Mission2 傍若無人の兄を追い出せ!
・・・こ・・・この記憶は、まさか、本当なの?
ズキズキズキズキ・・・
頭痛とともに流れ込む【ある一人の女性】の無数の記憶。
(まさかそんな・・・この記憶が本当なら、とんでもないことになってしまった・・・。)
壮大な情報量が強い頭痛とともに私の脳内に一気に流れこむ。
体の主の記憶描写に一つ一つに感情も乗せられ、その感情に触れる度私は酷く感傷的になった。
頭痛はやがて胸の痛みに変わる頃私には、目覚めてからここまでの事の顛末を全て理解した。
そう、これが本当だとしたら・・・。
’私は小説の中にいる’
その小説とは「愛のかけらをあつめて」。
ファンタジー小説で生前の私の愛読書だった。
’非’日常に事欠かない私でもハマるほどの、怒涛の展開と救いの一滴のようなロマンスが人気を博した。
内容は、平凡な家庭で育った村一番の美女「トワイライト・マーズ」が、突然両親を殺され、その後母の前夫に引取られ首都、フランドべールに移り住んだことから始まるの愛と戦いの物語。
当初どこにでもあるヒロインハーレムものかと思われたが、話数を数えるごとにトワイライトを囲む主要メンバーの執念と愛憎劇が激化し、次第に血と血で争う戦争に勃発していくバッドエンド小説になった。
トワイライトが最後、自身も深傷を負い焼け野原と化した荒野を茫然と見つめるというシーンでトラウマを植え付けられた人も少なくない。結局内輪もめで住う街ごと吹っ飛ぶ展開に後半は唖然としていた。
だが、これは一部狂愛ファンの誹謗中傷が原因で、誰かと結ばれる主人公は(外の世界の住人)を誰も幸せにしないとわかった作者がやけになり、急遽変更されたなぎ倒しエンドと後日談までも有名な作品だ。
その中でも一番悲惨な最後を遂げる愚かで不運な悪役令嬢がいる。そのなはアメリア・マーズ。婚約者の王子がヒロインを狂愛し、その為どんなに努力しても報われず、心の隙をついたとある成金男爵と浮気し心酔し、悪事に加担し、彼に利用の果てに薬物漬けになり、事件が明るみとなった頃には、婚約者の資格を剥奪され、最後はテロ行為の首謀者にされ、暴君と名高い側近騎士に、想像を絶するほどの拷問を受けた後、断罪される。
ただただ愛されたかったアメリアだが、結局信頼していた浮気相手にも利用され裏切れてしまう悲しい結末だった。哀れと思っていたが、行動の一つ一つに愚かな部分が透けて見えて 私は好きになれず、断罪後も気にも留めていなかったそんな少女が今まさにこの目で見た風貌と一致する悪役令嬢のアメリア・マーズだとしたら・・・。
(・・私は今、とんでもない状況に陥っているのかもしれない・・・)
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意識を再度取り戻したその時、私の頭上に水が滴り落ちていた。
見ると、先ほどの男が私に花瓶の水を流していた。
パラパラと萎れた花弁が濡れた髪を落ちていく。
「どうだ、また水をかぶった気分は。
いきなり黙り込み、また仮病か?アメリア。
自ら湖に入り、水中自殺を図り、家門を汚すどころか、お前は本来1日も立てば治る軽傷を7日も寝たふりし、無駄に状況を長引かせ事を荒立てた。お前の演技を私が見抜けないと思っているのか?!」
(やはり、アメリアと言った。間違いない。だとしたらこの直ぐに手が出るキツそうな切長目の男は、長男の・・・。)
小説の内容を整理するとこのシーンは確か、湖に落ちたアメリアが死にかけるシーンだ。マーズ家当主である父ミカリオスは病床に伏せ、現在は父の兄が家長の座に就いている。その事でマーズ家の子供たちは神経過敏になっていた。
そんな状況でアメリアは湖で自殺を図り、1週間昏睡状態になり、奇跡的に目を覚ます。
自分で引き起こした事態に、迷惑をかけた人たちを顧みず自分勝手に喚き散らし周囲が頭を抱えるー
なんて書いてあったけど、これはどう見てもそんな状況ではない。
目覚めた妹に優しく声をかけるどころか、湖に落ちた原因を自殺と決め込み、さらに病人にも容赦なく暴力を振るい、使用人は一度もこの部屋で彼女を看病すらしていない。
じわりと体をおこし、罵倒しているその男の風貌をしかと見ると、長兄の特徴をしっかりと体現した男が立っている。
正しく彼であることは間違いない。ならば、私の饒舌スタートだ。
「ダンケルクお兄様!」
私は威勢よく彼の名を叫んだ。
「私は間違いなく、今、目を覚ましたのです。
それと同時に貴方にいきなり頬を打たれた。だから、変わったご趣味(変態)だと言いたくもなりませんか?!
