかりの酷い対応により心不全により死亡。
彼女が死際に名を呼ぶほどの人物は、一体今まで何をしていたのか。
フロリーが犯人である可能性が高い。屋敷内で唯一心を開いていた人物にも関わらず裏では彼女をいじめていたかもしれない。・・・信頼させ、踏みにじり、放置する、一番疑われない方法だ。
(だが、この方法の一番の欠点は被害者が一命を取り止めることだ・・・きっと生き返る計画など考えてもなかったはず。
一番事情の知る本人に呼び出された事でとっさに許しをこおうと謝罪しているんだわ。
やはり、この名が浮かんですぐに呼びつけたのは正解だった。
私が、真相を暴いてやる!)
「本当に・・・申し訳ございません!!!!」
「そんな上部の言葉で謝られても許さないわ。私は命を落としかけたのよ。いえ、私はあの時死んだの!」
「死・・・ほ、本当に、本当に申し訳ございません!!私が至らなかったばかりにアメリア様をこんなにも苦しめて・・・・」
「まだこの状況でしらばっくれるって言うの、全ての事態を招いた犯人のくせに!!」
「そ、そんな・・・」
証拠のない私は、彼女を非難することで白状させようと考え、声を荒げた。その言葉一つ一つに酷くショックを受けているフロリーを見て、あまりの白身の演技に舌を巻いた。だが事態は思いもよらぬ方にと進んでいく。
「確かに私はお嬢様に身の危険が迫っていることをお嬢様から常々聞いておりました。その上でお嬢様をお守りすることができませんでした。そう言う意味では私が殺したも同然だと思います。ですが、アメリア様からそう言われてしまうのはとてもとても悲しいです。」
’まだそんな言い訳を?’
「・・・本日お逢いするまで、アメリア様のお世話のために部屋に入ることは愚か、城内作業すら任されず、心配でアメリア様の部屋の窓を見上げることしかできませんでした。
そんな私に同僚から、アメリア様はきちんと治療を受け安静にしていると聞いたんです。その言葉に安心してしまったのも事実です。
どうか、またアメリア様のそばでお支えさせてください。」
白々しい演技かと思っていたが必死に懇願するフロリーを見て、立てた推理がまるで的外れの方向に進んでいることに違和感を感じた。
目の前で、必死に訴える姿は自身の無実ではなく、アメリアへの配慮に自責の言葉ばかりである。
やはり全てあの日の出来事を話してもらわなければ。この雰囲気ならば演技でもある程度真実を話すに違いない。
「あなた、弁明するならあの日のことを全て話すのが筋でしょ。説明して、納得のいく様に。」
「は!はい、申し訳ございません。ご説明致します・・・」
ことの顛末は、私があの日泣きながら走り去ったのを見て心配ながらも後を追いかけることを躊躇っていた。彼女がそう思うほど、アメリアの表情が深刻だった。悩んでいる間に突然使用されていない部屋の掃除を任されることとなったと言う。
「すごく心配をしたんですが、何より先にお嬢様との約束を果たさなければならないと思い、私は業務中に湖に通い続けました。」
「約束って、私とあなたがこういう時にどうすべきかを決めていたの?」
「お嬢様がそういったじゃありませんか。
《もしも、自分の命が危険に晒されるようなことがあれば、真っ先に現場に赴き証拠や痕跡を見つけるように》と・・・。」
(そんな危険な約束をアメリアはフロリーとしていたの?