誰が1日で治るという愚かな診断をしたか知りませんが、血流を止めてしまう間違った治療をしたおかげで今まで意識が戻らず、さらには私の四肢はこんな風に痣まで付いてしまったのに。」
自身の発言に合わせてここで私は軽く引っ掛けていたガウンを脱いだ。
「途中で看病しにてきてくれる人がいさえすれば、途中で異変に気づいたでしょうが、ここには水一つ置かれていない。持ってくる人もいなかった様ですね。それを知っての発言ですか?!」
わざと声を荒げ、ことの重大さを控える使用人にも聞こえる様にした。
「戯けた事をベラベラと。ウチの医療部隊が施した治療だぞ。それを間違った治療などという・・・ っ!!!?」
彼も気づいた其の痣は、先ほど腕や足の包帯を解いて顕になったアメリアの体に、複数存在しているうっ血の跡。
全身に夥しいほど広がった青紫の痣。むくんだ足はパンパンに腫れている。
湖に溺れて低体温だった体を温めることなく、加えて長時間きつく包帯で巻くなどの不適切な処置をした事で患部はうっ血し、心臓の血の巡りを悪くさせ、心不全を起こした。
おかげで元の体の主は本当に死んでしまった。だから私がここにいる。
これは、間違いなく「殺人」が行われた証拠だ。
悔しくて仕方ないことに、私がここにいる事でその殺人を未遂にしその罪を軽くしてしまった!
反論されてぐうの音も出ない長兄が悔しそうに唇を引きつらせている間、私は次に発する抗弁をフル回転して考えていた。
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アメリア・マーズは、両親に冷遇され、兄弟にも厭われる存在だった。
そして母が出ていき、よそに家庭を作りその後突如命を落とす。
父の行き場のない愛情を、埋める席が空いたと思ったところに、引き取られた美しい妹がマーズ家の中心人物としてその席に迎えられ腰を据えた。
彼女は結局、家族団欒と言う席に座れず、立ち尽くし皆の集まりからも排除され、居場所もなけれえばいつも邪魔者扱いをされた。
そしてその命尽きる時も瀕死の相手にに最後まで関心を向けるものはいなかった。
だから、アメリアは・・・・。
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聞く耳を持たない人達を前に何を言っても意味はないが、もう私の体である以上、黙っているわけにもいかない。
「まぁ・・・お兄様もようやくご覧いただけましたか?この私の体の痣を。この姿でこの部屋から出て外を歩いたら、皆がどう思うでしょう。この事態を知らない人が誰一人いなくなりますわね。
水中自殺と決めつけ隠蔽するため医者を呼ばず、さらに屈指の医療部隊が杜撰な医療行為でアクシデントを起こし、周囲の使用人は状況をここまで放置し、さらに原因を突き止めようともせずき殿下の婚約者である私を家族は誰も気にかけず、今まさに暴力でねじ伏せようとする兄。
それぞれが、それぞれでこの私アメリア・マーズを殺そうとしましたわ。
殺人未遂罪? 幇助罪、教唆罪、証拠隠匿罪、はぁ次から次へと罪名が増えていきますわ・・・。
言い逃れはできません、今からここに医者を呼び、この体をくまなく調べさせますもの。
そうなれば屋敷の人間に全てに責任があります。この事を公にすれば、誰よりもこの家の評判を気にする父の代行者たるおじ様が、黙っていないんじゃないかしら。いずれは任せるあなたの力量を疑ってしまうかもしれませんわ。
いえ!もしかしたらこのマーズ家の子息は家督できないとこの隙にいよいよマーズ家当主になるため動き出すかもしれませんね!!
どちらにしてもさぞかしマーズ家の評判は地に落ちましょう。私はこの姿で外に出る準備ができています。この議論まだ続けるならばぜひ城外で致しますわ!」
これまで、喚き散らすだけのアメリアが、ここまで理論的に私を脅しにかかる姿に彼は驚いた。
彼女の言葉の一つ一つが正論で、取りつく島もない。
叔父の名を出した途端、彼の表情を引きつったのを私は見逃さなかった。
’やはり叔父の存在が彼にとって一番センシティブなんだわ。’
私がアメリアの記憶を引き継いだ事で、この家が抱える問題を知ることができた。
この家は、父の空席で窮地の真っ只中ということも。
「お前は兄を脅しているのか?!」
「・・・さぁ?形だけでも兄妹仲良く過ごせよと日々口酸っぱく仰っているおじ様が、このような醜形の私の姿を見ればどんな行動をとるかを簡単に推測できる範囲でお伝えしたまでですわ。
この状況を作り上げたすべての人に、責任が問えるんですもの。こんな格好なネタ私なら逃しません。
最もこの家に愛着のあるおじ様ならなおのこと。私は王子の婚約者であり、その象徴。この不安定な屋敷の状況の中でたった一つの確立した未来ある存在。
もしも私とお兄様のどちらかを選ぶとしてら・・・お兄様選ばれるお自身・・・あるのかしら?」
「この俺をコケにしやがって・・・お前というただのゴミカスの分際で・・・」
ダンケルクが、私を強く睨みつけると今にも襲い掛かりそうなほどの覇気でじりじりと近づいてくる。
体ばかり大きく、小さな脳味噌の彼は、この状況で出した答えはもう一度アメリアを殺すことだった。
全て葬れば、彼の責は問われない。そう思った。
私は挑発し過ぎた事を悔やみつつ、ここまで浅はかである彼に当主としての器量はまるでない事を悟った。
それよりもまたもピンチな様相に転じてしまい、じりじりと迫る兄に、私は息を飲んだ。
すると突然、もう一人彼と良く似た青年が入ってきた!
「や、やめてよ!兄さん!これ以上問題を起こしたら、いよいよここをおじ様のものにされかねない!
今はお父さんが目を覚ますまで、大人しくするしかないんだ!そうだろ?!」
静止したのは次男のトリスタン。アメリアの一個下の弟だ。臆病者で長いものに巻かれる、典型的な諂上欺下タイプでいつも激昂する長男を諫めるのが仕事だ。このタイミングで彼が来たので私は命拾いをした。
使用人達も一瞬怖い目で私を見ていたが、途端に事の重大さを理解し始めてわらわらと怯えている。
(はぁ、これで反撃はひとまず完了した。もうこれ以上はこいつらとぐだぐだ会話する時間すらもったいない。この体を早く治療しなきゃまた体調を悪くなりそうだし・・・責任を反故にするつもりはないけど、ここで言い争っていても、埒があかない。後は次男に任せよう。)
抑え込まれながら罵声を浴びせる兄とそれを諫める小姓の様なトリスタンに向けて私は撤退を申しつけた。
「使用人も集まってきた事ですし、続きは、また日を改めていたしましょう。あなた方もきちんと状況を早くする必要があるようですし。それまで、私はきちんと自室で療養いたしますので。取り急ぎ、【フロリー】を呼んで来て下さい。」
「あぁわかった。すぐに呼ぶよ。」
「お前!覚えてろよ!」
「ちょっと!兄さん!」
騒ぐ兄を弟が引き連れ彼らは部屋を後にした。ようやく、私のこの世界で初めての危機的一線が一つ幕を閉じた。
慌ただしい目覚めからようやく解放された空間でふっと一息つく。
(これで暫く騒ぎは起こせないはず。)
改めて迷い込んだ世界の違いに慄いていると、程なくしてノックの音が聞こえ、タオルそして救急箱とティーセットを荷台に乗せたフロリーがやってきた。
(ここには冷たくて清潔な水もなければ、苦手な紅茶を飲むほかないのか。)
私は、また一つここの常識にため息をついた。
アメリアは兄弟の中でも一番顔に出やすくなおかつ、その顔は(悪人顔)ときている。
フロリーはそんな私へのため息に血相変えて跪くと頭を垂れた。
「本当に申し訳ございません!」
「?!」
突然の謝罪、恐怖に満ちた侍女の土下座。
(やっぱり、湖の突き落としたのは【あなたなの?!】)