命を狙われているのに、護衛もつけず、訴える相手が侍女たった一人で、自分が死んでしまうかもしれないのに、一番信用できる人を側に置かずに、証拠集めをさせるなんて。思い悩む私をフロリーは心配した表情で続けた。
「・・・ですが、私が間違っておりました。
お嬢様をこんなになるまで使命に没頭し、そればかりか、犠牲を払ったお嬢様に確たる差し出せる証拠が一つもないなんて。
こうなる事を予想することができたなら、私はお嬢様の命を最優先に考えるべきだった・・・!」
懇願するフロリーを見て私は実に冷めた目で見ていた。
ネゴシエイターの私にとって、無実の懇願シーンは実はよく見かける姿である。捕まった犯人が、相手が女だからと泣き落としで供述を逃れる者も少なくないのだ。だが、私は細かな表情で相手の心意を読み取る訓練を受けているし、現場にいた経験から自然と’違い’について理解できる為、今はっきりと分かる。間違いなく彼女は、犯人ではない。むしろその犯人を捕まえようと今の今まで現場を捜索してくれていた味方だった。
(アメリア、あなたにも味方がいたのね・・・。)
この謝罪を受けたいはずのアメリアはこの体にいない。きっとこの光景を見たら一緒に抱き合って泣いていたかもしれないのに。
だけど、それをするのは私じゃない。
真っ先に浮かんだ名前がこの子であった理由をアメリア、あなたの気持ちを知ることができた。
それは、これからこの体の主として生きていかなければならない私にとっても、とても大事だ。
(他に犯人がいる・・・それは一体・・・)
「フロリー、私、まだ記憶が混乱してて・・・その、ごめんなさい。犯人だと勘違いしてしまって・・・。今ようやく思い出したわ。犯人扱いしてごめんなさい。」
「いえっとんでもございません!私も、呼ばれたらすぐに証拠を出さなければならないと思っておりましたので、お加減を気にする余裕がなく申し訳ございませんでした。ですが、色々と調査したことはありますので、お体がよくなってからご説明させていただきますね。すぐにお茶の準備をしてきます!」
涙を拭う彼女の後ろ姿に、彼女の強さとアメリアとの信頼関係を感じた。そして偽物の私がその二人の関係性すらも壊してしまったと言う思いに駆られた。
軟膏を塗ってもらい、しっかり治療を施してもらった。好きじゃないと思っていた紅茶を飲んだら、ほっとする優しい味で、目覚めた途端に始まった怒涛の展開に、急にどっと疲れが出た。
「フロリー。この後湯浴みの手伝いをしてくれないかしら。」
「はい、そうおっしゃると思って、準備はできております。」
この環境で、優秀な侍女がそばにいてくれる。ここにきて最大収穫だ。
フロリーは褐色の肌に、深い栗色の髪で異国出身の放浪商人の娘だ。
彼女の父は地図の裏側まで赴く様な、探求熱心で世界中を歩き回った有名な人。彼の功績は、後に彼の死後書記が発見された事でようやく日の目を見る。
そんな彼が、放浪中の異国の女性と結婚して生まれたのがフロリーだ。姓はないが、実はそれなりに裕福な家柄でもある。
貴族よりもかえって金回りがあるのが商人という者だ。
だが、最近は体を悪くして療養しているため、娘がこのマーズ家の侍女として働いている。
「フロリー、貴女のお父さんの体調はどうなの?」
浴槽で体が冷えないくらいの水量でお湯を貯めたバスタブに、軟膏を塗った四肢が濡れないように寝そべる私の髪を綺麗に洗いながら、彼女は答えた。
「父ですか?相変わらずです。足を痛めて、まだ旅に出られないと悔しがっています。私は、しばらくおとなしくして欲しいんですけどね。」
「あら、じゃあ、まだ首都にいるのね。あなたが屋敷に持ち込んでくれた今日の清涼感のあるキグリス葉の軟膏と言い、今使っているクネオヤシのブラシといい、本当に素晴らしいものだわ。そこでちょっと相談したいことがあるのだけど・・・」
ニヤリと微笑む私の悪女スマイルが効果覿面したのか、怪訝そうに見つめるフロリー。
私は、次の作戦を思いつき思わず口元を緩ませた。
私は証拠のない現場から犯人を割り出す為、あの現場にいた衛生兵、そして使用人達の口を破らせる事が必要だと考えた。だが、口の固い騎士や使用人相手に簡単ではないことは容易に想像できる。
’資金を集めが必要よ。・・・商人をこの家に呼ぶとしよう。’